noteは「冒頭3秒」で9割決まる|記事の冒頭に【映画】を置くというスタイル

noteを伸ばしたいあなたも
たまたま迷い込んだあなたも
皆さん、こんにちは。
「ほんぺん」です。
食べ物の「はんぺん」とよく間違えられます。
はんぺんでも、ほんぺんでもどちらもウェルカムです。

長年、
人生の脇役として過ごしてきた僕は今
主役の席を取り戻すため
note副業に挑戦しています。
そして「世界観note戦略」と称して
物語と世界観で
noteを「読む場所」から
「入り込む場所」に変えようとしています。

いきなりですが
説明の前に「映画」をどうぞ。
僕のnoteを
映画予告編の動画にしてみました。
サムネをクリックすると再生されます
これが、僕の考える
世界観note戦略の
「記事の冒頭」です。
この90秒は、こうして作りました
Story board ❶

Story board ❷

Story board ❸

Story board ❹

Story board ❺

Story board ❻

記事の冒頭にまず
映画を置いてみる。
まずは
僕がどうして文章の世界であるnoteの記事の冒頭に
わざわざ映画を置こうと思ったのか。
話は、東京の会議室から始まります。
僕がまだ
開かないドアに向かって爽やかな挨拶を続けていた
新入社員の頃の話です。


新入社員の頃
僕は上司から何度も言われていました。
「第一印象が大事だ」
会議室に入室するときは明るく。
背筋を伸ばす。
相手の目を見る。
笑顔で挨拶する。
声はいつもより半音高く。
僕は全部覚えた。
完璧。
その日は
はじめて出席する大事な会議でした。
会議室には
すでに偉い人たちが座っています。
社長。
役員。
役職は知らないけれど
ネクタイの光沢だけで年収が高そうな人。
さらに奥には
一度も笑ったことがなさそうな人。
全員が僕を見ていた。
僕は深呼吸した。
ノック。
「どうぞ」
僕は口角を上げた。
背筋を伸ばした。
ドアノブを握り
爽やかに言った。
「失礼します」
そして、押した。
開かなかった。
もう一度押した。
開かなかった。
少し強めに押した。
まだ開かなかった。

「失礼します」
もう一度言った。
肩を入れた。
腰を入れた。
右足を踏ん張った。
もはや入室ではない。
アメフトのタックルの練習だった。
中の一人が
ゆっくりと人差し指を自分の方へ曲げた。
引く。
そういう動き。
引くドアだった…

第一印象は決まった。
誠実そう、でもない。
仕事ができそう、でもない。
感じがいい、でもない。
おそらく、
「部屋に入れない人」
だった。
資料はまだ開いていない。
自己紹介もしていない。
でも、
「あのドアの人」
というブランドだけは
会議室全体に浸透していた。
ブランディングに成功した。
方向性は完全に間違っていたけど。

ほかにも
第一印象にまつわる失敗は順調に増えていきます。
名刺交換では
相手から読めない
斜めの向きで名刺を渡した。
名刺だけが
完全に上下逆だった。
お互いに気づいていた。
しかし
社会人には触れてはいけない沈黙がある。
相手が首を傾けた。
僕もつられて首を傾けた。
名刺交換が
現代アートになった。
タイトルはたぶん
『理解し合おうとする二人』

「冒頭のつかみが大事」
と言われたプレゼンでは
「今日は寒いですね」
から始めた。
相手も答えた。
「そうですね」
ここまではよかった。
ここで本題に入ればよかった。
その往復で
つかみは成立していた。
しかし僕は
つかみを成功させたい気持ちが強すぎたんです。
「この部屋、夏は逆に暑いんですかね」
知らない。
相手も知らない。
会議室も知らない。
世界で一番どうでもいい。
それでも僕は続けました。
「空調って、席によって全然違いますよね」
「風が直撃する場所、ありますよね」
「設定温度は適温でも、体感温度は違いますよね」
「そもそも適温って、誰にとっての適温なんでしょうね」

