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春の星々(140字小説コンテスト2026)一次選考通過作

星々はnoteの生成AI学習対価還元プログラムに参加していません。
(掲載作品のAI学習データへの提供をおこなっていません。)

季節ごとの課題の文字を使ったコンテストです(春・夏・秋・冬の年4回開催)。

春の文字 「布」
選考 ほしおさなえ(小説家)
 季節の星々選考委員会(祥寺真帆/のび。/へいた/四葩ナヲコ)

140字小説コンテスト「季節の星々」

一次選考を通過した109編を発表します(応募総数1098編)。ご応募いただきありがとうございました。

受賞作(入選4編+佳作6編)は6月下旬に発表予定です。
優秀作(入選〜二次選考通過の全作品)は雑誌「星々」(年2回発行)に掲載されます。
また、年間グランプリ受賞者は「星々の新人」としてデビューし、以降、雑誌「星々」に作品が掲載されます。

受賞作の速報はnoteやX(旧Twitter)でお伝えします。

一次選考通過作

碧莉都
春の大三角形が夜空に輝く頃、街は白銀の布で一杯になる。それらは旗であったり、窓から垂らされていたり。街灯や街路樹にも装飾されている。一つの星がぱっと青白い光を放つと「スピカ様だ!」と子供達が叫んだ。白銀の布は風に靡き、呼応して煌めく。豊穣を願う祝祭の後には麦畑の絨毯が広がるのだ。

碧莉都
布の端と端を握り締め、山頂に立った。目を瞑り深呼吸をする。瞼の裏に、光を捉えた。「放て」と呟くと足が浮く。瞬く間に地上を離れ、空高く舞い上がった。すると隣に来た一羽の鳥が「希望はあそこです」と鳴いた。絵本で見た東の神様だ。地平線を昇る、燃える橙。自由になるんだ、と言葉が胸に灯る。

青塚 薫
私はね、何百万円もの宝石を包んだ巾着袋だったんだ。布の素材だって最高級さ。見てごらんよ、この艶、この色。でもこうして役目を終えて、捨てられたらただのゴミなんだ。その辺のちり紙と同じさ。だけどね、私には誇りがある。破れて、汚れちまったけど、あんなに美しい宝石を、私は包んでいたんだ。

赤い尻
裁縫の第一歩は浴槽に水を張ること。広やかな生地を蛇腹に畳み、座布団ほどの大きさにまとめ、ひと晩沈めておく。すると歪んだ織り目が自ずと整う。絞らず軽く叩いて脱水し、明るい日蔭の物干しへ。風に経緯をなびかせる生地を眺めていると、ずっとこのままでいいのに、と思う。再び浴槽に水を張る。

赤い尻
春先に畑を深く鋤くと、ときおり土人形が転がり出る。親指大の狐や馬、犬、猫のほか、布袋像が多くを占める。かつてミロク山の土で人形を焼き、豊作を祈願して畑に埋めたと聞く。いまや大半が削られた山に似て、小さな布袋さまも半身が欠けている。汚れを落とし豆巾着に入れて持つと賭け事に強くなる。

浅葱佑
パッチワークを始めたので、家中から使わない布を探してはぎれにした。できた壁掛けをしばらく見つめていると、布地の模様の兎たちがぴょんとはねて、別の布地に移動しはじめた。花畑、千鳥格子、街の中。嬉しそうな兎たちへもっと別の世界を見せるため、私はもう少しパッチワークを続けることにする。

朝吹龍一朗
 春の風に、どこかで干していた布がふわりと舞い上がった。
「お、春だなあ」
 のんびり眺めていたら、隣人が血相を変えて飛び出してきた。
「それ、うちのカーテンです!」
 慌てて追いかけた瞬間、また風が吹いて、今度はうちの洗濯物も空へ。
 まあ、春ですからね、としか言えなかった。

朝本箍
布に知りたいことを刺繍して川へ流し、無事に海まで流れ着いたなら答えと共に戻るという。指先を赤くして刺した布を最寄りの川から流せばさらさらと、すぐに見えなくなった。あの人は幸せですか。流したのはあの人のリボンだったもの。海は遥か、暗くなるまで川を見つめていた。

熱田俊月
おでん屋「地獄」の暖簾はぺらぺらの黒い布です。そこに真っ赤な字で地獄と書いてあります。大きなビル街の路地の一角にあるはずなのですが、その路地が地図にはありません。営業時間も不明です。ずっと昔から注ぎ足されてきたつゆは案外あっさりとしています。見つけることができたら、いらっしゃい。

天沢蓮
布一枚で春を隠した。桜散る頃。心を決め一線を越える。私は春と一緒に逃げたかったのだ。私が来れば春は去る。この世の理。だから迎えに行く様に広げ、覆う様に前に出た。だが春はするりと布から溢れ、私は夏にはなれないよと手の先を掠めていった。茹だる季節外れは少し春と混ざって初夏になった。

亜麻布みゆ
機織り機に音符が紛れ込んだ。どうやら五線譜と間違えてしまったらしい。居心地が良さそうだったのでそのまま織り続けていたら、他の音符もやってきた。機織りのリズムに合わせて音符たちが歌ってくれる。そうしてできた歌う布は、赤ちゃんのおくるみになった。包まれると、よく寝てくれると評判だ。

