【第4話】勇者よ 何ゆえ もがき生きるのか?
こんにちは!まる。です。
創作小説『勇者よ 何ゆえ もがき生きるのか?』の第4話をお届けします。
いつも読んでくださる皆様、本当にありがとうございます!
さて、いよいよ作中の時間は8月4日。
決戦の舞台となる「湯間花火大会」の当日です!
妹・京が身を削って用意した一万枚のビラと、
創助&須野尾の天才的なプログラミング技術が遂に交差します。
目に見えない人々の「関心」や「祈り」を、
アルゴリズムという魔法陣を使って一つの場所に束ねていく……。
無機質なコードの羅列が、美しい魔法へと変わる瞬間。
クリエイターとして一番書きたかった、最高にエモくて幻想的なシーンを書き上げました。
真夏の夜空と、小さなPCモニターから生まれる奇跡を、
ぜひ最後までお楽しみください!🍀
▼前回の話はこちら
#8 大人も子供も、おねーさんも。
効果音素材:おまつりばやし @ フリーBGM DOVA-SYNDROME OFFICIAL YouTube CHANNEL
8月4日、早朝。
――湯間 ゆま 花火大会。
温泉くらいしか取り柄のないひなびた田舎町だが、
毎年この時期ばかりは全国、あるいは海外からも多くの観光客が訪れる。
今年も例に漏れず、屋台が並ぶ河川敷には真夏の早朝から幾つものブルーシートが敷かれ、ぽつぽつと人が集まり始めていた。

「……すみません、おばさん。
という訳で、お客さんにこのビラを渡して欲しいんです」
屋台の準備をしている顔馴染みのおばあさんに、
創助は束になったビラを手渡す。
それは妹の京が文字通り、己の命を削って用意した、血と汗の結晶だ。

京曰く、徹夜で3パターンのデザインを仕上げた翌朝には、
自転車で隣町まで走り、片っ端から印刷所に頭を下げて「二日で仕上げてくれ」と直談判。
郵送では間に合わないため、完成した現物を自らの足で回収しに行き、
今に至るという。
その凄まじい立ち回りに、レビィをして
『戦士様でなければ、とても人間の肉体では耐えられない所業です』
と言わしめた代物である。
紙面の中央には、藍色の夜空をバックに小さな流星がひとつ流れ、
その下に手書き風のフォントでこう記されていた。

💡はままぁさんへ
記事の紹介をご快諾頂きありがとうございました!
作品を並べるより、住める場所を作りたかった|はままぁ
――湯間ガーデンタウン。
星と、君と、未来をつなぐ場所。
京がひと晩、幾度も書き直した末に選んだ名前だ。
温泉の"湯"と、この町の名、そして誰もが集える"庭"を掛け合わせただけの、不器用な名付け。
けれど創助は、その字面を見た瞬間、なぜだかこれ以外にないと直感した。
「あら、全然良いのよ。
うちは創助くんにはいつもお世話になってるしねぇ」
「……お世話、ですか?」
おばあさんは、屋台の奥からピカピカに磨かれた古いスマートフォンを取り出し、いたずらっぽく笑った。

「これ、憶えてる? コーヒーの抽出時間、はかってくれるやつ」
ホーム画面の隅に、少しだけ古めかしい湯気のアイコンが灯っていた。
創助が中学生のとき、二時間で組んで送りつけた"手作りの魔法"である。
「あれがないと、もう美味しいコーヒーが淹れられるか不安で不安で。
あんたが作ってくれたもの、うちの朝には欠かせないものなのよ」
「……ありがとうございます」
なぜだろう。
夏の朝の匂いの中で、その言葉は少しだけ、喉に引っかかった。
「おう、創助! お前、今ビラ配りお願いして回ってるんだってな。
だったらよ、おじさんも一肌脱いでやるぜ。
その代わり――前に入れてもらった、あのカレンダーのアプリ。
うちの従業員のシフト管理にも使えるように、ちょっとだけ弄ってくれねぇか?」
「……分かりました。彗星が落ちなかったら、なんとかします」
「はは、縁起でもねぇこと言うなよ!」
あちこちから声がかかり、町の人々に囲まれてやり取りをする創助の姿を、シューメーカー・レビィは少し離れた場所から不思議そうに眺めていた。
「意外ですか?」

