文学のハイライト. 堀辰雄『風立ちぬ』
こんにちは。
ななくさつゆりと申します。
情景を好む物書きです。
こちらは、ホロとケインが文学を語るnote、『文学のハイライト.』。
気軽に読んでいってください。

ホロ 良い文章は心のえいよう。
2025年も、文学再発見!

ケイン その2025年も半分が過ぎてしまいました。
引き続きよろしくお願いいたします。
ごあいさつ
この『文学のハイライト.』は、近現代の文学作品をやんわりと眺め、対談形式でゆるく語る場所です。
ふたりの対話を追っていくうちに、これまでなんとなくスルーしていた文学というものへの見え方が、「ようわからん」から「なんか、ああいうやつでしょ」という風に変わっていくかもしれません。
では、まいりましょう。
登場人物紹介

ホロ ホロです。直観でエモさを語ります。
述懐担当で、口ぐせは“かなり好き”。

イギリス出身。
ケイン ケインです。内容面の言及に加え、作者のプロフィールや作品の来歴もカバーします。
今回、ふたりに扱ってもらう作品は、『風立ちぬ』です。
読んだことがあるひとも、そうでないひとも。
同名のジブリ映画のタイトルを聞いたことがあるというひとも。
ホロとケインのゆるいやり取りにお付き合いください。
まずは、とあるシーンの引用から。
1.つかの間の生。
いつになくくっきりと赭ちゃけた山肌を見せている八ヶ岳などを私が指して示しても、父はそれにはちょっと目を上げるきりで、熱心に話をつづけていた。
「ここはどうもあれの身体には向かないのではないだろうか? もう半年以上にもなるのだから、もうすこし良くなっていそうなものだが……」
「さあ、今年の夏は何処も気候が悪かったのではないでしょうか? それにこういう山の療養所なんぞは冬がいいのだと云いますが……」
「それは冬まで辛抱して居られればいいのかも知れんが……しかしあれには冬まで我慢できまい……」
私はこういう山の孤独がどんなに私達の幸福を育んでいてくれるかと云うことを、どうしたら父に理解させられるだろうかともどかしがりながら、しかしそういう私達のために父の払っている犠牲のことを思えば何んともそれを言い出しかねて、私達のちぐはぐな対話を続けていた。
「まあ、折角山へ来たのですから、居られるだけ居て見るようになさいませんか?」
「……だが、あなたも冬迄一緒にいて下されるのか?」
「ええ。勿論居ますとも」

ホロ ……。
十二月十日
この数日、どういうものか、お前がちっとも生き生きと私に蘇って来ない。そうしてときどきこうして孤独でいるのが私には殆どたまらないように思われる。朝なんぞ、暖炉に一度組み立てた薪がなかなか燃えつかず、しまいに私は焦れったくなって、それを荒あらしく引っ掻きまわそうとする。そんなときだけ、ふいと自分の傍らに気づかわしそうにしているお前を感じる。――私はそれから漸っと気を取りなおして、その薪をあらたに組み変える。

ホロ 何度読み返しても、これって……。
2.ざっくりと、一言で。

ホロ ケインくん!

ケイン はい。ホロさん。

ホロ 今回も、『文学のハイライト.』を通じて色んな小説や文章を深堀りしていきましょう。
ひきつづきよろしくね。

ケイン こちらこそよろしくお願いします。
さっそくですが、ホロさん。

ホロ あいはい。

ケイン 叙情的な表現を、今だけ洗い流したとして……。
叙情的【じょじょうてき】 … 感情や気持ちなどが、じんわりと外に現れるような雰囲気や文章などを表す言葉。「抒情的」とも書く。

ホロ いきなりどうしたの。
てか、何その言い回し。

ケイン 今だけです。

ホロ 今回は『風立ちぬ』をやるんじゃなかった?
それこそ、叙情的な語りで紡ぐ物語の、ひとつの到達点なんじゃない?

ケイン ええ。そのくだりは後でたっぷり出てきます。

ホロ じゃあ、その叙情的な語りとやらを封印して、何を語ろっか。

ケイン ひとつだけ。
ホロさんが、『風立ちぬ』の物語を一言で紹介するとしたら、何と言い表しますか。

ホロ 一言、ね。
いいけど、それも表現でしょ。

ケイン 仰る通りなんですが。

ホロ まァいいや。
他ならぬケインくんの頼みだし。

ケイン お願いします。

ホロ ケインくんが私にお願いだなんて、なにげにレアよね。

ケイン では、叙情的な語りを排し、『風立ちぬ』の物語を一言で紹介するとしたら……。

ホロ そうね。
……「病の婚約者を看取る男の話」、かな。

ケイン なるほど。確かに。
……なるほど。
……なるほど。

ホロ そんなに頷いちゃう?

