①前編【キャラ紹介ストーリー】茜色の空と、白い月。【東野 深月(ひがしの みつき)&デズデモーナ】
こんにちは、「まる。」です🦍
今回は、大好評(だと信じたい😅)の
HorizonNotesに登場するキャラクター紹介ストーリーをお届けします!
◾️これまで書いたキャラクター紹介ストーリーはこちら!
今回もnoteのフォロワー様の中から、
ご本人にお願いしてモデルになっていただきました!🤭
▼カピタン 様
カピタン様は、『人妖(にんよう)』という心理サスペンスADVゲームを個人で開発されていらっしゃる方です!😆
私のフォロワー様の中でもかなりお付き合いが長く、
投稿される数々のキャラクターやお話の世界観がとても魅力的で、
ずっと陰ながら追いかけさせていただいておりました😎
今回は、そんなカピタン様の数々の記事を改めて読み直して執筆しました。
私自身のクリエイターとしての在り方について今一度深く考えさせられるキャラクターになったこともあり、
とても繊細で素敵なお話が出来たと思っています😊
モデルになっていただいたカピタン様は、
私にたくさんの刺激を与えてくださる素晴らしいクリエイター様ですので、よろしければぜひ記事を読みに行ってみてください!👀
▼私の推しキャラクターについても載せますね
📗用語
本編を読む前に、少しだけ世界観の用語をご紹介します。
・アルカステラ
星をモチーフにしたカードの精霊たち。
プレイヤーは相棒となるアルカステラを集め、
彼らを駆使して戦う「ステラバトル」に挑みます。
※普通の人たちは、18歳を迎えると彼女たちの声を聴いたり、
姿を見たりすることができなくなってしまいます。
・WCS
「ワールド・チャンピオンシップ」の略称。
世界一のステラバトラー(カードプレイヤー)を決める、最高峰の大会です。
プロローグ:茜色の空と、白い月
大切な約束 /作(編)曲 : 音楽の卵
大切な約束
茜色に燃える坂道。
長く伸びた影法師たちが、連れ立って家路を急いでいく。
どこかの開いた窓から漂ってくる、夕飯の甘辛い匂い。
遠くで響くカラスの鳴き声と、一番星を指さしてはしゃぐ子どもたちの声。
古びた商店街のアーケードが、ぽつり、ぽつりと温かなオレンジ色の街灯を灯し始める。
私が生まれ育った、どこにでもある小さな街の夕暮れ。
ガードレールに腰掛けながら、私はいつも通り、この見慣れた景色をただ無関心に眺めていた。
人々がどうしてこの時間帯に「ノスタルジー」や「郷愁」という名前をつけて、心を揺さぶられるのか、その理由がどうしても分からなかったからだ。
明日も、明後日も、この退屈で穏やかな時間がただ等間隔に繰り返されていく。
そう信じて疑わなかった。
あの日の夕焼けを、今でもこうして原稿用紙に書き起こしてしまうのは、
私がまだ、あの場所から一歩も進めていないからだろう。
終わってしまったはずの時間を言葉で繋ぎ止めているのは、
彼女のいない明日を、私がまだ受け入れられていないからだ。
歩き慣れたはずの通学路の匂いも、遠くから聞こえる電車の踏切音も。
ポケットの中で少し溶けかけたチョコレートの甘さも。
あの日、幼少の夢の中で彼女と出会ってから、
世界のすべては全く違う意味を持ち始めた。
彼女の優しい瞳が、彼女の言葉が、私に教えてくれたのだ。
未来を信じたいという切実な願いも、自分を疑うことの耐え難い恐怖も。
不器用な心の裏にある哀しみも、本当の優しさの形も。
人の心が持つ、どうしようもなく厄介で美しい感情のすべてを。
彼女の存在は、空っぽだった私の世界を鮮やかに塗り替えた、ただ一つの色彩だった。
いや、違う。
今でも、彼女と見上げたあの茜色の空の下にこそ、私の世界のすべてがあるのだ。
ーーー茜色の空と、白い月 著:東野 深月
第一章 : 夕焼けと夢見る少女
落葉 /作(編)曲 : 音楽の卵