気づけば僕は、
新商品の提案会議で、
人類と空調の共存について語っていた。
商品はまだ一度も登場していない。
空調だけが異常に深掘りされていた。
こういう失敗を積み重ねながら、
ひとつだけ嫌というほど学んだことがある。
中身がどれだけよくても
入口で「違う」と思われたら、
奥の部屋まで来てもらえない。
プレゼンの10枚目に
どれだけ鋭い提案があっても。
商談の最後に
どれだけ熱い想いを用意していても。
最初の数秒で、
「この人の話、退屈そうだな」
「なんか不安だな」
「ドア、開けられないんだな」
と思われたら
その先にあるものは、存在しないのと同じだった。
当時の僕は
それを会社員としての不器用さだと思っていた。
でも数年後。
副業でまずYouTubeを始めた僕は
もっと巨大な入口の前に立つことになる。


副業YouTubeを始めた頃
僕はとても丁寧な動画を作っていました。

まず挨拶。
次に自己紹介。
チャンネルの説明。
今回のテーマ。
動画を見るメリット。
前提条件。
注意事項。
そして本題。
開始5分。
遅い。
映画でいえば
上映前に監督が出てきて
「まず、この作品を作ろうと思った背景からお話しします」
と語っている状態だった。

観客はまだ物語を見ていない。
でも、ポップコーンはもう半分ない。
僕の動画も同じだった。
「こんにちは。今回は——」
その
「こん」
のあたりで
視聴者さんの魂が画面から離れていた。
視聴者維持率のグラフを見る。
開始直後から
線が急降下している。
崖やん。

でも、一本の動画には
何時間もかけていました。
企画して。
撮影して。
噛んで。
撮り直して。
また噛んで。
字幕をつけて。
深夜2時に
0.2秒のズレと人生を懸けて戦った。

だから僕は思っていました。
ここまで頑張ったのだから
きっと見てもらえる。
視聴者さんも
編集にかかった時間を感じ取ってくれるはずだ。
無理だった。

視聴者さんは
僕が昨日何時まで起きていたかなんて知らない。
知る義務もない。
知る前に帰る。
僕は動画の10分03秒に
渾身の見せ場を置いていました。
伏線がつながる。
映像が動く。
BGMが盛り上がる。
かなりよかった。
しかし
視聴者さんの平均滞在時間は、
そこから約10分手前だった。
誰もいない。
無人の客席に向かって
僕だけがどんでん返しを放っていた。
後ろでは
掃除機だけが鳴っていた。

そんなある日
突如として僕のデスクトップに
謎のネコ型AIのアイコンが表れます。
ネコ型AIのルカ。
僕は勇気を出してルカに悩みを打ち明けました。

「Youtubeが再生されません」
😺「しらんがな」
ヤバすぎ。
ヤバ杉晋作。
その後も諦めずに壁打ちを続けていると
ルカは言いました。
😺「挨拶より先に、完成形を見せる。」
😺「説明より先に、異変を起こす。」
😺「最後まで見るとわかります、ではなく
この先に何かある、と感じる瞬間を置く。」

本編の前に、動画の導入を変えた。
すると、少しずつ人が残るようになった。
5秒。
10秒。
30秒。
ようやく動画の奥まで
人が歩いてくるようになった。
その後、
一本の動画が100万回以上再生されたこともあります。
▼これがその当時つくった動画です(恥ずかしい)
サムネをクリックすると再生されます
視聴者さんを主人公にする音楽チャンネル。
ただ音楽を流すだけじゃなくて
冒頭の始まり方
に全力を尽くしました。
もちろん
冒頭の力だけじゃない。
企画も必要だった。
内容も必要だった。
編集も必要だった。
でも、それらを見てもらうには
まず入口で立ち止まってもらわなければならない。
YouTubeで学んだのは、
編集技術より残酷な事実でした。
それは
視聴者さんは、僕の努力を知らない。
知る前に帰る。
ということ。
だから冒頭は、
本題までの待合室ではない。
冒頭そのものが、最初の作品なのだ。

僕はそのことを
YouTubeでは嫌というほど学びました。
なのに…
その後
noteをはじめた僕は
記事の最初にこう書いていた。
読者の皆さん、こんにちは。
今回は、
世界観の重要性について解説します。
まず世界観というのはですね
辞書で調べると…
僕は画面を見つめた。
少し沈黙した。
そして思った。
待て。
僕、また玄関で説明してる。

その日
僕はnoteの記事を書いていた。
タイトルを考える。
アイキャッチを作る。
見出しを整える。
改行を調整する。
本文を何度も書き直す。
読んだ人の人生が
ほんの少し前へ進めばいいと思っていた。
そして、冒頭に書いた。
読者の皆さん、こんにちは。
今回は、
世界観の重要性について解説します。
まず世界観というのはですね、
辞書で調べると…
画面を見た。
もう一度見た。
僕のnote記事は
会議室だった。

