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【短編小説】〈隻翼の竜の書〉夏の綺羅星 中編

夏の綺羅星きらぼし
少年たちのつつがない一日

中編

 夏のこととて、三人とも、長衣はごく薄手のものを着ていた。火に当てるとすぐに乾いたので、ひとまずそれを羽織り、火の側に腰かけて一息つく。
「ここはどこなんだろう?」
 フォドルスが発した問いに、シェイスが、答えた。
「そんなに長い時間流されたわけではないから、どこか王城の近辺だろうな」
 夜空の下、周辺の様子も、よくわからない。
「あの水は、何だったんだ?」
 フォドルスが問いを重ねた。幾分ためらってから、シェイスは、口を開いた。
「あの水からは、魔物のような気配がした」
 いや、水というよりも。レミスが端的に指摘した。
「ヴァーナだ。あいつの様子が、何かおかしかった。何かに、かれたんじゃないか?」

 そのとき、聞く者の内臓を不快に揺すぶるような、不気味な女の笑い声が、辺りの空気を振動させた。次いで、たのしそうな、女の声。
「そうよ。あの娘は、わたしの目として働いたのよ。そして、あなたたちを映したわけ。夏の、綺羅星きらぼしのような、あなたたちをね」
 ざばあ、と、水から、何かが姿を現した。女だ。上半身裸だ。下半身は、水の中。夏だというのに、辺りが、霜が降りたかのようにしんと冷えた。
 三人の少年たちは、瞠目どうもくし、さっと立ち上がった。

 その瞬間、レミスの素足が、何か固く長い、うごめくものを踏みつけた。途端、そのものは、レミスの足に、噛みついた。
「痛っ! ……む、百足むかでか……!」
 噛みついたものの正体を見て取り、レミスは、青くなった。その百足を放してやろうと、シェイスが屈み込んだ。その顔が、瞬時に引きつる。シェイスの、膝下丈の長衣の下、むき出しの白いふくらはぎに、黒く蠢くものがついていた。うう、と、小さくうめく。
「どうした?」
 フォドルスがのぞき込んだ。
「……ひるだ。すまん、取ってくれないか」
 即座に、フォドルスは、蛭へと手を伸ばした。その手が、途中で凍りつく。頓狂とんきょうな声がれた。
「うわっ、ど、どどど、毒毛虫だあ!」
 近くの草の上に、毒々しい無数の突起に全身を被われたものが、蠢いていた。
「早く百足を何とかしろ!」
「蛭が……!」
「うわああ、毒毛虫め、近づくな――!」
 怪しい女のことなど、もはや三人の脳裏から完全に忘れ去られていた。
「ちょっと、あなたたち、何をやっているのよ!」
 パン、と、割れるような音が鳴り響いた。百足がレミスの足を放し、蛭がシェイスのふくらはぎからがれ落ちた。そして、毒毛虫ともども、わさわさ、もぞもぞと、三人から離れていく。

 そうして三人の少年が落ち着いたところで、女の姿をしたものが、耳にべったりと飴のようにくっつきそうな、甘ったるい声で言った。
「駄目よ。せっかくこうして、世界一の美女が目の前にいるというのに、他のことに気を取られちゃ」
 豊満な胸を、惜し気もなく誇示こじする。
 三人は、目のやり場に困った様子で、なるべく胸の辺りから視線を外しながら、改めて女を観察した。
 シェイスが口を切る。
「蛭から助けてもらったことに、感謝する。しかし、失礼ながら、世界一と申し上げることはできない。ジディア一とも言いかねる。ジディア一の美貌の主は、やはりイリアラ叔母上だ。それに、ラセリーナお祖母様もお美しいし、ミュリス様もすばらしいお方だし、エフィラ大叔母上も、それはうるわしいお方で――」
 ジディアで二番目、どころか、三番目、四番目、いやいや……。女の口角が、ひくついた。
 フォドルスが、ずばりと言い放つ。
「世界一の美人は、こいつだ。な、魔法戦士団一の美少女、我らが姫君」
「誰が美少女で、姫君だ!」
 憤慨ふんがいするシェイスの傍ら、レミスが、大きく胸をらせた。
「お前など、僕の足下にも及ばない」
 途端、羽織っていた長衣が、身体から滑り落ちた。女が、興奮した声になった。
「まあ、見えちゃうわよ! 気を付けないと」
 レミスの表情は、涼しいままだった。
「見るなら見ろ。見られて恥ずかしい身体はしていないぞ。もっとも、下穿したばきはもう穿いたがな」
「俺も穿いた」
 フォドルスの言葉に、シェイスがうなずく。
「俺も」
 妙なところで、三人の気が合った。