五十嵐彪太
鋏を使えるようになってすぐに、紙よりも布を切るほうが気持ちがよいと気がついた。古いシーツを豆粒大になるまで切り刻んだ。裁鋏に合わせるように右手ばかりが成長し、身体に不釣合いなほど大きくなった。今も私は裁鋏を持つ。夜の帳に鋏を入れ、朝を迎える。誰より早く朝の光を浴びる、よい仕事だ。

石山賢
久々に父の声を聞いた。湿布を貼ってくれと言った。
寝巻きをまくり上げると、幼い頃父と喧嘩し脇腹に食らいついた時の噛み痕はまだあった。
この傷もいつか笑い話になると思っていた。父にかけてきた迷惑の象徴にしかならなかった。
もう広くはない背中から掌に伝わる熱は、あと何年続くのだろう。

和泉海風
白岩池のほとりには歎き悲しむ人が現れて、池の底にいろんな色の哀しみが沈んでゆく。水の外の暮らしは辛かろうな。蚕の繭のように丸まっているので、糸を繰り取っていく。撚りかけをしたのち柔らかい絹糸を目指してぬきたきをする。機にかければ美しい布になるだろう。いつか会える日に声を掛けたい。

犬。
日が沈むと、空には真っ黒な布が敷かれる。布をよく見ると、小さな穴がたくさんと、大きなまんまるの穴がひとつあいている。穴からは明るい光が漏れている。布は一体何を隠しているのか。どれだけ穴を覗いても、布の向こう側はよく見えない。いつかあの大きな穴をくぐり抜けて向こう側へ飛び出したい。

上野 そら
祖母が買った黄八丈で、母が作った綿入れ半纏。
嫁と姑はいがみ合い、父はだんまりを通し、弟は我がまま放題に育ち、私は黙って十八で家を後にした。
祖母が他界した今、年老いた父母はわずかに残る家族の幸福なひと時の記憶を繰り返し懐かしむ。
冬の寒い夜、私は半纏の袖に小さな布で綻びを覆う。

石斑魚 葉弥
「布留部、由良由良止、布留部」私の頭を撫でながら、囁く父。「お前の病が良くなる呪い」仕事でも休みでも。私が起きていても、寝ていても。どんな日でも、必ず面会してくれた。だから今度は私が。管に繋がれた父の腕をそっと撫でながら。「ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ」父さんが早く目覚めるお呪い。

雨光
「これが『春告げの布』か」ダンジョン最深部で魔王を倒した俺の前に虹色のマントが落ちていた。装備すれば世界に永遠の春が訪れるらしい。問題は、羽織ると頭の中に陽気なサンバが強制再生される仕様だ。世界を救うか、俺の精神を守るか。魔王の死体の横でかれこれ3時間悩んでいる。帰ろうかな。

右近金魚
川べりで拾った石に頬寄せる。冷たい。裁縫箱に入っていた桜染めの薄布を巻いてやる。羊毛フェルトの緑の雲も。ほら、もう寒くない。石は春待つ種になり、そよそよと息を始める。見渡せば、芽吹かんとする石が点々と川岸を縁取っていた。持ち主の願いが叶えられたら私達、咲けるのよ。足元の石が囁く。

うたかた
大阪で食い倒れていた宇宙人を助けた。部屋に呼んで整腸薬をあげたのだ。恩返しをする、と彼は隣室にこもる。特殊な布で、宇宙服を作るらしい。どうやっているのだろう。こっそり扉からのぞく。そこには機械に服を縫わせ、大量のたこ焼きをつつく宇宙人が。口をソースまみれにして。懲りてないなあ。

海門いおら
画像分析禁止法が与党の賛成多数で成立・公布された。秘書の私は総理を出迎えた。「お疲れ様でした」「ああ」総理は上機嫌だ。「これで、私が宇宙人でも困らない」「え?」「冗談だよ」笑いながら去っていく。窓の外には見慣れない星。よく見ると不規則に動いている。「バレたかと思った」と私は呟く。

m.moon23
その初老の男性は憔悴して転んだ僕を座らせ、上着にあいた穴に青い布を縫い付けてくれた。ほかも直せますよ、と自分のシャツのボタンを外してみせる。左胸が4枚の綺麗な布で継接ぎされていた。ここも塞いでしまえば何とかなるものですよ。悲哀も。そんなものですか。僕は3つの穴の修理をお願いした。

おおらり
鳩のエサの前でスカーフを撫でる。見習いの頃から一緒に暮らし、大成したあと、布きれとなり戻ってこない。あの頃より贅沢な暮らしのはずなのに。白く光沢のある生地を撫で「布にならずに生きて、いいよ」と囁くと鳩へと戻り、生き生きとして青い空に羽ばたいていった。もう会えないと思うが、元気で。

押野 祐大
街を覆う夜霧は、神様がかけ忘れたシーツの布端のようだった。ビルの屋上でその端をみ、力任せに引き剥がしてみる。すると朝が来るのではなく、世界は裏返り、真っ白な裏地が露出した。人々はまだ眠っている。縫い目から覗くのは、この現実を繋ぎ止めている、無機質な宇宙の骨組みだった。

亀井三郎
帆を上げるようにと声が響く。怒号のなかに歓喜が息を潜めていた。傷だらけの帆は大きな音を立ててひるがえる。煙草に火をつける。陸は遠く感じた。雲間から光が差す。誰かが両手をあげて祈っていて、その手には当て布があった。草原を走って眠りたい。そしてもし朝が来たら初めて祈ろうとさえ思った。