ピアノ-暗い・しっとり | フリーBGM(mp3・ogg)

「深月(みつき)ってさ、高校卒業したらやっぱりKO大学に進学するの?」
夕暮れの帰り道。
幼馴染の茜(あかね)は、傾きかけた西日に目を細めながら、
隣を歩く私に無邪気な問いを投げかけた。
「……うん、そのつもりだよ。茜は、進路決まったの?」
「いや、何も。
正直、私から『HorizonNotes』を取り上げたら何も残らないからなぁ」
茜は少しだけ自嘲するように、けれどどこか誇らしげに笑った。
彼女は『HorizonNotes』というカードゲームのプロを夢見る女の子だ。
まだ私たちがランドセルを背負っていた頃から、
熱に浮かされたように夢を語る彼女の背中を、
私は誰よりも近くで見つめ続けてきた。
「でも、アルカステラの声が聴こえるのも、もう今年だけでしょ?」
アルカステラ――星の精霊たち。
彼女たちの姿が見え、その声が鼓膜を震わせるのは、
私たちが子供から大人へと移り変わる十八歳の成長期までだ。
それは、残酷なほどに限られた時間の中だけで許された、泡沫の夢。
「……分かってるんだけどさ」
茜の足取りが、ふと遅くなった。
彼女は困ったように眉を下げ、つま先で小さな石ころを蹴り飛ばした。
「それでも、私は相棒と一緒にWCSに出たいんだよ。
今は、その先の就職とか未来なんて考えられないんだ」
WCS。
それは、幼いころに私たちが交わした、無謀で、綺麗で…
呪いのような約束の舞台。
ズキリ、と少し胸の奥が痛んだ気がした。
「……ねぇ、深月。
もし良かったら、私ともう一度……!」
すがるような茜の言葉に、私は息を呑んだ。
沈黙が二人の間に落ちた。
遠くで鳴る踏切の警鐘だけが、やけに鮮明に響く。
私の強張った表情の奥に引かれた拒絶の線を察したのだろう。
茜は、ふっと自嘲するように口をつぐんだ。
「……いや、ごめん。何でもない。
そういえば、私ちょっとこの後カードショップに寄っていくんだった。
じゃあ、この辺で!」
彼女は努めて明るい声を作り出し、ひらひらと手を振ると、
夕暮れの街の喧騒の中へと駆け出していった。
ひたむきに明日だけを見据え、迷いなく駆けていく彼女の背中が、
見慣れた夕陽をいっぱいに反射して燃えるように赤く染まる。
影の中に取り残された私にとって、その姿は。
痛いほどに、どうしようもなく眩しかった。

第二章 : 白紙のノート
望み /作(編)曲 : 音楽の卵
フリーBGM素材 音楽の卵
「ただいま」
玄関の扉を開けると、夕飯の支度をしていた母が顔を出した。
「おかえりなさい。
深月、今日のテストはどうだった?」
エプロン姿の母が、母が期待を含んだ瞳で、
じっと私を見つめてくる。
その真っ直ぐな視線から逃れるように、私は靴を脱ぎながら短く答えた。
「うん、大丈夫。やっておいた範囲だったから問題ないよ」
「さすが私の子ね!」
母は満足そうに頷いた。
けれど、リビングに飾られた小学生の頃取った作文コンクールの賞状をふと見つめるその横顔に、
一瞬だけ、私の知らない複雑な影がよぎった気がした。

「いい、深月。
あなたは今、一番大事な時期なのよ。
ここで怠けたりしたら、将来絶対に幸せになれないわ。
あと半年間、大変かもしれないけどしっかりやるのよ」
将来絶対に幸せになれない。
その呪いのような言葉が、見えない鎖となって私の足首に絡みつく。
「……うん、分かってる。
じゃあ、部屋で勉強してるから。
夕ご飯ができたら呼んで」
私は母の言葉に機械的に相槌を打ち、
逃げるように自分の部屋へと向かった。
***
部屋のドアを閉め、ようやく冷たい空気を肺いっぱいに吸い込む。
重い鞄を床に下ろし、机に向かった。
何度も使い古して手垢のついた参考書を開き、真新しい白紙のノートを広げる。
その時だった。
『おかえりなさい、深月。
今日の学校はどうだった?
