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行政と司法の高い山の中腹で

 被害者の声は届きやすい。
これが私の感想だ。
昨日は被害者側の話を中心に書いた。
 
 私の心情としては、便宜上、加害者と呼ばれる人の立場も考えずにはいられなかった。

 加害者と呼ばれる人はどうすればよかったのか、どこまで耐えればいいのか。そんなのを考えた。
正直、加害者と呼ばれる人も心が病むのではないかと懸念していたからだ。
 
 代理人弁護士から到着した通達は和解の条件が明記されていた。
 初めて目にする文書を手に、不謹慎ながら
「ほんまに弁護士から来たん?」
加害者と呼ばれる人へ問うてしまった。
 被害者が会社で倒れて、わずか四日後だった。

 私自身、過去にうつ病を経験し、弁護士へ相談したことがある。
だからこそ、被害者が倒れてから四日後に代理人弁護士名義の通達が届いたと聞き、思わずカレンダーを見返した。
「もう、そこまで進んでいたのか」
それが、そのときの率直な感想だった。

 被害者への愚痴は、最初、第三者から。
つまり、他の従業員である友人から聞いていた。
約二年前だったと記憶している。
「被害者さんと仕事すると、しんどい」

 第三者の話では、被害者はマイペースで仕事がゆっくりだったという。配達を頼んでもなかなか帰って来ず、注意すると長い口答えをするか泣き出していたそうだ。
 気に食わない人物がいると、LINEで、
「アイツをハブりませんか」と打診されるのが嫌なんだと話していた。

 
 私が被害者本人から聞いた話は
「加害者をギャフンと言わせたいんよ。上長と話をして、仕事をボイコットする。いずれにせよ、嫌がらせして追い出しますよ」

 「嫌がらせ?」私にとって、強い言葉だった。
現実離れをした内容に、冗談だろうと思って
「頭、正気か?」と私は返した。

 その後、実際に仕事をボイコットしたと周囲は受け止めていた。
私は、その出来事も職場で孤立していく一因だったのではないかと考えている。 


 行政と司法の高い山の中腹で、私はそれぞれの立場を眺めている。
 
 この先、どんな証拠が出てきて、どう反証していくのか。それは被害者と加害者、それぞれの代理人に委ねられている。
それは、もう私が口を挟む世界ではない。
 
 裁判を見ていても、
「悪人が一人いました」では終わらない。
誰にも事情があり、誰にも未熟さがある。そして、人は自分を被害者だと感じる瞬間がある。
だから人を見る目を養いたい。

 昨日も書いたが、人様の例はテキストだ。
私は誰かを裁くためではなく、自分が同じ過ちを繰り返さないために読む。

 正しさを振りかざす人ではなく、立ち止まれる人でありたい。
私はそれが誠実さだと思っている。