賀元まな
ある日、宇宙人がやって来て「君はこれから敵だ」と僕に言いました。この宣戦布告は他の宇宙人にも広がって、僕はみんなの敵になりました。言葉が通じなくなった彼らは、毎日攻撃をくりかえします。そこで今夜、学校の屋上に準備した大砲でこの星を脱出することにしました。どうか成功を願っていて。

我楽 太
お腹に響くサイレンが鳴る。
「本日の幸福を散布します」
私たちは傘をさす。
幸福がザッと降り注ぐ。傘に弾かれた幸福が、地面へ落ちる。誰も幸福を受け取らない。
多量の幸福は溺れてしまう。押売の幸福は息苦しい。幸福は程々に、自ら見出すものなのさ。
幸福が止む。
私は傘を閉じた。

かんすい(寒水)
布を掲げて、なぞることで空気に滲んだ景色を映しとれる技をもつ人のことを空間染師と呼ぶ。できるのはごく限られた人しかいないが、染師は言う。誰でも素質を持っています。目に涙がたまったとき景色が滲んで見えますよね。それは空間染師の原点で、皆そのときしかない景色を映し取っているんです。

キカイ工
町に瀑布が越してきた。クレーンに吊られた白い轟音が電線をすり抜け信号機の赤を濡らしながら町の中心に据えられた。どこからともなく水は湧き当てもなく落ちた。人は硬貨や花や手紙を、やがて形のないものを流した。その日、騒音は祝祭に変わった。願いも罪も区別はつかず夜になると滝は低く笑った。

キカイ工
彼には未来が見えたが最後の場面だけだった。誰もが白い布を巻かれ横たわっていた。息をする者はいない。彼はこの結末を回避しようと未来に抗い続けた。良いと信じるあらゆることを、人の道を外れた数多のことを行った。全ては未来を変えるためだったが、辿り着くどの終局も、布の柄が違うだけだった。

如月恵
豆こ、かちゃらず、花こ、結び花…こぎん刺しのもどこ、幾何学模様の一単位にはかわいい名がついている。1、3、5、7…麻布の奇数目を木綿糸ですくう。布を刺していると猫がじゃれつく。猫の目(まなぐ)、猫の足跡…側に猫が居た証のもどこ名で、時も距離も遠い津軽の女の人が近くなる。

木西炎東
電気毛布という言葉の、魔改造感が苦手だ。生来の温もりを失ってしまったような、力を欲して悪魔に魂を売ってしまったような、哀愁と冒涜を感じる。休日の昼下がり、役目を終えた電気毛布が春風に気持ち良さそうに靡いている。俺はコーヒーを啜りながら、アンドロイドと共生する未来に思いを馳せた。

城崎悠李
妻は、人間の足から尾鰭に戻る方法を忘れたタイプの人魚である。陸の大学生活が長すぎて、忘れたらしい。年に一度、彼女は実家のある北海道の海へ帰る。昆布造りを生業としている実家で収穫作業を手伝うためだ。やっぱり尾鰭の方が楽なんだけどねとボヤきながら、彼女は今年も故郷の海へと帰って行く。

木畑十愛
詩人は山頂から川へと詩言葉を放流した。宝石のような詩言葉は砂利と共に転がされ、瀑布を落下し砕け散る。何文字かは底に沈んだまま戻らず、別の詩言葉と混ざりながら、更に下流へ流れていく。海へ着く頃には、元の輝きは散り散りになって色褪せた。それを拾った誰かが声にして、海の蒼を深くする。

ギリ四月病
インスタのストーリーには学ランを着て「ブカブカ〜」と笑う女。リピる。何度も何度も「ブカブカ〜」と言う。
身長175センチの私なら、彼の学ランをピッタリ着こなせる。でも彼はピッタリよりブカブカを愛した。自嘲気味に笑う。制服なんて春の季節に買った、ただの布じゃないか。でも息が苦しい。

桐田 大樹
とある商店街の小さな店で売られる手作りの布袋。色も形もばらばらで不格好なのに、なぜかすぐ売り切れる。「この布、悩みを少しだけ軽くするんだよ」そう店主は微笑む。半信半疑で買った人たちは、帰る頃には少しだけ表情が柔らいでいるという。今日もまた一つ、誰かの悩みをそっと包んでいく。

草野理恵子
喉元の違和感を引き出すと、それは私の内臓の色を完璧に模倣していた。手繰るほどに腹の中は空洞になり、代わりに温かな布が部屋を埋め尽くす。最後の一枚を引き抜いた後、私は私を裏返し、丁寧にアイロンをかけて窓辺に干した。夕暮れ、乾いた私を通りすがりの誰かが、心地よさそうに羽織っていく。

草野理恵子
指先がほつれ、そこから際限なく赤い刺繍糸が溢れ出す。私は慌てて自分の体を縫い合わせるが、針を刺すたびに肉はパイルの布地のタオルへと変質していく。やがて肺は分厚いフェルトになり、呼吸のたびに綿埃が舞った。私は私を仕立て直し、最後には誰も入れない、歪な形の寝袋になった。「誰か入って」

くじらじら
マリンスノーがしんしんと、太古の海底に沈殿していく。マントルの方向に降り積もったプランクトンたちの死骸。その分布はきっと天恵。億年の眠りの後に油へと凝集する。表層で争いの音がする。地殻の沈黙とは対照的に。その間もしんしんと沈む。ないがしろにされる命が虚しい。自然の摂理の先よ。

