【COLUMN】Mk.geeはギターのトレンドを変えた。だが、彼しかそれを持っていない。
Mk.geeことMike Gordonは、昨年の『Two Star & the Dream Police』リリース以降、(少なくともアメリカでは)現代のギターゴッドとなったが、彼ほどにギターに興味のないギタリストも珍しい。
Mk.gee「正直、最新作でギターは僕にとって一番興味のないものだ。もうギターに共感できない。ギターの性質が好きじゃないんだ。
人々は混乱すると、強引に箱に入れようとする。僕は上手いギタリストだよ。でも“良いギタリスト”というカテゴライズは僕にとって正しくない。僕はもうギターに共感できないから。」
今年はBon Iver『SABLE,fABLE』に収録の「From」や、Justin Biever『SWAG』に収録の「DASIES」、『SWAG Ⅱ』では「LOVE SONG」にソングライターとしてクレジットされている。このような重要作でも存在を示しながらも、ギタリストとして客演していないあたりに、その発言が嘘でないことが窺える。
かつてMk.geeが隣でギターを弾いていた、盟友のDijon。彼の話題作『Baby』でさえ、ドラム、ベース、ピアノ、更にはホイッスルなどをプレイしているが、ギターは弾いていない。そんなDijonは、Mk.geeについてこう語る。
Dijon「Mikeは一生に一度出るか出ないかのギタリスト。でも彼のレコードをギターだけで聴いたら間違いだ。彼は今、地球上で最も魅力的なプロデューサーかもしれない。」
ギタリストとしてのMk.geeに注目を集める最大の要因となった、Eric Claptonの発言も振り返ってみよう。
Eric Clapton「彼の音楽は、僕にとっては少しポップなカテゴリに入るけど、ユニークだ。ギターで誰もやっていないことを見つけた。しかも、それをライブでもできるんだ。
プリンスを初めて見た時と同じだ。あの時、“ギターの未来は大丈夫だ”と思ったよ。」
Mk.gee自身も、そのギターゴッドに影響を受けた1人なのだが、Claptonは間違いなく、Mk.geeのアンギタリストな性質を見抜いた上で、彼のギターを称賛している。そんなアンギタリストな彼のギターサウンドを、機材面から根を張り、なぜにアンギタリストなのか、Mk.geeの音楽家としての本質はなんなのか、拡大して考えていければと思う。
Mk.geeサウンドの根幹を成すRoland VG-8と、Joni Mitchellからの巨大な影響


これは彼のライブ時の足元と、録音時の写真だが、ライブと録音で同じ機材を使っているのが分かる。まず1番目を引くのが、Roland VG-8だろう。

これは日本の楽器メーカー、Rolandが1995年に発売した、V-Guitar Systemを用いたギター合成機器で、Mk.geeは『Two Star & the Dream Police』からこれを導入している。COSM技術でギターのボディ、ピックアップ、アンプをモデリングしており、GK-2Aという専用のピックアップをギターに装着し、そこからVG-8に接続することで、多様なサウンドを再現できる。また、スタンダードチューニングのギターを、スイッチ一つで違うチューニングに変えることもできる。


エフェクトや合成音源も搭載しているので、ギターでシンセの音を出すこともでき、多層的なギターサウンドを構築するMk.geeにはなくてはならない機材。それほどに重要な機材なので、数年前までは数万円で購入できていた本機だが、彼の影響でこの1、2年のうちに数十万円の価値に跳ね上がっている。かつてKing Crimson周りのギタリストや、Smashing PumpkinsのBilly Corganらが使用してきたが、Mk.geeと最も近い使用方法…というよりモロに影響を受けたのはJoni Mitchellだろう。まずは1998年の彼女のライブ映像を観てほしい。
…どうだろう、独特なコーラスサウンドやフィンガーピッキング、右手の動きを含め、かなり影響を受けたのが分かると思う。
