私は「プロ市民で居たい」と想っていた
第7話では、
選挙公報をめぐる活動の中で、
市民として声をあげ続けた経験を書きました。
その過程で、
私はあることに、はっきりと氣づき始めていました。
――私は、
「関わる人」で居たいのだ、ということに。

振り返ってみると、
ボランティア活動やまちづくりの現場の中で、
少しずつ、はっきりとした意識を持つようになっていました。
それは、
市民として「関わる側」で居たい、という感覚です。
私は自分自身のことを、
意識的に「プロ市民で居たい」と想っていました。
ここで言う「プロ市民」とは、
声を荒げる人のことでも、
権利だけを主張する存在でもありません。
私の中での「プロ市民」とは、
市民としての権利を大切にしながら、
行政や地域、議会に、主体的に関わろうとする人のこと。
単なる「サービスの受け手」や「消費者」ではなく、
地域を構成し、社会を切り開いていく当事者として、
自分から調べ、考え、時には直接アクセスし、関わっていく姿勢。
「議員が何をしているかわからない」
「議会が何をしているかわからない」
「選挙のときだけ来て、その後は見えない」
そう嘆く前に、
まずは自分から知りにいく。
自分から連絡してみる。
自分から会いにいく。
自分から問いを投げてみる。

私は、そうありたいと想っていました。
「やってくれ」
「説明してくれ」
「挨拶に来てくれ」
そう求め続ける立場ではなく、
まずは自分から動いてみる。
知ることから、すべては始まる。
それが、私の基本姿勢でした。
実際、私は、
(時間をつくって、できる範囲で)
議会の傍聴をしてきました。
「本会議」だけではなく、
各種「委員会」なども。
「ケーブルテレビやネット中継で見ればいいじゃないか」
そう言われたこともあります。
けれど、画面越しでは伝わらないものが、
傍聴席には確かにあります。
議員それぞれの態度。
人の話を聴く姿勢。
場の空気や、緊張感。
カメラに映らない情報が、そこにはあります。
何度か足を運ぶだけで、
その人がどんな姿勢で議会に向き合っているのかは、
自然と伝わってきました。
それは、次の選挙のときの、
とても大切な判断材料であり、
情報になると、私は想っています。
議会だよりを読み、
議会報告会にも参加しました。
議員個人の意見交換会や勉強会などにも足を運びました。
それでも、私はずっと、
選挙のたびに、ある違和感を抱え続けていました。
佐伯市では、選挙公報が発行されていません。
その代わりに、
選挙前になると、
「討議資料」と呼ばれる紙が出回ります。
政治活動をしている人たちが、
それぞれの考えを書いて配布するものです。
市町村合併後の選挙では、
候補者の数が増え、地域も広がり、
すべての候補者の情報を手元に集めることが、
とても難しくなりました。
それでも私は、次の選挙、その次の選挙と、
あちこち駆け回って、
候補予定者に会いに行ったり、
「討議資料」をもらいに行きました。
※もらいに行ったときに、
本人がいなかったり、紙がなかったりして無駄足だったことも💦
友人や知人に、
「もし紙をもらったら、私の分も取っておいて」とお願いし、
4年おきに、その作業を繰り返していました。
2017年の選挙では、
周りの友達にも声をかけて、
一緒に討議資料を集めて回りました。
それでも、
すべての候補者、すべての種類の資料を
集めることはできませんでした。
「どうしても、全員分が集まらない」
そのとき、私は限界を感じました。
調べてみると、
よその自治体には「選挙公報」があることを知りました。
国政選挙や県政選挙では、
公職選挙法にもとづいて、
選挙公報が配布される仕組みがあります。
けれど、市町村の選挙では、
自治体ごとに条例を制定しなければ、
選挙公報を発行・配布することができない。
佐伯市には、その条例がありませんでした。
つまり、
「決めていないから、ない」
という状態だったのです。
このままでは、
また次の選挙でも、
同じことが繰り返されてしまう。
そう感じた私は、
2021年、
「佐伯市の選挙公報をつくる会」を立ち上げました。
それは、
急に思いついた行動ではありません。
20代から積み重ねてきた、
市民として関わり続けてきた時間の、
ひとつの延長線上にあった選択でした。
私は、市民で居たい。
そして、プロ市民で居たい。
その想いは、
やがて、もう一つの選択肢と向き合うことになります。
次回は、
その市民活動が、どのように
「立つ側に行く」という決断へと
つながっていったのかを書いてみようと想っています 🌱