あなたのお話を聞かせてくださいな』
耳の奥をくすぐるような、透き通った声。
机の一番下の引き出し。
そのずっと奥深くに封じ込めたはずのデズデモーナの声が、
物理的な障壁など存在しないかのように、直接脳髄へと響いてくる。
私は奥歯を噛み締め、ただ無言でシャープペンシルを握り直した。
聞こえない。私には、何も聞こえない。
『あら? 今日は小説の方は書かないのね。
私、あなたのお話を読むのが大好きなのに』
無邪気な声が、私の胸の一番柔らかい部分を無自覚に抉っていく。
私はノートの白い余白を塗りつぶすように、ひたすら数式を書き連ねていく。
『ねぇ、わたくしやっぱり思うのよ? 深月は小説家になるべきよ』
やめて。
『あなたの紡ぐ物語、お話に出てくる方々、みんなとても素敵でしょう?』
聞きたくない。
『深月はきっと、人間観察が大好きなのね。
だから、あんなに綺麗なお話が書けるんだわ』
――パキッ。
乾いた音が、静寂の落ちた部屋に響いた。
ペンの芯が、不自然な角度で折れていた。
ーーまるで、押し殺しきれなかった私のどす黒い感情が、
そこからポタポタと零れ落ちてしまったかのように。
「……お風呂、入ってこよ」
誰に言うともなく呟いた声。
私は逃げるように椅子から立ち上がり、
この息苦しい部屋から、
そして甘くて残酷な彼女の声から逃れるように、ドアノブに手をかけた。

第三章 : 教室のノイズと、すれ違う星
日常の物語 /作(編)曲 : 音楽の卵
フリーBGM素材 音楽の卵
翌日の休み時間。
黒板のチョークの粉が微かに舞う教室は、特有の喧騒に包まれていた。
私は自分の席から、窓の外の曇り空をぼんやりと眺めていた。
「ねぇ深月、聞いてよ!
今度のWCS予選、このデッキで勝負しようと思ってるんだ!」
不意に視界を遮るように、茜が前の席に反対向きに座り込んできた。
彼女の手には、端が擦り切れるほど使い込まれた『HorizonNotes』のカードの束が握られている。

「わあ、すごい!また構成変えたんだね。
見せて見せて」
私は口角をなだらかに引き上げ、意識してワントーン高い声を出す。
これまでの三年間で磨き上げた、汚れ一つない優等生の仮面だ。
「うわ、このコンボ強いじゃん。茜らしい、攻めの構成だね」
「でしょ? 昨日の夜、相棒と遅くまで話し合って決めたんだ。
ねえ、そう思うよね?」
茜がふいに、誰もいないはずの自分の肩越しを振り返り、慈しむような笑みを浮かべる 。
私の目には、そこには何も映らない。
けれど、そこには間違いなく、茜の信じる『デズデモーナ』が寄り添っているのだ 。
茜が何かを聴き取るように耳を傾け、それから「だよね!」と嬉しそうに頷く。
二人だけで完結している、閉じた、けれどあまりに眩しい世界の断片。
かつては、私の隣にも同じ温度の幸福が存在していた 。
胸の奥が、冷たい泥を飲み込んだように重くなる。
「……そっか。
やっぱり、茜の相棒は頼りになるね。
いいなぁ、本当に楽しそうで」
「…はは!まぁWCSに出たいからね!」
茜はそう言いながら、カードの束をシャッフルする手が、一瞬だけ止まった。
その刹那の静止に気づいたのは、きっと私だけだった。
眩しすぎるのだ。
無邪気に笑う茜の瞳には、微塵の迷いも、自分を疑うような影もない。
ただひたむきに、自分の中に燃える夢だけを純粋な栄養にして呼吸をしている。
私だって、本当は――。
そんな私の心中など露知らず、茜はふと思いついたように、
私を真っ直ぐに見つめて首を傾げた。
「そう言えば、深月。
あんたの方は最近、自分の相棒とはどうなの?
