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<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【16】

【16】朝菜
 社内コンペ選考会は、社長室に併設された役員会議室で行われた。

 メンバーは、フェニックスコープ代表取締役 陣内社長以下、取締役五名だ。
 全員が、大きな楕円形の机についている。各々の前には、画面を開いたパソコンが置いてあった。

 会議の進行は、発案者である専務取締役 
大山田が務めることになっている。
「さて、定刻十七時になりましたので、選考会を始めます。社長、よろしいでしょうか」
「始めよう。提案は、いくつ集まってるか」

 陣内社長は、気力みなぎった声で言った。年齢は五十五歳。世間の平均からすると、若い社長だ。黒い髪は短めにカットしてあり、身だしなみに気を使っているのが分かる。

「三十六件。いや、今一件追加されたので、三十七件ですね。期限ギリギリですが認めましょう。これを全て理解して、選考するとなると、明日の朝まで掛かりそうですね」

「もちろんだ。真心ゼミナールの入札に間に合わせるため、日程を繰り上げしたんだ。取締役会の本気度を社員にも、示そうじゃないか。ベストワンを選考するまで終わりは無しにしよう。皆さんも付き合ってほしい」

 陣内社長の言葉に、皆頷いた。大山田専務が、自分のパソコンを操作する。
「では、共有した画面に資料を表示してゆきます。操作は、私が行います。意見や疑問のある方は、途中で声を挟んでもらって結構です。では、一番目から……」

「待ってください。これはどう使いますか」
 取締役のひとりが、メガネケースを手に持っていた。全員のパソコンの横に並べて置いてある物だ。

「それは、スマートグラスです。ある提案で使用すると聞きました。資料中に指示があるので、それまでは使わないでください」
 専務はそう言ったが、どう使うかは知らないよ、との雰囲気だ。

 それを見た陣内社長は、笑った。
「きっと、差別化を図るためのアイデアだろう。革新的か、企画倒れか、楽しみにしようじゃないか。では、スタート」
 取締役会の長い夜が始まった。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 大きめの電子音が、狭いワンルームの部屋に響いた。朝菜は、以外にもすっきり目を覚ました。

 昨夜は、社内コンペの提案資料を作り終えた達成感で、ぐっすり眠れるかと思っていた。しかし、選考会が現在進行形で行われていることが、逆にプレッシャーとなって、ベッドに横になっても、なかなか寝付けなかったのだ。

 感覚的には、数時間しか寝ていない気がする。でも、もう選考の結果は出ているに違いないと思うと、頭が冴えてくるから不思議だ。スマホのアラームを止めると、フローリングの床に座った。

『おはようございます。朝菜』
 いつも通り、ホムコが話しかけてくる。
「おはよう。ホムコ」
『今日は曇りです。日光を入れましょうか』
「うん。100%でお願い」

 窓ガラスがゆっくりと透明になり、光がワンルームの隅々まで朝へ変えてゆく。曇り空だが、明るさは十分だ。

「テレビ、ニュース」
 そう言うと、ホムコがすぐにニュースを映し出した。詐欺事件や火事、交通事故の話題ばかりだ。
 もっと、朝から元気がでるようなニュースは無いのかなと思う。まあ、戦争や暗殺の話題よりも、随分ましなのだが。

 エディスの世界に、テレビや報道機関があれば、もっと殺伐としたものになりそうだ。なんとか眠って、見た夢の世界では陰謀が渦巻いていた。それに、エディスは巻き込まれている。

 助けてあげたいが、どうしようもない。渦中の剣姫は、自らの手で切り開いてゆくしか方法が無いのだ。すでに朝菜は、エディスを自分の分身のように感じているので、とても胸が苦しくなる。

「だから私は、自分のことを信じて、やり切ることにする」
 胸の前で、音を鳴らして両手を合わせた。
「まず、朝ごはんだ」

 キッチンに立って、フランスパンでロースハムとレタスを挟んで、かじりついた。手早く、身支度を済ませ、バッグを肩にかけた。

 玄関でパンプスを履いていると、ホムコが注意を促した。
『帰宅する時間に、雨が降るかもしれません。折り畳み傘をお勧めします』
「え、そうなの。ちょっと、嫌だな……」

 今日は、社内コンペの結果発表があるかもしれない。雨と思うと、緊張と憂鬱が倍になる気がした。できれば、逃げ出したいくらいなのに。

『雨降って地固まる、かもしれませんよ』
 それを聞いて、朝菜は思わず微笑んだ。私は幸せ者なのだろう。AIにも気遣ってもらえるなんて……

「ホムコ、ありがとう。大好きだよ」
『はい。いってらっしゃい。良い日でありますように』
 朝菜は、勢いよくドアを開けた。早朝の空気は、ひんやりと心地良かった。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 八時十五分。
 始業は九時なのでオフィスの中は、まだ人は少ない。腕を組んで、椅子のリクライニングを思い切り倒した。