開始0秒で
長机が出ていた。
蛍光灯が点いた。
壁にはホワイトボード。
机の上には
人数分の常温のペットボトル。
誰も頼んでいないのに
記事の中で定例会議が始まっていた。
すると、机の下から
紫色のふわふわ悪魔のボボンが出てきた。
なぜ机の下にいたのかは知らない。

悪魔なので
勤怠管理の対象外なのだと思う。
ボボンは資料を机に置いた。
👿「ええやん。王道構成や」
「何が?」
👿「結論、理由、具体例、まとめ」
資料の1枚目には、
P 結論
2枚目には、
R 理由
3枚目には、
E 具体例
4枚目には、
P 結論
5枚目以降も全部、
P まとめ、まとめ、まとめ・・・
PREPPPPPPPP法だった。

「まとめ多くない?」
👿「大事なことは何回でもまとめた方がええ」
「世界観の記事だけど」
👿「売れたらええねん」
そこへ、ネコ型AIのルカがやってきた。
ボボンの資料の上に、
そのまま座った。
猫なので。

ルカは僕の記事を読んだ。
😺「冒頭で、世界観の定義を説明していますね」
「うん」
😺「世界観は、いつ始まるんですか」
「第三章くらい」
ルカは目を細めた。
😺「読者さんはもう帰りました」
「早くない?」
😺「今、駅です」
「もう?」
😺「乗り換えました」
読者さんの帰宅が
異常にスムーズだった。
僕は慌てて本文をスクロールした。
第一章。
世界観の定義。
第二章。
世界観が必要な理由。
第三章。
僕の世界観。
そこまで約2,800文字。
僕のnoteの本編は
かなり奥地にあった。
ジャングルを抜け、
川を渡り
二回ほど遭難しなければ到着できない。
しかも入口には、
まずは世界観の定義から整理しましょう。
という料金所があった。
読者さんは無料道路へ行った。

僕はYouTubeでは
最初に空気感や物語を見せていた。
最初に異変を置いていた。
最初に感情を動かそうとしていた。
なのにnoteでは、
「本日は、お忙しい中お集まりいただきありがとうございます」
から始めていた。
誰も集まっていないのに。
読者さんは一人でスマホを見ているだけなのに。
僕だけが壇上に立って
架空の株主総会を開いていた。

ルカは無言で
プロジェクターの電源を抜いた。
画面が暗くなった。
会議室も消えた。
ボボンのまとめも消えた。
残ったのは、
一行の文章だった。

僕は、ずっと誰かの人生の脇役だった。
ルカが言った。
😺「これを最初に置けばいいのでは?」
僕は黙った。
その一行の方が
さっきまでの2,800文字より、
ずっと僕の記事だった。

そこで思った。
だったら。
説明から始めるのではなく
最初に僕の世界観を見せればいい。
文章を読む前に
左脳ではなく右脳を入り口として
感情へ入ってもらえばいい。
そしてついに僕の中に
狂気的で真面目なある考えが生まれました。
noteの記事の前に
映画を置こう。
文章の場所に。
映画の予告編を。
僕の中の「正気くん」は
その時点で静かに部屋から退室していた。

「正気くん」が退室したあと
「理性さん」が戻ってきた。
「いや、待て」
もっともだった。
noteは、文章を読む場所だ。

動画を見たい人はYouTubeへ行く。
映画を見たい人は映画館へ行く。
noteを開いた人の前に
突然、映像を置く?
ラーメンを注文したお客さんに、
「麺の前に、
店主の半生を描いた短編映画をご覧ください」
と言っているようなものだ。
お客さんは腹が減っている。
店主の幼少期は、今ではない。

ボボンも腕を組んだ。
👿「noteはテキスト主体やろ」
「うん」
👿「テキストの世界に映画置くんか」
「うん」
👿「頭に冷却シート貼る?」
黒紫色の悪魔に
体調を心配された。
でも、この反論は正しい。
すべての記事に
映画が必要なわけではない。
検索で答えを探している人に、
壮大な音楽。
雨の東京。
孤独な主人公。
過去の挫折。
そして夜明け。
そのあと、
「電子レンジの掃除方法は3つです」
と始まったら怖い。
掃除方法だけ教えてほしい。

