『ツインビー』のおもしろさをいまさら納得する
年が明けると今年は〇〇が〇〇周年とよく言われるが、ファミコン版のツインビーも発売40周年だ。それも1月だ。
発売当時、私は小学6年生だった。
お年玉で買うゲームを『エグゼドエグゼス』と『ツインビー』で迷っていたことは前に書いた。
ゲーセンで見た『エグゼドエグゼス』の『ゼビウス』とはまた違うSFテイストに惚れていた。
ああ、SF! ゲームもアニメも未来を予感させるSFにみんな夢中だった! 2025年の日本は手塚治虫のマンガのような未来都市になっていると信じていた!
それがいまだに足は臭いしうんこは太い! どういうことだ!
それはいいとして、カプコンは『ソンソン』もおもしろかったのでまちがいない! それにファミマガが推しているし!
値段が少し高めなのは出来がいいからに違いないと純真というかあまりに私は無知だった。
冬休み前、僕と同じように迷い『ツインビー』を選んだTくんに「新学期始まったら交換しよう(まあ、俺が選んだエグゼドのほうがおもしろいだろうけど!)」と言ったときは、Tくんを内心笑っていた。
どこまでメルヘンかよ。時代はSF。
『ツインビー』なんてイチゴやダイコンが飛んでくる甘ったるい女子受けしそうなものを選ぶとはまったく見る目ないわ、小僧!
今年は中学生になるというのにいつまで子どもでいるのか。
『エグゼドエグゼス』を選ぶ。それは勝者の選択だと確信していた。
ファミコン版の『エグゼドエグゼス』は爽快感皆無の劣化移植だった。
もったりとした動きのシューティングがおもしろいわけがない。
敵が増えると眼がチカチカするし、BGMもずっと聴いていると頭おかしくなりそう。なぜか、元気がなくなる。
選択に負けた。見る目なかったのはそうだよ私だった。
自らドンドンドンピーヒャラララと笛と太鼓を叩きならして村のはずれの肥だめに突っ込んだのだ。
このやりきれなさは全部『ボンバーマン』にハマることでごまかした。『キン肉マン』は一人で遊んでいるとすぐ飽きた。
新学期。「ツインビーおもしろいよ!」と笑顔でいうTくんに「まあ……どうぞ」とエクゼドを貸した。
次の日「つまんないから返す。ツインビーはそのまま借りてていいよ」と言ったTくんのあの顔! あの哀れみに満ちた顔! 私はいまも忘れない!
お情けにすがるのもイヤだったので『ツインビー』はすぐ返した。
おもしろかったけれど、それを認めることは敗者の選択をしたことを思い知らされるようで耐えられなかった。
それにどんなにがんばっても4面までしか行けなかったのだ。
それから『ツインビー』を遊ぶたびに『エクゼド』を選んだ自分のダメさにガッカリした。
今度はまちがえないと買った『もえろツインビー シナモン博士を救え!』は横シューティングになっていて思っていたのと違い、数年後にはアニメキャラっぽいイメージのゲームに変わり、ドラマCDとか出るようになってさらに遠くなった。
Switchの「Nintendo Classics」で『ツインビー』が遊べるようになって、ひさしぶりにプレイした。
パワーアップアイテムのベルを取るのに気を取られ、すぐやられてしまう。あわあわしている間に2面でゲームオーバー。
ここまでゲームが下手になっているとは。
残念だが、もう指が眼が脳が衰えているのだ。諦めてコントローラーを置いた。
ルイボスティーを飲んで気持ちを整える。
気力まで衰えてたまるかとあらためてプレイ。
1面で運よく「分身ベル」を取れたら、そのままあっさり4面まで行けた。
さすがに最終面の5面は敵軍の猛攻激しく残機を全て投入してのゴリ押しクリアとなった。
さらに2度目は2周クリアまでいけたが、3週目で集中力が切れてしまったのでやめた。
子どもの頃、越えられなかった壁をあっさり越えてしまい、あの壁はなんだったのだろうと首をかしげる。
おもしろかった。
クリアして、Tくんがつまんないから返すといったのも当然だなといまさらだけれど納得した。
あの後、またソフトを買うのを迷うことがあり、私は『ハイドライドスペシャル』を選び、Tくんは『ドラゴンクエスト』を選んだ。