来島鳴海
梅雨入り前の六月の土曜日。マンションの一階に住むわが家の前庭は、植栽の刈込が済み爽やかな風景だった。朝から洗濯物を干していた女房に言われて、夏掛けの布団を干した。昼前に裏返したとか思うと、午後一番ですぐに取り込むように言われた。昨日は夕方から雨の予報で薬剤散布が一日延びていた。

暮宮右京
暁はすっかり拗ねていた。春の夜は短い。人々は眠りこけて、夜明けに思いを馳せたりしない。せっかくの美しい空がもったいない。だから、暁は東の空に星の子らを集めた。風の布団を掴んで森を揺らした。淡い光がきらきら振り注ぐ。やさしく起こされた獣たちは、寂しがりやの暁に「おはよう」と囁いた。

くろねこ
この世界中にいる人間の身長も正規分布になってるんだって。仲間が多いと、多数派だとなんだかんだ落ち着くよね。常に普通が1番だよねー。そんな会話が少しずつ自分から遠のいていく。常に多数派であることがどれほど少数派であるか。そう考えながら流行りのアプリに目を落とす。

鶏林書笈
八月十五日嘉俳の日、都の大広場は賑わっていた。機織り合戦の勝敗が決まるのである。都を二組に分けて競われ、それぞれ王女さまを代表に立てた。この一月の間、都の娘たちは毎日布を織った。今年の勝負は上の王女さまの組が勝った。負けた組の娘たちは勝った組にご馳走を振る舞い、共に楽しんだ。

解夏夏日
先生は、屋形船の主だ。隅田川の岸辺で、毎晩僕を待ってくれていて、船を川中に出してくれる。川に漂う星を掬って、工房でランプに加工するのが僕の仕事。星を追いながらチラと隣を見る。先生の吹いた煙草の烟が、黒布の着流しに流水紋を作る。先生は、いつも誰かを待っている。僕じゃない、誰かを。

仮色聖
まただ、冬がいってしまう。手を伸ばし、走る。身体が風に成る、その直前。頭上から、ひらひらと一枚の花びらが落ちてきた。あぁ、春の伝言役が来たのだと思った。私は深くお辞儀をする。拾い上げると、それは薄い布だった。口に入れてみたが、味はしなかった。あれ以来、ときどき空を見上げてしまう。

ケムニマキコ
「船出だ」そう呟いて爪先をトンと鳴らす。右肩の、青い帆布の鞄が揺れる。寡黙な父について思い出せるのは、その背中くらいだ。「船出だ」船乗りにでもなりたかったのかと思っていた。でも、毎朝つぶやくうちに分かった。あれは心に帆を張っていたんだ。さあ船出だ。右肩で、青い帆布の鞄が揺れる。

ココン・山田
夕方になると、私の体のドアを開けて、コウテイペンギンたちが整列して入ってくる。私が、夕陽に染まった雲を目におさめて瞼を閉じると、彼らはその布団のような雲にくるまって、私の中で一晩を明かすのである。彼らが見た夢は、翌朝、ひとつずつ果実となって、私が広げた両腕の指先に実る。

彩葉
そこへ辿り着くには「林のなかをまっすぐにずっと行く。途中の曲がり道はどれも曲がってはいけない」と言われた。手首に白っぽい布を巻いてくれた。両端は曲線を描いている。ずいぶんときたころ、風が変わったことに気がつく。手首の布をほどくと布はカモメになって飛んでいった。

早希子
色とりどりの花柄の布で春を包み、公園まで唄う。淡い花びらが風と共に、ゆっくりと落ちて来た。川まで飛んでゆく花びら達は、私に手を振っているみたいだ。布を広げ、おにぎりを取りだす。どこか遠くから鳥の声がする。すると春を包んでいた布が飛んでゆく。拾いに行かずに私は、その光景に手を振る。

志草ねな
本日は皆様を素敵なディナーにご招待致します。檜のテーブルをシルクの布巾で拭いたら、人間国宝が作ったお皿とダイヤモンドをあしらったカトラリーを並べましょう。テーブルを飾るのは、百年に一度しか咲かない胡蝶蘭でございます。それでは、一個五十円の揚げたてコロッケをおいしく召し上がれ。

jus
反物を空に流す神事がある。未仕立ての布地が、風に流れ向かいの霊峰に辿り着くまで、人々は災難消除を祈り、近隣調和を願った。あるいは山に届かずとも、間に佇む泉に拾われれば、鯉となって川を登った。龍の子となった彼らの髭は、かつて機織られた生地であったことを示すように、青く棚引いている。

swingout777
祖母の形見の布を裂くたび、家の電話が鳴った。出ると、まだ生きていた頃の祖母が「そこは袖になるところ」と笑う。七日目、言われた通りに縫い合わせると、喪服ではなく、春の匂いがする割烹着ができあがった。

透々実生
鳴き叫ぶ鶏を前に愕然とした。元・鶏胸肉300円。それを包んでた風呂敷。その布で包むと時が戻ると、あの店主が言ってた。完全に忘れてた。暴れ回る鶏を、風呂敷で被せ黙らせる。みるみる体が縮み、声がか細くなり――卵が1つ転がった。1個300円。温もりの残るそれを手に、暫く動けなかった。