ここでJoni MitchellとVG-8について少し深掘りする。50を超える様々なチューニングを使用するMitchellは、足元のスイッチ一つで簡単にチューニングを変更できるVG-8にいち早く目を付けた。曲ごとにチューニングが異なり、その都度のチューニングやギター交換が難しいために、1983年から10年以上もライブをしていなかった。それほどにチューニングは彼女にとって一大問題だった。彼女はVG-8が発売されたその年に、VG-8に対応するギターをLAのギタービルダー、Fred Waleckiに特注。

GK-2Aを搭載し、Parker Flyの型を模したこのカスタムギターは、2022年のNewport Folk Fes.での復活ライブでも使用され、1995年から現在に至るまでメインギターとして活躍している。
そんなVG-8を、彼女が便利な機械としてだけで使うわけがなく、1998年の『Taming The Tiger』では、そのサウンドが大きくフィーチャーされた。このアルバムを聴けば、Mk.geeのギターでも聴ける、一般的なコーラスペダルでは出すことのできない、余りにもリッチなコーラスサウンドがJoni Mitchell流派のVG-8由来であることが分かるはずだ。それに加え、バイオリンをピチカートで弾いた音や、マリンバの音など、シンセ音源も非常にRolandらしい音なのだが、それをアタック感のあるギターの信号で奏でることにより、また全く違ったものになる。
Joni Mitchell「マリンバっぽいんだけど、普通のマリンバ演奏とは全然違うの。フィンガーピッキングだし。その一方で低音弦はほとんど無調で、ディジュリドゥみたいに聴こえるの。」
Joniはこう語り、アルバムのクレジットにはVG-8を「ギター・オーケストラ」と表記している。そう、つまりはギター1つでオーケストラレベルの多層的なサウンドを構築できるし、ギターならぬ音が出せる。それは、Mk.geeがVG-8を愛用する理由にも共通し、アンギタリストたる所以でもある。
ClairoがMk.geeとツアーで共演した際のエピソードにJoni Mitchellへの言及があるのだが、それが実に興味深い。
Clairo「ツアー中のある夜、それぞれの愛する曲を交換したの。Mikeは The Blue Nile の 「Saturday Night」や、Joni Mitchellの後期曲 「Come in From the Cold」を流した。ポップでありながらドリーミーで、強い憧れを伴った曲たち。彼のアルバムを通して聴くと、それらがすごく腑に落ちるの。自分じゃそれに気づけなかったけど、彼はインスピレーションを統合するセンスが本当に特別だと思う。
このように、Mk.geeは後期Joni Mitchellを実際に愛聴しているが、Clairoが言うように、彼のインスピレーションを咀嚼して表現する才能は特別なものだし、Claptonが語ったように、ライブでもそれをやれる再現性こそが天才たる所以だ。
話をJoni Mitchellに戻すが、『Taming The Tiger』では、「The Crazy Cries of Love」などで聴けるように、VG-8を用いたデジタルギターと、Wayne Shorterのサックスが絡み合う場面が多い。Mk.geeも、そんなサックスを従えた座組のパフォーマンスをしているのだが、ご存知だろうか。
奇才たちは、1つの楽器から“マニフォールド”なサウンドを鳴らす
Jimmy Kimmel Liveにて、日本ではすっかりお馴染みの存在になったSam Gendelをサックスに迎え、共に「Are You Looking Up」を演奏している。
そもそもこの人選に違和感を感じる人はいないと思うのだが、Gendelであるべき理由は簡単に想像がつく。何故なら、彼ら2人が構築するサウンドはかなり似ているからだ。
(Sam Gendelの足元に関しては以下の記事や、Sam Gendel & Sam Wilkes『The Doober』のライナーノーツでも書いているので、チェックしてみてください。)
ただ、それぞれに違いもあり、Gendelの方が比較的シンプルで目的が分かりやすい。

1.テープシミュレーターのStrymon DECO(テープのヴィンテージサウンドを付与できたり、ADTでコーラス亜種的なこともできる)で、楽器の音をステレオにアウトプットすることで、音を2系統に分ける。
2.それぞれの音を、2台のオリジナルのピッチシフター(音のピッチを変えるエフェクター)にインプット。おそらく、1台で2つのピッチに分けられる仕様なので、最大でピッチの違う4つの音を同時に鳴らすことができる。それぞれの音量もこれでコントロールしていると思われる。
