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名優たちの“デュエル“を楽しんだ〜小津安二郎監督「浮草」

小津安二郎クエストは続いている。先月は「早春」を観たが、今月は(別に月1本としているわけではないが)「浮草」(1959年 大映、U-NEXTで配信あり)。

まず“大映“というところにひっかかる。小津安二郎と言えば、松竹の看板監督である。それが、なぜ大映で? 

当時は、映画制作各社の専属監督・俳優の引き抜きを禁止する「五社協定」があった。中川右介著「社長たちの映画史」によれば、<双方の利害が一致すれば、俳優や監督を融通し合うこともあった〜(中略)〜大雑把に言えば、声の大きな永田雅一(注:大映社長)が得になることは通り、永田を敵に回した者はパージされるという恣意的なものだった。>

特に小津安二郎は特別扱いで、1958年に大映の山本富士子を借りて、松竹で「彼岸花」を撮る。そのお返しとして、大映で「浮草」を制作したというわけだ。なお、この頃が日本における映画観客数のピークである。

主役は旅回りの劇団を率いる嵐駒十郎、扮するのは二代目中村鴈治郎。“浮草“という映画の題名は、根無草のような劇団を表している。鴈治郎の相手役である劇団員に京マチ子、劇団の若い娘に若尾文子、彼女と絡むのが川口松太郎の息子・川口浩。鴈治郎は1955年に松竹を離れており、他の3人は大映所属。こうしたメンバーなので、松竹での作品とはまた違った味わいが出ている。

記事タイトルに使った“デュエル“、サッカーでよく使われるが、二者間の対決である。この「浮草」という映画の中では、この“デュエル“、もちろん決闘ではないが、二人の役者による名シーンの数々が印象に残った。

劇団は船で、海辺の街にやってくる。象徴のように映し出される灯台が印象的である。相生座という劇場で芝居を打つのだが、その座主役がおなじみ笠智衆。鴈治郎が挨拶にやってくる。笠智衆の独特のセリフ回し(一歩間違うと棒読み)と、柔らかみのある鴈治郎の演技ー“和事“が対照的である。

この街には駒十郎と恋仲の女性がいる。これが、杉村春子。駒十郎(鴈治郎)が訪ねてきて、二人のシーン。久方ぶりの再会を喜ぶ杉村春子の笑顔が素晴らしい。そして、実は二人の子供であるのが川口浩、本人は父親は死んだと思っている。

土地に、鴈治郎の相手がいることに勘づいた京マチ子、この二人のシーンはまさしく“デュエル“である。激しい雨の中、罵り合う二人、素晴らしい。京マチ子、怒った姿も美しい。「浮草」は、1934年に小津が撮った「浮草物語」のセルフ・リメイクだが、この雨中の場面はオリジナルを踏襲している。

名優らの芝居に比べると、若尾文子と川口浩のシーンは、初々しい。当時、若尾は二十代半ばで可愛いが存在感は流石、川口浩は二十二歳ごろである。二人のキスシーンのあと、カメラは無人の芝居小屋内を映す。数枚の紙吹雪が舞い、柱には「火の用心」という張り紙。ユーモア・暗示、こういうのを“お洒落“と言う。

さまざまな二人のシーン、“浮草“稼業に属する人々の生態を映しながらドラマは進行していくのである。

大映の小津も素晴らしかった!

念のためだが、川口浩は後に「川口浩探検隊」の隊長。父は、第1回直木賞受賞者で「愛染かつら」などでも知られる作家で大映の役員も務めた、川口松太郎。母親は女優の三益愛子。奥様は、「浮草」で床屋の娘役を演じた野添ひとみ。サラブレッドという感じの川口浩だが、51歳という若さで鬼籍に入った。



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