<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【17・18・19】
【17】エディス
エディスは、後悔していた。
エレノアを襲おうとした男を追っては来たが、武器が短剣一振では心もとない。
サーシャにも敵わなかった男に、負けるとは思わない。しかし、王宮内にアリエスが潜伏している可能性がある。もし、遭遇したら短剣では歯が立たないだろう。
自分の寝室を出るときに、白銀の剣を置いてきてしまったことが、悔やまれるのだ。
まさか、轟音の原因を探るために、侍女の恰好した事が、裏目に出ると思わなかった。
男に逃げられることを承知で、一度寝室に戻ろうか、と考えあぐねていたとき、前方の床に黒い塊が見えた。
廊下の常夜灯の明かりでは、細かくは分からないが、人が倒れている様子だ。
エディスは駆け寄ると、顔を確かめようと膝をついた。さきほどの男に似ている。
抱え起こそうと、男の肩を掴んだ瞬間、後ろから何者かに組みつかれた。首を絞められる。蛇の様に巻き付いた腕が、エディスの呼吸を妨げた。
考えの迷いが、隙を生んだのかもしれない。短剣は落としてしまった。両手で巻き付いた腕を剝がそうとしたが、もう力が入らない。意識を失う直前に見えたのは、倒れた男の青黒い顔だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
エディスは、明るい場所に立っている。アサナが、涙を流しているの見ていた。
悔しい、ふがいない涙であることは、知っている。アサナは、自分の分身なのだから。
しかし、上役が思いがけない事を告げる。アサナが元気を取り戻した。良かった。アサナだけでも、幸せになってほしいから……
「おい。起きろ。おい」
顔を硬い物で数度叩かれて、エディスは不快感に目を覚ました。廊下に、仰向けに倒れている。視界に入るのは、青白い頬のこけた女の顔。まるで、亡霊のようだ。
「アリエス!」
瞬時に覚醒したエディスは、起き上がろうとしたが、胸と腕の上に膝で乗りかかられて、動けない。仕方なく、黙ってアリエスを睨みつけた。
「お前、剣姫だね。捜す手間がはぶけた。獲物の方から、のこのこ現れるとは、馬鹿な王女様だねえ」
アリエスは、唇を歪めて笑った。
カダン商会で会ったときよりも、さらに頬がこけ、目をこぼれんばかりに見開いている。病的に凄味が増した顔に、この世の物ではないと、エディスは強く感じた。
短剣をちらつかせながら、アリエスはエディスの目を覗き込んだ。
「王様の次は、お前を殺すつもりだった。お前が、わたしの手首を掴んだとき、すぐ分かった。なかなかの技量だと。だから、必ずこの手で息の根を止めると、決めていたのさ」
「きさま、父上をどうしたんだ」
それに答えず、アリエスは悪態をついた。
「王様は、酷い奴だ。人を見下しやがって。お前もそうなんだろう。王族に生まれただけで、ちやほや、されやがって。苦労知らずが、一番嫌いなんだよ!」
「なんだと。言わせておけば……」
エディスの顔が、怒りで朱に染まった。人は立場なりに、苦労も悲しみもあることを分からないとは。
アリエスは、素早く立ち上がり距離を取った。短剣を投げて、床に突き立てる。
「取れ。このまま、突き殺しても面白くない。少し遊ぼうじゃないか。まあ、最後は殺すがね。それまで抗ってみせろ。どれだけ、もつかな。お姫様」
「馬鹿にするな」
エディスは身を起こすと、短剣を手にした。アリエスも、いつの間にか右手に長剣を握っている。そして、その剣をゆっくりと振りかぶった。
【18】朝菜
真心ゼミナール幹部へのプレゼンテーションの時間が、十分後に迫っていた。
朝菜は、三度目の深呼吸をした。
高岡課長から、プロポーザル方式の入札への参加を告げられてから、あっという間の二週間だった。あさひるコンビの作った提案資料は、さらにブラッシュアップされていた。
フェニックスコープからは、プレゼンターに新宮と朝菜、パソコンの操作に比留間、さらに見積金額の入札のために営業部の宮野が出席していた。
今は、真心ゼミ本社ビルの会議室の外で待機している。朝菜が四度目の深呼吸をすると、隣に座る比留間がくすりと笑った。
「なによ、失礼じゃない」
「ふふ。すみません、先輩。そんなに、緊張していたら、口から心臓が飛び出しますよ」
「仕方ないでしょ。いくら練習していても、本番の雰囲気とは違うもの」
「大丈夫ですよ、体が勝手に動きます。そうじゃなかったら、練習不足です」
「ううう……」
朝菜は唸った。お母さんに言いつけてやる。比留間の母親とは、チャットでやり取りする仲になっていた。だから比留間が、昨日の夕飯をろくに食べられなかったことも知っている。本当に強がりなんだから。
「あさひるコンビって、呼ばれてるんだろ」
宮野が話しかけてくる。丸顔、丸メガネの中年男性だ。
「はい。高岡課長が言い出したんです」
「競い合ったり、協力したりする相手がいるのは、良い事だよ。今回もその結果でしょ」
「でも、コンペは三位でした」
朝菜は、まだこだわっていた。比留間は、またかという顔だ。
「将来でしか実現できない一位より、すぐ商売に繋げられる三位の方が、私は素晴らしいと思う。少なくとも営業部は大歓迎だ」
「そうなんですか。嬉しいです」
朝菜の声に元気が戻ってくる。あれ、緊張感が減ってきたかも。
会議室の中が騒がしくなった。どうやら、前の会社のプレゼンが終わったようだ。会議室のドアから、数名のスーツ姿が出てくる。
朝菜たちをチラリと見ると、歩き去った。
「菱沼ネットワークスだな」
