見出し画像

<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【15】

【15】エディス
 国王の寝室の周辺には誰もいない。
 シンと静まり返っていた。

 夜目のきくアリエスが見る限り、暗く長い廊下のどこにも見張りの警備兵はいない。単純に真夜中だからなのか、あきれるほどの無警戒ぶりだ。

 建物の図面は、頭に入っている。アストリアム王国に潜伏を始めてから下調べを進めるうちに、王族の部屋の配置図を入手した。蛇の道は蛇。どんなものでも、金さえ惜しまなければ手に入れることができるのだ。

 重厚だが飾り気の無い扉の取っ手に手を掛け、静かに引くと抵抗なく開いた。小さな隙間をつくると、蛇のように身を滑らせて中へ入り込む。

 部屋の中は、常夜灯として一本の蝋燭が立てられている。その明かりの照らす範囲に、国王の寝台があった。
 音はしないので、ぐっすりと寝入っているに違いない。

 暗殺を生業とするアリエスでなくとも、殺害は赤子の手を捻るようなものだろう。水牢を脱出する際に調達した長剣を鞘から抜き、一歩踏み出した。

「ほう、本当に儂を殺しに来たぞ」
 予想だにしない方向から、男の低い声が聞こえた。姿は闇の中だ。

 アリエスは身を低くすると、攻撃に備えた。油断していた訳では無い。声の主は完全に気配を消していたのだ。

「賭けは、わたくしの勝ちですな。国王様」
 しわがれた男の声が応えた。

 アリエスは、全身の毛が逆立つ感覚を味わった。もうひとりいる。なんだ、こいつら。

「お前。昼間に捕らえて、牢に放り込んだ女であろう。騒ぎを起こして、わざと捕まったな。暗殺者か。どこの手の者だ」

 アリエスは返答しない。遂行か退却か、予想外の展開に、迷いが生じている。低い声が続けた。

「まあ、よいわ。生きては帰さぬ。カイドン。剣術指南役および警備隊隊長の剣技を久しぶりに見せてくれ。賭け金は、三倍にして取らすぞ」
「承知」

 その声が届くの同時に、黒い殺気がアリエスを襲った。反射的に体が動いて、喉の前を剣で薙ぎ払うと、鋭い金属音が耳を貫いた。

 殺気は、カイドンの斬撃そのものだった。乏しい明かりのなかで、高速で正確に獲物を狙うカイドンの腕も素晴らしいが、瞬時に反応したアリエスの剣技にも目を見張るものがある。

「ほう、避けられるとは思わなんだ。なかなかの鍛錬度合いじゃな。次はどうだ!」

 顔の前、左肩、そして右胸と連続で攻撃されたが、アリエスは殺気を読んで弾きかえす。そして、じりじりと扉の方へ、下がり始めた。

 悔しいが、繰り出される刃を避けるのに精一杯で、攻撃に転ずる余裕がない。カイドンの剣技が自分より優っていると認めざるおえなかった。

「これで、最後だ」
 カイドンの気配が消えた。アリエスの頭が混乱する。今まで、稲妻のように襲いかかってきた殺気が急に無くなった。雷光と雷鳴が同時に消え去った感覚だ。

 次の瞬間、わき腹に激痛が走った。カイドンの剣が横殴りに、叩きつけられたからだ。体が千切れそうになる。
 
 しかし、強烈な一撃を受け、アリエスは逆に覚醒した。本能的に、剣の力に逆らわずに、同じ方向に飛んだのだ。とっさの行動が命を救った。カイドンの刃は左わき腹を抉ったが、致命傷にはならなかった。