3.ピッチシフターを経て、それぞれをBoss SG-1にインプット。このエフェクターは、ギターで演奏する場合は“バイオリン奏法”に用いるが、GendelはSG-1でそれぞれの音の、立ち上がりのタイミングを変えている。
4.Strymon blueSky(リバーブ)で、2つに分かれた音が合流。そこからBossのルーパーを経てDI→PAへと接続する。
こうすることで、異質な和声のサックスサウンドを作ることができるし、擬似サックスカルテットを作り出すこともできるということだ。
先のパフォーマンスを聴いても分かると思うが、彼らの音は似ている。ギターとサックス、楽器の違いはあれど、彼らは共通して、楽器から出力した音を機材を駆使して2系統にスプリット、マニフォールドに構築し、そこからエフェクターを用いて複雑で重奏的なアンサンブルを1人で作り出している。

一方のMk.geeは、ギター本体とGK-2Aから、最初の出力の段階で2系統に分かれている。GK-2AからVG-8に接続して出力される音は前述の通りだが、ギター本体から接続されるエフェクターもまた風変わりなものが多い。
また、以下の動画がMk.gee本人が機材について自ら解説する唯一の動画で、キャリア初期のものだと思うが、確定情報については主にこれを参照する。
tc electronicsのチューナーを通過して接続されるのは、超個性派ペダルメーカーChase Bliss AudioのBlooper(ルーパー/2021年発売)とMood(空間系/2022年発売)。Moodに関しては「ピッチシフトやリバーブ用に使っている」と、上に参照した動画で語っている。どちらのペダルも出来ることが多すぎて、私じゃ説明の追いつかない次元なので、リンクの試奏動画で確認を。
その間にはDigitechのDrop(2015年発売)が挟まれているが、これは彼のサウンドの中でもかなり重要な存在だ。基本的に、彼はFender Jaguar一本でライブをするわけだが、曲によっては超ドロップチューニング(音程の低いチューニング)のものもある。だが、ライブ中にいちいちチューニングするわけにはいかないし、「Rylee & I」や「Breakthespell」は、ペグを弛めてチューニングできるレベルのドロップチューニングではない。そこで、このDropで対応していると考えられる。
ただ、上に参照した動画で本人が語っているように、愛機のジャガーをバリトンギターとして使用するために改造をしている。(太い弦がハマるようにナットを削るといった改造だと思う)
RedditのMk.geeオタク界隈では、7弦ギター用のフラットワウンド弦の上6本を用いているのでは?という考察があるが、実際にかなり太いゲージの弦を使ってはいる。
7弦ギターと言えば、ML BachはSquier Stratocaster Ⅶ(2000年から2年間のみ販売)を使っており、Mk.geeとかなり近いサウンドを持っている。ここ10数年ほど流行の続く、コーラスの効いた80sリファレンスポップをにしたって、こういったモダンな機材を用いたミッシングリンクな再解釈こそが、誠実な引用なのだと思う。
最近、Mk.geeファンでもある、揺らぎのギタリストkntr氏とMk.gee談義をした。60年台頃のヒッツヴィルやオールディーズなんかで聴けるバリトンギターは、音の厚さを求めてのものだったわけで、Mk.geeにはそういったビッグバンド的な発想があるのではないかと話してくれた。確かに、彼のギター1本でアンサンブルが完結する曲もあるわけで、確実にその意図もあるはずだ。
話をMk.geeのペダルボードに戻すが、Dropの次に接続されるのがRainger FXのReverb X(2018年発売)だ。これまたキワモノエフェクターなのだが、リバーブペダル(一応)なのにも関わらず、彼は「ぶっ壊れたような歪んだクランチサウンドを出すため」に用いているそうだ。このエフェクターの歪みは特殊で、ギターからの信号には歪みをかけず、このエフェクターの中で発生したリバーブのみに歪みがかかるようになっている。
