東京ヤンキース
前回ご紹介した「闘翔ボーイ」に続いて、竜崎遼児が「少年サンデー」に連載したのが「ばっくれ一平!」だ。
「闘翔ボーイ」の主人公である篁大介は甲子園の超高校級投手からプロレスラーに転向したが、今回はやはり超高校級投手の沢村一平がプロ野球で活躍するという、王道の野球マンガ。
他校との暴力事件で(「闘翔ボーイ」と同じみたいでワンパターンだぞ)高校時代は無名のままだった一平は、解説者の江川卓にスカウトされて高校のチームメイトとともに巨人軍入り。天衣無縫ぶりを発揮しつつ、チームの中心にのしあがり、日本プロ野球に革命を起こしてゆく。
といっても、入団から最終戦までの1シーズンだけの物語。「巨人の星」や「ドカベン」のような大河ドラマではない。
このマンガが面白いのは、いわば「近未来野球マンガ」ともいうべき、その設定からだ(連載時にそんなキャッチコピーを使っていた気もする)
いきなり物語のキーマンとして江川(連載開始の2年前に引退)が登場するように、主人公や主要キャラクター以外に実在のプロ野球選手や監督、解説者などの関係者を使っている。これ、梶原一騎先生以来のスポーツマンガの常套手段なのだが、その選手たちやプロ野球界の背景も、数年後の近未来に設定しているのだ。これはかなり大胆な手法だと思う(おかげで江川さんはすっかり実業家になったという設定で、喫茶店「きりんこ」のチェーン店候補地を視察している時に一平たちを偶然発見したことになっている。ちなみに「きりんこ」は江川氏が実際に経営していた喫茶店だが、チェーン化などする前につぶれた)
なので、連載開始の1コマ目は、いきなり「巨人最下位決定的」「今年も指定席決定か」みたいな見出しが躍るスポーツ新聞1面。
この世界では、読売ジャイアンツは2年連続最下位に沈む暗黒時代。この汚名を挽回するために、新監督に迎えたのが、日本ではまったく無名の異端監督シャーク轟(とどろき)。そして彼が一平たちを大胆起用して巨人を立て直すというのが中心軸なのだ。
その巨人軍のレギュラーメンバーは、実在の面々。冒頭で一平の前に現われる巨人軍1軍のラインナップは、勝呂、岡崎、篠塚、原、呂、中畑、蓑田、山倉、桑田。なつかしい顔ぶれだねえ。
連載開始が1989年の夏だから、おそらくモデルになったのは1988年シーズンあたりだろう。
リアルな日本プロ野球でそのころの巨人軍はというと、1987年は優勝、1988年は2位で、この年が王貞治監督の最終年(王さんはマンガには解説者として登場する) そして翌年からは第2次藤田元司政権でセ・リーグ2連覇と、けっして最下位でもなければ暗黒時代でもなかったわけだから、当時の選手たちがこのマンガでの自分を見てどう思ったかはちょっと興味がある。もちろん、そんなことにメクジラたてるような狭量な選手はいなかったようだが。
当然セ・リーグの他球団も登場するが、そこでも近未来設定がされている。
各球団の監督さんは、中日は星野仙一(リーグ2連覇の王者という設定)、広島は山本浩二、横浜が古葉竹識と、このへんはリアルと微妙にシンクロしている(星野は1987年から、山本は1988年から、古葉も1987年から)
残る2球団のうち阪神の監督に設定されているのは田淵幸一(実際は1987年の吉田義男から翌年には村山実) ご存知のように現実には阪神・田淵監督はついに実現していないのだが、このころにはそんな噂も多かった(阪神こそ、この時期は最下位つづきの暗黒時代だった)
そして残るヤクルトの監督は、現実でも1987年に就任した関根潤三に設定されているのだが、シーズン途中で長嶋茂雄(マンガでは「長縞」になってた)が電撃就任する展開。これも、当時盛んにささやかれていた噂を取り入れている(現実には実現せず、長嶋はのちに巨人監督に復帰)
というところで、今回の主役になるのが、セ・リーグ第7の球団「東京ヤンキース」
この年のシーズンからセ・リーグに加わる新球団という設定で、本拠地は浦安の東京ディズニーランドのすぐ近くに建設する新球場・東京ヤンキースタジアム。なんでもニューヨークのヤンキースタジアムとまったく同じサイズのコピー品で、広告の看板に至るまで全部英語仕様という徹底ぶり。
