手術⑫|報われてほしい
帰りの車内の記憶はほとんどない…
1日の大半を、“極限状態” で過ごしていた私たち。
心身共に限界… いや、限界はとうに超え、最後の方は気力だけで動いていたも同然だ。
さらに、車内という狭い空間では、恐怖がより増長する。
1度は “息子を信じる” と誓った私の心も、徐々にざわつき始めていた…
「息子を失う恐怖」
「回復への希望」
「俺の息子なら大丈夫だという自信」
「何ゆえこんなことが起こるのかという疑問」
あらゆる感情が巡り、兎にも角にも落ち着かない。
そんな中、無事に自宅に到着。
時刻は21時30分… 朝からすでに “14時間” を超えていた。
しかし、玄関に入りドアを閉めた途端… 妻が泣き崩れた。
この瞬間までずっと、感情を押し殺しており、
(母親の私が折れてはいけない…)
(私の涙を見たら凰理が悲しくなる…)
と、強い意志でこの状況に向き合っていたのだ。
何度も言うが、妻はこの時まだ “産後2週間” …
産後メンタルも懸念される時期であるにも関わらず、家に帰るまで気丈に振舞っていた妻の精神力は計り知れない。
本当に “母は偉大” である。
そして、我が子に対する母親の愛というのは、“この世で最も強いエネルギー” なのではないかと私は思う。
しかしながら、そんな妻も、限界だったのだ。
命を懸けて産んだ我が子に “死の世界線がある” と認識させられたことは、絶望以外の何ものでもない…
その後、ベッドに横になるものの、やはり息子の現状、そして「ECMO」のことが気になる私たち。
2人して調べてみたが、一般的に “延命処置” や “最終手段” として位置づけられており、生存率も低ければ、ECMOの離脱率は目も当てられないような数字であった。
もちろん、ネットの情報を全て鵜吞みにするわけではない。
しかしながら、この精神状態では、どうしても「死」に近い数字を自然と意識してしまい、それが余計に私たちの心を抉る形となってしまった。
私の腕の中で咽び泣く妻…
そんな妻を抱きながら、私は思った。
(報われてほしい…)
激動の妊娠生活を経て、命懸けで産んだのだから。
こんなに “凰理を愛している” のは、妻しかいないのだから。
この先の息子の世界線が、「生の世界線」であってほしい…
妻に、山あり谷ありでも、“母親業” を存分に満喫してほしい…
そう思わずにはいられなかった。
そんな中、妻は “恩人” と話しをしたいということだった。
その恩人は、私たちの結婚式で “立会人” も務めて下さった方で、何か人生で迷ったときや節目の際には、いつも相談に乗ってくれており、特に妻にとっては「メンター」とも呼べる存在である。
そしてその恩人も、息子にエールを送ってくれていたひとりであり、退院後の対面を楽しみにしてくれていた。
すでに22時を超えており、遅くに連絡するのは申し訳ないと思いながらも、連絡してすぐに、妻の元へ電話をかけてくれた。
時間にして約1時間ほど。
涙が止まらない妻を、優しく包み込んでくれ、息子だけでなく私にもエールを送ってくれた。
「“大丈夫!”と、どっしり構えて^^」
「2人が明るくエールを送ろう^^」
「私も夜通しエールを送って見守ります^^」
改めて家族や友人だけでなく、声を聞いて安心出来る存在がいることは本当に大きい。
おかげで、妻もかなり前向きになれた。
そして、
「どんな状況であろうが、私たちはずっとエールを送り続けよう」
「私たちの息子の生命力を信じよう」
と、改めて2人で心に決め、その日は眠りに着いた。
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