Phil Colinsの「In the Air Tonight」以降、80年代ポップスでは、必ずと言っていいほどゲートリバーブがかかっている。ゲートリバーブとは、リバーブの残響音にノイズゲートをかけ、残響音を短くスパッとカットするもの。適当に80年代の音楽を流して、特にドラムにフォーカスして聴くと、だいたいどういうものかは分かると思う。Mk.geeの使うReverb Xは、ゲートリバーブに歪みが付いたようなもので、彼の音楽に80年代のテイストを感じる一要素でもある。「Candy」のギターソロで聴けるのが、まさにこのエフェクターの音。
また、これは考察の域ではあるが、これらのペダルボードを、ミックスのアウトボードとしても使っているとも考えられる。「DNM」のドラムには歪んだゲートリバーブがかかっており、非常にReverb Xっぽい音。このようにして、ディテールの部分でも80sテイストを更新しているのが、それこそが私が彼を愛してやまない理由だ。
Reverb Xの後ろには、彼の音楽全体で聴けるBOSS CE-2W(コーラス)に接続され、DD-20(ディレイ)、RV-5(リバーブ)へと続く。これらのBOSSのエフェクターはスタンダードであり、使い方も一般的なので特段言及することはない。だが、世界初のコーラスエフェクトは、1975年にRolandから発売されたアンプ、JC-120(通称:ジャズコ)にビルトインされたものだというのは言っておきたい。翌年にRolandのエフェクターブランドであるBOSSからCE-1が生まれ、CE-2へと小型化される。そしてコーラスエフェクトもまた、80年代ポップスを適当に流して必ず聴くことができるほど、アイコニックなものだ。改めて、RolandとYamahaという浜松市の2社が音楽史にもたらした革命は、あまりに巨大だ…
ただ、使い方は一般的であるが、彼のコーラスサウンドが80年代サウンドを目指したものかと言えば、それは違う。彼の音楽原体験は、違法音楽ダウンロードツールのPandoraにある。The Black Keysや、Sly StoneとLarry Graham、Bruce Springsteen、Nile Rodgersといった、ジャズやソウル、ファンクの要素を含む音楽にはPandoraを通して出会った。LimeWireなんかのP2Pソフトで曲をダウンロードし始めて、学校から帰ればダウンロードが終わっているという、私を含めた90年代生まれの音楽オタクの生態だ。そんな低ビットレートMP3で音楽の基礎を摂取しまくる中で、初めて買ったCD(Jay-Zの『The Blueprint』)をiTunesにインポートして聴いた時、彼はその高音質な煌めくサウンドに衝撃を受けたという。だがしかし、相対的に愛着を持ったのは低ビットレートMP3のサウンドだった。
Mk.gee「多分それで、“水中っぽい音”が好きになったんだと思う。ずっと 12 ビットの音楽で育ってきたからね。」
コーラスと言っても、元を辿るとJohn Lennonのわがままから生まれたADT(オートダブルトラッキング)があり、Jimi Hendrixの使用で有名な新栄電気(UNIVOX)のUni-Vibeがある。Uni-Vibeのサウンドは、日本ではしばしば“水中サウンド”と表現されるが、Kurt Cobainが「Come As You Are」で鳴らしたように、コーラスエフェクトには水中のサウンドスケープが付いて回る。
Princeをはじめ、彼に80年代の音楽への憧憬があるのは間違いない。だが、その裏には“水中っぽさ“を持った低ビットレートMP3への愛着があるし、彼をフックアップしたVegynと共鳴した理由でもある。これは、僕らの世代の音なのだ。
また、2010年代のインディーポップの文脈も忘れてはならない。Mac DeMarcoは、自身とConnan Mockasin、それからSteve Lacyを“3大コーラスペダル使い“とまとめていたが、彼らが2010年代に作ってきた、80年代サウンドにインスパイアされたインディーポップの轍を通ってきたからこそ、Mk.geeの今がある。実際に、2018年の彼の1stアルバム、『Pronounced McGee』はこの文脈にあるものだ。
Eric Clapton「僕も昔、Tascamのレコーダーを持っていた。彼はそれをプリアンプとして使っているんだ。古いサウンドやチューニングにこだわっていて、素晴らしいシンガーでもある。」