というのもこの新球団、設定上はアメリカの大リーグ(まだメジャーリーグとかMLBという呼び名は一般的ではなかった)が日本侵攻のために設立したチームということなのだ。いかにも熱血マンガ。
監督は「広尾」 いうまでもなく、管理野球と合理精神に徹した采配で一時代を築いた、広岡達朗その人のこと。ヤクルト、西武で監督をつとめたあとの浪人時代だが、まだ当時は監督に野心があると思われていたし、実際この時期に大リーグに留学するなどアメリカ志向も強かった。巨人監督就任の噂もあった。その広岡じゃなくて「広尾」がアメリカの手先になって日本プロ野球に侵攻してくるのだから、ぴったりの敵役といえよう。
アメリカの大企業(パプシコーラ・笑)がバックにつき、大リーグ機構が後押しする球団ゆえ、外人選手の補強もすごい。3人のトップクラスの現役大リーガーが「派遣」されてくるのだ。
作中のセリフを借りれば、「昨年大リーグのホームラン王」アスレチックスのマック・マクガレイ外野手、「守備力で年俸大リーグナンバーワン」カージナルスのオージー・スミス遊撃手、「ミスター・K三振奪取王で最多勝」メッツのドライト・グットン投手。
当時はまだまだアメリカは遠く、大リーグの試合中継などもほとんどなかったし、私もそんなにアメリカの野球には詳しくなかったが、それでも彼らのモデルが、マーク・マグワイア、オジー・スミス、ドワイト・グッデンであることは、すぐにピンときた。実在の日本プロ野球の選手・監督をほとんど「まんま」起用しているのと同じ手法だ。
そう、「闘翔ボーイ」の新東京プロレスの選手たちのモデルが、当時現役のプロレスラーたちであることが一目瞭然だったのと同じことだ。作者の竜崎遼児の持ち味なのだが、ストーリーにひと味違ったリアルさを加える効果があった。
さっきも書いたように、このころのアメリカは遠かった。この設定が1988年くらいだとすると、パイオニアである野茂英雄のドジャース移籍(1995年)よりも7年も前で、この時点でメジャーリーガーとなった日本人はマッシーこと村上雅則(1964-65年)のみ。日本人選手がアメリカに乗りこんで大リーグで活躍するなんて、夢のまた夢、それこそマンガの世界だと思われていたのだ。
なので、アメリカとは圧倒的に力の差があると思われていたわけで、マンガの中でも、アメリカから襲来したこの3人は段違いの力量を見せつけ、ついでに日本人選手を大いに見下してくれる。
その強大な外敵を、破天荒な一平が倒すのが、このマンガの大きな見せ場のひとつだった。
とくに初対決での、グットンの投げる魔球スプリットフィンガー・ファストボール(SFF)をめぐる攻防は、燃えるものがあった(じっさいにはフォークボールのバリエーションのひとつで、当時の日本人投手も投げていたが、ここではまだ日本では未知の魔球ということになっている)
マンガの終盤には、轟監督の采配と一平らの奮戦で立て直しに成功した巨人と、東京ヤンキースが優勝を争うのである。優勝のかかった最終節での直接対決では桑田や中畑、原といった実在の選手たちも、マンガ顔負けの活躍を見せてくれる(いやマンガなんだが)
ちなみに、この1988年というのが、いままさに現役メジャーリーガーとして活躍している田中将大(11月1日生)、前田健太(4月1日生)らが生まれた年であるのは、なんたる運命のめぐりあわせか。もちろん、大谷翔平はまだ生まれてもいない。
あのマンガからおよそ30年。歳月の流れをたっぷりと思い知らせてくれる事実だね。
もうひとつ、このマンガが私に忘れられない印象を残した点がある。
マンガの終盤、かつて3年前に酷使から肩を壊し、甲子園の優勝投手となりながらプロを断念し「悲運の天才投手」となった雲宝零(うんぽう・れい)がヤンキースのもう一人のエースとして登場する。酷使を良しとし、精神論をふりかざす日本の野球界に警鐘を鳴らすために復帰し、あえて広尾監督とともにケンカを売ってくるのだ。
ここで提示される問題は、あれから30年もの時が過ぎようとしているのに、多少の改善はあっても、日本の野球界に依然としてはびこっているままだ。日米のプロ野球の格差は、すっかり小さくなったのにね。