海は、一枚の大きな布のように続いて、私はその端を探している。あなたも探している。端と端をお互い抓んで、歩いて、そして半分に折り畳む。半分になった海は、一枚の大きな布のように続いて、私はその端を探しに行く。いつか、端がなくなるまで。それは途方もなくて、世界が小さければいいと思った。

ソヴソゴ
寄るべない記憶によく出会う。そのたびに布で包んでいく。綿を挟んだ布、重い布、うねる布、透けている布。たまにどうしようもなく布がぼろぼろになってしまうことがある。そんなときは襤褸のまま、宇宙へ打ち上げる。いつかその死骸と再び会うとき、どうか私も怪物になっていますようにと願いながら。

多花巣うみ
布をかけられ身を捩った。布をかけられ身が溶けた。溶けた身はわたしの体の中を移動した。それはこめかみがくるぶしにくるような具合だった。布に包まれ、意味がわからなくてわたしは泣いた。ある夜、星が見えた。布が、剥がれ落ちていた。ひらきかけの羽が、見えた。わたしは思い切りそれをひらいた。

高遠みかみ
クリスト&ジャンヌ=クロードは梱包のアーティストだ。橋を、海岸を、国会議事堂を、布で包んだんだ。その熱狂的なファンが宇宙飛行士になった。そいつは月に渡り、何をしたと思う? 望遠鏡を覗いてごらん。月がなんだかふんわりしているだろう。あいつはこのためだけに宇宙飛行士になったんだよ。

タケイチ
遠いどこかの国の顔も名前もわからない人が戦火に晒され踠く声と、先月すぐ隣の部屋に越してきた顔も名前もわからない女の人がときおり苦しそうに泣く声の、そのどちらに耳を傾ければいいのかわからなくなる夜に、君はただ布団を被り蹲っていた。その隙間から溢れ出す青白い光は、おそらく祈りだった。


手を突っ込むと乾いた布を擦るみたいな音がする。それがはるか彼方の空から落ちてくるのだ。さらさらと。「はやく穴を塞がないと」と誰かが言う。「村が埋まってしまう」
光り輝く砂は夜の空を突き抜けて一直線に落下する。
子供達はきゃっきゃきゃっきゃ言って、夜遅いのに家に入ろうとしないのだ。

立花 腑楽
俺みたいな風説士は食っていけない世になった。風説の流布が禁止されたからだ。
かつての馴染み客に駄法螺を密売して糊口を凌いでいたが、最近は自棄になって「こんな世界終わっちまうよ」としか騙っていない。
客はうんざり顔で「また同じネタかよ」と文句を言うが、代金はきっちり払ってくれる。

立花 腑楽
サンキュとだけ言って、体育館に戻っていった。
慌てて呟いた「安静にしなきゃ」は、彼の背に追いつけなかった。
半分に切った湿布を手に、西日差す保健室に取り残される。じわじわ蝉が鳴く。あの青痣は確かこのあたりだったろうか。自分にも湿布の片割れを貼り付ける。冷たくて、ひゃっと声が出た。

たな
マジシャンが布を取ると、指輪は跡形もなかった。彼に詰め寄られたマジシャンは、にこやかに彼の胸ポケットから指輪を取り出す。「何慌ててるのよ」と笑う私に布が被せられる。マジシャンまで布の下に入ってくる。彼は慌てなかった。指輪のことがあったから。どうかそのままで。私が逃げおおせるまで。

田孫ぱん
ハンカチをまだ返していない。嘘泣きで借りたハンカチ。彼の優しさを証明するハンカチ。私のずるさを証明するハンカチ。二人が不釣り合いなことを証明するハンカチ。返せば何も残らない。私と彼は、布きれだけで繋がっている関係。彼がハンカチを返してと言う。私はそれが嬉しくて、返せない。

千代岐刻
麻布十番って変な名前。帰りの電車でうとうとしていたら、扉前に立っていた二人の女子高生が、そんな話題を口にした。九番まではどこにあるの? 言われてみればもっともな疑問だった。もしかしたら、麻布十番の地下には、あと九つの階層があって、十番はその最上階なのかもしれない。

塚田陸帆
財布を盗んだ。中には、三万円と少しと、諸々のカード類と、それから白い小さな網状の、動物の皮が入っていた。見覚えがある。河川敷で私が見つけて、祖父が持って帰って、祖母が切り分けて、近所に配った蛇の抜け殻。これがそれかはわからない。でも何となく、抜き取るのはクーポンだけにしておいた。

月夜でタンゴ
砂時計の砂が落ち始め月が止まった。裁きが始まり纏った布を脱ぎ格子窓の前に立つ。月明りで私は格子状に刻まれパラパラとカードとなって床に散乱した。救いの蜘蛛猿がカードを床の月明りの格子に置いて私を繋ぎ合わせていく。後1枚。最後の一粒が落ちる。私は起き上がり赦された事を知った。

トガシテツヤ
古びた寺の、色褪せた御札を包む紫の布。それは何百年もの間、人々の祈りと願い、喜びと嘆きを吸い込んできた。触れれば温かく、微かに線香の匂いがする。信仰とは、目に見えない何かを、こうした手触りのあるものに託すことなのかもしれない。色褪せた布の向こうに、救いの手を見る人がいる。

