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【虹色創作部】夏と海と、僕らは日常(3)

本画像は虹くりっぷさん企画ページよりお借りしています。

第三話

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 雲のすき間から差し込む光が、海面に揺らめく模様を描いていた。光の斑が寄せては返す波に乗って漂う中に、金と銀の糸で結ばれた二体のマリオネットが浮かんでいた。一体は目を閉じ、もう一体はその視線を海に落としこんでいるようだった。
「よく離れずに一緒にたどり着いたもんだな…。」
老人はしゃがみ込み、海水で濡れたその体をそっと持ち上げた。腕の中で糸がきらりと光る。金と銀のその糸は、波間でほどけることもなく、二体を結びつけていた。
 物心ついた頃から、老人は毎年夏になると海辺に漂着する不思議な形の人形を拾ってきた。彼にとってそれは、世界が忘れかけた“ひらめき”の亡骸だった。人の手に届かず、言葉にもならず、かたちになりきれなかった思考が、打ち上げられてくる。まるで、遠くの誰かが抱いたイメージのかけらが、海を越えて流れ着くかのように。
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『風を超えた嵐が来る〜社長・黒岩の逆襲〜』

 木曜日の午後。
 AでもBでもない何かに変貌を遂げたプロジェクト資料を前に、田中くんは完全に無表情だった。窓の外ではバスがゆっくりと通り過ぎ、海風に揺れるブラインドの隙間から夏の陽光が射し込む。白い壁とガラス扉に反射した光が、書類の角を一層まぶしく照らしていた。
「…何がしたいんだろう、俺は。」
 つぶやいたそのとき、オフィスの空気が変わった。ふいに空調が止まり、隣室の電話がけたたましく鳴り出す。誰かが受話器を慌てて取る声と、コピー機の作動音が重なり、わずかなざわめきが会議室へ漏れ聞こえた。タイミングを計ったように、窓の外を一羽のカラスが横切り、机の上に並んだタブレットの画面に影が走る。書類の角がそっとめくれ、背後のホワイトボードに残された昨日の議論の痕跡まで揺れて見えた。
  その名は―――黒岩社長。
課長・山本の師匠にして、“ひらめき界の神”。
「おつかれさーん!」

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 小屋に戻ると、老人はいつものように毛布の上に二体を並べた。衣装の模様は左右対称で、並べると一枚の絵のように繋がって見える。「ふむ、対なんだな…」と小さくつぶやき、ランプに火を灯す。作業台の明かりの下で、老人は丁寧に針を進めた。金糸と銀糸の交点を結び直し、手足の継ぎ目にオイルを差し、割れかけた頬を磨く。目を閉じた方の顔に仄かな赤みが差した瞬間、もう片方の指がぴくりと動いた。
 まるで、水面を泳ぐような動きだった。老人は手を止め、静かに見つめた。糸でつながれた二体は、たしかに互いを探し、呼応するかのように、ほんのわずかに揺れていた。
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 ガラス扉が勢いよく開き、光が一気に差し込む。現れたのはアロハシャツにサンダル、手にはパイナップルジュースという出で立ちの60代。まるで夏休みの南国帰り。だがこの男が、なぜか社内では絶大なカリスマを持つ、株式会社ひらめきソリューションズ代表取締役社長・黒岩武である。
「山本!なんだその資料は!」
社長の声に、廊下を歩いていた社員が思わず振り返り、エレベーター前に並んでいた数人の背中までもが一瞬止まる。夕陽が差し込み始めた廊下に、社長の声が反響した。
「え、あ、これは今週のBプロジェクトの中間報告でして―――」
「B?だめだ!Bはもう古い。これからはΩ(オメガ)プロジェクトだ!」
「…お、オメガ…?」
「さっき風呂に入ってたらさ、シャワーの水が急に冷たくなったんだよ!そこでピンときた。『新しい時代の冷たさ』、これがΩなんだってな!」
課長、目を輝かせる。窓の外では再びバスが通り、会議室の中を揺らす排気音が響いた。
「さすが社長…!シャワーで気づくとは、レベルが違います!」
田中くん、死んだ目でつぶやく。机の上の書類を指先で押さえながら、深い吐息を漏らした。
「シャワーの故障を時代の予兆にしないでください…。」
社長はさらに続けた。
「Ωは“終わり”じゃない、“始まり”なんだよ!我が社は変化の中に未来を見つける企業だろ?資料、全部作り直そう!」
その言葉と同時に、遠くの執務室から誰かの笑い声が聞こえてきた。まるでこの騒動を見透かしているかのように。

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 双子のマリオネットは、修復の後、夜が明けても青いマリオネットのように姿を消すことはなかった。老人は、いつものように小屋の棚へ並べて置いた。だが、奇妙なことに、この双子のマリオネットは他の人形と違って、棚に並べてもすぐに転げ落ちてしまう。いくら並べ直しても、姿勢を整えても、棚の上には収まってくれない。他の人形を巻き込んで一緒に転がり落ちることさえあった。
 いくつかの場所に並べては転げ落ちるのを繰り返した後、たまたま棚の隅に置かれたイルカの人形の隣に並べたときだけ、双子は転げ落ちず、まるで波に浮かぶように静かにそこに居続けた。
「そうか、あんたたちは泳ぐんだな…。」
老人はそうつぶやき、窓の外が茜に染まりはじめた頃、そっと作業小屋の戸を閉めた。
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 山本課長、即座に敬礼。
「了解しました!田中くん、Ωだ!Ω行くぞ!!」
田中くん、そっとメガネを外して目をこする。ホワイトボードに残された「B案→保留」の文字が、にじんで見えた。
「はい、Ωでございますね…もう何でもやりますよ…。」

―――
《翌週の社内報》
今週の注目プロジェクト【Ωプロジェクト】始動!

 社長による突然の方向転換により、Bプロジェクトは一時凍結。Ωプロジェクトへとシフト!会議室の窓から射す光に照らされながら、山本課長と田中さんによる超高速対応が光りました!
―――

田中くん、ふと自分の名前を見て小さく呟いた。
「俺…もう何かの修行僧じゃないか…?」
机の上で風に揺れる書類の音が、その呟きに重なった。

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 明け方。部屋はまだ青白い空気に包まれていた。ふと気配を感じて棚を見ると、双子の姿はそのまま残っていた。けれど、金と銀の糸にはかすかな緩みがあり、その結び目に、小さな水滴がきらめいていた。棚の下には、ひとつの氷の粒が転がっていた。小さな光が、その氷の中に閉じ込められた気泡を通して揺らめいている。昨日拾ったときよりも淡く、静かに、ゆっくりと、その光は揺らぎながら鈍くなっていく。それはまるで、誰かの胸の奥に差し戻されたひらめきが、冷たさの中で眠りについていくようだった。
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fin

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