隣に立つ須野尾が、ぽつりと声をかける。
『勇者は、この町の方々に、とても愛されているのですね』
「そうですね。
あいつは小さい頃から、とにかくアプリを作るのが好きだったらしくて。
この町の連中の、ちょっとした悩みってやつを手作りのアプリで解決して回ってた時期があったらしいんです」
『さすがは勇者。人助けは、勇者の務めですものね』
感心したように頷くレビィの横顔を見下ろし、須野尾は目を細めてつぶやいた。
「……あいつには、敵いませんねぇ」
『あら? 勇者も、魔法使い様に対して全く同じことを仰っていましたよ?』
「ええ。学校の成績や、プログラミング技術の話なら、
俺はあいつに負けたことは一度たりともありません」
須野尾は、朝の光の中を忙しなく駆け回る創助の背中を、ひどく眩しそうに見つめる。

「凄いと言われることはあっても……あいつみたいに、誰かを笑顔にするためのアプリなんて、俺には、一度も作れなかったなぁ」
自嘲するような、けれどどこか誇らしげなその響きは、
夏の朝の空気に静かに溶けていった。
#9 僕は、英雄なんかじゃない……。皆がいてくれたから、戦えたんだ。

18:00 ――河川敷。
ドンッ、と腹の底に響くような重低音が空気を震わせ、夜空に巨大な光の華が咲き乱れる。
全てのビラを渡し終えた創助たちは、祭りの喧騒と人混みを離れた小高い丘の公園を陣取っていた。
ここは、初めてレビィと出会った公園。
薄暗い草むらの上で、二台のノートパソコンのディスプレイが青白く発光している。
「……よし、ここなら回線は安定するな。
レビィ、どうだ。この場所からエーテルの集積は確認できそうか?」
『ええ! あの大きな火の華の方から、とても多くのエーテルを感じます!』
夜空を彩る花火を見上げながら、レビィは興奮した様子で赤い瞳を輝かせた。
隣でキーボードを叩いていた須野尾が、ふむ、と顎を撫でる。
「……ということは、レビィ殿が調べてくれた情報は正しかったという事になりますな。
人間が一同に、強く一つのものに惹きつけられた場合にもエーテルは発生する。
流石にステラバトルを通じた交感より効率は落ちるでしょうが、
システムを稼働させるためのサブプランとしては十分立証できた」
「アニキ、こっちの準備も終わったよ。
これをSNSに拡散すれば良いんだよね?」

浴衣姿の京が、スマートフォンの画面をこちらに向けた。
そこには、数分前に打ち上がったばかりの特大の花火の様子を収めた、
美しい写真と短い動画が表示されている。
ハッシュタグは
── #湯間ガーデンタウン #星に願いを 。
「ああ。頼む。……これは、仮にその場にいなくても、
『強い関心や願いの力』は対象に向けて引き寄せられるかの検証だ。
レビィの推察通りなら、画像や動画といったメディアを通じた遠隔からのエーテル回収も実現できることになる」
京は小さく頷き、ポストの送信ボタンをタップした。
一万近いフォロワーを抱える京のアカウントから放たれた投稿は、
祭りの熱気と相まって瞬く間に拡散され、凄まじい速度でインプレッションを稼ぎ出し始める。
「……どうだ、レビィ」
『はい、勇者! 可視化できないほどの多くのエーテルが、
遠くから次々とこの場所に集まって来るのを感じます!』
どうやら、遠隔回収の検証も成功のようだ。
ここまでは順調。
あとは、この不可視のファンタジーな力を、
創助たちが組み上げた「魔法の世界」の力で制御し、束ねるだけである。

「よし、エーテルの発生条件と指向性の確認は取れた。
……須野尾、受け皿の準備はどうなってる」
創助は視線をモニターに戻し、隣の悪友に声をかけた。
「バックエンドのルーティングはとっくに終わってるよ。
お前が作ったクライアント側から吐き出されるデータを、
WebSocket経由でAWSのサーバーへリアルタイムに流し込む。
準備は万端だ」
「なら、回収のフェーズに移行する。
……エーテルなんていうオカルトなエネルギー、そのままじゃサーバーには保存できないからな。
物理的に計測可能な『数値』に変換してやる」
創助の指先がキーボードの上を滑り、
ターミナルに次々とコマンドが打ち込まれていく。
「配ったビラのQRコードから流入してきたユーザーのスマホ端末
……そのジャイロセンサーの動き、画面のスクロール速度、カメラを通じた注視時間。
それら全てのログを複合的に解析して、ユーザーの『関心度』を独自アルゴリズムでスコア化する。
……これが俺たちの定義する『エーテル』の代替データだ」
「なるほどね。ユーザーがこのアプリを通して同じ対象に熱狂すればするほど、そのスコア(エーテル)は跳ね上がるって寸法か。
……おいおい、いきなりトラフィックが跳ね上がったぞ。
これがビラとSNSの相乗効果かよ」
須野尾のノートパソコンの画面で、アクセス数を示すグラフが急激なカーブを描いて上昇していく。
「捌き切れるか?」
「誰に聞いてんだ。オートスケーリングのトリガーは深めに設定してある。10万アクセスが同時に来ても、1ミリセカンドの遅延も出さずに全部DBに吸い上げてやるよ」
「上等だ。……俺はクライアント側のレンダリングを監視する。
メモリのガベージコレクションを強制して、
プールの解放タイミングを調整……よし、UIのドロップフレームゼロ。
完璧だ」

