保留ポイント2023
遅くなってしまいましたが、毎年恒例の保留ポイントを。
ただ今年は、ほんとーーーに大きな動きがたっくさんありましたよね。まあ、わからないことはわからないままですけども。
振り返って、わたし自身は、「自分の目の前のこと」に意識を向けた1年でした。
「自分の目の前にいる人、目の前で起こったこと」に対して、「自分がどう行動するか」こそが、世界平和にもつながるんじゃないかと(今のところ)考えています。
けっこう大真面目に。
というのは、だからこそ、DSはあの手、この手を使って「テレビの中のこと」にみんなの意識を向けようとしているんじゃないかと思うから。
だからこそ、「人には選挙の一票分の影響力しかない」と思い込ませようとしているんじゃないかと思うから。
さらに、「遠くの戦争の被害者や、遠くで貧しさにあえぐ子どもたちのために寄付をする」ことよりも、「目の前の見知らぬ人に実際に親切にする」ことのほうがずっとずっとずっと難しいから。
「実際に自分が行動したこと、選んだこと、意識を向けたこと」は、選挙に行くよりも、はるかに全体への影響力が大きいのではないか?
もし、わたしの宇宙とあなたの宇宙が別のものであると仮定すれば、それはおおいにありえることではないか?
もし、わたしたちが同じ「地球上での人生」というゲームをそれぞれ別のアカウントでプレイしているとしたら?
もし、それぞれのプレイヤーの選択によって、ゲームのエンディングが分岐する仕様だとしたら?
もし、それが「並行宇宙」の正体だとしたら?
───────というような考えは、たぶんかなり昔から、多くの方がおっしゃってきたことだろうと思いますが、わたしは今年、ようやくそれを実践してみようと思うようになりました。
そのために心がけたいと思うことを、今年の保留ポイントとして挙げてみます🎶
①正義に酔わない
「正しさ」ってほんとに厄介です。
立場が違えば、「正しさ」も違う。
文化が違えば、「正しさ」も違う。
時代が違えば、「正しさ」も違う。
「正しさ」の中で、特に「正義」は厄介。正義の鉄槌は「他人に」振りかざすものだから(他人から振りかざされることはあるにしても)
さらに時間が経つと、自分の中でも「正義」が変化したりする。
3年前のわたしにとって、トランプ大統領は「正義の味方」でしたが、今、彼の過去の発言を見ると、いいことも言ってるけど、眉をひそめたくなるようなことも言っていると思う。ただし、その顰蹙発言によって「ある事実」に注目が集まったりして、全体としてはいい方向に向かったなと思えたりする。
3年前のわたしにとって、安倍首相は「日本のことを考えてくれる政治家」だったけれど、今では評価は真逆。本人は変わってないのに、見え方は180°違ってしまった。
敵か味方か、という区別ではなく、「盤上の将棋の駒」のように眺めるほうが良さそうかなと今は思ってます。敵の駒だと思っていた人が、いつのまにか味方の駒に変化している。そういうことが、特にこの1年で増えましたしね。
「あんた、口ではいいこと言ってる風だけど、DSの手先だろ!」と思ってムカついていた著名人が、胴元のDSの瓦解によって「単にいいこと言ってるだけの人」になって、意見を聞いても腹が立たなくなったりだとか。
正しさの中で唯一重要なのは、自分を律するための「人としての正しさ」かなと思っています。だからとにかく「自分が人として正しいと思う行動をする」ことにひたすら意識を向けるようにする。
②団結しない
これも、「DSの方法論の真逆こそが真」という仮説に基づいています。別のアカウントで進行中のゲームに、よそから影響を与えようとするなってことですね。
自分の行動によって「大規模デモが世の中を変えるストーリー」に分岐することはあるかもしれないけど、だからといって、「自分がデモに参加しなければ世の中が変わらない」わけじゃないとでも言いましょうか。
それよりは、
地球の環境汚染が気になるなら、「環境汚染を減らす商品を使う」
弱者にやさしい世の中を望むなら、「まずは、ホームレスの人が公園にいても眉をひそめない(心の中でも!)」
大企業の画一的な商品で棚を埋め尽くされるのがイヤだと思うなら、「地方の頑張ってる中小企業の商品を買う」
少子化を憂うなら、「まずは、電車に子どもがいたら笑顔を向けたり、積極的に手を貸したりする」
世界平和を望むなら、「目の前の家族と仲良く暮らす(難しい)」
差別をなくしたければ、「自分が差別をしない」
目の前の人がどんな人種でも、どこの国籍でも、どこの出身でも、どんな性別でも、どんな性的嗜好でも、どんな職業でも同じ態度で接する。
子どもの結婚相手にどんなバックグラウンドがあっても祝福する。
(デモに参加するよりもずっとずっと難しい)
ことのほうが、実はそれぞれの宇宙全体に波及する効果があるのでは?
