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夏の星々(140字小説コンテスト2025)一次選考通過作

星々はnoteの生成AI学習対価還元プログラムに参加していません。
(掲載作品のAI学習データへの提供をおこなっていません。)

季節ごとの課題の文字を使ったコンテストです(春・夏・秋・冬の年4回開催)。

夏の文字 「浜」
選考 ほしおさなえ(小説家)・季節の星々選考委員会

一次選考を通過した108編を発表します(応募総数1139編)。ご応募いただきありがとうございました。

受賞作(入選4編+佳作6編)は9月半ば以降に発表予定です。
優秀作(入選〜二次選考通過の全作品)は雑誌「星々」(年2回発行)に掲載されます。
また、年間グランプリ受賞者は「星々の新人」としてデビューし、以降、雑誌「星々」に作品が掲載されます。

受賞作の速報はnoteやX(旧Twitter)でお伝えするほか、星々マガジンをフォローしていただくと記事の更新時に通知が送られます。

一次選考通過作

碧莉都
言の葉流しという村の風習がある。向日葵の葉に魔法をかざし、一文字を込め浜風に乗せれば、亡くなった人の魂へ想いを運べる。一定数の言の葉を集めた魂は、翌年に生まれ変わるという伝承だ。いよいよ風が一斉に吹き始める。初めは「愛」、前回は「哀」と飛ばした私は、今年は「逢」と願い指先を離す。

赤い尻
エノコロ草が生い茂る空き地に、ある日幟が立った。赤地に白く「浜焼き」とある。幟だけがある。そばにはすでに行列ができていて、あやふやな期待を募らせている。飽きて抜ける人があり、新たに加わる人もいる。夕日を浴びた行列は黒い影を草に落とした。誰かがくしゃみを連発し、それを潮に列は引く。

赤木青緑
灼熱により赫く浜真砂が燃えている。一つ足の裏が触れると既に無感覚な程熱い。一聲も発する間も無く私は蒸発した。砂のようにさらさらと消えた私は誰にも見えない。私を覚えている者も無い。私は誰だつたのかとも言いたく無い。完全なる消滅はそもそも存在が無かつた事を証明している。無だつたのだ。

浅葱佑
砂浜で拾った巻貝。中からは波の音がするし、蝉時雨や子供の声もする。傾ければ砂が止めどなく零れ、夜は内側から青く光る。巻貝を海へ繋がる穴だと思った私はいつか海ができるようにと貝を埋めた。だが、巻貝は砂時計のくびれのようなものだったのだろう。今ではもう皆があの海辺の夢に陶酔している。

朝本箍
 浜千鳥柄の手拭いを頭に巻いた姿を思い出す。祖母は小柄で浜千鳥柄は私の目線にあり、千鳥は祖母の豊かな白波で遊んでいるようだった。
 千鳥はいつも祖母と共にあり、庭仕事をしている時には頭を、得意の大きなおはぎを作る時には手を守り。
 そして祖母と共に飛んでいった千鳥達を、思い出す。

穴ゃ〜次郎
砂地をずうっと潜る。あちこち埋まる船や植物をかきわけ、逸れぬようついて行く。流れ着いたり捨てられて、見えなくなっても腐らずにいると、こうやって熟成するんだよ。浜ん婆は、黒く光る溜まりに着くとそう言った。埋め込んだ細長いざるから掬った琥珀色はきれいで、飲む前に波打ち際で目が覚めた。

天ケ崎 志桜斗
ホオズキの黄白色の小さな花が咲いた頃、僕がしっぺい太郎だった頃の記憶が甦った。だがホオズキのホロが実り、浜松から全国へ出荷される頃には忘れてしまいそうだ。その頃には僕の涙も乾き、見送られるのだろうか?とまれ、大好物のメロンをお土産に信濃国で眠る飼い主の和尚さんにも会いたいな。

天野 周
アゲ浜に石をいれる。独特な軽い音を立てて、僕は祖父の陣地をとった。昔は祖父の陣地が盤上一面あったのに、今では逆だ。「立派になったな」と祖父は目を閉じた。それきり次の手を指示していた口も開かない。祖父のかわりに僕が並べた石も欠けた。祖父が遺した最後の一局を、僕は今でも並べている。