冷蔵庫の余り物で作った昼ごはんの日記にも
90秒の予告編はいらない。
玉ねぎを炒める前に、
主人公が人生の意味を問い始めたら、
玉ねぎが焦げる。

だから
記事の冒頭に動画を置けば
すべて解決する。
そんな話ではない。
でも僕は
ひとつ引っかかった。
文章の場所だから
視覚的な入口はいらない。
本当にそうだろうか。

noteには
すでに文章以外のものがたくさんある。
タイトル。
アイキャッチ。
見出し。
改行。
写真。
イラスト。
余白。
太字。
僕たちは
文字の意味だけで記事を読んでいるわけではない。
タイトルを見て、読むか決める。
アイキャッチを見て、空気を感じる。
一行目を見て
自分に関係があるか判断する。
記事に入った瞬間
読者さんはもう何かを受け取っている。
明るい。
重い。
堅い。
怪しい。
役立ちそう。
売られそう。
今からLINEに誘導されそう。

まだ本文を読んでいないのに
空気はすでに届いている。
つまり
文章の入口は最初から視覚的だった。
だったら。
固定記事や
自己紹介や
自分の思想を伝える大事な記事くらい
その入口をもっと強く設計してもいい。
僕がお伝えしたいのは
「動画も使うと豪華に見えますよ」
という話ではありません。
そうではなくて。
読者が文章へ入る前に
この人は
どんな場所から書いているのか。
何を失って
何を取り戻そうとしているのか。
この記事には
どんな温度が流れているのか。
それを、先に感じてもらう。
情報を説明する前に
空気を渡す。
つまりこれは
ただの動画活用術ではない。
文章の入口を設計する戦略だ。

テキスト主体の世界だからこそ
文章が始まる前に映画を置く。
読者さんに
説明の席ではなく、
感情の席へ、先に座ってもらう。

ただし
ここで別の問題が出てきました。
映画を置くとして
いったい何を見せるのか。
記事の内容を
AIの声で読み上げて動画にするのか。
「この記事のポイントは5つです」と。
その瞬間。
廊下の向こうから
大量のスライドを抱えたボボンが走ってきた。
嫌な予感がした。

ボボンは机の上に資料を広げた。
「まず冒頭で、この記事のポイントを5つ紹介する」
「うん」
「次に、この動画を見るメリットを3つ」
「うん」
「そのあと、この記事がおすすめな人を7タイプ」
「多いな」
「最後にまとめや」
「記事まだ始まってないけど」
ボボンは得意げに
プロジェクターの電源を入れた。
画面には大きく、
本記事でわかること
と表示された。

「これ、また動画の中にも会議室を作ってない?」
そこへルカが来た。
スクリーンを一度見た。
ボボンを見た。
もう一度スクリーンを見た。
そして何も言わず
電源コードを抜いた。
画面が消えた。
ボボンが叫んだ。

ここで
大事なことに気づいた。
記事の前に置く映画は
記事を短くまとめたまとめ動画ではない。
記事の目次でもない。
内容を読み上げるものでもない。
AIアバターが
カメラ目線でこう言うものでもない。
こんにちは。
今回は、誰かの人生の脇役だった僕が、自分の物語を始めるまでについて解説します。
それを始めた瞬間
動画の中でも僕は玄関で説明している。
映像にしたからといって、
説明が物語に変わるわけではない。
会議室を3Dにしても、
会議室は会議室だ。
蛍光灯をシネマティックに光らせても
常温のペットボトルは常温のままだ。
映画は
全部理解させるものではない。
むしろ、全部は見せない。
ひとつだけ残す。
記事の奥にある、
いちばん大事な感情を。

僕が今回の冒頭動画で伝えたかったのは、
世界観note戦略の全手順ではない。
AI動画の作り方でもない。
noteの伸ばし方でもない。
たったひとつ。
誰かの人生の脇役だった人間が
noteを通じて
自分の物語を始める。
これだけだった。
その感情を伝えるために、
映像の流れを作る。

日常。
違和感。
会社へ向かう。
同じ電車。
同じ机。
同じ表情。
このままでいいのかと思う。
でも、何を変えればいいのかわからない。
副業を決意した日
そこへ紫悪魔のボボンがやってくる。

