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可愛らしいドイツの名城、コッヘム

2025年5月3日 コッヘム、ドイツ
 私はほぼ10時ちょうどの電車でデュッセルドルフを発ち、10時25分頃ケルン・メッセに到着して、別な電車で11時前のトロイスドルフに来た。更にそこから直ぐに乗り換えて12時20分頃、コブレンツに着き、また直ぐ乗り換えて13時15分頃にコッヘムに着いた。
 駅の近くでは高さ3mほどの低い石橋がモーゼル川Moselに架かっていて、その下では出店や四角いテントなどで即席の店舗が石畳の上に建てられていた。これら店舗ではフレンチ・フライやホット・ドッグに当地名物のモーゼル・ワインなどを売っていて、数十人ものドイツ人達がベンチに座ったり立ったりして飲食していた。直ぐそばにはジェラート屋やレストランもあった。

 橋を渡らずに川沿いに歩くと、石畳の敷かれた観光客向けの商店街に出た。そこの建物の多くは屋根裏を含む4階建てで、伝統的な木組みのものもあった。また、多くの建物には格子窓が規則的に付けられており、1階が店舗になっていて、外壁の色はクリーム色、臙脂色、抹茶色、白など淡いものが多かった。土地が余っていないようには見えなかったが、これら商店街の建物はどれも細長く、隣の建物と密着していて、建物の前の道も恐らく5m未満と行き交う人の量に対しては狭かったので、私はギリシャのコルフ島の商店街に通じる窮屈さを感じた。

 駅から川沿いに30分ほど歩き、数十mの坂道を上ると、高さ20m程の小さな丘があった。この丘の斜面はワイン畑になっていて、コッヘム城はその上に建っていた。小さな丘の上に石材製の建築物が建つ様は、フランスのプロヴァンProvinsで見たセザールの塔Tour Césarのようだった。

 城の敷地は黒ずんだ黄土色の城壁に守られていて、城壁は上空から見ると、直線部分を川方向、つまり西に向けた半円型を描くように建っていた。敷地の中心部には、城壁同様の外壁を持った高さ約20mの正四角柱の塔が伸びていて、塔上部中心には四角錐の黒い屋根が、その四つ角には黒い円錐の屋根を被った2m前後の円柱形の小塔が立っていた。塔の下層部分には四方から複数の屋敷が接合されていて、城壁の一部にも屋敷が複数着いた箇所があった。両屋敷群はどれも黒い屋根を持っていて城壁同様の外壁を持つことを除き、形や大きさがばらばらで、無計画に増築が重ねられたのであろうことが読み取れた。だが、葡萄の蔦と実が窓の上に描かれていたり、蔦が或る棟の外壁を覆い尽くしていたり、盾を模した装飾や、金色の背景に天使らしき赤子を背負って杖を突きながら歩く男性が描かれたモザイク画が外壁に取り付けられていたりしたので、城の造りには遊び心もあった。これら城の各棟に込められた遊び心は、無計画な増築から来る無秩序感を、各棟の造りの差異から生まれるユニークさへと昇華していた。
 また、川と逆方向、つまり城から東方を見下ろすと、斜面一面にワイン畑が広がっていて、城の造りと相まってメルヘンな雰囲気を作り出していた。

 城の内部はツアーでのみ見学することが出来た。城内の壁は基本的に白い壁紙か焦げ茶色の木肌が剥き出しになっていたが、シャンデリアの下がった食事部屋の壁紙には、臙脂色の地に緑でペイズリー柄が入っていた。白馬に乗った白い男性が描かれた青い背景の丸い絵が四方に描かれ、黄色地に緑色の草が描かれたヴォールトの屋根が付いた部屋もあった。隠し部屋を開くスイッチが床に設置されている部屋もあった。それにまた別の部屋では、下半身が竜で腰から翼のように角を生やした裸体女性を模した木像が天井から下げられており、その右手のトーチには蝋燭が置けるようになっていた。廊下や各部屋には、穴熊や鼬、黒い雉のような鳥、鷲、梟、猪と鹿の頭部、沢山の鹿の角も展示されており、城主の狩りに対する強い関心が感じられると共に、周囲の自然環境も感じ取ることが出来た。

城内は人が沢山おり、余りいい写真を撮ることが出来なかった

 以上で城の見学を終えた私は、商店街のワイン屋でピンク色のワイン・ボンボンを知人への土産に買い、帰宅すべく駅に戻った。そして行きと逆の行程で電車に乗り、19時半頃にデュッセルドルフに戻った。
 前日のドラッヘンブルク城訪問を含む2日間連日のドイツ国内旅行は、知見を広めたり、未知なる文化を知ったりする為の普段の旅行とは違い、純粋な気分転換を目的としていたので、何も学ぶものはなかったがそこそこに楽しかった。
※2025年6月28日 ネット情報によると、ドラッヘンベルグ城は19世紀、コッヘム城は11世紀に築城されたが、後者はいい意味でその古さを感じさせない美しさがあり、私は両者の築城年代の大きな差異に驚いた。


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