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#自転車競技選手 が語る一つではない色んな道をたのしむ進路

八街市中高生向けの居場所「ナッツアップ?」が運営する『北総ミチ(道×未知)ゆくミライブラリー』は、地元のカッコイイ先輩達がどのような中高生時代を送っていたのかや現在どのような活躍をしているのかをインタビュー記事にまとめ、いま10代を送る方々のキャリアを応援するウェブコンテンツです。


自転車競技をはじめるきっかけは「弱虫ペダル」

ーいつから、自転車競技をはじめましたか?

5年前からはじめました。きっかけは、アニメ。「弱虫ペダル」を見て、ロードバイクに乗りたいなって。最初は一人で走るのはつまらないなって思って、サークルに入ったんです。そのサークルで出会った仲間にレースに誘われて、初めてレースに参加しました。そうしたらレース経験のある仲間より早く走れちゃって、楽しくなっちゃって。

ーそして実業団に?

本格的に始めようと思って、最初は、東京のチームに入りました。毎週埼玉まで行って50キロ走って。2年ぐらい続けたら、結果が出るようになって。3年目から実業団に入りました。

ー自転車競技にハマったポイントは?

競争相手と駆け引きがあって、いきなり上がったり、今行くぞ、まだだぞ、みたいな感じで。最後まで先頭集団に残ってゴールした人が勝者なので、苦しい中、どう自分をコントロールして、どこまで耐えられるのかっていうところが楽しいです。

ー仕事やトレーニングで気をつけていることは?

食事は、栄養が取れるので、玄米・五穀米を入れて炊いてます。必ず150g計って。それと、タンパク質は大事なので、納豆・豆腐も欠かさず。トレーニングは、休みの日は基本100キロ走ります。仕事の後も2時間ぐらい。あとは自転車って前傾になるので体幹トレーニングと、有酸素運動もしっかりやっています。ただ実は去年、自転車の練習を頑張りすぎて、あれ、楽しんでないなって気づいて。私は楽しんだ方が、結果が出るタイプなので。楽しいと、練習も苦にならないです。

空手、サッカー、自転車の「三刀流」

ー中学・高校からスポーツを?

三つ子の兄が1学年上にいて、4人で子どもの頃から空手をやっていました。土日も含めて週4日は空手。高校の時は、サッカー部でした。ただ、部活に入る条件が「空手を継続するなら部活入っていい」だったので、空手とサッカー両方やっていました。今も両方続けていて、サッカーは週2回地元チームで練習、空手は組み手で全国大会に出ています。

ー社会人、引っ越しも自転車のために

自転車に出会ったのは高校卒業して、働いた後で、23歳ぐらいからです。八街にも住んでいたのですが、サイクリングロードがある佐倉に引っ越しました。新しいものに飛び込む怖さはなく、結構スッといけましたね。楽しんじゃってたから。

ーやめたくなった時はありますか?

疲れたらやっぱり、やめたくなる。でも、ここまで来たのにやめたらダメって、自分に負けないように毎日、瞑想をやってます。毎日、呼吸を夜整えて寝て、朝すっきりしないとメンタルもどんどん落ちちゃったりするので。

ー「結果にたどりつくまでやる」

こうしたいと思って、行動しても、たどり着かない時はあるじゃないですか。こうだって言っても、そうならない時がある。その時は自分の考えとはまた方向性を変えて、どうしたら思ったようになるか考えて、ちょっとやり方を変える、方向性を変えてたどり着く。ただ思ってるだけじゃなくて、必ず結果を出したいと思っています。

最後に、中高生へのメッセージをお願いします

ー「なりたいものは、1つにしない」

将来何になりたいか考える機会があると思います。その時、考えを一つじゃなくて、2つ3つ持ってほしいかなと思います。一つの道じゃなくて、いろんな道に行きたいと思ったら、行けるように。例えばコロナとかでいろんな仕事がお休みになっても、他の道に行けばいいってその時、思えるように。
私は今、自転車屋整備士を目指していますが、介護ヘルパー2級と整体師の資格も持っています。学校を卒業してから、興味あることを全部学んできて、楽しんでいた方が、無意識に頑張れる。私は、いくつかやりたいことを持っていて、よかったって思います。


-文:いとりえ
=写真:蒲原さん提供

〈profile〉蒲原琴音(かんばら ことね)
千葉県大網市在住。実業団所属の自転車競技選手。
タイ人の父親の影響で幼少期より空手を習う。人気漫画『弱虫ペダル』との出会いがきっかけで自転車競技を始め、自転車ショップの店員をやりながら実業団チームの選手として活躍。2024年11月に空手の試合で脳震盪を起こして緊急搬送されたが、現在は退院し競技復帰に向けて練習を再開している。

後編はこちら👇️


八街市中高生の居場所「ナッツアップ?」


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