泥人形
押し入れの中、布団と布団の間に手を入れると、手のひらの上に冷たい猫が乗っているみたいだ。僕はその心地よい重さと冷たさに体を滑り込ませて、眠りに落ちる。ふと気づくと母が手を引いていて、「まだ肌寒いから、ここで寝たら風邪引くよ」と、温かい手のひらで包みながら子供部屋へと連れて行った。

長尾たぐい
祖父が漁を辞めた。船は業者に売られ、網は捨てられ、大漁旗が残った。わたしは渡されたその帆布を丁寧に洗い、裁ち、縫って大きな鞄を二つ作った。空の鞄の奥に向かって自分と一字違いの船の名を呼ぶ。もう片方から波音がした。覗き込むと船がいて姉さん、とわたしを呼ぶ。わたしは嬉しくて手を振る。

中田希助
生贄になる前日、同じく生贄の高田さんがラーメン屋に吸い込まれていった。引き止めたが、「一緒に食べましょうよ」と言われ、すぐ着丼。「私達のおかげでどうにかなるんですかね。」高田さんはテーブルの隅の布巾を見つめながら私に話す。上手く言葉が返せなくて、ばく、と焼豚にかぶりついた。

永津わか
頭の上から足の先まで、布を被ると透明になれる。単純な手品だ。布の中で私という枠線は失われる。おばけという曖昧な一員になる。おばけは誰にも見えない。誰も気にしない。吸って、吐いて、空気になって。単純な仕掛けだ。曖昧は粒子。粒子が私を作る。さらさら集まって、形を成して、私は布を出る。

75
倉庫の奥に、白い布が垂れていた。番号が縫われているのに、誰も読まない。少年が端をはさみで切る。音はせず、境目はすぐに曖昧になる。少年は布を肩にかけて歩き出す。振り返らない。夜、布は天井へと伸び、床には細い糸くずだけが、かすかに光っていた。

夏原秋
旅が嫌いだ。外出もしない。場所の方からやって来る。ものぐさなあまり場所を引き寄せる私は、どうやら貴重な品種らしい。密猟者が麻酔銃で私を狙う。だから窓を開けられない。隙を見て私は外を眺める。日々大きくなる月を、見たくてね。いつか訪ねて来る彼女のため、良いサイズの毛布を通販で探す。

2ノ海がりこ
「お布団ぐっすり睡眠党」は日本人の睡眠時間を充分に確保することを目的とし立ち上げられた政党だ。だが「徹夜上党」を始めとする保守派が政治と睡眠を結びつけるなと相次いで批判し、政策の実現は困難を極めた。のちに睡眠党代表は、当時は眠れない夜が続いたと笑いながら語っている。

根本大輝
 最近巷に流布している噂によると、その街には昼夜の区別がなく、草木も生い茂っていなければ建物も見えず、霧ばかりが広がっているようだが、そんな街が存在するのか、誰がそれを言っているのかも分からず、ただ漠然とそんなところに行きたいものだという思いを抑えられずにいることに気づく。

野田莉帆
日本における天使の分布状況を調べてみたら、都会に集中していた。銀座の天使は「特別なことをする必要はない」といって、ぼくに弓矢と羽根を託した。銀座の天使だった人はどこかへ行ってしまって、ぼくに天使が務まるかは不安だった。でも道行く人を眺めていると、見守るだけでいいのだと思えてくる。

橋本隆憲
布を畳む人の姿を庭先に見た。その人は藤棚の下にいて、五月の風に揺れる花房の影がその人の白い頬を紫色に染めていた。ふとその人の手を見れば、細い指は畳まれた布の上で休らっている。その様子がいかにも静かに、また、幸いに満ちているように思われた。すべては気儘な散歩の途中のことであった。

針生 巡
蛇の抜け殻を財布に入れた日から、夫の様子がおかしい。何でも夫は、私が昔助けたカエルなのだそうだ。抜け殻を捨てろと訴えてくるが、私は靴を買うため金運がほしい。すると夫は靴をプレゼントしてくれた。「上手くいきましたね」と蛇が玄関に這ってくる。その頭を、私は真新しいヒールで踏み潰した。

ヒトシ
新年度が始まる日は日用品をあれこれ新調する。靴下に下着、タオルにスリッパ。それと台所の布巾も。真新しいものたちに囲まれて、新しい毎日を始めるのはなんとも心地の良いものだ。さて、これからどうしよう。いつものように珈琲を味わいながら、真っ新な予定表を眺める。リタイア初日、朝のひと時。

ひなた葵
古書店で買った詩集に、薄い布の栞が挟まっていた。月光に透かすと、「春になったら海が見たい」と縫い取りがある。差出人の知らない約束を、私は明日ひとりで果たしに行く。その人が見たかった春の海の色を覚えて帰り、濡れた栞を詩集の最後の頁に戻す。ひとつだけ潮の跡を残して。

氷牙 豹
真っ白な布が鳩に変わる。王道中の王道マジック。鳩は会場を優雅に一周し、マジシャンの手に戻ると、拍手喝采の観客の前で再び布に。ポケットに無造作にしまわれ、次の演目に移る。みんな知らないのだ。これはマジックでなく魔法。鳩は囚われの身。食事も与えられず折りたたまれ、飛び去る自由もない。