 あれだけ邪魔したのに、締切に間に合わせるなんて、腹が立つ。舌打ちしたい気分だ。自分の仕事を後回しにして、妨害の準備に時間を費やしたのが、無駄になった。

 まあ仕方ない。取締役会の選考結果が、どうなるかだ。こればかりは、さすがに介入できなかった。選考から外れていることを祈ろう。そうでないと、この先の計画を見直す必要が出てくる。自分の人生設計にも影響があるのだ。

 オフィスに人が多くなってきた。では、善良な一社員に戻ろうか。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 朝菜はつり革につかまって、電車に揺られていた。早々に家を出たせいで、いつもより一本早い電車に乗ることができた。
 かといって、車内はそれほど空いている訳でもないし、座って楽できる訳でもない。なんとか、スマホを触る空間があるくらいだ。

 都会のマイナス点だ。プラスも多いので、相殺してゼロと思うことにしている。自分で選んだ進路だから、できれば悲観したくはないからだ。

 運良く、目の前の乗客が停車駅で降りた。これはラッキーと、座席に腰掛ける。まだ二十分は乗っていなくてはならない。しかし、停車駅から乗り込んで目の前に立ったのは、母親と小さい男の子だった。

 まだ三歳くらいだろうか、いつもより早起きさせられて、半分目が閉じている。電車の揺れに、いつ転倒してもおかしくない状態だ。一瞬迷ったが、席をゆずることにした。

「どうぞ、座ってください」
「すみません。ありがとうございます」
 母親は恐縮しながら座って、男の子を膝の上に乗せた。
「お姉さんに、ありがとうって言いなさい」

 男の子は黙って、朝菜を見上げていたが、躊躇いながら握った右手を突き出した。
「これ、あげる」
「えっ、なあに」
 男の子が手を開くと、黄色い包み紙の飴が乗っていた。

「もらって、いいの?」
 きっと、早起きしたご褒美じゃないのかな。朝菜が母親を見ると、頷いている。
「大事に、食べるね」

 朝菜が飴を受け取ると、男の子は目を閉じて、寝入ってしまった。母親は微笑んでいる。息子の行動が誇らしかったのかもしれない。朝菜もつられて、声を出さずに笑った。

 そして、社内コンペの結果発表の後に食べようと決めた。さて、甘いか酸っぱいか。

 八時二十九分。
 オフィスに到着すると、SE3課メンバーで、朝菜が一番最後だった。高岡課長と新宮は書類を見ながら話している。鹿取もキーボードを叩いている。もちろん、比留間も席についてメールをチェックしていた。朝菜は、隣に座った。

「おはよう。みんな随分早いね。私も早めに家を出たつもりだったけど」
「先輩。おはようございます。僕もさっき、来たところです。なんだか、そわそわしてしまって」

 そう言いながら、比留間は通常運転の顔だ。なかなか肝が据わっているな、と朝菜は思った。部屋を出る際に、グズグズした自分が恥ずかしい。

「今朝、犬の散歩に行ったんです。いつも三十分かかるのに、モルがすごく早足なので、十分で帰ってきちゃいました。僕の緊張感が、伝わっているのかな。犬って、そういうの敏感そうですよね」
「確かにそうかもね。今日は、ホムコがとても優しかった」

「えっ、AIもですか」
「気を遣ってくれるというか、励ましてもらっているような」
「それは、すごい。AIの進化かもしれません。先輩の言動から、気持ちを汲み取って、最適化された言葉を発生する。自分でプログラムを書き換えている可能性もあるな……」
「ちょっと、違う気がする」

 相変わらず変なところも、通常運転だ。まだ、ぶつぶつ言っている。話題を変えよう。

「昨日は、夕飯までご馳走になって、ありがとう。お母さんに、あらためてお礼を言っておいて」
「いえ。先輩が帰った後も、母が上機嫌だったから、僕も良かったです」

「お好み焼き、美味しかった。自分では作れないから、久しぶりに食べたよ」
「粉が違うみたいです。業務用っていうんですかね。それを取り寄せしてます」
「へえ、本格的。じゃあ、自慢の一品を振舞ってくれたのかな」

「母は、嬉しいことがあると、決まって夕飯はお好み焼きなんです。僕が部活で成績が良かった日とか、学校の入学式とか。比留間家は、父と僕で男ばかりだから、女性と話せて楽しかったみたいですよ」

 昨日、社内コンペの資料の手直しを終えると、十六時四十五分をまわっていた。締切まで時間がない中、高岡課長にメールで資料を送り、データの一部をクラウドにアップしていると、すぐに十七時になってしまった。

 タイムアップ。もう、差し替えも修正もできない。後は、自分達の仕事を信じるだけとなった。スマホに高岡課長から連絡があり、無事提出したと聞かされた。一分超過していたけど、役所の入札じゃないから大丈夫と笑っていたが、本当だろうか。

 九時八分。
 高岡課長の胸ポケットのスマホから、電子音が聞こえた。SE1課、SE2課をはじめ、周囲の部署の課長が自分のスマホを手にして、メッセージを読んでいる。

「すまん。呼び出しが掛かった」
 新宮に断りを入れると、高岡課長は席を離れる。朝菜は、高岡課長を目で追った。同じように呼び出された課長と会話しながら、オフィスを出てゆく。緊急招集かな。