……あんたのデズデモーナ、元気?」
心臓が、どくんと嫌な音を立てて跳ねた。
「……え?」
「いや、最近あんまり話題に出ないからさ。
あんなに仲良しだったのに。もしかして、喧嘩でもしちゃった?」
茜の瞳には、悪意など一欠片もなかった。
純粋な興味と、かつての戦友を気遣う優しさ。
それが今の私には、何よりも突き刺さる。
押し入れの奥底、光の届かない箱の中に閉じ込め、
三年間その声を無視し続けている私の『相棒』 。
その存在を問われることは、私がこの数年間ひた隠しにしてきた、
自分自身の「卑怯さ」を白日の下に晒されることと同義だった。
「……っ」
喉の奥が引き攣り、言葉が上手く形にならない。
「元気、だよ。
ただ、最近は……勉強が、忙しいから。
あんまり、話せてない、かな」
「そっかぁ。でも、たまには構ってあげなよ?
あんたのデズデモーナ、寂しがってるかもよ」
これ以上、この会話を続けてはいけない。
私の心の中に潜む、緑色の目をした怪物が、
今にも咆哮を上げて茜のすべてを噛み砕いてしまいそうだった。
「……あ、ごめん。私、次の時間の移動教室、
早めに行って準備しなきゃいけないんだった」
私は椅子が鳴らす耳障りな音も構わず、弾かれたように立ち上がった。
「えっ? まだ予鈴まで五分もあるよ?
深月、どうしたの――」
「先に行ってるね! 課題、見直したいから!」
背後から届く茜の戸惑った声を、私は乱暴にシャットアウトした。
鞄を掴み、逃げるように教室を飛び出す。
廊下を早足で進むほど、心臓の鼓動が耳元でうるさく打ち鳴らされる。
ただひたすらに、薄暗くて、誰もいない、静寂な場所を求めて。
私はただ、前を向くことを拒むように足早に階段を駆け下りた。
第四章 : 秘密の日記帳と、甘い記憶
紡ぐように /作(編)曲 : 音楽の卵
フリーBGM素材 音楽の卵
「ただいま」
誰に聞かせるでもない平坦な声が、薄暗い玄関に吸い込まれて消えた。
リビングから聞こえるテレビの音と、
夕飯の支度をする母親の気配をやり過ごし、
私は逃げるように自分の部屋へと身を滑らせる。
重いドアを閉めた瞬間、
外の世界から持ち帰った「優等生」の分厚い仮面が、音を立てて崩れ落ちていくのがわかった。
鞄を床に放り投げ、机に向かう。
何度も使い古して手垢のついた参考書を開き、真新しい白紙のノートを広げた。
『おかえりなさい、深月。』
不意に、背後から透き通るような声が鼓膜を撫でた。
心臓が跳ねる。
机の一番下の引き出し、そのずっと奥深くに封じ込めたはずのデズデモーナの声だ。
『今日は少し、お疲れのようですわね。
何か、嫌なことでもありましたの?』
私は奥歯を噛み締め、ノートのマス目を黒鉛で力任せに埋めていく。
聞こえない。私には何も聞こえない。
『無理はしないでくださいな。
わたくし、いつでもあなたのお話を聞きますわ。
……また、あなたの紡ぐお話が読みたいの。』
無邪気で、どこまでも献身的なその響きが、
鉛のように重い私の罪悪感を容赦なく抉ってくる。
三年間。
私がどれだけ冷たくあしらっても、声を無視し続けても、
彼女は決して私を疑うことなく、こうして寄り添い続けてきたのだ。
私はさらに筆圧を強め、紙が破れるほどの強さで無機質な記号を書きなぐった。
やがて、私の頑なな拒絶を悟ったのか、彼女はひっそりと気配を消した。
部屋に、完全な静寂が落ちる。
時計の秒針の音だけが響くその空間は、先ほどまでの煩わしさとは裏腹に、
不気味なほど寒々しく心細かった。
私は無意識のうちにペンを置き、机の一番下の引き出しへと手を伸ばしていた。
分厚い辞書のさらに下。
絶対に誰の目にも触れないよう隠していた、一冊の古い日記帳。

少し日に焼けた表紙をめくると、
そこには目を背け続けてきた「私の本当の気持ち」と、
眩しすぎる記憶の残骸が痛いほどに詰まっていた。