 女は、目を白黒させたが、やっとのことで気を取り直した。
「なら、見てあげるわよ。みんな、いい身体をしているわね。肌も、瑞々みずみずしくて、綺麗きれい。特に、銀髪のあなた、水泡みなわよりも白いわ。触り心地も、よさそうね。存分にむさぼってあげたら、どんなにか美しい色に染まることでしょうね」
 なまめかしく唇をめ、シェイスの全身に、ねぶるように視線をわせる。
 シェイスは眉根まゆねを寄せた。
「貪る? 蛭みたいに血を吸って、肌を紫にれさせるのか?」
 フォドルスが怖い顔になる。
「毒毛虫みたいにい回って、肌を赤いぶつぶつだらけにする気かよ」
 レミスが叫んだ。
「百足みたいに噛みついて、血だらけにしようというんだな!」
 蛭、毒毛虫、百足。女の顔が、ゆがんだ。
「この美しいわたしに、何ということを! あなたたち、どうかしてるんじゃないの?」
 冷静な声音こわねで、シェイスは言った。
「何を言う。おかしいのはそっちだ。人間の姿を真似まねるなら、習慣も真似たらどうだ。服も着ないで、何をしているんだ」
 フォドルスが付け加える。
「そうだ、この国では、女性が裸で出歩いたりしないぞ。はしたない」
 レミスが侮蔑したように鼻を鳴らす。
「露出狂じゃないか?」
 自分が下穿き一丁であることは、すっかり棚に上げている。

 その後の女の変化は、見物だった。悪魔のごとき形相ぎょうそうと化し、青くなり、赤くなり、紫になり、どす黒くなり、それを幾度も、目まぐるしく繰り返す。そして最後には、だこのようにになった。
「優しくしてやっていれば、いい気になって……! 遊びは、ここまでよ」
 そして女は、変化した。女のようだった上半身が、見る間にふくれ、頭と胴体部が一体となり、たるのような形になった。その樽の中央に、ぎょろりとした二つの目玉、そして引き裂けたような口が、ぱっくりと開いていた。三人の方へ、近づいてくる。徐々に、下半身があらわになる。樽の下部から生える、幾条もの、触手のような、腕、あるいは脚。一本一本に、吸盤がずらりと並んでいる。

 その奇怪な姿に、シェイスとレミスは、息を呑んだ。
「何だ、あれは……?」
 一方、フォドルスは、あっさりと言った。
「巨大蛸だ!」
 レミスがいぶかしげに問う。
「タコ? 何だ、それは」
 シェイスは、ああ、と得心の声を漏らす。
「実際に見たことはないけれど、博物学の書にあった、あれか。海に生息する、魚介類。でも、蛸にしては、突き出た漏斗ろうとがないな」

「蛸だなんて、失礼ね!」
 女の声が轟いた。姿が変わっても、声は人間の女のままだった。
 三人目がけ、触手が、むちのようにしなり、はしった。
 三人は、さっと跳び退すさる。着地した素足が、小石を踏んで少々痛い。シェイスは、ひとまず三人の足の裏に保護の魔法をかけた。
 そうしているうちにも、触手の攻撃は、やまない。フォドルスとレミスが、それぞれ風の刃と火球で応戦しているが、触手の動きは、一向に衰える気配がない。
 シェイスも参戦するべく、次の魔法に取りかかろうとしたところで、ふと思いついた。
「あれが蛸のようなものだとしたら、陸は苦手だろ。上がってこられないかも。水辺から離れるぞ!」
「了解!」
「わかった」
 魔法攻撃を続けつつ、二人は、シェイスの考えに従い、駆け出した。シェイスも、走りながら印を結び、呪文を唱える。
「逃げようったって、そうはいかないわよ! こんな極上の獲物を、逃してなるものですか」
 ずるずると、魔物が、陸上へと姿を現した。

後編に続く


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