【小説】〈隻翼の竜の書〉赤目の盗賊 第三章 11
第三章 赤目の盗賊
11 紫色の閃光
眼下の濃い緑色の草の大海原を、風がうねうねと波立たせる。ところどころに、盛り上がった木立が島のように浮かぶ。その中を、一条の潮流のように、銀色に光を反射しながら、川が流れていく。ケリス山脈に端を発し、ジディア王国との国境付近を流れ、ミリスリィ西部の大河ヴィーエルへと注ぐ、ティエリ川である。
そのティエリ川の上流、ケリス山脈に程近いところを、ストラクティスを駆り、エーヴィンとミルディーは、越えた。
ギルラトの町を出て、二日になろうとしていた。エーヴィンは、隠密行動と巧みな嘘を組み合わせて、まんまと一羽のストラクティスを手に入れ、彼らが町まで乗ってきた一羽のストラクティスと併せて町の外へ連れ出した。そして二人は、ストラクティスに乗り、ギルラトの町を後にしたのである。その後、旅人に紛れるなどして、見つからぬように注意しながら、ここまで進んできた。
途中、エーヴィンが町に立ち寄り、情報収集を行った。その結果、盗賊組合が精鋭部隊を送り出したその先の位置を、おおよそ掴むことができた。エーヴィンとミルディーがハシャルらと別れた地点から、もう大分離れた、南西の、国境にぐっと近い辺りだった。フロイら、そして彼らを追跡するロルドらは、かなりの速さで、進んでいるようだった。その調子で順調に進んだならば、もうそろそろ、国境に辿り着く頃だろう。そこでエーヴィンとミルディーは、国境付近のティエリ川に先回りして、ロルドら、それにハシャルらを捜すことにしたのだった。
ケリス山脈沿いに進み、山脈の終わる辺りで国境を越えようとすれば、必ず、川を渡らなければならない。ケリス山脈の周囲は、鬱蒼とした森に覆われており、上空から、緑の重畳たる天蓋の下を透かし見ることは難しい。しかし、川であれば、一部張り出した木々に覆われてはいるものの、概ね上空からも見通しが利きやすい。
ただ、問題は、そうした考えを持つのが、エーヴィンとミルディーだけとは限らないということだった。フロイの追手も、川の上空を見張っているかもしれないのだ。その追手と鉢合わせしたら、戦わねばならないかもしれない。一方、フロイらも、ロルドらも、川を渡る際は姿を見られるかもしれないことを、十分承知しているだろう。フロイと共にいるリュインは、何か秘石魔法を使って、追手の目をごまかそうとするかもしれない。ロルドたちとて、上空から見られぬよう、工夫を凝らすに違いない。
あまりに街道から遠く離れ、ケリス山脈に近付いたならば、追手の注意を引く虞が高く、また、街道、あるいはその上空を行き交う人々にも、不審に思われかねない。そのため、エーヴィンらは、街道から山脈の裾野へと広がる草原の辺りを、さも何か用事があるかのように飛びながら、ティエリ川の様子を、注意深く窺っていた。
そうして、エーヴィンは、川沿いの上空、北東側に、視線を走らせた。すると、ケリス山脈の裾野の上空を旋回しながら飛ぶ、一羽のストラクティスと思われる姿が、小さく見えた。あれは、追手ではないだろうか。とすると、どこか、さほど遠くないところに、仲間が潜んでいるのではないだろうか。注意深く、眼下のうねる大草原に目を凝らす。途端、草原に点綴されたいくつもの木立の一つ、エーヴィンらのすぐ下のそれの中で、何かが光った。
――まずい!
「ミルディー、追手が下にいるみたいだ、高度を上げるぞ!」
矢で射落とされたならば、一巻の終わりだ。今の高さでも、矢は、まず届かない。それでも、二人は念を入れて、高度を上げた。これで、矢は届かない筈だ。だが――。
紫色の光が、地上から上空に走った。咄嗟にエーヴィンは、ストラクティスを傾けた。光が、ばりばりと板を引き裂くような音を立て、エーヴィンの乗るストラクティスの翼を掠めていった。焦げ臭い匂いが、僅かに生じた。見れば、ストラクティスの羽の先が少し、黒くなっていた。
ピイイと、甲高く、エーヴィンのストラクティスが驚愕の叫びを上げた。隣を行くミルディーのストラクティスも、怯えて鳴き立てた。
もう一度、地上で紫色の閃光が生じた。
――やばい!
再びエーヴィンは、ストラクティスを傾ける。今度は、その尾の先を、光が掠めた。ストラクティスは、半狂乱の様相を呈した。しゃにむに、逃げようと、高度と飛行速度を上げようとする。しかし、羽の一部が焼けたため、思うようには飛ぶことができない。それでも、死に物狂いで矢のように飛んだ。南、国境の方角へと。エーヴィンは、姿勢の安定しないストラクティスに、懸命にしがみつき、襲いくる光線からストラクティスを守るように、可能な限り、制御を試みた。ミルディーも、必死の面持ちで、彼を追う。
木立の下から、十数騎、騎乗の人物が出てきたのを、二人は、視界の片隅に捕らえた。そのうちの一人が、魔法で紫色の光を生み出しているものと思われた。騎乗の人物たちは、馬を駆り、エーヴィンらを追い始めた。その間も、紫色の光が幾度も疾り、エーヴィンのストラクティスを襲い続けた。
ぎりぎりのところで、エーヴィンのストラクティスは、光の直撃を避けていた。けれども、傷ついた羽で飛び続けるのには、限度がある。じきに、力尽きてしまうだろう。いや、既に、徐々に速度が落ち、高度が下がってきていた。
――このままじゃ、やられる!
心臓が、喉から飛び出しそうだった。
紫色の光線が、再び上空へと駆け上る。エーヴィンは、ストラクティスを傾けようとした。だが、傷ついたストラクティスの反応は、鈍くなっていた――。
「エーヴィン!」
ミルディーの絶叫が、夏の大気を引き裂いた。
続く
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