ケイン ええ。深いなと。

ホロ おおげさ。

ケイン とんでもない。
素朴ながら深い直観力だと思いましたよ。

ホロ 私が深いことを言ったんじゃなくて、ケインくんが深めたがってるんでしょ。

ケイン ですが、とある点を踏まえたとき、ホロさんのそのフレーズはまさしく正鵠を射るのかなと。
正鵠を射る … 物事の要点を正しくおさえること。

ホロ とある点?

ケイン ええ。視点というものです。

ホロ 視点。

ケイン はい。
漫画やゲーム、アニメとは異なる、文章から想起される情景のめばえ。

ケイン 今回やるのは、そんな小説ならではの、勘所の話です。
3.『風立ちぬ』のこと。

ケイン ということで、今回は『風立ちぬ』を扱います。

ホロ じつは待ってました。
前回までの『文学のハイライト』を読んでくださった方々からも、扱ってほしいってリクエストが多かった小説なのよね。

ケイン そうです。
作者は明治37年(1904年)生まれの堀辰雄。
室生犀星に師事し、芥川龍之介を深く尊敬していた作家です。

ホロ わ、激動の1904年。
日本でいえば日露戦争の年ね。

ケイン イギリスではEntente Cordiale(英仏協商)調印の年でもあります。
英仏協商 … 1904年成立のイギリスとフランスの帝国主義勢力分割協定。エジプトとモロッコの権益を相互に承認した。同様に東南アジアでも勢力圏分割で合意した。露仏同盟、英露協商とともに三国協商を構成する。帝国主義国家間の植民地分割協定の典型であり、第一次世界大戦の要因の一つでもあった。

ケイン そんな激動の時代に産声をあげた堀辰雄の、とある出会いと別れを経て『風立ちぬ』は書き上げられました。
同氏の作品の中でも知名度が高く、日本近現代文学においてかなりの存在感を放っています。

ホロ 堀辰雄による、「私」と「お前」の小説よね。
ぶっちゃけ、かなり好き。

ケイン そうでしたね。

ホロ うん。
人の情緒というか、感傷的な面が瑞々しく伝わってくる小説だと思う。

ケイン なるほど。頷ける感想です。

ホロ むしろ、あまりにも「私」の想いの部分がつよくって、ちょっと浮世離れしているかなと思ってしまうくらい。

ケイン たしかに。
この作品は、独白のような地の文で終始物語が紡がれていきます。
その読後感は単純な風景の想起を超え、一種の芸術のような印象を抱くという評価もあるほどです。

ホロ 概ね同意なんだけど、今読むと地の文が少しまわりくどく感じることもあるかな。
語り手の「私」が、ずっと思考をぐるぐる巡らせているのもあって。

ケイン なるほど。

ホロ ちょっと慣れがいる文章なのかも。
まァそれも、「私」の心の声がそのまま聞こえてくるみたいだと思えば、受け入れちゃうかな。

ケイン ほう。

ホロ 『風立ちぬ』の地の文って、客観的な場の説明以上に、語り手である「私」の内面が、静かに、でも深く語られている気がするよね。

ケイン 思えば、「私」が彼女の病状や周囲の状況を語る場面がしばしば登場しますが、あれらにも、淡々とした語りの中に諦めや憂い、そしてわずかな希望のようなものが滲みでているように感じられますね。

ホロ ナイス補助線。
そうね。あの語りが、読み手の心を掴もうとする。
作中に見え隠れする様々な fragility を、私に共有してくれる気がするわ。

ケイン “fragility”(もろさ)。

ホロ うん。

ケイン なるほど……。脆さ、ですか。
ふたりの関係しかり、節子を取り巻く現実しかり。

ホロ 節子の病状や高原の療養所という舞台もあいまって、ふたりの所在も、その間柄も、まるでガラス細工のように繊細。

ケイン そしてその繊細で脆さを含む内面は、「お前」のそばで悠然と振る舞う「私」が、ひそかに抱いていた心の在り様でもある、と。

ホロ ふたりの振る舞いと、場の描写の瑞々しさがね。
それらが交互に引き立て合う。
すくなくとも、私はそう思ったかな。

ケイン 自分はそこまで思い至りませんでした。
そういう見方もあるんですね。

ホロ それに、『風立ちぬ』からは、確かな時の流れも感じられるよね。

ケイン 時の流れ。

ホロ うん。章立てていえば、最初の「序曲」、「春」、「風立ちぬ」に「冬」。
このカタマリに対する「死のかげの谷」。
ふたつの間には、分断と言って差し支えないくらいの隔たりがあるように思えた。

