宿泊する前にホテルのファンになる——バルセロナの予約メール
予約ミスから始まったメールのやり取り
バルセロナでは視察がてら色々なホテルに宿泊した。
出張が多い仕事をしているのでホテル滞在は多い。ほとんどは何事もなく終わってしまう。ところが、ときどき人生の思い出になるような経験にも出くわす。それには良いものと悪いものがある。今回のバルセロナでは、その稀な経験をした。もちろん、いいほうです。
滞在最後の2日間、バルセロナ大学系列が運営するホテル・アリマラに泊まる予定だった。最終日は早朝チェックアウト。バルセロナの日の出は日本より遅く、その時間は住宅街である外は真っ暗。人通りは少ない。正直、あまり一人で歩きたくはない。ところが、なんと二泊のつもりが、一泊しか予約していなかったことに気づいた。痛恨のミス。
直予約だったので、ホテルへ延泊可否を丁寧に問い合わせた。返ってきたのは「その日は満室」という事務的な返答だった。担当者はローラという名前だった。
諦めたくないので、「どうしても泊まりたいので、空いたら連絡してくれないか」と再度問い合わせてみた。だが、返答は「リマインドはしていないので、好きなタイミングでまた連絡してください」という素っ気ないもの。
正直に言うと、絶対に予約するんだから、部屋が空いたら取ってくれればいいのにと思った。
ちょっと焦っていたので余裕もない。
万一に備え、徒歩圏の別ホテルを予約サイトで押さえたけど、レビューには「シャワーの湯が出ない」が三件に一件の頻度で並び、しかも“キャンセル可”のはずが「返金できません」のメールまで届く。不安は増すばかり。というわけで、僕はスペイン到着後にも、しつこくアリマラにメールを送った。答えは、変わらず「満室です」。
ここまではよくある話。
三度目の照会のあとに物語が動き出した。
"Dear"から"Hey there!"へ
書き出しが定型の"Dear"から"Hey there!"になっていた。そして、部屋がないという言葉の後ろには絵文字がついていた。最後に次の一行が添えられていた。「明日も私にメールして!もう一度確認するから」
その瞬間、関係が顧客と担当者から、名前のある人と人の関係になった気がした。ローラのメールは僕の立場で書かれていて、僕のために動いてくれている。
でも、三度目だったので、正直もう無理かなと思っていた。でも、送ってねと言ってくれたから最後だという気持ちで翌朝に「部屋は空いてますか?もし無かったら、友人と一緒に空港へ帰るから、もし部屋がなかったら荷物を預かってもらえませんか?」というお願いをセットにして送った。普通に考えれば、これでこのやりとりは終わるはず。なんせ。こっちは諦めているから追加の手間はかからない。
そんな気持ちでいたら返信が来た。結果は相変わらず満室。だけど、次の言葉があった。
「Please,please don’t give up, write to me again tomorrow」
諦めないで!という声が画面から聞こえるかのようだ。
なんかものすごく感動した。こっちは諦めたけど、ローラは諦めない。むしろ、こちらを励ましてくれている。満室なんだから手間が増えるだけなのに。どうしても、泊まりたいといったお客さんを泊めるために最後までやりぬく!という気持ちになっている。もはや、僕以上にローラが僕を宿泊させたいと思ってくれている。
はじめてローラから来た翌朝の件名には大文字が書いていた。——“I HAVE A ROOM FOR YOU!!”。しかも、すでに確保済みで、ロイヤルティ(会員)価格で押さえてあるという。画面の向こうで、誰かが小さくガッツポーズをした姿が目に浮かぶようだった。僕は思わず、これまで出会ったホテリエの中であなたがいちばんだ、と正直に伝えた。返事には、次の英語が続く。
“Treat people like guests, not customers.”
“仕事でも人生でも、笑顔でいること。これでうまくいかなかったことはない。”
これこそが、ホテリエの心だと思った。この時点で、僕はアリマラホテルには宿泊していない。だが、すでにすっかりアリマラホテルのファンになってしまっていた。仕事の予約メールのやり取りだけで、ホテリエはホテルのファンにできるのだ。
冷静に考えれば、単に仕事でのメールのやりとりにすぎないのだけど、すでに気持ちはプロジェクトを一緒に成し遂げた仲間のような気持ちになっている。後半のやり取りは、もはや文通のようですらある。
僕は朝食なしで予約していたプランに朝食を追加し、滞在中は普段は手を伸ばさないミニバーも使った。仕事の丁寧さに報いたい——それは感謝であり、ささやかな参加でもあった。もちろん、ホテルの売上に繋がっている。
いいホテリエがいるホテルには、ホテリエの人格がにじみでる。少なくとも、ホテリエの心に触れてしまうと、そんな風にホテルを見てしまう。ホテルは建築物だが、ホテリエの人格が加わることで完成する。そんな体験だった。

その後のローラ
ちなみに、ローラと直接会った時にどんな感じになったのか気になりませんか?
実は、僕たちはすれ違い続きでした。チェックインは深夜になり、ローラとは会えなかった。代わりに、友人が持ってきていた日本茶をわけてもらってフロントに預け、礼を託した。翌日、視察に出ている間に彼女から次は日本語のメールが届いた。日本茶が大好きだという。初めての日本語メールに気持ちが伝わった気がした。ローラは「私の仕事を思いだしてくれて、評価してくれてありがとう」と日本語で書いていた。
最終日はさらに早い出発で、対面は叶わないまま。私は「おかげで素晴らしい滞在になった。またここに戻ってきたい」とお礼のメールを送った。
帰国翌日、彼女からまた日本語のメールが来た。既に予約業務が終わっている。まるで友人からの連絡みたいな文面だった。きっと、そういう翻訳をしたんだろう。お茶を気に入ったみたいで、今後はネットで探して朝のヨガ終わりの習慣にしたいと言ってくれた。最後は、「いつか本当に会えたらいいね!」で文章は終わった。
どうですか?まるで短編小説みたいな経験でした。
正直、もはやここまで来たら、お互いに出会わないまま奇麗な思い出になるのが一番いいと思う。はっきりいって、メール以上に良い印象を与えれる自信がない。イケメン東洋人の妄想をしてくれているなら確実に裏切ってしまう。
なんか、そんな文通みたいな感じが面白かった。それが、ホテル予約のやり取りで発生したなんてすごいことだ。
次に僕がバルセロナ行くなら間違いなくアリマラを選ぶ。しかも、直予約だ。ホテルもOTAへ手数料を払わなくすむし、僕はもしかしたらローラとまたやり取りできるかもしれない。お互いに良いことしかない。ポイントなんか、どうでもいい。
もはや、アリマラは僕の人生に思い出をくれたホテルになってしまい、他とは異なる存在になった。それは豪華な建物の意匠でもなければ、素晴らしいフルコースでもない。一人のホテリエのメールから始まったのだ。
きっと、ブランドはこうして創られる。
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