青白い光に照らされた二人の少年の顔には、疲労よりも遥かに強い、
純粋なプログラマーとしての歓喜の笑みが浮かんでいた。
祭りの喧騒を置き去りにするような凄まじい速度で、
現実と仮想が同期していく。
『……すごいです、勇者、魔法使い様!
エーテルが、この魔法の箱の中にどんどん流れ込んで……形を成していきます!』
暗闇の中で、二人のモニターだけが、世界を救うための魔法陣のように眩く輝き続けていた。
そして……。
「……あれ?」
京の声が、ふっと、いつもより半音下がった。
キーボードを叩く手は止まらないまま、創助はモニターの端で数値の奔流を睨んでいる。
須野尾もまた、AWSのコンソールに流れ込むログの滝を眺めながら、片手で無造作にコーヒーを口へ運んでいた。
「……アニキ、須野尾さん」
京の声が、もう一段、小さくなる。
「――ちょっと。顔、あげて」
二人がようやくモニターから顔を上げたのは、その言葉の後だった。
※本楽曲はSunoAIを使用して制作しております
夜の公園の暗がりの中に、淡い光がぽつり、ぽつりと浮かび上がっていた。 それは一つや二つではない。
十、百、千……数え切れないほどの無数の光の粒が、
二台のノートパソコンを中心に、まるで命を宿したようにふわりふわりと宙を舞っている。
『エーテルが……溢れています……!』
淡く、透き通るような緑色の輝き。
それはまるで、真夏の夜空に迷い込んだ数万匹の蛍の群れのようだった。
町中の、いや、世界中の少年少女たちの「願い」や「関心」が、
創助たちが引いたアルゴリズムという名の魔法陣に導かれ、
実体を持った光となってこの公園に降り注いでいるのだ。
夜風に揺れる緑色の光の海に包まれながら、
創助も、須野尾も、ただ言葉を失ってその光景に見惚れていた。
しばらくのあいだ、誰も何も言えなかった。
花火の炸裂音さえ、今だけは遠い。
耳の奥で鳴っているのは、ノートパソコンのファンの回転音と、どこからともなく集まり続ける光のざわめきだけだった。
「……綺麗。」
最初に沈黙を破ったのは京だった。
いつもの勝ち気な声音ではない。
息を呑んだまま、言葉だけをようやく押し出したような、かすれた声だった。

「……なぁ、レビィ。これが」
『はい……! 間違いありません。これは皆様の願いです。
勇者たちが紡いだ道に惹かれて、世界中からここへ――』
レビィは両手を胸の前で組み、こぼれ落ちそうなほど大きな赤い瞳で光の群れを見上げていた。
その横顔は、祈っているようにも見えた。
創助と須野尾が思わず顔を見合わせた。 それはつまり、この場所が
――このシステムが世界中の願いの集う"庭"になろうとしている、ということだ。
「おいおい……冗談だろ」
須野尾が、いつになく上ずった声で呟く。
普段なら、こういう場面でもまず理屈を並べる男だ。
だが今は、キーボードの上に置いた指先すら止めたまま、呆けたように光を見つめている。
「ログの数値が異常値を叩いてるとか、そういうオチじゃねぇぞ……。
ちゃんと実体として、そこに、ある……」
「須野尾さんでも、そういう顔するんだ」
京がぽつりとこぼすと、須野尾はふっと肩をすくめた。
「するさ。
流石に“人の願いが蛍みたいに飛ぶ絵面”までは想定してねぇよ」
「……俺もだ」

