《創作BL 1week》夜の喫茶店で【1日目】
「……そろそろ閉店です」
時計を確認してから、いつものように声をかけた。
夜の喫茶店は客も少なく、照明を少し落とすと、テーブルと椅子の影が長く伸びる。
奥の席で本を読んでいた三宅さんが、顔を上げて微笑んだ。
「うん。もうそんな時間か」
閉店間際になっても急いで立たないのが三宅さんらしい。
迷惑そうな素振りも、邪魔にしている様子もなくて、ただ静かに空気をゆるめてそこにいる——
そんなところが、ずるいと思ってしまう。
「もう少しだけここにいても平気?」
「もちろんです。
……あ、カップ、お預かりしますね」
手を伸ばすと、三宅さんが本を閉じ、そっとカップを差し出してくれる。
その指先が一瞬だけ、僕の指に触れた。
ほんのかすかな接触なのに、心臓が“跳ねた”音が自分でもわかるくらい大きかった。
気づかれてないといいけど。
「今日の珈琲、いつもより少し香りが強かったね」
カウンターに戻る僕の背に、優しい声が届く。
「えっと……新しく仕入れた豆なんです。試してみたくて」
「ふうん。
朔くんが淹れると、違いがよくわかる」
柔らかい声。
褒め言葉なのに、どこかさらっとしていて、その自然さがかえって胸に残る。
会話が続くほど、距離が近くなる。
「……ありがとうございます」
洗い場の水音に紛れて、少しだけ息を吸い直す。
落ち着け。いつも通りに。
ところが、ふと振り返ると三宅さんが席を立ち、カウンターの端まで歩いてきていた。
「片づけ見てると、なんか落ち着くんだよね」
「え、あの……そんな、見るようなものでも……」
「いいでしょ? 閉店後の特等席」
——特等席、なんて。
その言葉が夜の空気に沈んで、やけに静かに心に届く。
「迷惑なら言って。
……朔くんが丁寧に片づけてるの、見てて落ち着くんだ」
また胸がざわつく。
三宅さんは本当に、言葉に余計な色をつけない。
その自然さが、逆に怖い。
意識してしまうのは、僕だけみたいで。
「……今日は長くいてくださったんですね」
なんとかいつもの調子で話題を変えようとすると、三宅さんが少し目を細めて言った。
「うん。朔くんの店、落ち着くから。
それに……今日は、なんとなく帰りたくなかった」
「帰りたく……」
「理由は、聞かないでおいて」
微笑むだけで、それ以上言わない。
でも、店内の静けさのせいか、その言葉だけが妙に残る。
三宅さんが帰り支度を始めたのは数分後。
ドアの前で「じゃあね」と軽く手を上げる。
「今日も美味しかったよ。……おつかれさま、朔くん」
その“特に深い意味もない”はずの一言が、不思議とあたたかくて、胸の奥がじんわりしてしまった。
扉が閉まっても、そのまま少しだけ動けなかった。
閉店後の静かな店内に残るのは、珈琲の香りと——
さっき触れた指先の感触。
