移民の歌が聞こえる
人気シリーズ「マイティ・ソー」の最新作の予告編がネットに流れています。今年11月にアメリカで公開される「Thor: Ragnarok」 シリーズ第3作、今回は超人ハルクも登場するようですね。日本公開はいつでしょうか。
そんなことはともかく、この予告編のバックに流れているのが、パワフルな「移民の歌」です。1970年に発表されたレッド・ツェッペリンの名曲。洋楽やロックにさほど詳しくない人でも、冒頭のあのシャウトは、耳にしたことがあるはずです。
私が中学くらいのころ、男の子はロックをたしなむものでした。ラジオやカセットレコーダーで(時代感じるね)洋楽を聴くのが、今風に言えば「クール」だったんですね。だから「移民の歌」なんてのはメジャーだったわけです。
当然ながらへそ曲がりの私は、ロックには興味はもちませんでした。そのせいで、いまだに詳しくありません。偉そうに「詳しくない人でも耳にした」とか書きましたが、私、ツェッペリンのメンバーの名前すら、よく知りません。
にもかかわらず、私が「移民の歌」に敏感に反応するのは、ブルーザー・ブロディのおかげです。
ブロディが亡くなったのは1988年ですから、もうじき30年にもなるんですね。今の若いプロレスファンのなかには、もうブロディを知らない人もいるでしょう。
そのブロディの入場テーマ曲が「移民の歌」でした(ツェッペリンの演奏ではなくオーケストラのカバーバージョン)
前に「アイ・アム・アイアンマン」でも書いたように、このテーマ曲には今でも燃えますね。それくらい、ブルーザー・ブロディというレスラーは偉大かつインパクトがあったんですよ。ま、そんなことは私がいまさら書き連ねることもないでしょうが。
そのブロディが、一時期アメリカではキングコング・ブロディと名乗っていたのは知ってるかな?
日本に来日するようになったころだから、たぶん70年代の終わりごろでしょうか。アメリカ南部のテリトリーに転戦したブロディは、現地ではキングコング・ブロディを名乗っていたのです。
なので、いち早く「未知の強豪」として彼を紹介をした週刊ファイトの記事では、ずっと「キングコング・ブロディ」あるいは「K・K・ブロディ」と表記してましたっけ。
彼が常連外人レスラーとなった全日本プロレスと、中継していたNTVは「ブルーザー・ブロディ」とし、「キングコング」はキャッチフレーズとしていたので、ほかのプロレスマスコミはそれに倣って「B・ブロディ」でした。その点、ファイトは頑固だったですねえ。ずいぶん後まで「キングコング・ブロディ」でした(その後「ブルーザー」に変わりましたが)
その頃の記事でこんなのがありました。
当時のアメリカプロレス界は、今と違って多数のプロモーションが各地にテリトリーを持つ連合体でした。その最有力組織がNWA。まあ同業者組合みたいなもんですが、アメリカの有力テリトリーばかりか世界各地のプロモーター達が加わっていたので、その勢力は強大。
そして、そこが認定するNWA世界王者は、実力、人気、そして政治力の揃った、文字通り「チャンピオンの中のチャンピオン」として世界のどこに行ってもゼニの稼げる王者でした。
なので、各地のプロモーターは、自分のテリトリーの選手に、このベルトを取らせるべく競い合ったのです。
1970年代の後期、当時テキサスのダラスを中心にしたテリトリーを牛耳っていた「鉄の爪」フリッツ・フォン・エリックが、自らの配下にこの王座を置きたいと考え、その王者候補としてブロディをプッシュしようとしている。そんな記事が週刊ファイトに出たのです。だから見出しは「キングコング・ブロディ」だったと思う。
ただし、そこにフリッツのコメントとして、いまのままのスタイルではダメだ、ブロディは野獣スタイルを捨ててスキンヘッドにする必要がある、とも書かれていました。
スキンヘッドのブロディ。この記事はずいぶん私の想像力を刺激してくれたもんです。似合うかと訊かれれば、まあ微妙なアイデアですが。
もちろん、これは実現しませんでした。
この記事が事実だとしたら、たぶん自分のスタイルに不動の自信を抱いていたブロディが拒絶したのでしょう。事実ほどなくしてテキサスを離れ、日本を主戦場にしていきましたから。
あの時、ブロディがフリッツのアドバイス(命令?)に従って、なおかつNWAの王者になっていたら、1988年7月16日の、あの悲劇はなかったかもしれません。
ブロディのスタイルはその後多くのレスラーにコピーされ、「移民の歌」もしばしば入場曲になりました。ZERO-ONEのレギュラーだったザ・プレデターとか。
現在は新日本プロレスの真壁刀義が、「和製キングコング」のフレーズ、入場時のチェーン、キングコングニードロップとともに、「移民の歌」も継承しています。でもここんとこバラエティなどのテレビ出演が多くて、肝心のリングで目立ってないぞ。もっと頑張れ。
こうしてブロディの遺産は、現在もプロレス界に受け継がれているというお話しでした。
