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「向いていない」と泣いた看護師が、緩和ケア病棟で10年続けられた理由

「私この病棟、なんかダメだわ。いま居る人が次の勤務じゃもう居ないんだもん」

まだ私が緩和ケア病棟に来て間もないころ、私よりいくつか年上の先輩看護師が投げやりな声で言いました。
私は何も言えず、足元を見つめました。

あの患者さん、次に来たとき病室に居ないんだろうな。

朝日が差し込む廊下が、夜勤明けの私にはとても眩しく感じました。
患者さんの命が消えていく場所で、無情に始まる新しい一日の光が、ただ痛いだけでした。


あなたの言葉は気持ちに寄り添えていない、とクレームを受けた日

看護師を続けて10年以上経ちますが、私も燃え尽きかけたことがあります。
ある日勤の朝、病棟に出勤すると師長さんが別室に私を連れて行きました。

「あのね、氷崎さん。あなたにご家族さんからクレームが来ているの。どうかな心当たりはある?」

優しい口調でしたが、私は一瞬にして血の気が引きました。
何かやってしまったんだ…!

当時の私は看護師4年目にしては技術も考えも未熟で、周りと比べては自分の仕事に自信が持てず、いつも背中を丸めて歩いているような人間でした。
師長さんから聞いたのは、夜勤で担当した患者さんのご家族から、私の言葉がけへの苦情でした。

つらい状況が続く中で、私がかけた言葉が相手の気持ちに寄り添えていなかった、担当を外してほしい、という趣旨のことを言われたと聞きました。

その状況を聞いて、夜勤のときの記憶がフラッシュバックしました。

一晩中、患者さんに付き添い続けていたご家族の姿。
朝になり、疲労と不安でうなだれるように座っているご家族の姿。

何か言葉をかけよう、ご家族を労おう、と思った末に、問題となった私の言葉がけがありました。

「あなたにも伝えたかった気持ちがあるんだって分かるけど、その言葉を言われた方はどう受け止めるか想像できる?」
「すみませんでした…」

師長の問いかけに、涙をこらえるのが精一杯でした。
その日の仕事をなんとか終えて、更衣室を出た途端に涙が止まらなくなりました。
そんなつもりはなかったと言いたい気持ちと、過酷な状況でご家族にひどい思いをさせてしまったのだという後悔の気持ちが入り混じっていました。

自分は緩和ケアに向いていない。

そういえば明日から三連休だったことを、帰り道ふと思い出しました。
何をしようか楽しみにしていたのに、今はとても明るい気持ちになんてなれませんでした。
このまま、もう看護師なんて辞めてしまおうかなと思いました。

その日の夜は何も食べる気が起きず、泣きながら同期に電話しました。
少し気持ちが落ち着いて、同期に電話越しに諭されながら夜中に食べた冷凍パスタのしょっぱい味。
何故か今でも鮮明に思い出せます。


三連休が明けて、病棟に戻った日

結局、三連休の間はずっと家に引きこもっていました。
また夜勤の日が来てしまいました。

夕方が近づき、なんとか「まだ頑張れる」と、重い体を引きずって病棟に行くと、主任さんが私を見るなり言いました。

「あのご家族さん、あなたのことを気にかけてくれていたよ」

えっ…。

主任さんが私の肩をポンと叩きました。

「今から仕事なのにひどい顔だよ、元気だしな。大丈夫、病室まわるとき一緒にあの患者さんの部屋に入ろう」

三連休の間に凍りついていた何かが、その一言で少し溶けた気がしました。

私は主任さんと一緒に、再びあの病室に入りました。
ベッドに横になり、目を閉じている患者さん。
数日のあいだにさらに容体が悪化し、静かに呼吸を繰り返すのみでした。隣にはやはりご家族が座っていて、私たちの挨拶に顔をあげました。

「ああ、看護師さん。よろしくお願いします」

不思議と怖い気持ちは消えました。
今誰よりも苦しんでいるのは、私ではない。
患者さんとこのご家族だと思いました。

患者さんの血圧などを測りながら、緩和ケアの看護師として、もっと患者家族に寄り添えるようになりたいと強く思いました。


燃え尽き症候群を防いだ、感情を「横に置く」練習

あのご家族と病室で再会できたことで、私の心はギリギリ焼き切れずにいられました。

そんな頃、院外の研修でひとつの瞑想プログラムに出会いました。
医療者が燃え尽きないための実践的なプログラムで、自分の心身の状態を客観的に見つめながら、感情を「感じたまま、そっと横に置く」練習をするものです。
本当かなあ?と、最初は半信半疑での実践でしたが、少しずつ自分の中での変化を感じました。(詳細は後日投稿する記事で触れます)

感情を横に置くことで、ようやく『ただ傍にいる』という看護の本質に触れられた気がしました。
そして無理に何かを喋ろうとせず、相手と同じ場所にいること。
相手と同じ空気の中にいること。
相手の呼吸に合わせること。
それだけを意識するようにしました。

どうしても感情を横に置けないときは、先輩看護師たちに思いを話して、みんなで共有することにしました。
そうする中で、焦って「なにか話しかけなくちゃ」「気の利いたことを言わなくちゃ」という気持ちが自然と消えていきました。
何も良い言葉が思いつかなかったら、何も言わず隣で体をさするだけで良いじゃない。
そんな風に思えるようになってきました。


10年続けられた理由:沈黙が怖くなくなった日

あれから10年がたち、私の中で明らかに変わったことがあります。

昔の私は、病室に入ったら何か患者さんや家族さんに「言わなければいけない」と思っていました。
沈黙は私の中で失敗だったのです。
あの日の「今は辛くなさそうですね」という言葉は、その焦りから生まれたものでした。

でも今は、何も言わず隣に座るだけの時間を怖いと思いません。
後輩達にも患者さんとの沈黙を怖がらなくても大丈夫だよ、とよく言っています。

患者さんやご家族さんの呼吸に合わせて、ただそこにいる。

そうしているうちに、ポツリと相手が何かを言う。
それは今日の天気だったり、誰にも言えなかった思いだったりして、私はそれに穏やかにうなずき返します。
それが看護なのだと、体で覚えた気がします。

いつの間にか、誰かから「あなたの言葉は気持ちに寄り添えていない」と言われることが無くなり、 「あなたと出会えてよかった」とご家族から言われる日が増えていきました。

患者さんを見送った後は今でも悲しさを覚えますが、心が辛くなることはほとんどありません。
看護師の私が感じる悲しみは、ご家族さんの悲しみそのものだと分かっているからです。
感情はそっと横に置きます。
そして、ご家族さんと一緒に帰宅の準備をしながら「あの時一緒に体をさすったよね」なんて話したりします。
緩和ケアは、消耗する仕事だと思っていましたが、今は違います。
ここで私は、「生きること」を患者さんから毎日教わっている。


「――私この病棟、なんかダメだわ。いま居る人が次の勤務じゃもう居ないんだもん」

あのとき、先輩の言葉を聞いて、眩しすぎる朝日に憂鬱になっていた私に教えてあげたい。
緩和ケアは、誰かの命を削る仕事ではなく、生きるを支える仕事なのだと。

先輩、私それでも、この場所が好きです。



※内容を一部見直し、表現を調整しました。

もし「私もこんなことがあった」「今、消耗している」と感じた方がいたら、 ぜひコメントやスキで教えてください。

今回の記事にある「瞑想プログラム」については、
近く改めて研修会に参加する予定で、体験記を書く予定です。
燃え尽きそうな医療者が、どうやって自分を守るのか?という視点でまとめたいと思っています。
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