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ICU㉔|家族の想い


重苦しい空気の中、エールを送ってくれていた方々にも息子の訃報を伝える。

こちらに向かっている義母、恩人、夫婦それぞれの妹弟、地方に住む2人の祖母、伯父叔母…

1人1人伝えていくが、訃報の連絡は双方にとって辛い。

私の父や母も、泣きながら声を絞り出すようにして伝え、私の末弟や祖母は、電話の向こうで泣き崩れているようだった。


ほとんどの親族は、一度も息子の顔を見ることは出来ていない…

私にとっても末弟に、甥っ子を会わせられなかったことはやはり悔いが残るし、そして、曾孫に会うのを生きがいにしていた、“2人のひいばあば” の気持ちを考えると、胸が張り裂けそうになる。


ただ、皆がそれぞれ、息子に対しての “想い” を、涙ながらに私たちに伝えてくれた。

それが、親として何よりも嬉しかったし、本当に息子は愛されていたんだと実感する。


一通り報告が済んだ後も、私の母はずっと泣いていた。

母は、私の家族の “愛の象徴” である。

父、息子である私や弟たち、妻、家族みんなを優しく包む、本当に温かい人だ。


そして、私の息子、すなわち母にとっての “孫” にも、生まれる前から愛を送り、家族の中で1番誕生を楽しみにしてくれていた存在だった。

涙が止まらないのも、その愛情深さ故… それも私はわかっている。

だが、愛ある人、ましてや自分の母親の涙は本当に見るのが辛い…


そんな母に、

「そりゃあ… 泣くよな…」

と私は声をかける。


しかし、母は咽び泣きながら言う。

「だって… あなたたちが一番辛いのに…」

“子を失くす” ということ… 一番辛いのは「親」だ。


そして、その絶望に突き落とされる状況で、私たち夫婦がじっと堪えているその姿が、母親として “苦しくて苦しくてしょうがない” ということだった。


母の悲痛な叫びだった。

だが、私も親になったからこそ、それが途轍もない苦しみであるということがわかる。

そして、放心状態で「無」に等しい感情であった私にも、徐々にあらゆる感情が蘇り、“悲しみ” が襲い掛かってくるようになってきた。


そんな中、時刻は20時を回ろうかというところ、義母が病院に到着した。

到着するや否や、泣きながら息子と私たちを労う。


「頑張ったね…」

こちらに向かう道中、ずっと涙が止まらなかったという…

そして、義母も私たちのことを案じ、沢山声をかけてくれ、その労いの言葉1つ1つが、私たちとしても救われる思いだった。


義母が来てからは、“最期の時の話” など、家族で会話する機会がおのずと増えていく。


しかし、会話をすればするだけ、皆の悲しみの記憶も蘇る…

悲しみや苦しみ、喪失感といった感情とそれぞれが向き合い、重苦しい空気は依然として漂い続けるのであった。



つづく



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