解説編の解説編のつもりが反省会)リアルγδ。恥について。言葉の意味について。アメリカ民謡研究会のパンとお茶会について。

この記事を書くことで、僕は恥を塗り重ねていないでしょうか。

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「言葉を大事にしてほしい。言葉を大事にした生き方をしてほしい。(言葉は音を含む)。音楽制作者ではなく、人間として、成長してほしい。」

そんな言葉を吐いた。吐き捨てた僕自身が言葉を大事にできていない。恥ずかしくなった。嫌になった。自分が。恥ずかし過ぎて先の文言は消した。ここに残す。

自分の言葉が他者に伝わらない。そんな状況を想像しました。(そう言ってくれた人がいます。「興味を持ってくれた人に届けたくないですか?」そんな問い掛けだった。ありがとうございます。これがリアルγ、リアルδ。自分の姿が僕には見えなかった)。言葉が誰にも届かずに死んでいく姿を想像できました。なので書き直します。

短く、簡潔に。

β 日常を繰り返す力になる曲
γ 新しい日常に向かう力になる曲

いやこれでもダメか・・・・

β 問いかけない
γ 問いかける

どうしたらいい?どんな言葉なら伝わる?

「現代において、論じることに力はない」。これは民俗学者の赤羽さんからもらった言葉。

結局僕は今でも相変わらず論じている。繰り返している。

恥ずかしい。

恥ずかしい。

多分僕は間違えていて、リアルでこの話をして言葉を知らないといけなかった。どんな言葉なら通じるのか。受け止められるのかを、現実に経験してからでなければいけなかったんじゃないか。だからこのアプローチは間違っていたんじゃないか。

「お前の言葉、伝わると思ってんの?」
「は?言葉を大事に?お前の言葉がどれだけ不憫な顔をしているか、見えないのか?」

恥ずかしい。

恥ずかしい。

恥ずかしくて、嫌になる。

「ナニサマ?」

僕が言葉を使うことの価値を失う。
言葉の使用制限を想像する。
僕はその制限範囲の外で言葉を生み出しては見殺しにした。


開き直ってみる。

届く人にだけ届けばいい。


伝わらない相手に伝えるには、どんな手順があるのか。「好き」から入る。「好き」になってもらう。(ここで僕は詰む。

時間をかける。

それにしては、僕は必死すぎる。

「いったいなにを期待していたんだ?」


僕の記事はわからないし、弱い。伝わらないし、聞こえない。聞こうと思えない。

僕ができていない。

だからと言ってこのままでもいたくない。

今は、この恥の感情を、ちゃんと噛み締めたい。

消えてなくなりたい。とはこのことか。


「もういいよ、好き勝手に生きろよ。お前の自由を、この命を、お前は何に使うんだ?」

好きで生まれてきたわけじゃない。


「今日も美味しいパンを焼かなくっちゃ」

自分で作って自分で食べる。今の僕には、それしか想像ができない。お茶会なんて、想像できない。お茶会?誰か来てくれるのか?こんな僕のところに?


言葉が誰かにとって意味を持つまで、誰かの中に残り続ける記事、曲。そんなものを僕は作りたいのかな。

それが祈りなのかな。

僕は今何をしても、僕を嫌いになりそうだ。




無害な言葉。わからない言葉。意味を探し当てるまで、感じられるようになるまで、届かずに、記憶の中でただつきまとう。残り続けるために音がある。「必要」になった時に、意味を為す言葉。そんな言葉のあり方を、僕は




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あの言葉をくれたことに、僕は感謝している。
僕は壊れたい。


何度も間違えてきました。ぴちさんを怖がらせたこともあります。初めての人に、切り掛かるような記事を書きました。僕のことを、知ってほしいと思いました。これすらも、間違いかも僕にはわかりません。それでも、まだできることがあると思って、公開します。ごめんなさい。許さないでください。


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