ICU㉓|解放
我が子の「死」…
人が生きていく中で、これほどまでに心が抉られる瞬間があるだろうか…
ましてや、生まれて間もない “新生児” 。
そして、息子は私たちにとっての “第一子” であり、両家の親にとっても “初孫” 。
もっと言えば、一族にとっても “新世代” であった。
想像を遥かに超える絶望…
慟哭が止んだ後も、ICUには重い沈黙が横たわっていた。
そんな中、少し間をおいて、医療チームから告げられる…
「この後、凰理くんのお身体を綺麗にしていきます」
死した息子が、穏やかに天国へと旅立てるように[エンゼルケア(死後処置)]に入るということだった。
■ エンゼルケア
亡くなられた方の身体に死後の処置を施すこと。
感染症の予防、尊厳を守るという目的がある。
ただ、息子の場合、先述の通り、手術後から胸が開いたままのため、まず “閉胸処置” を施す必要がある。
そして、閉胸処置には “約1時間ほど” かかるということで、家族でICUを後にし、先日ECMO離脱の時に過ごした、同棟1Fのエスカレーター下の休憩スペースで待つことにした。
時刻は19時40分。
土曜日ということもあって、私たち家族以外の人はほとんどいない。
そのせいもあってか、フロア全体が重く暗い空気に包まれているようにすら感じてしまう。
だが、ICUを出てしばらくの間、私は全く涙が出なかった。
“泣いてはいけない” と思っていたわけではない。
防衛本能なのか
まだ現実として受け入れられていないのか
泣くことすら忘れてしまっているのか…
何も感じない「無」だった… 所謂 “放心状態” なのであろう。
しかしながら、その「無」の中で、少しずつ湧いてくる感情があった。
それは、“解放感” である。
ECMOに乗ったあの日から、精神的に追い詰められる日が続いており、正直心も身体も疲弊し切っていた。
ここまで、親としての意志だけで何とか耐えてきたものの、心は削られ、間違いなく寿命は縮まったように思う。
結果として息子は旅立ってしまった。
決して望んだ未来ではないし、“報われなかった” と言えばそうかもしれない。
だが、旅立つその瞬間まで息子を信じ続け、全てを捧げて最善を尽くしてきた。
だからこそ、親子3人で “やり切った!” と思える気持ちがあり、“闘いが終わった” という一種の解放感にも似た感情が湧いてきたのだろう。
“全てにおいて後悔はない”… と言えば嘘になる。
そして、それは永遠に「0」になることはないだろう。
だが、過去の後悔、すなわち “私たちが息子にやってきたこと” に対しての後悔はないと言い切れる。
あるのは、失われた “未来への後悔” だ。
もっと、抱っこしてあげたかった
もっと、笑う顔を見たかった
もっと、喋りたかった
もっと、伝えたかった
もっと、一緒に過ごしたかった…
こればかりは、挙げ出したら切りがない…
そこに対しての悲しさは、今も無限に湧いてくる。
だが、もう闘いは終わった。
息子も苦しみから解放されていることを切に願う私だった。
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