最後に接続されるのがまた常識破りな物なのだが、TASCAM PORTASTUDIO 424(1986年発売)だ。見ての通り、カセットテープを録音メディアとするレコーダーだ。単純にデカいし、これを足元に置いていたのはどうかしているが、Claptonが解説するように、彼の“ベッドルームっぽさ”を演出するサチュレーターとして、424は必須なものだ。

彼が音楽を作り始めた頃は、そもそもの用途であるレコーダーとして使用していたが、その後はギターやシンセのミキサーとなり、現在は内蔵のプリアンプでギターをブーストするためだけに使われている。
Mk.gee「ヘッドルームを大きく取れるんだけど、
アホほど強く弾くと、ちょっと歪むんだ。オーバードライブよりは歪まないけど、いい感じの音になる。」
「Are You Looking Up」のアイコニックなユニゾンベンドで聴けるファジーな歪みは、それこそ424由来のものだと思うが、この音がMk.gee信者を狂わせることとなり、2年前まで中古市場で1~3万円だった物が、現在は4~7万円で取引されている。終いには、人気ペダルメーカーのJHS PedalsがTASCAM 424をエミュレートした、424 Gain Stageというプリアンプペダルを発売。Mk.geeの神格化は止まらない。
このあと、8chのRadialのDIでギター2系統の音が合流するわけだが、彼が操るのはギターだけではない。
一つはRolandのSP-404 MK2だ。超定番のサンプラーで、さすがの彼もサンプルを再生する目的でのみ使用している。
もう一つは、ロシア産シンセSOMA laboratory PULSAR-23 。これに関しては、ドラムマシンとして使用しており、「New Low」で聴けるビートがこれで作られた物だ。以下でそれが確認できるが、最近のライブでは足元ではなく、ラックに収納して立ったまま操作できるようになっている。そこに嬉しさと寂しさの両方を感じる。
これらの音がDIで合流し、ギターアンプではなく直接PA卓に送られるわけだが、”アンプレス“であることも彼らしさだと言える。ベッドルームで作り出した音を、そのままアリーナに持ってきて演奏する。こんなにもロマンチックなことはあるだろうか。
忘れられた機材と新世代のマジカルな機材で織りなすMk.geeサウンド、そして彼の理解者たち
ここまで、使用機材に紐付けて、彼のサウンドについて語ってきたが、彼が使っている古い機材は、本来は安価で投げ売りされていた、忘れられた機材だ。彼はそのような安い中古機材と、Chase Bliss Audioや、Reverb Xのような最新のエフェクターであったり、SP-404やPULSAR-23 のような当時には無かった機材と混ぜ合わせる、意図的な時代錯誤で、独自の新しいサウンドを生み出している。
Mk.gee「安っぽい機材をどうにかして、最高の曲を作る。それが一番面白いんだ。
僕はただ最高の音楽を作ることで知られたい。他のことなんてどうでもいい。人格を売りたいわけじゃない。やめてほしいよ。」
彼は楽曲のタイトルに、自身が使用する楽器メーカーや楽器の名称を用いることがある。
「cz」は、彼が使用していたCasioのCZ 5000にインスパイアされた楽曲だ。現在は使用していないが、日本だと3万円台で入手できる、忘れられたシンセサイザーだ。
「Alesis」はアメリカの楽器メーカーで、以前に投稿したDuval Timothyの記事でも言及した、ADATを開発した企業だ。(ADATの開発チームでコーディングを担当した、日系人女性エンジニアのインタビューが面白かったのでオススメ)
彼がAlesisのQUADRAVERB(1990年発売)を使用しているという情報があるが、Alesisは2001年に一度倒産し、現在は中国企業に買収され、電子ドラムメーカーとして存続している。その偉大なレガシーは汚され、かつての影響力は無い。
「ROCKMAN」は、BostonのギタリストであるTom Scholzの立ち上げた、Scholz Research & Development, Inc.(SR&D)のエフェクターブランド。B‘zの松本孝弘が使用していたことで、日本のギタリスト界隈で広く知られるが、80年代のHR/HMやAORで聴ける、煌びやかなクランチサウンドは、ROCKMANから生み出された曲も多い。SR&Dはとっくに倒産し、もはや過去の遺物であったが、Mk.geeはROCKMAN X100(1986年発売)を使用しているという情報があり、確かに「ROCKMAN」ではROCKMANサウンドを聴くことができる。