茜からお揃いの『デズデモーナ』のカードをもらい、
ふたりでWCSに出場すると誓い合った日の、拙くも力強い筆跡。
初めて地元の小さな大会で優勝し、
デズデモーナと一緒に泣いて喜んだ日の、涙で少し滲んだインクの跡。
あの大会の決勝戦。
最後の一枚を引いた瞬間、デズデモーナが
「深月、今ですわ!」
と叫んだ声の震えを、私は今でも指先で覚えている。
勝った瞬間、彼女は私より先に泣いていた。
「わたくしの方が嬉しいのですから、当然ですわ!」
と、涙を拭いながら胸を張るその姿が、おかしくて、愛おしくて、たまらなかった。
ページをめくるたび、色褪せたはずの記憶が鮮やかな熱を持って蘇ってくる。
少し背伸びをして、三人で駅前のデパートへ『ジョディバ』の高級チョコレートを買いに行った日のことも、昨日のことのように思い出せた。
ショーケースに並ぶ宝石のようなチョコレートの箱を開けた瞬間、
ふわりと広がったカカオの甘い匂い。
『わたくし、お星さまですから……こんなに美味しそうなのに、食べられませんの……!』
頬をいっぱいに膨らませて、本気で不貞腐れるデズデモーナ。
その姿があまりにもおかしくて、愛おしくて、茜とふたりでお腹を抱えて笑い転げたっけ。
あの頃の私の世界は、彼女たちの存在のおかげで、
甘く、あたたかく、間違いなく輝いていた。
ページをさらに進めると、
日記の後半は、私が密かに書き綴っていた「小説」のプロットで埋め尽くされていた。
人間観察が好きだった私が、不器用ながらも必死に紡ごうとした物語たち。
「人々の心を揺さぶるような、感動的な物語を書きたい」
それが、私のもう一つの、本当の夢だった。
『HorizonNotes』で頂点を目指すこと。
そして、自分の言葉で世界を描き出すこと。
(……でも、無理なんだよ)
私は、震える手で乱暴に日記帳を閉じた。
パタン、という乾いた音が、甘い記憶の余韻を断ち切る。
私には、両親の過剰な期待を裏切ってまで、
保証のない夢を追いかける勇気なんてない。
大人にならなきゃいけない。
安全な道を選ばなければいけない。
自分には才能がないのだと、
傷つく前に諦める理由をかき集めて、
一番大切な相棒を暗い箱の中に突き落としたのだ。
「ごめん……なさい……」
誰に向けたものかもわからない謝罪が、ポツリと零れ落ちる。
本当は夢を追いたいのに。
本当は、またあの日のように三人で笑い合いたいのに。
押し殺したはずの熱い感情と、
冷たい現実との狭間で引き裂かれそうになりながら、
私はひざまずいて、薄暗い部屋の中でただ一人、声を殺して泣いた。

第五章:境界線の誕生日と、融け落ちた仮面
十八歳。
それは、私たちが「大人」の社会へと組み込まれ、
星の精霊たちの姿が永遠に不可視の領域へと沈んでしまう、残酷な境界線の年齢。
その日、昼休みのチャイムが鳴るのと同時に、
私は茜に学校の屋上へと連れ出されていた。
「深月、ハッピーバースデー!!」
吹き抜ける乾いた風の中で、茜が満面の笑みで差し出してきたのは、
見覚えのある金色のリボンがかけられた小さな箱だった。
『ジョディバ』のチョコレート。
昨夜、古い日記帳の中でだけ触れた。
あの甘くて、そして今はひどく痛い記憶の結晶が、
現実の質量を伴って私の目の前に突きつけられたのだ。
「……ありがとう、茜。わざわざ、買ってきてくれたんだ」
受け取ろうと伸ばした指先が、微かに震えているのを必死に隠す。
箱はずしりと重く、私の罪悪感をそのまま形にしたかのようだった。
「当たり前じゃん! 幼馴染の十八歳の誕生日だよ?
……それにね。」
茜はふと、私の隣ではなく、自分のすぐ横の虚空へと視線を移した。
そして、まるでそこに世界で一番愛おしいものが存在しているかのように、
優しく、慈しむような微笑みを浮かべる。
「ねぇ、深月もそう思うでしょ?