創助もまた、目の前の光景から目を離せなかった。
自分たちが組んだのは、あくまで仮説に仮説を重ねた、極めて泥臭いシステムだ。
ビラを配って、人を集めて、投稿を拡散して、アクセスログを解析して。
そうやって無数の行動を拾い上げ、願いの形を定義し直し、現実に接続しただけだ。
だが――。
それでも、確かに届いている。
人の想いは、こんなにも熱を持っている。
こんなにも、美しい形になる。
「……なあ、アニキ」
京が、光の粒を一つ、壊れ物に触れるみたいに指先で追いながら言った。
「これ、あたしたちがやったんだよね」
「俺たち“だけ”じゃない」
創助は夜空を見上げたまま答える。
「俺たちは、流れるための道を作っただけだ。
ここにあるのは、見ず知らずの誰かが、画面の向こうで確かに動いてくれた証拠だよ」
「っ……」
京は何か言い返そうとして、結局できなかった。
代わりに、ぐいと鼻をすすって、そっぽを向く。
「いや、そこで泣くなよ」
「泣いてないし!」
「いや泣いてるだろ。声、ぐちゃぐちゃだぞ」
「うるさいっ」

半べそのまま睨みつけてくる妹に、創助はようやく小さく笑った。
すると須野尾も、堪えきれなくなったように吹き出す。
「はは……っ。
なんだよそれ。あと3日で世界が滅びるって言うのに命運を懸けた最終局面で、締めが兄妹ゲンカかよ」
「だって…もう!須野尾さんまで笑わないでよ!」
「悪い悪い。
でもまあ、安心した。
こういう時まで全員で湿っぽくなってたら、逆に気持ち悪ぃよな」
『……ふふ』
小さく漏れた笑い声に、三人が一斉にレビィを見る。
レビィは口元に手を当てて、少しだけ気まずそうに目を伏せた。

『申し訳ありません。
ですが……皆様が、あまりにも尊くて』
「尊いって」
須野尾が肩を揺らす。
「レビィ殿にもそう言う概念があるのですね」
『だって、本当にそうなのです。
勇者も、魔法使い様も、戦士様も。
どなたも、ご自分の力を誇るためではなく、誰かのために使っています』
レビィの声は、花火の残響よりも静かだった。
けれどその一言は、不思議なくらい真っ直ぐ胸に入ってくる。
『暗闇の中で誰かのために灯る光は、どんな大魔法よりも気高いのです』
「……買いかぶりすぎだ」
創助は反射的にそう返した。
だが、いつもみたいに突き放す響きにはならなかった。
「俺たちは、ただ手を動かしただけだ」
『いいえ』
レビィはきっぱりと言い切った。
『手を動かすことは、誰にでもできることではありません。
絶望して、諦めて、立ち止まってしまう方も大勢います。
それでも皆様は、怖くても、分からなくても、自分を信じて前に進みました』
赤い瞳が、まっすぐ創助を射抜く。

『それは、〖勇気〗です』
創助は息を呑んだ。
その言葉だけで、胸の奥のどこかが熱を持つのが分かった。
須野尾が、わざとらしく咳払いをする。
「……はいはい。
勇者様が真っ赤になってるところ悪いけど、
感動の儀はそのへんで一旦区切ろうぜ。
ログ監視、まだ終わってねぇからな」
「誰が真っ赤だ」
「いや、なってるだろ」
「ははーん、アニキもしかして照れてるの?」
「…照れてねぇし」
京まで混ざってくる。
創助は盛大に顔をしかめたが、その場の空気はもう、さっきまでの張り詰めたものではなかった。
恐怖も、不安も、焦りも、何もかもが消えたわけじゃない。
けれど今だけは、確かに胸を張れた。
自分たちは、ここまで来たのだと。
世界の終わりを前にしてなお、まだ抗えているのだと。
その事実が、何よりも嬉しかった。
#10 *そうすけ ケツイを ちからに かえるんだ
※本楽曲はSunoAIを使用しています

やがて花火大会が終わり、人のざわめきが少しずつ遠のき始めたころ。
四人は機材を片付け、公園を後にした。
夜道は、祭りの帰り客でまだわずかに賑わっている。
浴衣姿の人々の笑い声。
屋台の油とソースの匂い。
遠くで鳴る片付けのトラックのエンジン音。
夏の終わりにはまだ早いはずなのに、どこか“祭りのあと”の寂しさが、もう町のそこかしこに滲み始めていた。
「じゃ、あたしこっちだから」
駅前の交差点で、京が足を止める。

「先に帰って風呂入る。
アニキたち、あんまり遅くならないでよ」
「お前もな。寄り道するなよ」
「子供扱いしないで」
「子供だろ、高一は」
「アニキだって高三のくせに全然えらくないし」
「その理屈は意味分からん」
「はいはい、そこまで」
須野尾が二人の間に割って入り、面倒くさそうに手を振った。
「俺もここで離脱。
家帰ったらサーバーの負荷推移だけ見とく。なんかあったら連絡するわ」
「頼む」
「おう。
……ま、今日は悪くなかったな」