藤倉
窓開けたらがち瀑布。雨降りすぎ、どこ行った朝、春消えて闇。日本消滅爆誕。てか登校無理すぎ、ワンチャン濁流泳いで行ったらまじ尊し、あ、ママいない、社畜の鑑。パンうま。え、ちょ「日本は大雨に流され巨大な船となり太平洋沖を真東に洋行中」。カリフォルニア着くじゃん、水着買いに行こ。

藤崎ちはや
広げた布に春を包む。林道の木陰でふきのとうを、河川敷でつくしんぼを。草原を駆け回る仔馬の足音に、ウグイスの初鳴きを添えて入れる。卒業証書が入った黒い筒と、新一年生の黄色い帽子も加えようか。最後に桜の花びらをひらりと被せる。土に埋めたら完成だ。来年の冬の終わりまで、眠って待つ。

藤沢恵
いよいよ座布団の羽化が始まった。全員こたつで息を詰める。布地をパリパリ突き破り、中から真綿が這い出てくる。脱け殻は障子紙に使えると、祖父がこまめに集めてる。脱皮の最中にうっかり座ると、怒って綿を噴射してくる。去年は部屋じゅう真っ白で大変だった。これが終われば、ようやく春だ。

古田ガーコ
布引の滝を上る。神戸の街が一望できる。住民が自慢するだけのことはある町だ。だが、目当てはオオセミタケだ。セミの幼虫に寄生して発生するキノコ、冬虫夏草だ。不老不死の秘薬と言われる。見つけた。「布をさらすために広げて張る」と言う地名の通り、一面に、ひっそりと生きていた。

別木れすり
湯布院にさァ、行きてえの。バックヤードで疲れ切った顔のAはお茶を飲みながら言う。別府でもいんだけどさ、とにかくひとりで星と温泉堪能したい。逃避行願望、アハ。
行けるよ、アンタもうすぐ免許取れるじゃん。湯布院も別府も九重も、どこへだって行けるよ。だから今日は、今日も生き延びようぜ。

辺春 流
街に雨が降った。宣戦布告だ。僕は躊躇なく夕刻の住宅街へ飛び出す。学ランの裾は、見る間に重たくなっていく。眼鏡のレンズが雨粒を抱え、街灯の光が視界に拡散した。土手の階段を駆け上がった僕は、鈍色の空に咆哮する。稲妻が一筋走った。隣のクラスの千田さんが、傘の下で笑って僕を見る。勝った。


終電に布袋様が乗車した。担いでいた袋を開ければ、小さな幸福が飛び出した。購入したハンドクリームから檸檬の香りがする、気になる人から返信がきた、失くしたイヤホンの片方が見つかった。布袋様に感謝の気持ちを伝えれば「よきかな」と笑う。抱えていた今日の失敗が軽くなる。終電の神様は優しい。


コウノトリが落とした白い布には、白百合色の卵が包まれていた。私は毛布で温めながら、故郷の旋律をそっと聞かせた。ある日の夜、卵が割れて、まあるい黄金の光が空へ昇った。眠れない夜に窓を開けると優しい声がする。お月様が子守唄を愛おしそうに口ずさむ。卵が私に、私が母にしてもらったように。

星みゅう
予報に反して雨が降った。急いで帰ったけど洗濯物が全滅して、その夜は掛け布団なしで眠った。長い夜だった。そんな中で突然体に重さと、温もりを感じた。朝、目を覚ますと猫がいて、私の腹に載っていた。首元を撫でるとにゃあと鳴いてどこかに行った。暖かく贅沢な布団だった。

槇佑
交番に届けた財布には運転免許証しか残されていなかったが、春色のシャツを着た青年は深々と頭を下げた。車で北海道から九州まで、三五〇〇キロの日本縦断をしている途中だという。「本当に助かりました。お礼に一割を」私を乗せた彼の車は、西へ西へと三五〇キロを走った。桜前線がそこまで来ていた。

町屋 キヒロ
マカロニの分布図を作る事になった。指示通り、地図にマカロニの本数と形状を書き込んでいく。足元をみるとねじれた一本がすり寄ってきていた。監督に呼ばれ、地図を提出する。ポケットの中のそれが蠢き、私は手で強く押さえた。監督は地図を見たまま、ポケットを指差した。

松本俊彦
視力が失われてから、もう五十年になる。形の概念はわかるが、色の概念はもうわからなくなってきている。つやとか、質感とかになると、もっと怪しい。しかし、ムポットの概念は俺にしかわからないだろう。紙のムポットはキョリキョリで、布のムポットはザリドリなんだけど、それ以上の説明はちょっと。

三尾一加
広場でお披露目を待つ像を市民たちは見上げている。有名な彫刻家がひと晩で彫り上げたらしい。式典が始まり、かかっていた布が外される。誰も声をあげなかった。台座の上で胸を反らした像は、確かに知っている顔だが、どうしても名を思い出せない。沈黙を埋める拍手だけが鳴りやまず、いつまでも響く。

三尾一加
祖母は山を「大きな身体」と呼んだ。寒くなると布をかぶり、暖かくなると一枚ずつ脱いでいく。春は薄桃色の木綿、夏は深い緑のガーゼ、秋は錦糸の織物、冬は白く分厚い毛布。祖母の眠る村を見守りながら、山は同じ順番で装いを変える。吹き下ろす風が布の端をめくるとき、ほかの季節がちらりとのぞく。