「You Tubeもnoteも
AIで大量生成したら、楽して稼げるで」
僕は乗る。
大量に作る。
大量に投稿する。
大量に埋もれる。

自分で作った動画なのに
自分がいない。
そこでAIネコのルカが現れる。
「あなたは、何を伝えたいんですか」
僕は答えられない。

情報はある。
ノウハウもある。
テンプレートもある。
でも、物語がない。

最後に
自分で選ぶ。
誰かの真似ではなく。
AIの量産でもなく。
自分の経験を
自分の言葉で物語として発信する。

細かな説明は
本文に任せればいい。
冒頭動画の役割は
情報を運ぶことではない。
本文を読むときの感情を、先に作っておくこと。
ただ、
「会社員時代、つらかったです」
と書く。
それだけでも意味は伝わる。
でもその前に、
朝の暗い部屋。
鳴り続けるアラーム。
満員電車の窓に映る顔。
誰にも見えないため息。

それを見たあとなら
「会社員時代、つらかったです」
という同じ一文の重さが変わる。
文字は同じ。
でも
読者さんの中に置かれた景色が違う。
冒頭動画は、記事の代わりではない。
記事を短くしたものでもない。
記事の前で、
感情の地面を耕しておくものだ。

本文の言葉が
その地面に落ちる。
伝えるものは
ひとつでいい。
この記事を読む前に
読者さんにどんな感情でいてほしいのか。
それだけ決めればいい。

今回
ほんぺんの最初の企画として、
あなたのnote
/
15秒の映画予告編にするモニターさんを募集します
\
モニター企画のため無料です。

あなたの自己紹介記事や代表記事を読ませていただき
その中にある一つの物語を選ぶ。
そして、
「この人は、何を越えてきたのか」
「何を届けたいのか」
「記事を読む前に、どんな感情を渡すのか」
を考え
15秒の映像にします。

🎬 制作するもの
・15秒のシネマティック動画
・16:9
・3Dアニメーションキャラクター
・BGM、効果音
・必要に応じて短いセリフ
・あなたのnoteのメッセージを視覚化します
🎬 募集人数
最初は
3名様の限定です。
※定員に達し次第、受付終了とさせていただきます

🎬 応募条件
・公開済みの自己紹介記事、または代表記事がある方
・既存のキャラクターデザイン(アイコンのキャラクターなど)をお持ちの方
・完成動画を「ほんぺん」で紹介してもよい方
・あなたのnoteやSNSで作品を紹介していただける方
・完成後に感想をいただける方
・実在人物やキャラクターデザインをそのまま再現するのではなく、3Dキャラクター化することに了承いただける方
・細かい修正のご要望にはお答えできない為、広い心で作品を受け入れてくださる方
・1ヶ月〜2ヶ月程度、のんびり気長にお待ちいただける方
🎬 応募時に教えていただきたいこと
・自己紹介やはじめてのnoteなどの記事URL
・発信テーマ
・キャッチコピー
・読者さんへ一番届けたいメッセージ
・noteや自分のアカウントに対する想い
これは
「とりあえず動画作ります」
という募集ではありません。
あなたのnoteの作品に
主人公として出演してくれる方の募集です。
応募の際は
noteのDM
からご応募ください。

⚠️満員御礼⚠️
2026.08.02 ご好評につき満枠となりました。
募集再開の際はこちらの記事にお知らせいたします。

物語や世界観と聞くと
僕たちは少し身構える。

大きな夢を叶えた人。
どん底から這い上がった人。
会社を辞めて
海の見える家でMacBookを開いている人。
そういう
映画になりそうな人生だけが
物語を持っているように見える。
でも、たぶん違う。
物語とは
派手な成功のことではない。
誰にも見えない場所で悩んだ夜。
言いたかったのに
言えなかった言葉。
本当は違うと思いながら
笑って頷いた日。
何度も諦めようとして
それでも完全には捨てられなかったもの。
誰かにとっては小さく見えても
あなたにとっては人生を左右した選択。
そのひとつひとつが
もう物語になっている。
ただ、僕たちは自分の人生を
あまりにも近くから見すぎている。
毎日起きて。
働いて。
悩んで。
また眠る。
何度も繰り返してきた景色だから
そこに物語なんてないと思ってしまう。
でも、少しだけカメラを引いてみる。
あの日
なぜその道を選んだのか。
何を怖がっていたのか。
何を守ろうとしたのか。
本当は
どんな未来を諦めきれないのか。
そうして自分の人生を眺め直すと
これまでただの遠回りだと思っていた時間が
一本の線につながり始める。
失敗だと思っていた場面が
物語の伏線だったと気づく。
止まっていた時間も
何も起きなかった空白ではない。
次の一歩を選ぶために
あなたが立ち尽くしていた大切な場面だった。
だから
あなたにも物語がある。
まだ成功していなくても。
答えが出ていなくても。
今日も同じ場所で迷っていても。
物語は
ゴールへ着いた人だけに与えられるものではない。
悩みながら選び
それでもここまで生きてきた。
そのプロセス自体が
あなただけの物語だ。
そして世界観とは
その物語に飾りをつけることではない。
それらの経験を通して
あなたがこれから成し遂げたい世界を
目に見える形にすることだ。