「宮野さん、知ってるんですか」
朝菜が尋ねた。課内で、よく聞く名だ。
「うちのお客さんだけど、競合することもある。よくある話さ。彼らも新規参入だね」
教育関連業界への参入のことだ。
「新宮さんの担当会社でしたよね」
比留間が、新宮へ話を振った。
そこへ、ちょうどドアが開いて、男性が顔を出した。
「フェニックスコープ様。お願いします」
「はい」
新宮は比留間の問いには答えず、返事をして席を立った。朝菜も立ち上がる。今日は制服ではなく、グレーのスーツを着てきた。着慣れていないが、逆に新鮮な気持ちにしてくれる。
会議室に入ると真心ゼミの幹部九人が、大きな四角に並べられた机について、朝菜たちを見ていた。
副社長をはじめ、総務、企画、営業、技術、それぞれの部署の代表者が出席すると、事前に知らされている。
比留間が指示されたパソコンに、提案資料をメモリカードからダウンロードして、プレゼンテーションが始まった。幹部たちの前にあるパソコンと壁に掛かった大きなディスプレイに資料が表示される。
「真心ゼミナールの皆様。本日は、ご提案の機会を与えていただき、ありがとうございます。私は、株式会社フェニックスコープ技術部SE3課の新宮と申します。同じく、縄田、比留間、そして営業部の宮野です。よろしくお願いします」
朝菜は、皆と揃って軽く頭を下げた。
【19】エディス
素早い長剣の突きが、エディスの肩を浅く傷付けた。
アリエスの攻撃は、緩くはないが激しくもない、適度に手を抜いたものだった。唇を捻じ曲げ、ニヤついた顔で楽しんでいる。
エディスは、寸前でかわし、短剣で弾いて、まだ致命傷は負ってはいない。それでも、お仕着せの裾は切り裂かれ、腕には血が滲んでいた。
なんて底意地の悪い女だと思う。猫が捕まえた鼠を前足で転がしたり、爪で引っ搔いたりしているように感じる。
エディスは耐え続けた。ある考えが、頭に浮かんでいるからだ。この状況で、アリエスに優っている事はひとつだけ。王宮の造りをよく知っているということだ。
エディスの先祖は、用心深い人間だったらしい。襲撃に備えて、廊下をわざと複雑な設計にし、迷宮を造り上げていた。
長い直線はなく、不必要に右に左に曲がらないと目的地に辿り着けない。曲がる角を間違えると、元に戻ってしまう。普段生活をして、慣れていないと現在地が分からなくなる。それに賭けるしか、手は無かった。
自分の寝室に戻って、白銀の剣を手に取ることは諦めた。カナリエたちが側にいる所へ、アリエスを連れて行くことはできない。
できるだけ、巻き込む人がいない、そして最終決着がつけられる場所へ、導くしかない。エディスは、少しづつ後退しながら、王宮の迷路の中を進んだ。
アリエスは、嫌な感覚に襲われていた。自分が優位な立場にいることは、絶対的に変わらない。剣姫も必死に攻撃をかわしている。しかし、その目が気になるのだ。何かを企んでいるのが分かる。もう飽きたから終わりにしよう、そう決めた。
エディスは、攻撃が鋭くなったことに気付いた。もう、避け切れない。今、胸元をかすった一撃は、大きな傷になって、流血していることが分かる。
もう後十歩。それで、到着する。強い斬撃に、短剣が弾き飛ばされた。しかし、ここからが、勝負だ。
エディスは、後ろ向けに角を右に曲がった
アリエスも、吸い込まれるように後を追う。曲がった先にあったのは、上り階段だった。
エディスの姿は無く、足音だけが聞こえる。アリエスの中で育った、嫌な感覚がさら増してくる。しかし、剣姫を殺したいという欲望が、それを上回った。
「武器も無しで、どうしようというのか。面白いじゃないか、誘いに乗ってやろう」
アリエスは、乾いた唇を舌で湿してから、階段を上り始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ケントは、体を引きずるようにして、警備隊本部の自室へ戻った。
さすがに、体中に疲れが重積しているのを感じる。崩れるように椅子に座ると、背もたれに全身をあずけた。体全体が休息を要求しているのが分かる。二日は寝ていないような気がするが、記憶が無い。意識せずに、目を閉じていた。
ケントは馬術もこなし、剣技もかなりの腕前だが、好戦的な性格ではなかった。別に戦いたくはない。しかし、王国のため、町の民のためにならば、剣を抜くことはやぶさかではない。その中には、お目付け役としてエディスを助けることも、含まれている。
とはいえ、ここ数日の人死の多い事に、ケントは心を痛めていた。隣国からの侵略など知ったことか、と大声で叫びたいくらいだ。なぜ、もっと平和に暮らせないのか。なぜ、他人を不幸にしてまで、自分の利を得ようとするのか。
エディス様は、また考え方が違っているのだろうか、と考える。
幼馴染ではあるが、王家の血筋であるエディス様には、何か別に一本筋の通った覚悟があるように思える。しかし、ケントはそれを知らない。
随分長い付き合いなのに、とは思う。エディス様の方も、ケントの想いを知らないのだから、おあいこだ。
残務の事を考えると、早く心と体を休めなくてはならない。やっと、頭の中が空白になり始めた頃、部屋の扉が強く叩かれた。大声を張り上げている者がいる。
「副隊長。ケント副隊長。たった今、フィン・モルダー小隊長が戻られました。最重要の報告あり。大門まで至急お越し願います」
まだ誰の夜も等しく、明けていない。
(つづく)
<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【20・21・22】
