「寄り添う」と「抱え込む」は違う――緩和ケア看護師がGRACEで気づいたこと
緩和ケア病棟に異動して数年目だった頃、私は患者さんに寄り添うとは「できるだけ長くそばにいること」だと考えていました。
散歩に付き添い、言葉を交わし、少しずつ関係性ができていく。
そうした時間は患者さんにとっても自分にとっても、大切なものだと思っていました。
けれど、そのように関わっていた患者さんが、次の勤務ではもう病棟にいないことがありました。
急に状態が悪化したのだと聞いたとき、胸の奥に小さな穴があいたような感覚が残りました。
同じ頃、看取りが続くつらさに耐えきれず、病棟を離れた先輩看護師もいました。
勤務が終わっても、患者さんのことが頭から離れない。
「あの人のために、自分には何ができたのだろう」
そんな問いを、家に帰ってからも繰り返していました。
今振り返ると、当時の私は患者さんの思いやつらさを、自分の問題のように抱え込みすぎていたのだと思います。
そんな中で、私はこう考えるようになりました。どうすれば抱え込みすぎずに、それでも目の前の人に誠実に向き合えるのか。
その問いに、一つの手がかりをくれたのがGRACEでした。
これは過去の私が「寄り添うこと」と「抱え込むこと」の違いを、少しずつ捉え直していった過程の記録です。
あの頃の私は、「寄り添う」と「背負う」の違いをわかっていなかった
当時の緩和ケア病棟には、不安や葛藤を抱えながら入院してこられる患者さんやご家族が少なくありませんでした。
「まだ治療をあきらめたくない」
「緩和ケア病棟にきたら何をされるんだろう」
「ここに来たら、もう家には帰れない」
もちろん、ご自身の状態を受け入れて来られる方もおられましたし、すべての関わりが難しかったわけではありません。
それでも私は、患者さんやご家族の苦しみにどう向き合えばよいのか、十分に整理できていませんでした。
その頃の私は、できるだけ長くそばにいること、相手の思いを自分の中で重く受け止めることが、寄り添うことなのだと考えていたように思います。
その結果、勤務が終わったあとも気持ちが重く、家に帰ってからも患者さんのことを思い出していました。
患者さんのつらい症状にうまく応えられなかったと感じるたびに、自分の力不足に落ち込んでしまう日々でした。
病棟内でも、「ここは心が疲れるね」とこぼす声が聞かれることがあり、そうした消耗が続くなかで、病棟を離れていくスタッフもいました。
今振り返ると、当時の私たちは患者さんに寄り添おうとしていた一方で、その苦しみを自分の内側に抱え込みすぎていたのかもしれません。
GRACEは、「気持ちを切り離す方法」ではなかった
このままでは、自分もいずれ心身のバランスを崩してしまうかもしれない。
そう感じていた頃、院外研修でGRACEに出会いました。
GRACEは、簡単に言えば、医療者が自分の内面の動きに気づきながら、相手の苦しみに向き合うための実践的な学びです。
(参考:日本GRACE研究会「GRACE Japan」)
燃え尽きそうな状況のなかでも、自分を見失わずに相手の前に立つための土台を整えるもの、と理解するとわかりやすいかもしれません。
ただ、初めて研修を受けたときは、正直なところよく理解できませんでした。
すぐに使える具体的な技術を期待していた私には、どこか静かで抽象的な内容に感じられ、「明日から何が変わるのだろう」と戸惑ったのを覚えています。
その意味を実感したのは、後になってからでした。
ある日、苦痛の強い患者さんの部屋の前で、扉に手をかけた自分の手が震えていることに気づきました。
どうして震えているのだろう。
そう思った次の瞬間、私は自分が強く緊張していること、そして患者さんに「何もできないかもしれない」という怖さを抱えていることに気づきました。
私はいったんその場を離れ、休憩室で深呼吸をしました。
ほんの短い時間、自分の状態を確かめてから、もう一度その患者さんの部屋へ向かいました。
自分の手の冷たさは残っていましたが、さきほどのような震えはありませんでした。
そして私は患者さんの前に、もう一度落ち着いて立つことができました。
この経験を通して、自分の状態にまず気づくことの大切さを実感しました。