③学び続ける
「自分の行動を世界に波及させる」という考え方には弱点があって、それは「自分の周りさえよければそれでいい」という傲慢さと表裏一体だということです。
そこに陥らないようにするには、やっぱり謙虚に学び続けるしかないのかなと。世の中の事象に無関心を貫くのもひとつの方法ではありますが、今の時代、それは相当難しいですもんね。
・・・と思っていたら、ネコチャンさまがタイムリーな記事をあげてらしたのでご紹介します。
最近、仕事用のリベラル色の強いタイムラインをまた見るようになったのですが(A氏亡き後、そんなに腹も立たなくなったので)、同じことを感じてたんですよね。
たとえば、わたしは筋金入りのコロナワクチン懐疑派ではありますが、コロナワクチン推進派には推進派用の「ストーリー」がちゃんと用意されています。それだけ読み続けてると「なるほど」とか思っちゃうんですよ、わたしでさえ!!
要は、「もっともらしいデータ」と「もっともらしい体験談」と「もっともらしい識者」の3つが揃っていれば、「もっともらしい論説」を用意することは簡単だということなんでしょう。それは「反ワクチン」側でも同じです。
情報は実体験を重視すると決めてはいますが、たとえば「未接種の身内のほうがコロナの症状がひどかった」という実体験を持つ人を実際に3人知ってます。そういう人は「未接種のわたしのコロナの症状」と「接種済みの自分のコロナの症状」が同程度だと知ると、「あれ?」と思うわけです。もちろんわたしのほうも「あれ? 未接種でも重い症状になる人もいるんだなぁ」と思いました。
④「わかりやすい」は罠
ワクチンに限りませんが、基本的に「ワンフレーズ」「わかりやすい」「〇〇したら必ず〇〇する」は全部罠だと思ったほうがいいのかもしれません。「まやかし」とも言えますね。
前提が違えば、「同じ作用」をかけても、結果は異なるものだからです。しかもワクチンの場合、「1回の作用」にも濃淡があるかもしれませんしね。
荒川先生の説明は、素人にはわかりやすくはないですし、断定もしていませんが、だからこそ、結局、信頼できる説明として最後まで残るのではないかと思います。
がん抑制遺伝子には父親由来、母親由来の2つの遺伝子がありますが、その両方に変異が入る事ががんの原因となります。しかし、変異が蓄積するのに時間がかかるため、通常はがんは高齢になってから発症します。ところが、もともとがん抑制遺伝子の1つに変異を持っている場合、もう一つの遺伝子に変異が起こるだけでがん抑制遺伝子の機能が失われてしまうのです。
では、汚染DNAによってたくさんの遺伝子に変異が起こり、その中でがん抑制遺伝子の1コピーが変異したとします。その場合、がん抑制遺伝子のもう1コピーが変異するだけでがんの発症につながります。つまり、汚染DNAが「ゲノム老化」を促進する可能性があるのです。見かけは変わらなくともゲノムが何十歳も急に歳をとったとしたら体には何が起きると思いますか? 例えば、普通に暮らしていれば本来70歳でがんを発症するはずだった人が、ずっと若い年齢でがんを発症するというような事態が起きるのです。
上の文章は、周囲の状況を見たわたしの実感とすごく一致しています。つまり、「新型コロナワクチンには、時として、病気の進行という駒を数コマ先まで進める作用がある」けれども、「結果(症状)は、個々の生来の状況によって違う」ということです。
□=ガン抑制遺伝子
■=ガン抑制遺伝子の変異
■■=ガン発症
とすると、スタートが□□の人と、スタートが□■の人とでは、同じ回数ワクチンを打っても、出る症状は異なるということですね。
(ここからは医療の素人であるわたしの想像ですが)免疫力も似たような状況ではないかと感じています。
時として、ワクチンによって免疫に負荷がかかるとしても、「免疫力10の人」が4回ワクチンを接種しても、未接種の「免疫力4の人」よりも、まだ免疫力が高いというケースは、山のようにあると感じます。
でも、打ち続けていったら、いずれ何かしら、その人の元々弱いところから、症状が表れはじめる。それが「老化(=病気の駒を前進させる作用)」ということなのかな、と。
さらに、もし新型コロナが人工ウィルスなら、「新型コロナ感染」にも、ワクチンと同等の作用が生じる可能性もありますよね。となると、程度の差はあっても、似たような「老化作用」が未接種者の体内でも進行している、ということもありうるのかもしれない。
それでも、この説明でさえ、「老化=死=悪いこと」という前提に縛られています。人生というゲームを終えることが実は良い面のほうが大きかった場合には、この解釈全体が真逆の意味になる可能性もある。
たとえどんなに素晴らしい考えだと感じても、逆の面、マイナス面は必ずあるもの。
だからこそ、「どのプラス面を選び、どのマイナス面を受け入れるか」を自分自身で選ぶという点が重要になってくるんでしょうね。
ちなみに個人的には、
宇宙のすべてが循環しているのに、魂が循環しないなんてことがありうるだろうか?
と思うようになりました、最近。