三日月月洞
布衣乃交。ふいのまじわり。国破れた王が只人となり我が家を訪ねしは今朝のことだ。在りし日の凛々しき姿は見る影も無い。王は、かつて幼馴染であった。私は、夫に内緒で彼を匿った。昔は布衣乃交と呼べる関係だったが、現在は言葉も無い。数日後、隠したる王を認めた夫が互いの涙を古布で拭っていた。

見坂卓郎
空飛ぶ布団はそれほどいいものじゃない。寝たまま出勤できると思うだろ。でもパジャマに寝癖で外に出るわけにはいかない。結局、起きて身だしなみを整えてから乗るだけだ。車と同じだよ。それに運転中ずっと「布団がふっとんだ」って言われる羽目になる。本当は、会社が飛んできてくれるのが一番いい。

水錵 咲
水平線に太陽が吸い込まれそうになったので、僕は慌てて鞄から大きな布を取り出して広げた。妹はワクワクした表情で布の端っこを掴む。暗闇が訪れるまで、もう少しだ。妹は弾んだ声を押し殺して「まだかな」と聞く。僕は「あと少し」と答える。一番星の欠片が落ちてくるまで、あと5秒と一瞬。

深澄ゆか
クローゼットを開けると、布の記憶が立ち上がった。雨に濡れて縮んだウール。陽の匂いが染みたコットン。春の記しを読み終えると、まっさらなリネンを身に纏った。布をかき分けて奥へ進むと、六月の浜辺へ出た。振り返ると、春のわたしがまだそこに立っていた。湿った追い風に、手を振った。

紫冬湖
人類は皆疲れていた。何かあたたかいものにくるまれて眠りたかった。ある人が一枚のハンカチを差し出した。すると、その隣人は使い古した毛布を、そのまた隣人は母の形見のドレスを差し出した。色も形も様々なそれらを縫い合わせ続けて百年、大きな布が地球を覆った。人類は、安らかに眠りについた。

モサク
眠れなくて受診すると、一瞥した老医師から湿布を処方された。薬袋に「いつでもどこにでも何枚でも」の文字。訝しみながら胸の真ん中に貼った。手のひらの形をしたそれはじんわりと温かく、胸元から祖父の匂いが立ち昇る。ほどなく私は眠ったらしい。夢も見ずに目が覚めて、誕生日だったと気がついた。

ももせ ふみ
コウノトリの社員が桜色の布に包んで届けにきた。元気な女の子です。紋章をつけたコウノトリの役員が申し訳なさそうに頭を下げる。配達間違いだという。ひとり暮らしの玄関で桜が舞っている。
生まれたよ。弟から電話があったのは次の桜が近づく頃。あの日みた顔に、おばさんだよって笑いかけてみた。

森林みどり
「こうやって折って、ほらリボン」彼女は器用に布を折る。私がやってもすぐに崩れてうまくいかない。「ほら、これはお城。ここが入口」彼女が指さしたところに門番が立っている。私は石の階段をとことこ昇って暗い入口に辿り着く。扉が音立てて開いた。彼女がぱっと布を振る。私は白い縁を滑り落ちる。

八木寅
小人に出会ったのは小二だった。九九が覚えられなくて、学校の裏山で泣いていたら、現れた。渡してきたのは白いハンカチ。涙を拭うと、布は苔色に。小五で無視されて泣いた時にも現れて、茜色になった。次は何色。色々な布を遺したくて縫う。裏山に通い続けて服ができた。私色の服を着て、目を閉じた。

結井暁子
お土産にもらったスノードームは、ひっくり返すと雪ではなく星が降った。薄青い液体の中、白い街の上空を飛ぶ飛行機。思い出した。飛行機を見ると二回手を叩き、指を重ねたことを。ひたすらにかけたおまじない。
柔らかな布でドームを拭うともう一度街に星を降らせる。それから手を叩く。指を重ねる。

結城熊雄
コンビニで会計待ちをしていると、前の男性客が財布の中からどんぐりを三つ取り出し、キャッシュトレーに置いた。店員がおや、という表情で固まる。男性客はすぐに気がついて、ふっと笑った。「すみません」店員もふふふと笑う。アイスコーヒーのSサイズはどんぐり六つ分だろうなと、わたしは思った。

若林明良
木乃伊を包んでいる布を研究員が慎重に剥がしていくと、褐色のごく小さな楕円の粒が台にこぼれ落ちた。布の内側に大量にへばりついている。乳白色のものもあり外気にふれると急速に黒ずんでゆく。助手が細毛ブラシで寄せると粒が割れ、赤い複眼が動いた。蝿は次々と生まれ、作業室に黒い雲を浮かべた。

和久野夕弥
「悲しいものを見すぎたんだね」と医者は言い、私の眼窩を不織布で覆った。それは、光も、色も、絶望も、すべてを遮断する魔法の切れ端だった。視界が真っ白に塗り潰されて、ようやく私は呼吸の仕方を思い出した。だけど誰かが私の名前を呼ぶたびに、じんわりとした温かさが目蓋に灯る。私の涙だった。

和久野夕弥
晴れてよかった。脱水したワイシャツを勢いよくはたく。平織りの白い布からはパンと軽い音がした。じんわりとした湿っぽさが手に残っている。昨日こぼした醤油のシミは消えたけれど、喧嘩した後の気まずい空気はまだ抜けていない。取り込むころには、太陽の匂いがみんな全部上書きしてくれますように。

参考作品 一次選考通過作 二次選考通過作

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