私たち、絶対にWCSで優勝できるよね!」
茜は、私に話しかけているのではなかった。
彼女の隣にいるはずの彼女の相棒――彼女の『デズデモーナ』と、
未来の夢を語り合っているのだ。
その無邪気で、一切の疑いを持たない幸福な姿を見た瞬間だった。
私の中で、三年間ギリギリのところで張り詰めていた太い糸が、けたたましい音を立てて千切れた。
くもりぞら /作(編)曲 : 音楽の卵
フリーBGM素材 音楽の卵
「……いい加減にしてよ」

風の音に紛れてしまいそうなほど低い、
けれど鋭利な声が、私の口からこぼれ落ちた。
「えっ?」
「いつまでそんな、子供みたいな夢見てるの。」
自分でもコントロールできない濁流のような感情が、
剥がれ落ちた仮面の裏側からドクドクと溢れ出す。
「どうせ大人になったら、私にも、茜にも、アルカステラの姿なんて見えなくなるんだよ!?
これから大人になって、就職して、生きていかなきゃいけないのに……
WCSなんてただの夢物語じゃん!
魔法はもう解けるの!」
私は、茜を傷つけようとしていたわけではない。
茜の言葉を借りて、自分自身の中にある「諦めきれない未練」を必死に殴り殺そうとしていたのだ。
「私たちはもう現実を見なきゃいけないのに……っ、
どうして茜は、そうやってずっとヘラヘラ笑っていられるのよ!」
痛いところを突かれたように、茜の表情が強張った。
しかし、彼女は目を逸らさなかった。
フェンスの向こうから吹きつける強い風に髪を乱されながらも、
その瞳には、かつてないほどの強い光が宿っていた。
「……夢なんかじゃないよ」
茜は一歩前に踏み出し、逃げようとする私を真っ直ぐに射抜いた。

「タイムリミットがあるからこそ、
私は自分の大切な相棒と、絶対に後悔しない思い出を作りたいの!
一緒に戦ってきた時間を、無かったことになんてしたくない!」
「……っ」
「親のせいにして、将来のせいにして、現実から逃げてるのは深月の方じゃん!
私は、最後まで絶対に夢を諦めない!」
その言葉は、精巧に作られた私の急所を、一片の躊躇いもなく貫いた。
言い返す言葉など、どこにもなかった。
「…私だって、私だって本当は…!」
私は、茜の真っ直ぐな瞳から逃れるように背を向け、屋上の重い鉄の扉を力任せに押し開けた。
背後から茜が何かを叫んでいたような気もしたが、
今の私には、それを振り向いて受け止めるだけの強さすら残されていなかった。
第六章 : ノートに描いた夢物語
深夜十一時五十分。
消灯した自室のベッドで、私は膝を抱えたまま、
暗闇の中で規則的に時を刻む秒針の音だけを聞いていた。
『親のせいにして、将来のせいにして、現実から逃げてるのは深月の方じゃん!』
昼間、屋上でぶつけられた茜の痛切な叫びが、夜の静寂に反響するように頭の中で何度もリフレインする。
…そうだ。彼女の言う通りだった。
私は、傷つくのが怖くて、
夢が叶わない残酷な現実を見たくなくて、ただ逃げ続けていただけだ。
親の期待という耳障りの良い言い訳を纏い、
一番大切な相棒を、冷たい暗闇の底に突き落として。
時計の針が、刻一刻と「十八歳の終わり」へと近づいていく。
このまま0時を迎えれば、私は永遠にデズデモーナを失う。
魔法は完全に解け、
私は自分の弱さを誤魔化したまま、空っぽの大人になる。
本当の意味で「さよなら」も、
そして「ごめんなさい」すらも言えないまま。
(……そんなの、嫌だ)
私は弾かれたようにベッドから飛び起き、机の引き出しを乱暴に開けた。
一番奥、古い日記帳の下に押し込んでいた小さな箱を取り出し、
震える手で蓋を開ける。
「……デズデモーナ!」
三年間。
ずっと呼ぶことを恐れ、強固に封じ込めてきたその名を、
絞り出すように叫んだ。
途端に、一枚のカードから淡い光が溢れ出す。
暗闇の中に星の粒子が集まり、
