誕生③|ひとりの待合室
「そんなことあるんですか(笑)」
と、思わず突っ込んでしまったが、それ以上の理由は聞かなかった。
「今、奥さまは手術室へ移動するための準備をしています」
「手術室に入る際、お父さんの立ち会いが必要なので、ご同行お願いします!」
ということで、しばらく待機することになり、併せて、この後の流れも再度確認させてもらった。
・12時40分頃手術室へ入室し、立ち会い手続き
・13時に手術台に移動。麻酔等の処置をし手術開始
・そこから大体「1時間後」に息子取り上げ
・その場で検査をし、即息子だけ「NICU」に移動
・移動中に待合室前を通るので、その時お父さん対面可能(おそらく数十秒)
・母体縫合処置終了後、妻帰還
僅かな時間ではあるが、私も対面出来るということでひと安心。
改めて、その旨を両家の家族にも共有した。
そんな中、手術着姿の妻が車椅子に乗って出てきた。
朝ぶりの再会となったが、顔色もよく、意外とリラックスしている。
そして、手術室へ移動。
しかしながら、移動中の会話内容は、夫婦揃って全く覚えていない(笑)
幾ばくか緊張していたのは間違いないが、それよりも “母として覚悟を決めた表情” をしていたのは覚えている。
改めて女性として、また母として、本当に妻は “強い” と感じた。
そして、入口まで同行し、手続きを済ませ、
「じゃあ、いってきまーす!」
と、とてもハイリスク妊婦とは思えないほど、軽快に手を振りながら手術室へ入っていった。
「では、お父さんは待合室でお待ち下さい」
と言われ、私は待合室へ戻り、開始した旨を改めて家族伝える。
家族のグループLINEでは、皆でエールを送り合っていた。
母子共に命の危険がある “ハイリスク分娩” 。
妊娠中からわかっていたこともあり、ある程度心の準備、覚悟は出来ていた。
しかしながら、早朝の警告出血からトントン拍子で、今日出産ということになり、帝王切開予定日の「9月2日」から、結果的に “11日” の前倒し…
そしてこれは「35週と5日」なので、“早産” ということになる。
さらに、大元の予定日の「9月21日」から考えると “約1か月” もの前倒し。
「完全大血管転位症」の手術を控える息子にとって、今日生まれてきて “手術に耐えられるのか” という懸念…
「全前置胎盤」の妻にとって、「癒着胎盤」と「大量出血」という懸念…
当然、夫として、父親として、地に足がつかず生きた心地はしない。
そして、沈黙の待合室で、たったひとり…
改めて、こうして書き記していても、あらゆる不安に駆られる状況下であったのだと再認識する。
しかしながら、思いのほか頭は冷静で、この時は比較的落ち着いていたと思うし、“不安” という感情は皆無だった。
それはきっと、 “妻と息子を100%信じていた” からであろう。
ありきたりな表現だが、本当にこれに尽きる。
そして、その根底には、
“激動の日々でも、「最善を尽くす」ということをやり切ってきた”
という自負があったようにも思う。
息子に対しての行動に、夫婦共に全く後悔がなかったと言えるほど、全てを懸けてきた。
そして何より、夫婦の「愛」は息子にも伝わっているという実感があり、 “3人で支え合い、楽しみながらこの誕生イベントに臨んでいる” という心持ちだったのだ。
「俺の妻、俺の息子なら大丈夫」
そう信じる思いが、私の足をしっかりと地に着けさせていた。
看護師の説明からすると、待合室の前を通るのは大体「14時30分前後」。
そのため、開始の13時からしばらくの間は、カフェオレを飲んでリラックスしていた私…
だがやはり、30分も経過してくると、“そわそわ感” は増してくる。
ただ、これは不安ではない… “ついに、父親になるのか…” という胸の高鳴りだった。
そんな中、13時51分。
私の母親からLINEが届く。
「病院に向かっています。あと30分ほどで着きます!」
そのまま北海道へ向かってよいと伝えており、その予定で動くと思っていたが、両親ともに飛行機の時間前に一瞬立ち寄るとのことだった。
初孫の誕生ということもそうだが、“母親として頑張った妻に声をかけたい” と…
私の母からすれば、妻は “義理の娘” という存在だ… にも関わらず、本当の家族として妻をここまで想ってくれることが心から嬉しかった。
そして、30分ほどなら、“息子にも対面出来るかもしれない” と思い、その旨を両親にも伝えた。
しかし、その両親とのやり取りを終えたまさにその直後だった…
「○○さーん!!!」
私の苗字を呼ぶ声が、待合室の目の前のエレベーターホールに大きく響き渡ったのだった…
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