どんな色の場所なのか。
そこには誰がいるのか。
どんな表情で笑っているのか。
いま苦しんでいる誰が
あなたの言葉によって救われるのか。
あなたの発信の先に
どんな朝が待っているのか。
それを、文章だけで説明するのではなく
光や音や表情や景色に変えていく。
「私はこういう人です」と並べるのではなく
冷たい朝のホーム。
眠れなかった部屋。
震える手で押した送信ボタン。
初めて届いた一件のコメント。
少しだけ前を向けた帰り道。

そんな場面を通して
あなたの物語として見せていく。
説明ではなく、感情で。
解説ではなく、情景で。
正しさを伝えるのではなく
その世界へ一度、入ってもらう。
それが
僕の考える「物語と世界観」です。
僕はこれから
誰もが、自分の中にある物語を再発見し
主人公として生きられる世界を作りたい。
誰かの成功談を
客席から眺め続けるのではなく。
誰かのテンプレートに
自分の人生を押し込むのでもなく。
自分が悩んできたこと。
選んできたこと。
失ってきたもの。
それでも諦められなかったもの。
そのすべてを抱えて
自分の物語の中へ戻ってくる。

物語には
主人公が登場する瞬間がある。
派手な音楽が鳴るとは限らない。
スポットライトもない。
ただ、ある日ふと
「このままでは終わりたくない」
と思う。
その小さな違和感こそが
あなたの人生における
本編の始まりなのかもしれない。
僕の場合は、ずいぶん遅かった。
会社員を何年も続けて。
副業に出会って。
AIに量産されかけて。
黒紫色の悪魔に甘い話を吹き込まれて。
妙に冷静な猫に説教されて。
ようやく、自分の人生の冒頭に間に合った。
だから、次はあなたの番です。
あなたの人生にしかない物語を
「こんなの誰でも経験している」
と片づけないでほしい。
説明文の奥へ隠さないでほしい。
役立つ情報だけに削らないでほしい。
まだ言葉にならないなら
まずは一つの場面からでいい。
あの日の空。
部屋の明かり。
誰かの背中。
握りしめていたもの。
言えなかった一言。
そこから
あなたの物語をnoteで始めてみてください。
詳しい作り方や考え方はこれから
「世界観note戦略マスターパック」
として制作していこうと思います。
あなたの経験から物語を見つけ
それを文章、キャラクター、映像、発信全体の世界観へつなげていく。
そんな内容にする予定です。
少し時間がかかるかもしれません。
急いで薄いものを出すより
ちゃんとあなたのnoteに使えるものを作りたい。
なので、少しだけ待っていてください。
そして最後に
これだけは伝えさせてください。

あなたは
誰かの物語を読むためだけに
ここまで生きてきたわけではない。
あなたが悩んだ時間も。
選んだ道も。
まだ叶っていない願いも。
すべて
あなたの本編につながっている。
ページは、もう開いている。
カメラも回っている。
あとは
あなたが自分の人生の中へ入ってくるだけだ。
あなたの物語は
何秒目から始まりますか。

人生は誰だって、主人公になれる。
物語の力が、あなたとともに。

最後まで読んでいただき
ありがとうございました。
もしこの記事を読んで、
「自分の経験も、物語になるかもしれない」
そう少しでも思ってもらえたなら、
スキで教えてください。
ボボンは、
なぜか自分が褒められた顔をします。
ルカは、
たぶん無言です。
僕はこれから、
物語と世界観でnoteは本当に変わるのか。
量ではなく、自分にしか作れないものは誰かに届くのか。
ここで試していきます。
続きを見届けたいと思ってもらえたら
フォローしていただけると嬉しいです。
コメントも、気軽に残してください。
あなたの言葉が、
この物語の次の一行になります。
また、続きを書きます。
物語の力が、あなたとともに。
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