イチゴをあしらった白いドレスを纏った少女の姿を形作った。
しかし、その輪郭は酷いノイズが走ったようにブレており、
今にも夜の闇に溶け入ってしまいそうに薄かった。
十八歳の境界線。
別れの時間が、もう足元まで迫っているのだ。
凛 /作(編)曲 :CAMeLIA
https://agnello-pecora.chu.jp/CAMeLIA/horror.html

『……深月?』
戸惑うような、けれどどこまでも優しい鈴のような声。
その響きを聞いた瞬間、私は床に崩れ落ちた。
「ごめ……ごめんなさい、デズデモーナ」
それだけ言うのが精一杯だった。
私が子供のように泣きじゃくるのを見て、
デズデモーナは少し困ったように微笑み、
透け始めた手で私の濡れた頬をそっと包み込んだ。
体温は感じない。
けれど、私の心の奥底を溶かすような、
確かな優しさがそこにあった。
『泣かないで、深月。
……わたくしは、あなたを恨んだりなんてしていませんわ。
ずっと、こうしてあなたが呼んでくれるのを待っておりましたのよ』
「不貞の疑い」という冤罪で命を落とし、
人から疑われることを何よりも恐れていた彼女。
それなのに、私に夢を疑われ、
暗い箱の中に閉じ込められていた孤独な三年間。
彼女は私を一度たりとも疑わなかった。
私がいつか必ず前を向いてくれると、
ただ信じ抜いてくれていたのだ。
『深月。わたくしからの最後のお願い、聞いていただけるかしら』
デズデモーナの身体が、足元から少しずつ、
光の粒子となって夜空の闇へ還っていく。
『私とあなたの軌跡を、どうか、
あなたの物語(ノート)に書き留めてくださいな。
……私のお話は悲劇として語られることばかりなのだけれど。
あなたと繋がったこのあたたかい記憶だけは、
絶対に悲劇のままで終わらせたくないの』
デズデモーナの身体から零れ落ちた光の粒子が、真っ暗な部屋の中でほのかに発光しながら、
意思を持った蛍のようにふわりと舞い上がる。
彼女の足元はすでに透明に透け、
後ろにある本棚の輪郭がはっきりと透けて見えていた。
「待ってよ……無理だよ」
私は、消えていく彼女のドレスの裾を掴もうとして、空を切った自分の手を力なく下ろした。
「私は、自分が何をやりたいのかも分からないのに、
ずっと逃げてばかりなのに……!
誰かが感動するようなお話なんて、私に書けるわけない!」
ぽたぽたと、フローリングに落ちた涙が小さな染みを作っていく。
自分の空っぽさを突きつけられるようで、胸の奥がひどく軋んだ。
『何をおっしゃいますの。深月』
デズデモーナは、泣きじゃくる私の声に被せるように、
凜とした、けれど羽毛のように柔らかい声で言った。
『あなたは本当は、「小説家」になりたかったのでしょう?』
「……っ!?」
顔を上げると、銀糸のような彼女の髪が淡く発光し、
暗闇の中で私の震える輪郭を優しく照らし出していた。
『ずっと、あなたの傍にいたのですもの。
誰よりも近くで、あなたを見てきましたわ。
だから、あなたが心の底で一番願っているものが何なのか、
わたくしには痛いほど分かっておりますのよ』
「そんなこと……!」
図星を突かれた私の声が、情けなく裏返る。
部屋の隅で、時計の秒針が進む無機質な音だけが、
残酷なほど正確にタイムリミットを刻み続けていた。
『わたくし、あなたの作る物語が大好きでしたわ。
お話の展開も、そこに出てくる方々も。
……人間や世界をじっと観察して、
深く愛することが好きでないと、
あそこまで素敵なキャラクターたちは決して生み出せませんわ』
「違うっ……! あんなの、ただの息抜きで書いただけだよ!」
私は両手で顔を覆い、子供のように叫んだ。
認めてしまえば、夢に手が届かなかった時の痛みに耐えられないから。
「勉強に疲れて書いただけ!!!
