見出し画像

【小説】〈隻翼の竜の書〉赤目の盗賊 第二章 15

第二章 真夏の逃避行

15 疑惑

 四人だけになると、エーヴィンが荒い吐息といきいた。
「ちくしょう、やってらんねえよ!」
 乱暴に言い捨てるや、まだ片隅にうずくまっているフロイをにらえる。
「フロイ、お前、俺たちをめやがったな。あんな追手がいるなんて、お前、いったい、何者なんだよ? 何か、しでかしたんじゃないのか?」
 フロイはがたがたと震えながら、エーヴィンから目をらした。
「ぼ、僕は、ただの占い師だよ。何もしてないよ」
 馬鹿にするように、エーヴィンは鼻を鳴らした。
「ただの占い師を、あんな男が追いかけてくるかよ? あいつは、そこらのごろつきじゃないぜ。一流の戦士だ。ああいう男を雇うには、大枚はたかなきゃならないんだ。そんなに金をかけてまで追ってくるってのは、尋常じんじょうじゃねえ。なんでそうまでして、連中は、お前を追うんだよ?」
「……わからない……。僕は、何も、知らないよ」

 ハシャルの胸中でも、嵐雲のように、いくつもの疑念がふくらんでいた。今にも烈風が轟々ごうごううなり、渦巻うずまき、稲妻が弾けそうだった。だが、まずは、エーヴィンが提示した疑念について、思いを巡らした。ふと、思い当たることがあった。フロイには、「しでかしたこと」があったのだ。実際にやったのは、ハシャルだが――。
「……ひょっとして、連中は、フロイ、あんたの首飾りを狙ってるのか?」
 ハシャルの言葉に、エーヴィンとミルディーは、まゆをひそめた。
「首飾りって、何だよ?」
「どういうこと?」
 二人には、首飾りのことも、フロイの出生のことも、話していなかった。ハシャルがフロイを連れ出した後、フロイは、彼の出生と首飾りのことは他言しないようにと、ハシャルに頼んでいた。だから、二人には、フロイがジディアでかどわかされて無理に働かされていたことのみ、話したのだった。しかし、このような事態になったからには、説明せざるをえまい。フロイは、観念したように、小さな声で語った。
「……僕は、ジディアのさる高貴な方のとしだねなんだよ。それで、この首飾りが、僕の生まれを証すものなんだ。連中に取り上げられていたのを、ハシャルに取り戻してもらったんだ」
 言ってフロイは、懐から問題の首飾りを取り出した。赤と黄を主とした明るい色合いの花をかたどった、宝石のちりばめられた銀細工の首飾りが、抑えたランプの明かりを受けて、小さな太陽のようにきらめいた。けっこうな値打ちの品であることは、明らかだった。けれども、それを取り戻すためだけに、わざわざ、一座のいるミリィスから遥かに隔たった国境付近にまで、追手を差し向けるほどのものだろうか。
 三人がまだ納得していないのを察し、フロイは、白状するように、付け加えた。
「その……この首飾りには、魔法の力があるんだ。それで、シュティンク座の座長のカルヴェントは、この首飾りを時々利用していたんだよ。だから、これを取り戻そうと必死なんだ」

 これで、ひとまず三人は、合点がてんがいった。ミルディーが、彼女らしくなく、ためらいがちにいた。
「じゃあ、ひょっとして、あの座長さんって、魔法使いなの?」
 フロイはうなずいた。
 ミルディーはごくりとつばんだ。エーヴィンは、蒼白になった。魔法に、剣では対抗できない。ハシャルも、背筋がうそ寒くなった。けれども、ハシャルは、フロイの頼みで座長の天幕に忍び込んだ時点で、一座に魔法使いがいることを、既に確信していた。
「……そうか。連中は、魔法を使って、遠く離れた仲間と連絡を取ってるんだな? それで、こんなに早く、追手が来たんだ」
 ハシャルの言葉を、フロイは肯定した。
「きっと、そうだと思う」
 エーヴィンは、いきり立った。
「お前、どうしてそういうことを、先に言わないんだよ? やっぱり、お前、俺たちをだまして、利用しやがったな! 本当のことを言うと、俺たちが協力しないって思ったんだろ。白状しろよ!」
 言ってエーヴィンは、フロイに詰め寄った。ミルディーも、もの問いたげな視線をフロイに投じる。それでも彼女は、フロイを詰問きつもんしようとはしなかった。彼が話すのを、辛抱しんぼう強く待つ。