そして、このROCKMAN X100もまた、ROCKMANを買収したDunlop社のMXRから、今年1月にコンパクトエフェクターとしてリイシューされている。Mk.geeの影響での発売かは分からないが、間違いなく彼が生んだ機運ではある。彼の影響力は計り知れない…
だが彼とは相反して、相棒であり、理解者であるDijonは、「Yamaha」という現役バリバリの楽器メーカーの名を冠した楽曲をリリースした。この曲にはMk.geeもライターとしてクレジットされているが、確かにYamahaのFMシンセらしいサウンドが強調されている楽曲だ。
おいおい、君らの思想はここですれ違うのか?と思ったのだが、『Baby』に参加したキーボーディストのTommy King(ただし、「Yamaha」では演奏していない)によると、今作で使われたのは定番のDX-7ではなく、PSR-36というメルカリで1万円以下で入手できるような廉価機種じゃないか。最高だ!彼らのアティチュードはいつだって同じだ!とは思いつつ、私は『Two Star & the Dream Police』と『Baby』を聴き比べると、2人の濃い作家性を持った音楽家のコラボに危うさを感じている。特に、お互いの才能が覚醒した今は。
前者に収録の「DNM」は、唯一のDijonとの共作曲で個人的に大好きな楽曲だが、非常にDijonの色を強く感じ、作中でも浮いた存在だと言ってもいい。一方で、Mk.geeは『Baby』 に4曲(M2,3,10,12)で共同プロデューサーとして、そして前述のように「Yamaha」には共同ライターとして参加している。この4曲で聴けるミニマルなプロダクションはもろにMk.geeの手腕を感じるわけだが、冒頭にも書いたように彼は『Baby』でギターを弾いていない。良くも悪くも、彼のギターはそのシグネチャーサウンドのキャラが強く、作品に影響し過ぎるからだと察する。彼ら自身こそ、それに気づくのは当然であり、結果的にいい距離の取り方をしたのではないだろうか。その距離感はJustin Bieberの『SWAG』2部作でも感じるところで、今後もベストな共生方法を見つけながら、彼らのコラボを見せて欲しい。
Mk.geeの理解者と言えば、ここまでAndrew Agedに言及してこなかったのは失礼な話だ。彼は、Zack Sekoff(ドラム/ベース/サンプラー)と共にMk.geeのツアーをサポートしており、Andewに至っては楽曲制作にも大きく貢献している。
現在は活動休止中だが、AndrewとDanielのAged兄弟から成る、inc. / inc. no worldの兄の方で、バンドではボーカルとギターを担当してきた。先述した、2010年代インディーポップの轍の上にMk.geeがいるという文脈ならば、Mk.geeが通っている轍は確実にinc.が残したものだ。
Danielの方は、ソロとしてはもちろん、RosalíaやKelela、Frank Oceanのプロデュースをしたり、Frank OceanのCoashella 2023のステージでも、サポートメンバーとして参加したことが話題になった。
一方のAndrew、近年に関してはMk.geeに付きっきりの状態だ。彼はMk.geeとの関係性について、Guitar Worldにこう語っている。
Andrew Aged「Mk.gee のユニバースにおける 、ミッションの共闘者であり、友であり、兄弟でもある。僕はその世界で仕え、共に築き上げることに感謝している。鉄が鉄を研ぐように、お互いを磨き合う関係だし、彼のおかげで新しい夢や闘志を持つことができた。
実際のところ、必要なかたちでコラボレーターになった。曲作りはとても速い。大体は一緒に弾いていると自然に曲が生まれる。大事なのは“意味を込めて弾く”こと。特にライブでは、ひとつひとつを当然と思わず、祈りを持って戦場に向かうような気持ちで臨んでいる。」
また、同メディアのインタビューの中では、Mk.geeとのステージでAndrewが使用している、改造されまくったCharvel製のTelecasterシェイプギターについても明かされている。

