ジャッキー・チェンと勝負する(56)

「21世紀のジャッキー・チェン」が続く。今回は2009年の「新宿インシデント」 ほとんどのシーンを日本各地でロケ撮影し、竹中直人、峰岸徹、加藤雅也ら日本の俳優陣を共演に迎えた作品だ。

ジャッキーが日本でロケ撮影した作品といえば、「大福星」と「デッドヒート」がすぐに思い浮かぶが、今回の「新宿インシデント」はそれらとは大きく趣きが違う。

それは、21世紀を迎え、ハリウッドから凱旋した時期から模索されてきた試行錯誤のひとつである、従来の「明るく楽しいジャッキー・チェン」とは違う味わいの追求。

中国からの密航者として新宿・歌舞伎町にやってくる主人公は、作品中でほとんど笑顔を見せない。ジャッキー・チェンの「明るさ」を、わざと極端に排したようなキャラクター造形に、この映画のトーンが象徴されている。

実際にリアルかどうかはともかく(日本人は、日本が舞台のエンタテインメントを見ると、ここを気にしすぎる。フィクションなんだからいいじゃないか)シリアスな描写に終始するこの映画、セリフのかなりの部分が日本語であるせいもあって、途中で香港映画ではなく、東映のやくざ映画でも見ているような気分にさせられた。

それは主題のひとつが日本のヤクザ社会だからというだけではないだろう。画面の暗さや雰囲気が、いかにも日本的な重苦しさを持っているからだ。このあたりはジャッキーではなく、監督のイー・トンシン(爾冬陞)の志向だろう。

そんな中で主役を演じるジャッキーも、「明るく楽しい」ジャッキーではない。当初は移民社会の新入り、次いで日本社会の日陰者、さらには裏社会の実力者として、徹底的にアウトローとして生き続ける「新宿インシデント」の主人公は、本来ならジャッキー・チェンが演じるような役ではなさそうに見える。同時代のスターなら、チョウ・ユンファやレオン・カーフェイあたりの役どころだ。

もちろん、「新ポリス・ストーリー」などのように、いつもいつも「明るく楽しい」ばかりのジャッキーではないが、それでもそこには常にもう一つ、「壮絶アクション」が伴われていた。スタントや大仕掛けを駆使したビッグアクションが、そうした異色の作品でも、ジャッキー映画らしさを充分に感じさせてくれたいたものだ。

ところが「新宿インシデント」では、そのアクションもない。多くの乱闘や殺戮シーンはあるが、そこには大きな仕掛けはない。泥臭いヤクザの「喧嘩」がほとんどであり、いずれもアクションというよりは乱闘シーンで、カンフーアクションやスタントのカケラもない(とはいえ、凡百のアクション映画では足元にも及ばないような迫力があるあたりは、さすがだ)

総じて、およそ「ジャッキー映画」とは思えないようなカラーの映画になった「新宿インシデント」

では、この映画のジャッキー・チェンがミスキャストだったかというと、決してそんなことはない。

不法滞在者の仲間たちのためを思い、そのために悪事にも手を染め、やがて悲劇へと向かってゆく主人公は、やはりジャッキーが演じることによってこそ、リアルさと迫力を持ったといえよう。竹中直人が演じる刑事とのなんとも言えないやり取りなど、この年齢に達したジャッキーにして初めて滲み出る人間味が感じられ、いいシーンになっていた。これが、ラストシーンにも生きている。

なんでも、本作の撮影中のジャッキーは演出や撮影にはあまり口を出さずに、演技者に徹していたという。常にワンマン映画を志向してきたジャッキーだが、これが21世紀の、ハリウッド帰りのジャッキー・チェンへの模索なのだろうか。

20世紀から見続けてきたジャッキー映画の一作としては、ああジャッキーも(見ている私も)年を取ったなと思わせられるものではあるが、いっぽうではジャッキー・チェンが半世紀近くにわたって積み重ねてきたものがあってこその演技であり、存在感。

いろいろな問題を内包しつつも、やはり「新宿インシデント」も、まぎれもないジャッキー映画の一作であるのだろう。

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