見出し画像

【ドイツワーホリ④】ドイツ生活開始直後のブラック労働

こんにちは☺️
ドイツワーホリシリーズ第4話です🇩🇪

前回は、ドイツ語ゼロで語学学校生活をスタートしたお話を書きました。

今回は、その裏で起きていたもうひとつの出来事について❇️
実は私、ドイツ到着直後からアルバイトも始めていました

しかも渡航前から仕事が決まっていたので、
当時の私は、

「家もある」
「仕事もある」
「語学学校も決まってる」


という、ワーホリ勢としては
かなり恵まれたスタートを切ったと思っていたんです🤩

でも実際は…
このアルバイトが私のドイツ生活最大級の試練💣になるのでした😂笑

🌱「理想のスタートだ!」と思っていた

私がお世話になったのは、
日本人オーナーが運営するお家でした。

家探しが難しいことで有名なドイツ🇩🇪
そんな中、私は渡航前から住む場所を確保できていました。

さらに、そのオーナーから
「アシスタントを探している」
と声をかけていただき、
仕事まで決まった状態で渡独

当時の私は、

「日本語でも働ける」
「ドイツ語ゼロでも働ける」
「生活基盤もある」


まさに理想的なスタートだと思っていました…
はい、思っていたんです笑

住んでいた家の近くを散歩していた時!
急に虹が現れた…!🌈✨
ドイツは自然豊かでそこは好きな部分だったなぁ〜

✌️語学学校とアルバイトの両立

生活はこんな感じでした👇

11:30〜14:45 語学学校
16:00〜20:00 アルバイト

最初は、
「語学学校が終わってから働けるなんて最高!」
と思っていました。

20時に仕事を終えたら、
宿題をして📖、単語を覚えて🗣️
翌日の授業に備える🎒

そんな生活をイメージしていました。
でも現実は違いました。笑

毎日学校と家は電車で往復↔️
Macht das glücklich?
=それで幸せになれるの?
という落書きにハッとさせられた、とある日😇

🤯シフトが終わらん

ある日突然、オーナーから
「ちょっと延長して(仕事して)」
と言われるようになります。

最初は、
「まあ忙しい日もあるよね…」
くらいに思っていました😅

でも、気づけば、
それが毎回当たり前になっていて😭

気づけば、20時終了のはずが22時。
さらに23時、時には深夜まで🕛🌛

とある日の仕事終わり。
時計を見たら、夜中の2:39だった…
仕事終わってからご飯会があって
それが終わってからの時間だけど😅
それでもどんだけ拘束されて、どんな時間よw
令和の日本でもなかなかない時間だわ😂笑

🤨あれ?なんかおかしくない?

働き始めてしばらくすると、
色々な違和感が見えてきました。

まず時給。

当時のドイツの最低賃金は
12.41ユーロ(※当時)でした。

しかし私の契約は10ユーロ💶
(グレー寄りのブラックwwwもはやOUT!)

さらに、勤務時間も契約通りではありません🙅‍♀️
気づけば長時間労働が当たり前🌀

語学学校の勉強時間も削られていきました😞

👘昭和がドイツに生きていた

そして一番しんどかったのは、
働き方以上にコミュニケーションでした。
モラハラ発言のオンパレード。笑

💥機嫌が悪い日は怒鳴られる
💥突然当たりが強くなる
💥理不尽な指摘をされる

今振り返ると、「昭和の職場文化」
がそのまま残っているような感覚でした。

💔メンタルが限界だった

語学学校は毎日あって、宿題も毎日ある。
新しい単語も覚えなければなりません。

でも仕事が長引く。
勉強できない。
寝不足になる。

また仕事…
また勉強できない…

その繰り返し🔁

気づけば、
「私の思い描いていたワーホリってこんなんじゃない…」
という葛藤から、毎日勝手に涙が出てくる状態でした🥲

私以外にも何人か住人兼アルバイトさんがいて
その1人が私を気遣って
仕事がおそーくに終わって帰ったら
ドアにこんな素敵なプレゼントが…😭
本当にしんどい時にこの気遣いは泣けた…😭
本当に感謝だった✨

🙅‍♀️海外にいる日本人は、日本で会う日本人とは違う

当時の私は、
日本人オーナーだから安心
と思っていました。

でも海外に来て気づいたのは、
海外にいる日本人だからといって、
全員が信頼できるわけではない🙅‍♀️🇯🇵
ということ。

これは逆に言えば、
海外にいる外国人も同じです🌏

国籍ではなく、
その人自身を見ること👀

結局大事なのはそこなんだと学びました✍️

📲勇気を出して退職を伝えた

最終的に私は、オーナーへ改善をお願いしました。

・最低賃金への見直し
・契約通りの勤務時間
・契約期間の短縮


すると、話し合いの場を設けていただけることになりました。

その場では、オーナーから
「もし今後続けられない可能性があるなら、別の人を探したい」
「辞めるという選択肢も考えて」
という話がありました。

そのため私は一度持ち帰り、数日間真剣に考えました。

そして出した結論は、
「アルバイトを辞める」でした😖

🧩予想以上に大きかった代償

退職の意思を伝えた時、
正直、多少の嫌味は言われると覚悟してましたが、
前回の話し合いでオーナーから辞めることを提示してきたので、
すんなり終わると思っていました。