ただの現実逃避の、くだらない夢物語なんだよ!!!」
必死に繕ってきた防壁を自らかなぐり捨てるような私の叫びが、
狭い部屋の壁にぶつかって虚しく響く。
しかし、デズデモーナは傷つくどころか、
愛おしい子供をあやす母のように、優しく、ゆっくりと首を振った。
『深月。自分の夢を追い続けることは、とても大変なことかもしれませんわ。
これから先、辛いことや苦しいこと、ご自身を疑いたくなる夜が沢山あると思いますの』
彼女の姿が、ノイズにまみれた古い映像のように激しく明滅し始める。
それでも彼女の声は、
一欠片の揺らぎもなく私の心臓の奥へと真っ直ぐに届いていた。
『その願いが、たとえ子供の頃の純粋な憧れで……やがて社会という大きなうねりに飲まれ、
多くの人と出会って、見えなくなってしまったとしても。
あなたの本当の夢はいつも、あなたの傍にありますのよ。
わたくしが、ずっとそうであったように』
「嫌だ……行かないで、お願い……っ」
縋るように首を横に振る私を、
彼女は透き通った両腕で、
そっと幻の温度で抱きしめた。
完全に姿が消える、その一瞬前。
暗い部屋の中を満たした星屑のような眩い光の中で、
彼女は世界で一番美しい、
最高の笑顔でこう告げた。

『どうか、素敵な作家さんになってくださいな。
――わたくしは、あなたのことを信じているわ。深月』
そして、時計の針が重なり、
深夜零時を知らせるかすかな音が鳴った瞬間。
私のたった一人の相棒は、
あたたかな光の余韻を残して完全に姿を消した。
部屋には再び、痛いほどの静寂が戻ってきた。
けれど、私の胸の奥にはもう、緑色の目をした怪物はいない。
代わりに、彼女が残してくれた確かな熱が宿っていた。
「…デズデモーナ。」
姿は見えない。
毎日語り掛けてくれた声は聞こえない。
…でも。
私は、あの夜に読み更けた日記をもう一度手に取った。
そこには、確かに私の夢が、
青春の日々が書き連ねられていた。
震える指先で、丁寧にページをめくっていく。
茜とお揃いのカードを手にして、
絶対に日本一になろうと誓い合った日の、
胸が破裂しそうなほどの興奮。
三人で少し背伸びをして買いに行ったジョディバのチョコレート。
あのカカオの甘い匂い。
初めて地元の大会で優勝した時、
盤面を通して私たちの心が一つに繋がったあの圧倒的な熱量と、誇らしさ。
どれもこれも、私が自分の手で蓋をして、
見えないふりをしていただけの「真実」だ。
このあたたかい記憶たちは、決して悲劇なんかじゃない。
「……書くよ、私」
私は、白紙のノートとペンの横に、
あの日もらった『デズデモーナ』のカードをそっと置いた。
「私とあなたの軌跡を。
……絶対に悲劇で終わらせない、
私たちの最高の物語(ノート)にする」
それは、姿が見えなくなっても心で繋がっている私の相棒への、
初めての真っ直ぐな誓いだった。
机の上の時計が、深夜の一時を回ろうとしている。
私は大きく深呼吸をして、スマートフォンを手に取った。 カレンダーアプリを開く。
画面には、ちょうど一ヶ月後の日曜日に『WCS予選大会』の文字が赤いマーカーで引かれている。
私はメッセージアプリを開き、
一つの連絡先をタップした。
画面の向こう側にいる、ずっと光を追いかけ続けている私の眩しい親友へ。
『夜遅くにごめん。
今日の昼間は、
ひどいこと言って本当にごめんなさい』
フリックする指先に、もう迷いはなかった。
『一ヶ月後のWCS予選。
茜の戦い、絶対に応援に行くから。
……ううん、私にも、一緒に戦わせて』
送信ボタンを押す。
十八歳になったばかりの、
静かで、たまらなく孤独な夜。
それでも、魔法が解けた私の世界は、
かつてないほど鮮やかな茜色と、美しい月の光に満ちていた。
■中編へ続く!!!
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