 床に転がって距離をとると、隠しに持っていた黒い粉を、蝋燭の炎へ向けて投げつけた。倉庫の爆破に使った火薬の残りだ。

 粉状の火薬はすぐに引火して、爆音と衝撃波を部屋中にまき散らした。国王とカイドンがひるんだ隙に、扉を蹴り破ると、廊下を全速力で走って逃げた。

 わき腹の傷が出血し痛んだが、それ以上にアリエスの頭の中は屈辱で溢れかえっていた。あのジジィたちは、暗殺者が来ることを予想して、賭けに興じていたのだ。

 そのために、あえて警備兵を置かずに、自分を誘い込んだのだろう。体制を立て直したら、次は確実に仕留めてやる。この屈辱を晴らす方法は、それしか無い。

 待てよ、今日はまだやる事が残っている。ジジィたちに、賭けのつけを払わせてやる。
 アリエスは、唇を歪めて笑った。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 国境警備の要であるカノン城は、隣国ハードスとの境であるメルリーヌ川とそれに架かる橋を見渡せる場所に建っている。

 ハードス側にも名はわからないが城があり、お互いを監視している。ここ十年は、小競り合いも大規模侵攻もなく、外交上は小康状態が続いている。
 カノン城の城主は、主に第一王子が務めることが多く、外務大臣も兼ねるかたちをとっている。
 
 そのカノン城に、警備隊本部からの伝令が到着したのは、真夜中のことだった。

 腕に白い布を巻いた警備兵は、到着するなり書状を取り出し、大至急城主に目通し願いたいと申し出た。そして、書状は城主であるサイモン王子の手元に届けられた。

「カイドン隊長の書状は読んだ。ハードスから侵攻の恐れありとのことだが、王城ではいったい何が起こっているのだ。お前の口から聞きたい」

 謁見の間に、伝令を呼んだサイモンがそう言った。細い顎に髭をたくわえた、三十代の男性だ。いくぶん不機嫌そうなのは、真夜中に起こされたからだろう。

 しかし、緊急事態であることは、分かっている口ぶりである。伝令は膝をつき、顔は下げたままで答えた。

「わたくしは、第三警備隊フィン・モルダーと申す者。直答をお許しいただき、光栄でございます」
「分かった。早くしろ」
「はっ」

 フィン・モルダーは、強盗殺人事件の多発、ジェイ・イライアスの拘束から始まる城下町での騒動、傭兵らしき者たちの流入、そしてアリエス・イライアスの逮捕までを手短に語った。

 最後に、カイドン警備隊長の推測として、王城への攻撃、国王の暗殺、国境からの侵攻の三つを付け加えた。これが、同時に起きるのだと。

「なるほどな。最近起きた出来事から、我が国を害する陰謀を導き出したということか。老いて名誉職に落ち着いたかと思っていたが、年の功も侮れんな」
「まことに、恐ろしい方です」

「いや。おそらく、昔に同じようなことを計画していたのではないか。もちろん、アストリアムからハードスへ攻め入る計画だ」
「なんと」

「だから、気付いたのであろう。同じ策謀家として。自分たちが、狙われていることに」
 サイモンは、面白くなさそうに、鼻を鳴らす。フィン・モルダーは、落ち着かない様子で、視線を外した。聞かなければよかった、という顔をしている。

 部屋の外が、騒がしくなった。警備兵がひとり、駆け込んでくる。顔は汗だくだ。
「ご報告します」
「分かったか」
「はい。対岸の河原に、兵が集結しております。その数、およそ二千」

「そうか、賭けはカイドンの勝ちだな。総員、戦闘準備をさせろ。大至急だ。もし、ハードス兵が、川の中央より一歩でも我が領内に入ったら、即刻矢を射かけてやれ。ひとりたりとも、川を渡らせるな。よいな」
「はっ。交替で休んでいた者以外は、すでに準備は整っております」
「よし。行け!」

 報告した警備兵以外にも、謁見の間にいた兵全員が配置に就くため、いなくなった。フィン・モルダーもついて行こうとして、サイモンに呼び止められた。

「お前は、ここにいろ。戦況を王城へ伝えてもらいたい。状況次第では、全速力で戻ることになるぞ。待機しておれ」

 ハードスの侵攻を食い止めれば良し、国境を突破された場合は死に物狂いで走り、王城へ報告しなければ国が滅ぶ。そういう事か、とフィン・モルダーの顔が引き締まった。

「ところで、フィン・モルダーとやら。末妹エディスは、役に立っておるのか」
 突然、サイモンが顎髭を撫でながら尋ねた。多少、照れくさいのかもしれない。

「女だてらに剣を振り回す、変わった奴ゆえ。迷惑を掛けているのではないか」
「いえ。常に前線におわして、的確な指示をくださいます」
「であれば、よいが。あれも王女だ。傷が付かぬよう、護ってやってくれ」