でも現実は違いました。

私が辞めたいと伝えると、
「それは勝手すぎる」
と言われ、罵声を浴びせられました。笑

また、話し合いの中では、
「こちらは顧問弁護士に相談することができる」
という話も出てきました😰

もちろん、
本当に法的措置を取るつもりだったのかは分かりません。

ただ当時の私には、

ドイツ語も十分ではない。
現地の法律も分からない。
頼れる人も少ない。


…そんな状況でした。
だから、その言葉を聞いた時は本当に怖かったです😭

海外で生活していると、
普段なら冷静に考えられることも、
必要以上に大きな不安として感じてしまうんですよね…😭

🎯それでも私は辞めることを選んだ

ただ、不思議とその時の私は、
「どんな犠牲があっても辞めたい」
という気持ちの方が強くなっていました。

実は話し合いの中で、
アルバイトを辞めるのであれば、
「住んでいる家も当初の予定より早く退去してほしい」
という話が突然出てきたんです。

正直、ドイツ語もまだ話せない状態で、
家探しもしたことがありません。
しかもドイツは家探しが難しい国として有名です🥵

だから普通に考えれば、
かなり不利な条件だったと思います。

でも私は、
このまま働き続ける未来が想像できませんでした💭

語学学校の勉強もできない。
毎日ストレスを抱える。
この環境にいても、自分が目指していたワーホリ生活にはならない。

そう思ったんです😔

だから私は、
「その条件で大丈夫です」
と伝えました💬

⚔️意志の固さで貫いた

今振り返ると、私の回答に
オーナーも少し驚いていたように見えました。

もしかしたら、
家の契約の話が出れば、
私がアルバイトを続ける選択をすると思っていたのかもしれません。

もちろん本当のところは分かりません🤷‍♀️

でも、
私が想像以上にあっさり条件を受け入れたことで、
少し空気が変わったのを覚えています♻️

結果的に、
私は家を1ヶ月早く退去するとともに、
無事アルバイトを辞める
ことになりました。

ドイツの桜?のようなお花は
ぶりぶりで可愛かった🌸
自然に癒されながらも
毎日格闘していた日々🌿
家の写真よりこういう自然の写真をよく撮ってた笑

🛣️「終わった」ではなく「始まった」だった

当時は、仕事を失い、
住む場所も早めに失うことになり…

そう考えると不安しかありませんでした😔

でも今振り返ると、
あれは終わりではなく、
新しいドイツ生活のスタートだったと思います。

実際、この決断をきっかけに、
私は新しい家🏠を探し、新しい人🙍‍♀️と出会い、
本当に自分がやりたいワーホリ生活を取り戻していく
ことになります✨

合計10人を超える日本人が住んでいたから
その中でも仲良くなって一緒に旅行する友達もできた❤️
その家のルームメイトたちは
本当にみんないい人たちだったなぁ笑

🥲毎日泣いていた

今だから笑って話せますが、
あの頃は本当にしんどかったです。

🏫語学学校
💻仕事
🏠住居問題
🌏将来への不安

そして、
「自分の判断は間違っていなかったのか」
という葛藤😖

夜になると、
ひとりで泣いてしまう日も少なくありませんでした。

差し入れをドアに引っ掛けてくれてた友達とカフェへ☕️
メキシコの民族衣装のようなものを着ているのが私w w w
ひたすら甘いものの摂取と愚痴で発散😂
共感してくれる友達がいてくれて助かったー😂

🤝救ってくれたのは友人だった

そんな時、何度も電話をかけていたのが、
元会社の同期でした。

彼女は私より先に会社を辞め、
スペインでワーホリをしていました。

海外生活の大変さも、
理不尽さも知っている。

だからこそ、
私の話を否定せずに聞いてくれました🪽

彼女と話した後だけは、
不思議と「もう少し頑張ろう!」
と思えたんです❤️‍🔥

My Best Friendとのとある日の電話記録🤙
約3時間w w w
それだけ募る話があったんです。
本当に聞いてくれてありがとう…まじで助けられたよ😭
そして私のLINEの言語設定が韓国語w w w

🕊️あの経験が教えてくれたこと

この出来事を通じて学んだのは、
「海外にいる日本人だから安心」ではなく🙅‍♀️
どこにいても大切なのは「その人自身を見ること👀
だということでした。

そして、もうひとつ。
違和感を覚えた時に、
環境を変える勇気も必要だということ。

あの時辞める決断をしていなければ、
きっと私は語学の勉強も、その後の旅も、
ドイツ生活そのものも楽しめなかったと思います。

この経験は、

「ワーホリそんな甘くないぞ!」
「歯ぁ、食いしばって頑張れ!」

と神様から苦言を呈されたような(?)出来事で
これ以降、条件のいい話や調子のいい話は
きちんと疑って、自分で調べる様になりました😅

今日はここまで!!
このエピソードが皆さんの何かの役に立てば、
当時の私は喜びます!笑

読んでくださりありがとうございました˚✧₊⁎❝᷀ົཽ≀ˍ̮ ❝᷀ົཽ⁎⁺˳✧༚

バイトを辞めた後は、なんか家に居づらくて
ずーっと外にいた。笑
ドイッチュランドチケットを使って
色んなドイツの都市に行きながら
ドイツ語の勉強をするっていう😇
一長一短ですね〜笑

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集