このギターには、3つのシングルピックアップに加え、ピエゾピックアップ(弦やボディの振動を拾って信号化するもの)と、Gベンダー(G弦のみベンディングする装置)、そしてMk.gee同様にVG-8用のピックアップであるGK-2Aが搭載されている。元はMk.geeの家にあった改造ギターに、Andrewが更なる改造を加えたもので、すっかりお気に入りの一本になったという。
主に使うピックアップは、ピエゾとGK-2Aで、ピエゾで擬似的にアコギの音を出し、GK-2Aでパッドやシンセの音を出して、2つをミックスしているそうだ。ここまではほとんどMk.geeと同じだが、彼は更にGベンダーでペダルスチールのような音を作っており、Mk.geeよりもややこしいことをやっている。
ペダルに関しては、先のツアーではこのような構成だったそうだ。
・Chase Bliss AudioのMood(Mk.geeも使用)
・Bensonが制作した、TASCAM 424をエミュレートしたペダルのプロトタイプ
・MXNLHLT 424(ブライトなEQ/リミッター)
・Free The Tone のAS-1R(リバーブ)
・BOSSのSG-1 のクローン(Sam Gendelも使用)
・EventideのTriceraChorus (コーラス)
彼は、自分をギタリストかプロデューサー、どちらに当てはまるか訊かれると、「何よりもまずアーティストであり、奉仕者だ」と答えた。Mk.geeサウンドに最大限に寄り添い、拡張させるAndrewは、最高のサイドキックだと言える。
そんな彼は、ソロプロジェクトも進行中だそうで、Mk.geeやZack Sekoff、それに弟のDanielや友人たちとアルバムを作っているという。彼の今後も非常に楽しみだ。
終わりに
とにかく伝えたいのは、彼の音楽は表面的には80年代的なサウンドだが、その根源には、低ビットレートMP3で音楽を聴いていた少年時代があり、ここ10数年のインディポップの蓄積の上にいること。そのサウンドを実現するために、トライアンドエラーを重ね、創意工夫して構築された機材のセットアップがあるということ。それが、あらゆる時代で忘れられたマテリアルをかき集めて構成された、独自で新しいものだということ。そして、そんな彼をサポートする理解者の存在があるということだ。
書ききれなかったこととして、彼が普遍的なモチーフを、メタファーを盛り込みながら巧み歌詞に落とし込む、優れたリリシストであること。それからソングライター/メロディメイカーとしても、不世出の才能だということだ。ただ、彼のソングライターとしての才能の裏側には、若いながらも膨大な音楽受容の蓄積がある。Bon IverのJustin Vernonは、DijonのサポートメンバーとしてBon Iverのツアーに帯同していた、Mk.geeと意気投合したダラスの夜をこう振り返る。
Justin Vernon「彼はソングブックだそのもののようだ。俺が聴いている曲を全部知っていて、しかも弾ける。時には、こいつはBonnie Raittの孫か?それともSteve Winwoodのか?と思う瞬間がある。その夜、2人でBonnie RaittやLittle Feetの曲を何時間もジャムした。彼はDon Williamsまで知ってるんだよ!」
「俺は最高のレコードを作ったんだ!」とかますMk.geeは、こうも語っている。
「オルタナティブ音楽では誰も自信を見せちゃいけない。だけど“これは世界一だ”って言えないのはおかしい。ポップスだったら堂々とそうできるのに。
これはポップ・ミュージックであるべきなんだ。俺の頭の中ではそう聴こえる。ある友達には“ポップスってどんな音楽だったかを思い出そうとしてるみたいだな”って皮肉を言われたけど、目指してるものは同じだし、遠慮する理由なんてない。」
そうだそうだ。あなたは謙虚になる必要なんてない。口数少なく、口を開けば生意気で、だけど天才だから誰にも口を挟む隙を与えない。ポップだとかアートだとか、メジャーだとかインディーだとか、いつの音楽が根底にあるだとか、この文章だって何の意味もない。何故ならMk.geeの音楽こそが最高だから。
10000字越えと長くなりましたが、お付き合い頂きありがとうございます。本稿にご満足頂けましたら、是非とも投げ銭で応援いただければと思います。