「御意。ただ、エディス王女様と互角に勝負できるのは、ケント・ゴドリー副隊長くらいでして……」
 フィン・モルダーは、情けない声だ。
「うむ。ケントか、懐かしいな。奴にも伝えてくれ、頼んだぞ、と」
「御意」

 サイモン王子はスッと席を立ち、部屋を後にした。フィン・モルダーは城全体の空気に、重い緊張感と軽い興奮が漂い始めるのを感じていた。 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 これはおかしい。

 エディスは異変に気付いた。王族が暮らす城の中心部は、夜であっても警備兵が巡回し、侵入者を退けることになっている。

 廊下の常夜灯には火が入っているものの、警備兵は見当たらない。食糧倉庫を吹き飛ばし、皆の目を集めた隙に、侵入したのがアリエスだとしたら、警備兵を打ち倒して進んだのだろうか。

 エディスは安否を確かめるために、姉エレノア王女の寝室を訪ねることにした。普段は、王族自身が直接行き来することは無礼に当たるのだが、緊急事態として割り切ることにした。

 誰もいない階段を登り、エレノアの寝室の前に立つと、静かに扉を叩いた。
「エレノア姉様。エディスです。起きておられますか」
 部屋の中で動く気配があり、扉が開いた。

 エレノアの侍女頭サーシャが、蝋燭を持って立っている。すらりとした、細身の女性だ。エディスの服装に、いぶかしげであったが、顔を認めると無言で扉を大きく開いた。

 エレノアの寝室はエディスとは違い、美しい花で飾られ、茶道具や宝飾類が整頓して並べられていた。エレノアは、寝衣のまま椅子に座っていた。

「あらエディス、よく来てくれました。あの音は何なの。皆大騒ぎ。起きてしまったわ」
 驚いているが、顔や言動にあまりでないのが、エレノアだ。

「それにしても、あなた、なんて恰好なの。お母さまに知れたら、小言のひとつやふたつで済まないわよ」
「いや、これは。何というか。怪しまれないための変装…… です」

「まあ、いいわ。黙っておきましょう」
「ありがとう、姉様」
 昔からエレノアには素直になれた。包み込むような、優しさを感じる。

「それよりも、大きな音は、誰の仕業なの。変装して、確かめてきたのでしょう」
「はい。それは……」

 エディスは、轟音は何かしらの大きな力が、食糧倉庫の壁を吹き飛ばした際の音であること。怪しい女が目撃され、王宮へ侵入した可能性があることを告げた。

「わたしの直感ですが。この怪しい女は、昼間に捕らえた犯罪者だと思うのです。どうやって、脱獄したかは判りませんが、王宮に入り込んだようなのです」

「……それが我ら一族に害をなす、ということですか」
「恐らく。なので騒ぎが収まるまでは、部屋を出ないように。それから、よほど信頼を置けるもの以外は部屋に入れないでください」

 静寂を破って、扉が乱暴に叩かれた。
「警備隊の者です。国王様から、お伝えしたいことがございます。お目通りを」
 男の声だ。なぜだろう、声色から緊張感が伝わって来る。

 エレノアが、侍女頭サーシャへ目くばせをした。サーシャは、エディスが振り返るよりも速く扉の前に立つ。取っ手に手を掛けた。
 
 エディスは止めようとしたが、腕をエレノアに引かれた。
「サーシャに任せて」
「でも……」
 エレノアにそう言われると仕方ない。怪しいという事は分かっているのに。

 扉が開くと、警備隊の軽装備を付けた男が立っていた。暗くて顔は判別できない。サーシャは無表情で、蝋燭の光を向けた。
「国王様のお言葉はいかに。即刻、王女様にお伝えいたします」
「いや、直接お伝えするよう、申し付けられます。まずは、お目通り……」
 男は最後まで言えなかった。