GRACEは、患者さんの苦しみを消す方法ではありません。
また、自分の感情を切り離して平気になるための方法でもありません。
自分の心が揺れていることを認識したうえで、それでも相手の前に立ち続ける。
私にとってGRACEは、そのための実践だったのだと思います。

GRACEを知って、私の看護で変わったこと
GRACEを知ってから、看護の中で少しずつ変化したことがあります。
1.病室に入る前に、自分の状態を短く確かめるようになった
以前は、勤務に入ると同時に目の前のことへ意識が向き、自分がどのような状態でいるかを確かめる余裕はほとんどありませんでした。
今は、更衣室で着替えるときや病室へ向かう前に、「今日は少し疲れている」「気持ちがそわそわしている」といった、自分の状態を数秒だけ確認するようにしています。
それだけでも、その日の自分の構え方が変わってきます。
自分の状態を知っていることが、相手に向き合う際の安定につながるように感じています。
2.すぐに何とかしようとせず、まず苦しさの輪郭を見るようになった
以前の私は苦しそうな患者さんを見ると、すぐに「何とかしなければ」と焦っていました。
しかし今は、まず相手の表情や言葉、どこにどのようなつらさがあるのかを丁寧に見るようにしています。
そのうえで、薬による対応が必要なのか、それとも体をさすったり声のかけ方で少し和らぐのかを、以前より落ち着いて考えられるようになりました。
すぐに反応することよりも、まず見極める(アセスメントする)ことの大切さを、少しずつ実感するようになりました。
3.沈黙を埋めるより、その場に一緒にいることを大切にするようになった
患者さんやご家族と関わるなかで、以前は沈黙を怖がることがよくありました。
看護師として何か言わなければならない、場をつながなければならない、という焦りがあったのだと思います。
けれど今は、無理に言葉を重ねるよりも、相手の様子を見ながら、その場に一緒にいることが必要な場面もあると感じています。
もちろん、私はGRACEを完璧に実践できているわけではありません。
それでも、気持ちが重くなったときに、「いま私は患者さんの思いを背負い込みすぎていないか」と一度立ち止まるだけで、心の持ち方は少し変わります。
その数秒の小さな違いが、長く看護を続けていくうえで大切なのだと、今は感じています。
10年以上経った今、もう一度学びなおしたいと思った理由
気づけば私は10年以上、緩和ケア病棟で看護師を続けてきました。
今改めてGRACEを学び直したいと考えています。
当時は研修で語られていた内容を十分に受け取れていなかったという感覚が、ずっと残っていました。
一方で、今は経験を重ねたからこそ見えてきた看護の難しさや、自分なりの問いがあります。
治療中の患者さんに関わることも増え、以前とは異なる緩和ケアの難しさを感じる場面もあります。
また、後輩スタッフが増えた今、自分を見失わずに患者さんの前に立つための考え方を、少しずつでも共有していきたいと思うようになりました。
今の自分だからこそ、受け取れる学びがある。
そう感じています。
寄り添うことと、抱え込むことは、似ているようで違います。
寄り添うとは、自分の足で立ったまま相手の隣にいること。
抱え込むとは、相手の重さまで自分ひとりで引き受けてしまうこと。
私は当時、その違いをうまく言葉にできませんでした。
けれどGRACEは、苦しみの前で立ち尽くしていた私に「まず自分に気づくこと」の大切さを教えてくれました。
そして今、私はもう一度その学びの前に立とうとしています。
近く参加する研修で、今の私は何を受け取り、何が変わるのか。
その続きは後編で書きたいと思います。
この記事は、私のようにお仕事のことを抱え込みがちな看護師さんに向けて書きました。実践の詳しい話はまた後日になりますが、この記事が参考になりましたら、ぜひ「スキ」をいただけると、執筆の励みになります。
【参考にした資料です】
・日本GRACE研究会「GRACE Japan」
・山本佳世子「G.R.A.C.E.におけるスピリチュアルケア」
J-STAGE
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