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夜職保育士さんと僕11 介護実習〜後編〜

この物語はたぶんフィクションです
ミキさんと僕もたぶん空想上の誰かです
でも、空想上でも良いから、2人のかけがえのない時間を残せたら良いなと思います


気分が落ち込んだまま浜松の駅に着いた僕は、新幹線の改札へ向かう
同じ実習期間を過ごした面々は、そのまま改札の中へ
「あれっ?帰らないの?」
と聞かれたが
「うん、ちょっと用事済ませてから帰る」
と答えた
「そっか、じゃあ気をつけて。あんまり気にしないようにしなよ」
と班長だった子から言われる
「ありがとう、そっちも気をつけて」
と返すが
正直な所、励まされるというよりは恥ずかしさと悔しさが勝ってしまっていた

みんなを見送ってから30分
ミキさんが乗ってるはずの新幹線を待つ
新幹線の乗客だったであろう人達がパラパラと改札を出てくる
しばらく改札に目を向けていたが。ミキさんの姿が見えない
ショートメールでは、確かに新幹線に乗ったって連絡が来てたから……

まさか、乗り過ごしてないよね?
そう思って携帯で連絡を入れようとしていると、不意に耳元で聞き慣れた声がした
「私の勝ちだね、やっぱり気づかなかった」
びっくりして振り返る
髪はショートでTシャツにデニム
身長もあって、遠目からは男の子に見えなくもない

「髪切っちゃった、気分転換にも良いかなって思って。どう?似合うでしょ」
「……髪、切ったんだ……」
「うん、それ今言ったやつね。びっくりし過ぎだから。あと、お疲れさま、頑張ったね」
と、びっくりして言葉に詰まる僕の頭をグシャグシャに撫でてくれる

僕はこの頭グシャグシャが大好きだった
本能的なものもあるんだろうけど、なんだか心地よくて、とても安心する
他にやる人もいなかったけど、ミキさんだったからあんなに心地よかったんだと思う

「よし、とりあえず鰻行こう。頑張ったご褒美だと思って、いっぱい食べよう。お店もしっかりチェックしてきたよ」
そう言ってミキさんは、僕の手を握って歩き出す

鰻屋はいかにも老舗っぽい外観で、なんだか高級そうな雰囲気があった
日曜日の昼だったけど、お店はすんなり入れた
僕達が入った後から待ち列が出来始めていたから、ラッキーだったんだろう

ひつまぶしのセット2人前と白焼き、鰻巻きと骨せんべい
とりあえずの生ビールを頼んだ所で、ようやく落ち着いた

「髪どうかな?似合ってる?」
普通なら僕の方から「似合ってて可愛い」くらい言うべきなんだろうけど、ミキさんはどんどん喋る
「いったんお店も辞めたんだ。ずっと出勤してなかったし、思ったよりも引き止められなかったし」
「だから髪も思いきって短くしちゃった。でも乾かすのはお願いね。久しぶりに自分で乾かしたりしたんだけど、なんかめんどくさくって自然乾燥にしてる」

この辺りでビールと骨せんべいが到着
二人して年齢確認された事に、ミキさんは少しご機嫌だった
ビール1杯目を終えてもミキさんの勢いは止まらない
「実習どうだった?やっぱり大変だったよね。私も保育士の実習大変だったもん」
「あ、そういえば明日も休み取ったから、今日は泊まりでも大丈夫だよ」

なんだか重要な話が混ざっている気がするけど、僕のターンはなかなか来なかった
そんな事を考えていると、鰻巻きと白焼きが登場した
鰻巻きは出汁の香りが良く、白焼は肉厚で食べ応えがありそうだった

たくさん喋るミキさん
たくさん食べるミキさん
どちらもニコニコと幸せそうだった
今、僕の目の前には幸せそうなミキさんがいる
それだけで僕は幸せな気持ちになる
実習で落ち込んでいた気分も少しずつ軽くなっていった

ミキさんと僕は量も食べるが、何より食べるのが早い
骨せんべい、白焼き、鰻巻き、ビール3杯
中々のスピードで食べ終えてしまう
それだけ食べてようやく人心地ついた

「で、実習どうだった?」
今度は落ち着いたトーンでミキさんが聞く
「完全にやらかした。人殺しかけたのに、何も出来ないで突っ立ってるだけだったんだ」
「えっ、何したの?聞いても大丈夫?」
「できれば聞いて欲しい」

僕は実習での失敗を話し始める
「食事介助で窒息させちゃって、気付いてたのに何も出来ないで職員さんに助けてもらったんだ。頭ん中パニックで何も出来なかった。責任感じて落ち込まないでほしいって言ってもらったけど、今思い出しても頭の中真っ白になりそうになる」

「今で良かったんじゃない。失敗した方が良いとは言わないけど、指導役がいる時に失敗できたのはラッキーだと思うよ」
「あとは自分を知る事ができて良かったんじゃない。何かトラブルが起きた時に、自分が思ってる以上に慌てちゃう。そういう自分を見つけられたんだから、良かったじゃん」
ミキさんは珍しく真面目な顔で話す

「うん、ありがとう。なんか励まされた。それにしても、なんだかちゃんとしてるね」
ミキさんの言葉で少し心が軽くなった

「こう見えて、ちゃんとした社会人してますから。保育と介護で似たようなところもあるしね。私だって実習で、てんかん発作起こした子に何もできなかった経験あるもん」
「あの時は慌てたよ。周りの先輩たちがみんな自分のやるべき事を分かって動いてるのに、そのチームに入れてない感じが辛かったんだよね」
「まあ、たまに勘が良くて動けちゃう子もいるけど、新人とか実習生はしょうがないって思えるもん」

「何か先輩って感じするよ。家でゴロゴロしてる人と同一人物とは思えない」
(こういう所は、やっぱり尊敬できる先輩なんだよな)
と感心してしまう

そんな話をしていたらひつまぶしセットが到着した
鰻のタレの香りが、食欲を復活させる
まずは鰻とご飯を楽しみ、薬味を加えて出汁をかけて楽しむ
最後の一口が惜しくなるほど美味しかった
最後のデザートのアイス……
鰻パイが刺さって出てきた時は、二人で吹き出してしまった

たっぷりと鰻を満喫して
「どうしようか?せっかくだから名古屋とかまで行っちゃう?」
とミキさんは観光モード全開だ

「家帰りたいって言ったらダメ?」
なんだか二人でいると、無性に家が恋しくなってしまった

「良いよ、でもお泊まりOKなんだよ?ほんとに私とお泊まりしなくて良いの?」
とミキさんはからかうように言う

「二人でいられるなら家が良いから。でも、浜松城だけ見て帰りたいかな。あと、家がちょっと心配」
と答える

「そっか、じゃあ浜松城行って帰ろう。あと、家はちょっとだけ散らかってるよ。仕事忙しくて家事あんまりできなかったんだもん」
ミキさんは少し目を逸らしながら答えた

浜松城と周りの公園を散歩して、夕方には浜松を出発した
お土産はもちろん鰻パイと鰻の蒲焼

東京に戻って、家の近くのスーパーでビールを買う
久しぶりの二人だけの時間を楽しみに、懐かしい玄関の扉を開けた



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