「いよいよ、発表だね」
 鹿取が朝菜の肩に手を置いた。
「あっ、鹿取さん。綺麗なネイルですね。どこのサロンへ行ったんですか」
「ん? ああ、これは実家の近くの…… こら、ごまかさないの」

「ははは。結果がでるのが、怖くて」
 朝菜は苦笑いだ。まだ、グズグズしてる。
「命が取られる訳では無いんだ、くらいで構えてなさい。こんな場面は、今後も沢山あるんだから」

 鹿取は二回肩を叩くと、自分の仕事に戻った。また、気を遣われてしまった。鹿取さんからは、いつも良い言葉をもらえる。大人ってすごいなあ。

 高岡課長が戻ってくるまで、三十分が必要だった。帰って来るなり、会議室に集められた。四人の視線が、高岡課長に集中する。
「今しがた陣内社長から、社内コンペの選考結果が、発表されました」
 一呼吸置いてから、高岡課長が続けた。

「我々SE3課は、第三位の優秀賞でした」

 おお、と声を出したのは、普段感情を表に出さない新宮だった。ただし、良い評価なのか悪い評価なのか、よく分からない。鹿取は手を叩いているので、良い評価の様子だ。

 比留間は、微妙に残念な顔をしている。笑顔ではないことは確かだ。
 私はどうなのか、と朝菜は自分に問いかけた。良いと悪いの中間点から、3ポイントだけ良い寄りの感じかな。うん、そんなところ。結構良い評価だよ。良かった、良かった。自分に言い聞かせる。

 朝菜の目から涙が一筋こぼれた。
 あれ、なんで…… 泣いて……

 その涙に、朝菜は気付いた。良くなんてないよ。悔しいに決まってる。一位を獲りたかった。比留間君が、あんなに頑張ったのに。あんなに苦労したのに、三位じゃ足りないよ。それが、本当の素直な気持ちだということを悟った。

 比留間はハッと驚いた表情をした。鹿取が慌ててハンカチを出して、朝菜の涙を拭う。
「どうしたの。緊張解けちゃったの?」
「私、私…… 悔しいです」
 それ以上言葉にならない。社内コンペは終わった。ああ、いつもの日常に戻るんだ。

 しかし高岡課長は、いつになく真剣な表情を崩さなかった。
「縄田君。泣いている場合じゃないぞ。ここからが、重要なんだ」
 四人の頭の中に、はてなマークが表れた。まだ、続きがあるようだ。

「SE3課の順位は三位でした。が、真心ゼミナールのプロポーザル式入札は、我々の提案で応札することになりました。これは、会社の決定事項です」

「はあ? あっ、失礼しました」
 四人の中では、一番リアクションが大きい鹿取が声を上げた。

 取締役会の説明はこうだった。社内コンペで、順位を付けた。もちろん、優秀な順だが、一位と二位の提案は現在のフェニックスコープの技術力で実現するには、年単位の研究開発が必要になる。よって、直近の入札には第三位の提案をもって対応。担当は、SE3課とする。

「スマートグラスを使ったのも、好評だったようだ。比留間君の手柄だな」
「あ、ありがとうございます」
 感情が下がったり上がったりで、さすがの比留間も戸惑っているようだ。

「縄田君も引き続き、よろしく。後でスケジュールの相談だ」
「はい」
「よかったね。これから、もう一段忙しくなるよ。頑張って」
 鹿取が朝菜の背中をポンと叩いた。まだ泣き顔の朝菜は、それだけで心と体が軽くなる気がした。

「しかし、こういう事を、何て表現したらいいかね。損して得獲れじゃないし」
 高岡課長が首を捻った。思い出せなくて、もどかしそうだ。

「骨折り損のくたびれ儲け」
「比留間君、それ全く逆のたとえだよ」
 朝菜は、笑いながら、ツッコんだ。
「強いて言うなら、名を捨てて実を取る、でしょうか」
 珍しく新宮が発言した。
 なるほど、三位だけれど会社を代表する提案だからなあ、と全員が感心したところで、社内コンペの結果発表は終わりとなった。

 朝菜は席に戻ると、ショルダーバッグから、黄色い包み紙の飴を取り出した。今朝、男の子にもらったものだ。手の平に乗せてみる。比留間が、横から尋ねた。

「なんですか」
「自分へのご褒美だよ」
 さて、甘いか酸っぱいか。包みを開けて、口へ放り込むと、爽やかなレモン味だった。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 
 十九時五分。
 休憩室でホットコーヒーを飲みながら考えている。社内コンペの結果は、最悪だった。
 あさひるコンビが、会社の代表として応札するなんて、想定の中では本当に最悪の部類だ。計画が狂わないように、調整しないといけない。 

 でも、最終的には、思い通りにゆくはず。この会社の機密情報は、ほとんど手に入るのだから、問題無い。
(つづく)

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