 ハシャルも、フロイにきたいことが、たくさんあった。けれども、フロイがまだわずかに震えているのに、気付いた。フロイにも、様々な事情があるのだろう。恵まれない人生を送ってきたのだ、人に誤解されるような行動を取ることがあったとしても、無理もない。穏やかな口調で、問う。
「なあ、エーヴィン、さっきからよくわからないんだけど、その、嵌められたとか、騙されたとかって、何のことだよ?」
 エーヴィンは、何かを誤解しているのではないか。そう、ハシャルは考えた。
 フロイは、口ごもった。それをさげすむように一瞥いちべつし、エーヴィンは言った。
「ハシャル、お前はこいつに、何も言われなかったのか? 何か、言われただろ。俺は、こいつに、あの夜、あの時間帯に、隣の家の物音に気をつけて、出てきた人とともに行けば、求める答えが得られるって、言われたんだ。それで、ミルディーと一緒に、お前とこいつがいた町外れの空家に行ったんだよ。……ミルディー、お前も、本当はこいつに、あそこに行くよう言われたんじゃないか?」
 ミルディーは、あの夜、嘘をいた手前、きまりが悪そうに頷いた。
「ごめんね。本当は、そうだったの」

 ハシャルは目をみはった。では、フロイは、二人があの時間帯に、あの場に来るよう、仕組んだのか。そういえば、あの夜、フロイの姿を見て、ミルディーとエーヴィンは、たいそう驚いた様子だった。
「ご、誤解だよ!」
 フロイは消え入りそうな声で抗議した。しかし、エーヴィンは取り合わなかった。
「で、お前はどうなんだよ」
 不機嫌ふきげんそうにハシャルに問う。ハシャルは、言下に答えた。
「俺は、何の指示も受けなかったよ。ただ、フロイの境遇をちょっと聞いただけで」
 うたぐり深い目で、エーヴィンはハシャルを見た。
「嘘だろ。さては、ハシャル、お前もこのいんちき占い師とぐるなんじゃねえか? ……わかったぞ、お前、こいつの身の上話を聞いて、情にほだされたはいいものの、一人じゃこいつを助ける自信がないから、俺たちを巻き込んだな!」
 なんという言いがかりだ。ハシャルの堪忍袋かんにんぶくろが、音立てて切れた。ハシャルはエーヴィンに、み付くように言った。
「何言ってんだ、そんなこと、するわけがないだろ! 俺は、一人でフロイを逃がすつもりだったんだ。そこにお前らが出てきたんじゃねえか」
 エーヴィンは、声を荒らげた。
「この嘘吐き! お前一人で、どうするつもりだったってんだよ。お前一人じゃ、こいつを守れるわけないだろ。お前はただの盗賊で、戦士じゃないんだからな。俺たちの協力が必要だったから、小賢こざかしい策略で、俺たちを引きり込んだのさ」
「てめえ……!」
 ここまで言われては、もはや勘弁かんべんならない。ハシャルは、エーヴィンに掴みかかろうと、足を踏み出した。エーヴィンも、身構える。

「ちょっと待ってよ、二人とも」
 仲裁に入ったミルディーを、二人は、迷惑げに見た。いつもは彼女の気をこうと懸命な二人であるが、今は、それどころではなかった。
「なんだよ、邪魔しないでくれよ。もう、こいつには、我慢ならねえ」
「止めてくれなくていいぞ。これは、俺たち二人の問題だからな」
「いい加減にしてよ!」
 ミルディーが、二人の耳元で一喝した。びりびりと鼓膜がしびれる耳を、二人は、押さえた。ミルディーが、声を落として言った。
「エーヴィン、あんた、ちょっと早計だよ。よく考えてみてよ、あの日、占いをしてもらった順番は、どうだった? ハシャルは、あたしの後だったでしょ。つまりあたしは、ハシャルがフロイと話す前に、フロイから指示を受けたわけ。だから、ハシャルがフロイと共謀して、あたしを巻き込んだってことは、考えられないね」
 ミルディーには疑われずにすんだということで、ハシャルは少し、ほっとした。エーヴィンは一声うなり、考え考え、言った。
「……ということは、ミルディーについては、ハシャルは関わってないんだな。でも、俺はハシャルの後に占ってもらったんだから、俺のことについては、疑いが残るよな」
 ハシャルは口をとがらせた。
「まだ疑うのかよ?」
 エーヴィンの視線には、なおも疑念が含まれていた。
「もちろん。お前だけフロイから何も指示されてないなんて、おかしいじゃないか。フロイの出生と首飾りのことも、知ってたんだしな」
「だから、それは、フロイに口止めされたんだって」
「何でそうするんだよ? やっぱり、お前……」
 らちが明かなかった。これは、当の本人に訊くしかない。ミルディーはうんざりしたように嘆息して、フロイを見つめた。
「ねえ、フロイ。本当のところは、どうなの? あんたは、あたしたちを利用したの?」

続く


 お読みくださり、ありがとうございます。
 よろしければまたお付き合いください。
 ご感想等いただけましたらとてもうれしいです。

 続きはこちらです。↓

 前の話はこちらです。↓


いいなと思ったら応援しよう!