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第九話 やっちゃったな……

10月下旬。

パートさんが親の介護に専念すると申し出て、会社を退職する運びになった。
「父が認知症で、施設に預けるまでは自宅で看ることになって」

パートさんはお父様が夜も徘徊するようになり、睡眠不足が祟って業務へ支障が出ると退職を決意した話をしてくれた。

その夜、ささやかなパートさんの送別会を開いた。

4月までは仲良く仕事をご一緒してきたが、
今は心にもないお礼をパートさんに言っている。

パートさんから私たちへの感謝も、形骸化だと笑顔で聞き流していた。

パートさんは長居ができない。そろそろ会もお開きにする頃。

内野さんは得意げな顔で
「今までありがとうございました。
枯れ木も山の賑わいでした」
枯れ木……。ウーロン茶を飲む手は止まる。
送別会に使うセリフじゃないだろう。

形相が変わったパートさんは内野さんへ
「すみませんね、居ないよりマシな存在で。
皆さんの邪魔をしました!」

内野さんはキョトンとした表情をまた笑い顔にし、
「分かってるなら、許してあげます」

コートとバッグを同時に抱えたパートさんは、
誰にも挨拶がないまま退室してしまった。

第十話 静謐での私たち

それを聞いたのは、送別会の帰りだった。
隣町に住む山下さんを車で送る中、
「僕、12月いっぱいで会社を辞めます」

私は内心、「そうだろう」と思い
「本社と掛け合ってもやはり、会社は内野さんを取るんですね」
山下さんより先々に言ってしまった。

「残念ながら、社長や幹部は内野さんのお愛想を信用していますからね。
僕は身体を壊してまで愛社精神を貫こうと思っていません」
「もう、次の就職先は決められたんですか」

「うち、実家が寺なんですよ。寺の次男坊。
大学も仏教を学んできて、いつかは実家に帰る予定でいましたので、少し予定が早くなっただけです」
山下さんは落ち着いていた。

棘すらなくなるほど、山下さんから何もかもむしり取ったのが内野さんだと思い、
どっちがハラスメントの被害者なんだか。

信号は赤になる。明日は木曜日で定休日。

「山下さん、早く帰りたい人ですか?」
運転席から山下さんの横顔へ問いかける。急に山下さんが愛しい顔に見えた。
「明日は昼まで寝る以外は予定がないかな」
「これから星を見ませんか?」

車内のナビと山下さんのスマホをネットワーク設定してもらい、好きな曲をかけながらドライブへ行く。

山下さんも私も、墓地の移設をしていると様々な景色を見てきて
「ここから夜景を眺めたら綺麗だろうな」
なんて場所は幾つもある。

いつか来ようと思いながらも実行にならず、
でも行ってみたかった。

シカやイノシシが出そうな山中の路肩へ車を停めると「やっぱりなぁ」
山下さんもここは絶景ポイントですよね、笑ってくれた。

街灯がない、闇を更に黒で塗りつぶしたような夜。
車外から見る夜空は街中の倍以上の星が煌めき、
空から星が溢れて来そうだった。

「真っ暗ですね」

山下さんがどこにいるかも分からない、闇。
ダウンジャケットが擦れる音で、山下さんの気配を知り、隣に立って夜空を仰ぐ。

ここから民家は全然見えて来ず
「恋人と来るには微妙な夜空ですね」
山下さんの言葉に大きく頷く。

星が出て美しいのだが、ロマンチックとは言えず、
「恋人と来るなら見下す夜景も必要ですね」
闇の夜に笑い声と笑い声が重なる。

星々を見ながら、たった一人に対して複数人居ても
打ちのめされる現実。

被害者の立場は強い。

こんなところに訪れても考えるのは仕事について。
仕事中毒なのか依存なのか、そんな私が嫌になる。

「立花には彼氏がいるの?」
「いないですよ、山下さんは?」
「30代になってから出会いがありませんね」
「私は26ですが、既に出会いはないです」
フフフ、暗闇の笑い声は軽やかに響く。

「僕は後継の修行のつもりで今の会社に入りましたが、立花の入社動機は?」
まるで面接みたいな質問だな……。

「私ですか?
物作りをしてみたかったんです。
就活はずっとゼネコン狙いで、でも二級建築士を取ったのでハウスメーカーで
インテリアコーディネーターもいいなぁと考えたんです。
だけど、今ココにいます」
「そっか、二級建築士の資格があるんだ」
「はい」

「まだ20代。資格を活かせばいいのに」
「気が向けばですね」

「山下さん。仕事って情熱なり、信念なりあっても
それだけじゃダメですね」
「うん、こんなことがあったらね。
お金をもらいに来たと割切りが必要だね」

思い切って山下さんへ胸中を言ってみる。

「仕事って、誰かに喜んでもらえて自己現実できたら嬉しいと思っていたんです。
でも今、仕事とは何かを問われたら
『生活です』
拘束時間が8時間としても、考え事や仕事に付随した勉強とかしていると、1日の大半は仕事で、
仕事って生活と言い切っていい気がするんですよ」

「立花、大人になったな」
黒に金の粒が散乱する帳で、男女が色気のない話で笑っている。

きっと私が歳をとっても、この夜は忘れない。
確認に似た気持ちは頭痛や胃痛を慰める。

「山下さん、
仕事を辞めてもお友達でいてください」
「僕と?立花とは良い友達になれそうだ」
流れ星や月のない、ただの静謐。
360度のパノラマを首だけ回して見ていた夜だった。