ジャッキー・チェンと勝負する(30)
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ようやく30作目に到達。でもまだ半分にも来てないんだよなあ。つくづくジャッキー・チェンって、偉大だ。今回の作品は「カンニング・モンキー/天中拳」(1978年)
「ドランク・モンキー/酔拳」「スネーキーモンキー/蛇拳」「クレージーモンキー/笑拳」に続く「モンキー・シリーズ」の第4作にして最終作。
というのは全部ウソ。
じつはこの映画はジャッキーが「スネーキーモンキー」で人気ブレイクする前の1977年ごろに製作され、当時のボスであるロー・ウェイによってお蔵入りにされていたもの。つまり、かなり初期のジャッキー映画なのである。香港での公開は「スネーキーモンキー」ヒット後の1980年、日本ではさらに遅れて1983年にようやく封切られている。
なぜそんなことになったのか? 伝統的なカンフー映画(ストイックな求道者がかたき討ちをする)の製作者としての自負を持っていたロー・ウェイが、コメディ要素を満載した革命的作品に不当にも「待った」をかけた……というのが定説。ジャッキーの自伝にもそんなようなことが書いてある。
たしかに、ブレイク前のジャッキー出演映画を見ると、ブレイク後の作品との落差が大きい。暗いムード、閉塞感のある設定、泣きのドラマ、残忍なまでの復讐のカタルシスなどなど。これが伝統的なカンフー映画でロー・ウェイのお家芸なのだが、こうしたものに若きジャッキーがガマンできなかったのは、想像に難くない。
「カンニング・モンキー」で実現されたのは、こうした「伝統」の徹底したパロディ化だった。オープニングのタイトルバックでカンフーの試技を見せるのは伝統的パターンだが、ここではいきなり座頭市のモノマネから入り、片っぱしからカンフーや剣戟を茶化したギャグでまとめてゆく。そりゃあ怒られるだろ。
しかし、今見ると(いや1983年に見た段階でもそうだったが)この試みが「大成功」しているかというと、そうは見えないのだ。ギャグとカンフーのからみ具合が空回りしているんだよね。こうしたバランスの悪さは、後年のジャッキー映画でも、とくにシリアスドラマを志向した際にチラホラ見えるジャッキーの悪癖だが、ここではそれらとちょうど逆のパターン(コメディを志向している)で露呈しているのだ。
前半はまだいい。ギャグが笑えないのは、別にそう大きな欠陥ではないことにしてやろう。この時代の香港映画だからね。前回の「大福星」よりはマシなくらいだ。だが後半、謎の秘薬争奪戦になってストーリーがシリアス度を増さざるを得なくなると、ギャグとアクションのバランスがひどく悪くなるのだ。
クライマックスのカンフーアクション。複数の悪役を次々に出したためにまとめきれなくなったのか、軍団抗争になってしまうのだが、その悪役たちを真っ向からぶっ倒すのではシリアスが勝ちすぎて従来の伝統的カンフーアクションと同じになると危惧したのか。ジャッキーたちが相対する敵陣営は、戦場のそこかしこに散乱した武器の上に次々と倒れ込むなどして自爆連発。押し出し死球やオウンゴール、はたまた勇み足で決着がついた勝負のように、どうもスッキリしない。
若きジャッキーが精力をつぎ込み、「蛇鶴八拳」や「少林寺木人拳」でも組んで信頼厚きチェン・チー・ホワ(陳誌華)監督とともに作り上げた作品で、その心意気は買えるし、製作当時としては画期的カンフー映画だったことは間違いない(チェン・チー・ホワはその後も長くジャッキーと組んで映画を作り続け1999年に亡くなった盟友の一人)。だがその出来ばえは、この後に続く一連の「モンキー・シリーズ」と比べてみると、やはりプロトタイプに過ぎないのだ。そう思って思い返せば、「スネーキーモンキー」や「ドランク・モンキー」が、意外にもけっこう微妙なバランスの上に成り立っていたことがよくわかる。
そうしてみると、この作品をお蔵入りにし、「スネーキーモンキー」のブレイク後にジャッキー人気とコメディカンフーが定着するまで公開を待たせたロー・ウェイの決断は、案外正しかったのかも知れない。
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