ケイン ……ほう。

ホロ まるで違う舞台を描いているんじゃないか思えるほど、くっきりとした時間経過を感じちゃうのよね。

ケイン 実際、時間は経っていますからね。

ホロ そういう暦を捲ったような話でなく。

ケイン わかってますよ。
まさしく、『風立ちぬ』の「序曲」から「冬」までと、終章「死のかげの谷」とのあいだで、この作品と作者には、明らかに何かが起こっていたんです。

ホロ どういうこと?

ケイン ホロさんの感じた「時の流れ」には、れっきとした理由があります。
これはおそらく、“死のかげ”にいた「私」と、そして堀辰雄自身にも訪れたであろう、はげしい追憶。
一言でいえば、死の意識です。

ホロ 堀辰雄自身にも?
でも私、作者の社会的背景とか、あんまりわかんないし……。

ケイン いつものように、僕がフォローしますよ。
そこも物語の読み味に含めるかは、人それぞれですから。

ホロ ありがとう。
たとえば私の場合、作品を作品として見ちゃうのよね。
文章表現とか、物語としての雰囲気のよさとか。

ケイン 素敵じゃないですか。

ホロ ……とにかく。
その裏とか影にあるんだろう作者のメンタリティだったり、社会的背景だったり。
作品を通してそこまで覗こうとは思わないもの。

ケイン それでもいいんですよ。
こんな深読みは、僕のような物好きがあえてやることです。

ホロ そんな物好きが、少しでも「人が文学に興じるきっかけを作りたい」と思って、『文学のハイライト.』を語りだしちゃったのね。

ケイン その通り。
知ってほしいと、素直にそう思っています。
かねてから。

ホロ ケインくんの、そういう気持ちにまっすぐなところ。かなり好き。

ケイン どうも。

ホロ まァ、再確認できてよかったかな。
今も昔も、ケインくんの情熱は健在ってわけね。

ケイン それはもう。
研ぎ澄まされた文章から得られる味や匂いの感覚質。
胸がすくような余白とゆらぎ。
その要因たる色や匂いの記述に投射される記憶の主体としての……。

ホロ ちょっと。
急にそのへんの話をされても、重たいから。
📗

ケイン さて。ここで少し休憩をとりましょう。
続きは次回で。

ホロ え、いいの?
ちょうど喉が渇いたから、私としては嬉しいけど。

ケイン 頃合いかなと。
次回に行くまえに、なにか語り足りないところはありますか?

ホロ そりゃあ、ね。
だって、まだあれの話をしてないでしょ。

ケイン あれ、ですか?

ホロ うん。
『風立ちぬ』といえば必ずといっていいほど引用される、あのフレーズ。
風立ちぬ。いざ生きめやも。

ホロ これ。

ケイン ありましたね。

ホロ ありましたねって……。
そもそもさ、「めやも」って、何?

ケイン そこも次回やりましょう。
原詩のニュアンスと比較したり、品詞を分解したりしてみましょうか。

ホロ 品詞分解なっつ。
古典のアレ、すんごい苦手だったわ。

ケイン そしていよいよ『風立ちぬ』の文章表現を楽しんでみようと思うのですが、そのまえに堀辰雄自身のことも軽くお話しようと思います。

ホロ たのしみ。
じゃあ、スタバでキャラメルフラペチーノ買ってくるわ。
ケインくんはドリップコーヒー?

ケイン はい。
いつものホットを、Tallでお願いします。

ホロ この暑さで、まじ?
ついでに、いろはすも買ってくるわね。

ケイン 学内のスタバですよね?
なら、一緒に行きましょう。
暑いので、日陰を通っていきましょうね。

ホロ よっしゃ!
行こう行こう!
じゃあ、ひとまず休憩ね!