須野尾はそれだけ言って、いつもの気だるげな顔のまま背を向けた。
けれど、去り際にひらりと上げた右手は、ほんの少しだけ弾んで見えた。
京と須野尾を見送り、創助は小さく息を吐く。
気がつけば、隣にいるのはレビィだけだった。
『……お疲れ様でした、勇者』
「そっちこそ」

二人並んで、住宅街の細い道をゆっくり歩く。
街灯の白い光が、アスファルトに淡い影を落としていた。
しばらくは、どちらも何も言わなかった。
無理に言葉を探さなくてもいいような、静かな時間だった。
やがて創助が、ぽつりと口を開く。
「……レビィ」
『はい』
「今日のことだけど」
自分でも驚くくらい、声が固い。
キーボードを叩く時より、よほど緊張しているかもしれない。
「その……お前がいなかったら、ここまで来れなかった。
エーテルのことも、あの花火大会の使い方も、俺たちだけじゃ思いつかなかっただろうし。
だから――」
感謝を告げようとして、創助は口を開いた。
街灯の下、隣を歩くレビィの赤い髪が、夏の夜風にふわりと揺れて――。
ジッ。
ーーー揺れなかった。

レビィの輪郭が、一瞬、"抜けた"。
動画のフレームが一枚だけ欠損したような。
あるいは、レンダリングパイプラインのどこかで、この少女を描画するテクスチャが読み込み損ねたような。
「――え?」
創助は足を止める。
「レビィ?」
『ゆ、う……しゃ…?』
声も、おかしい。
いつもの澄んだ声ではない。
細く千切れた音が、砂嵐に擦られたみたいに途切れ途切れで耳に届く。
『どう、か……され、ま……し……た、か……?』
「……おい、待てよ」
創助の喉が、ひゅっと鳴った。
レビィ自身は、何が起きているのか分かっていない。
きょとんとした顔のまま、ただ創助を見上げている。
おかしいのは、自分にだけ見えているのだと、直感で分かった。

ノイズが走る。
また走る。
赤い瞳も、髪も、白い肌も、その一部一部が、
そこに“ある”のに“うまく表示されていない”みたいに、ちらつく。
ぞくり、と背筋が冷えた。
(……まさか)
脳裏に、あの日の会話が蘇る。
八月七日。
自分の誕生日。
十八歳。
レビィと出会ってから、ずっとどこかで意識しないようにしていた条件。
勇者と精霊を繋ぐ、期限付きの何か。
いつか来ると分かっていた別れの時。
それが、もう。
そこまで来ている。
「……勇者?」
今度は、普通に聞こえた。
いや。
聞こえた、というより――戻った、のか。
レビィは不安そうに小首を傾げる。
『お顔の色が優れません。
もしかして、どこかお怪我を?』
「……いや」
創助はすぐに答えられなかった。
答えた瞬間、それが現実になる気がしたからだ。
『勇者?』
「……何でもない」
ようやくそれだけ絞り出す。
だが、声がひどく掠れていた。
誤魔化せていないことくらい、自分でも分かる。
レビィはじっと創助の顔を覗き込む。
いつもなら、その真っ直ぐさに少し困って、少し救われる。
なのに今は、その瞳がひどく遠いものに思えた。
触れようとしたら、指先から消えてしまう蜃気楼みたいに。
「……ただ、ちょっと」
創助は唇を噛み、視線を逸らした。

「ちょっと、疲れただけだ」
『……そう、ですか』
レビィは納得していない顔だったが、それ以上は追及しなかった。
ただ、そっと創助の隣に歩幅を合わせる。
『でしたら、今日はもうお休みください。
勇者は、十分すぎるほど戦われました』
その言葉に、創助は胸の奥を掴まれたような痛みを覚えた。
ーーー戦った。
確かにそうだ。
けれど、もし本当に別れが近いのだとしたら。
自分はまだ、何一つ返せていない。
救われてばかりだ。
背中を押されてばかりだ。
肝心な感謝の言葉すら、まともに伝えられていない。
八月七日。破滅の彗星。
――そして、俺の、十八歳の誕生日。
花火の残り香がまだ町のどこかに漂っているはずなのに、
繋いでもいないレビィの隣の空気は、指先から順にひどく冷たくなっていく。
▶︎さいご の たたかいへ
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