 お仕着せの中のサーシャの右脚が跳ね上がり、つま先がみぞおちに突き刺さった。男は呻いて、後ろへよろめく。攻撃はまだ終わっていない。こんどは右脚を軸にして、左脚の回し蹴りが男の首筋に叩き込まれた。

「凄い」
 エディスは、思わず感嘆をもらした。このような、足技は見たことがない。
「ね、大丈夫でしょ」
 エレノアは動じず、見慣れた風景といった様子だ。

 男は倒れ込み、手に隠し持っていた短剣が、廊下に転がった。抜き身の刃が、蝋燭の火を反射する。それを見たサーシャは、カッとなって男の胸を踏みつけた。

「誰に頼まれた」
「お助けを! 妻と息子の命が掛かっているんです……」
 男は観念したのか、唸って動かなくなった。サーシャが足をどけると、立ち上がり、よろよろと逃げ去った。

 エディスは、今起こったことに、驚きを隠せなかった。
「姉様。サーシャは、いったい何者ですか」
「秘密。危険を察知する力を持っているのよ。私の護衛なの」
「はあ」

 エレノアも王族である以上は、命を狙われる危険は常ある。そのための準備は怠らない。サーシャは、その一つなのだろう。エディスは、安心すると共に、さきほどの男の行方が気になった。

「わたしは、あの男を追います。何が起こっているか、確かめないと」
「分かりました。気を付けなさい。無理しすぎては、駄目よ」
 エレノアは、今度は引き止めなかった。異常事態であると、十分察知しているからだ。

 エディスが廊下へ出ると、サーシャが両手で男が落とした短剣を差し出した。
「これを」
「うむ。エレノア姉様を護っておくれ」

 一瞬目が合った。
 不思議なことに、それだけで、武芸に秀でた者同士、相通じる感覚があった。すぐにサーシャは頭を下げ、エディスは歩き去った。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 王城の大門、皆殺し橋のたもとは、大虐殺の様相を呈していた。

 警備兵の長槍に貫かれ死亡した者十三人、運良く槍を避けたが門を守っていた警備兵の長剣で切り殺された者七人。
 死ななかったのは、わざと生け捕りにされた者ひとりだけだった。その眼前で、死亡した者は全員、深い濠へ蹴り落とされた。

 城への攻撃は、カイドン警備隊隊長の予想どおりだった。迎撃の準備に任命されたのは、ケント副隊長だ。

 本当に来るのか分からない敵をどう迎え撃つか、手探りの状態が続いた。
 しかし、カイドンは大門を死守せよ、異変が起こっても持ち場を離れるな、とだけ指示して国王の警護に向かった。

 城内に轟音が鳴り響き、それを囮にして敵が攻めてきて初めて、ケントは隊長の洞察力に舌を巻いたのだった。
 ご老体恐るべし、このぶんだと国境からの侵攻も起こっているやもしれん、とケントは考えた。伝令に出した、フィン・モルダーが間に合えばよいのだが。

 休息を取っていない疲れた体に鞭打って、ケントは捕虜に相対した。ざんばら髪によごれた鎧の傭兵といった風情だが、血走った目に狂気が宿っている。
 ふたり掛かりで、押さえつけないと、切りかかられそうだ。

「お前は何者だ。目的はなんだ」
「……」
 捕虜は、荒い息遣いのまま、喋らない。
「王国の占領が目的か。誰に雇われている」
「……」
「ハードスだな」

 捕虜の目付きが険しくなった。ケントは、それを認めると、鼻を鳴らした。

「お前たちが来る前に、国境警備へ侵攻の恐れありと、伝令を走らせてある。国境を越えて侵入すれば、すぐさま返り討ちだ。企みは失敗した。どうだ、諦めて喋れば、命だけは助けてやる」
「……」

 捕虜は変わらず無言だったが、明らかに顔に動揺が表れていた。無表情で、ケントは警備兵へ命じた。

「縛り上げて、皆殺し橋から吊るしておけ。日が昇ったら、濠の深さを味わえるだろう。それから、もう一度尋問だ」
(つづく)

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【16】


いいなと思ったら応援しよう!