ケイン ええ。
おつかれさまでした。
次回につづく
結び

ホロ ここまで読んでくれてありがとうございます。
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では、また次の記事でお会いしましょう。

ホロ またね!

ケイン ありがとうございました。
追伸
こんにちは。
ななくさつゆりです。
漸っと、はじめることができました。
サムネイルも新たに『文学のハイライト.』。
前回までと区別するために「.(ピリオド)」をつけましたが、べつに深い意味はありません。
やるやると言っておいて、はや半年くらいでしょうか。
だいぶお待たせしてすみません。
初回は堀辰雄の『風立ちぬ』。
いきなり分割記事です。
ここぞとばかりに詰め込む気でいます。
ひきつづきお付き合いくださいませ。
📗
ちなみに、前回までの『文学のハイライト』を読んでくださった方は、お気づきになりましたでしょうか。
じつは、今回からホロとケインのアイコンに、表情差分がつきました!

もとは生成AIから出力しただけの、1種しかないイラストだったホロとケイン。
そこから色々プロンプトを工夫しましたが、連続性を持たせて使えると判断できるほどの仕草や表情を出すことは叶わず、結局は最も気に入っていた1種のイラストのみで会話をしてもらっていました。
たった一枚のイラストを、サムネイルにアイコンにと使い倒していたわけです。
特にケインは、出力されたイラストの頭頂部が見切れており、そこの違和感を出さないよう配置を工夫していました。
が、今回新章をはじめるにあたり、やっぱりそれでは物足りないよねと。
ホロとケインの表情を増やし、さらに魅力的な仕草もつけたいと思い、今回新たに表情差分やアレンジの制作を依頼してふたりも表情豊かになりました。
おかげさまで、元絵の雰囲気を的確にすくいとり、キャラクターの全体観を損なうことなく、目やまぶた、口元の表情などをアレンジし、存在しなかったケインの頭頂部やホロの肩の端を足してくださり、微妙に間違っていたボタンの位置なんかも修正してくだりと、とても満足いく個性が付加されました。
リデザイン・アレンジを手掛けてくださったイラストレーターのオイカゼ様、穗様、璃々らら様方には心より感謝申し上げます。
表情や仕草のバリエーションを得たふたり。
そのバリエーションの成果が今後ちょくちょくあらわれてくると思いますのでよろしくお願いします。
いやはや。
こうなるとね、立ち絵とか欲しくなっちゃいますよね。
📗
次回も『風立ちぬ』です。
よもやま話はできましたが、作中の文章表現としてはまだ入口ぐらいの話しかできていません。
よもやま話 … とりとめのない、雑多な話。無駄話の類。「四方山話」と書く。
「あの件のよもやまを話すと……」みたいな。
ということで、次回も『風立ちぬ』の話で盛り上がれそうです。
おたのしみに。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もし読みたいお話、文章で眺めてみたい情景。
そんなものがありましたら、気軽にメッセージをください。
私のできる範囲で、よりよい読書体験をお届けしていきたいと思っています。
それではみなさま、よい一日を。
ななくさつゆり
次回はこちら。
文学のハイライト バックナンバー
文学のハイライト【1】
川端康成『雪国』
幸田文『父』
芥川龍之介『羅生門』
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太宰治『駈込み訴え』(前編)
太宰治『駈込み訴え』(後編)
円地文子『妖』
志賀直哉『暗夜行路』
夏目漱石『硝子戸の中』
【1】のシリーズでは、記事の執筆に一部生成AIを活用しています。
『文学のハイライト.』をお楽しみいただくにあたって
2024年に公開した『文学のハイライト』では、執筆に一部生成AIを活用しておりました。ですが、今回装いを新たに開始した『文学のハイライト.』では記事の執筆に生成AIを用いておりません。それに伴い、「生成AIのホロとケインが語る」と題していたサブタイトルも、今回より「ホロとケインが語る」に変更しております。
ですが、生成AIの使用を一切やめたのではなく、彼らにはひきつづき文章表現の壁打ちやアイデア出しの方で楽しく対話してもらっています。
カクヨムの方で、その様子を『Gemini壁打ち帳』と題し、文章表現の問いかけに対するコール&レスポンスの日記を投稿していますので、あわせてチェックしてみてください。
➜『Gemini壁打ち帳』
今後も、皆様のよりよい読書体験のために微力をつくしてまいります。
ひきつづきどうぞよろしくお願いいたします。
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