【風俗業界の終わりを、私は現場で見ている。】
私がこの風俗業界に入ったきっかけは、
ただの「夜の送迎アルバイト」でした。
時給1000円+ガソリン代。
時間は19:00〜2:00。
暇な日は早上がり。
仕事が終われば、近くの駐車場に車を停めて
車内で飯を食い、酒を飲み、そのまま寝る。
朝起きたらネットカフェでシャワー。
100円カレーを食べて、空港近くの冷凍倉庫でピッキング。
夕方になったら、またデリヘルの送迎。
そんな生活を3ヶ月続けた頃――
当時のオーナーに言われました。
「月30万出すから、うち一本で働かないか?」
ここから、私の人生は完全にこの業界に入ります。
■従業員の仕事は想像以上に多い
デリヘル従業員の仕事は、想像以上に幅広いです。
・ホームページ更新
・女の子の面接、管理
・電話受付
・送迎
・広告会社との打ち合わせ
中でも一番手間がかかるのが「HP更新」。
新人が入れば
撮影 → 加工 → 紹介文作成 → 出勤管理
全部やります。
電話受付は営業時間の10:00〜2:00まで常時対応。
送迎はホテル・自宅・事務所を行き来。
さらに――
女の子同士のトラブル対応。
これが一番神経を使う仕事でした。
■掲示板という厄介な存在
当時から、風俗嬢を題材にした掲示板が存在していて、
人気の子は叩かれる。
人気のない子も叩かれる。
「これ誰が書いたの?」
「絶対あの子でしょ」
毎日のように相談が来る。
現場の人間からすると、
掲示板ほど厄介な存在はありませんでした。
■15年前の売上は“異常だった”
私が業界に入った15 年前の
1日の利益は
15万〜20万円。
利益です。
仮に1日20万なら
月600万。
経費を全部引いても
オーナーには半分以上残る。
それくらい、当時のデリヘルは稼げる業界でした。
■崩れ始めた日
7〜8年前までは、波はあっても安定していました。
ワールドカップの時は電話が鳴らない。
閑散期は暇になる。
でも、それでも売上は保ててた。
ところが――
ある日を境に急に暇になった。
理由は分からない。
来月は戻るだろう。
年末は動くだろう。
そう思い続けて、数字は戻らない。
すると何が起きるか。
女の子が移動し始めます。
■激安店への流出
その頃、久留米の激安店に一気に女の子が流れました。
理由は単純。
・ホテルが密集
・送迎距離が短い
・回転率が良い
つまり効率がいい。
福岡市からでも久留米の店に通う子が出るほどでした。
店側としては最悪の状況です。
■風俗の“新人信仰”
この業界には一つの法則があります。
「業界未経験」「新人」
この言葉に客は弱い。
だから女の子は新人を名乗るために店を移る。
当たりの子が来れば稼げる。
外れれば沈む。
つまり売上は
実力より運。
これが現実でした。
■耐えた5年
最初に暇になってから
5年〜6年。
何とか営業を続けました。
その間に、元オーナーが引退し、
店は私に任されます。
でも売上は上がらない。
そして決定打が来ます。
■致命傷
2019年末〜2020年
コロナ。
客も来ない。
女の子も動かない。
緊急事態宣言。
まん防。
売上は消えました。
■一度、業界を離れた
2020年6月、
私は一度デリヘル業を辞め、タクシー運転手になります。
二種免許を取って、いざ出勤。
でも――
また宣言。
また規制。
まともに働けない。
結局、当時の女の子達から連絡が来て
業界に戻ることになります。
それが2024年頃。
■そして壊れ始めた
そこからです。
仕事と自分の時間の区別がつかなくなり、
酒が増え、
眠れなくなり、
食べられなくなり、
生活が崩れていきました。
この続きは
閉鎖病棟20日目・21日目に書いています。
そして、無料部分では書けない話は、ここから先にあります。
風俗というジャンルは、表では語られにくい世界です。
だからこそ、多くの人が「本当はどうなっているのか」を知りたがる。
業界の本当の話は、外には一切出ません。
出せないんじゃない。出したら困る人がいるからです。
――中を知りたいなら、この先です。
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