池端直隆
浜辺に流れ着いた小さなガラス瓶。遠い街で海に投げ込まれ、ずっと旅をしてきた。あの少年はもう私のことなど覚えていまい。太陽を浴び砂が青く染まる。日に日に砂に埋れていく体。もう私の役目は終わったのか。それから数日後の明け方。通りかかった老人が瓶を手に呟いた。これは花瓶にちょうどいい。

和泉海風
海を越えるにはもってこいの日だ。上昇気流も申し分ない。陸地が見えないところまで一気に飛ぶ、腹をすかしたハヤブサに気づかれる前に。空の高いところで風に乗り、羽ばたきを抑えて滑空する。水平線はいつまでも近づく気配はない。照り続けて意識が遠のく。目がかすんでよく見えないが砂浜だろうか。

伊藤辰巳
九回裏一アウト二塁。一点差で迎えた四番打者。右打ち。球場を包むブラスバンドと太鼓の音色。はち切れんばかりの歓声。夏の日差しと潮の匂い。流れる汗。鼓動。震える指先。放たれる白球。時間が止まったかのような数瞬。呼応する全身。スイングの風切り音。振動が身体を貫き、青空に浜風が吹いた。

イマイエイチ
砂は腐葉土のように赤黒く重かった。指を差し入れて捲ると浜辺は全て裏返り、湿った砂の上に沢山の左腕が現れた。私の左腕もある。何年も前にここに置き忘れていったものだった。全ての左腕の指先は未だ海へ向かおうと踠いている。爪を黒くして。私は左腕たちを抱え、一本ずつ海へ放ってやった。

植村花帆
久しぶりに海が見たくなって近所の浜辺に行くと、大好きな彼が打ち上がっていた。彼は人魚になるという夢を叶えたらしく、波打ち際でその経緯を私に話してくれた。楽しそうに話す彼を横目に、私は靴下が少しずつ海水に浸食されていく感触を不快に思っていた。

雨光
浜辺に行ったら、波が全部、岸に打ち寄せる寸前でフリーズしていました。しばらくすると、沖の方に『海のOSをアップデートしています。完了率3%』という表示が出ました。結局、その日はずっと波のない海でした。

右近金魚
ハマウタを拾いに出た。大潮のあくる朝、浜辺によくあがる胡桃に似たあれだ。透明な殻を割ると歌が零れ、真珠の首飾りのように私を取り巻く。ルウララ、リュリラ。意味は分からない。なのに胸が泡立って何処かへ還りたくなる。脚に生まれつきある鱗が光りだす。ハマウタは人魚の言伝だと島人達は言う。

右近金魚
浜モグラだ。空き瓶の中でもがいていたので、慌てて鍵爪を握り引っ張り出す。黒いびろうどの毛並み。私をじっと見つめ、待っている。人の抱えきれない言葉を埋めるのが彼らの習性だ。悩んだ末、私は喉を焦がす苦い言葉を預けた。モグラはキゥと鳴き潜っていく。この浜には無数の言葉の骨が眠っている。

梅酒
地と海は愛し合っていた。だからこそ自分のものにしたかった。
「私の愛の方が重かったらお前は私の砂に埋まるのだ」と地の神が言うと「私の愛の方が深かったらお前は海に沈むだろう」と海の神は応えた。
今も攻防は続いていて寄せては返す愛の浜辺で恋人達は戯れている。たまに愛の熱さで火傷する。


海に向かって浜に筋が伸びていく。何本も何本も。筋の出処を辿ると一つの穴に着いた。中にはいくつもの白い殻がある。母なる海に還るのを願う、命の殻だ。そこからまた一つ、頭が覗いた。長い長い新たな筋を作り行こうと、カニや海鳥が集まる中を進む。大いなるうねりに呑み込まれる時まで、また一歩。

駅長
海を見たことがない。赤茶けた大地が果てしなく続くこの町で、僕は生まれ育った。地上の大部分を占める、海とよばれる水たまりには、手も足も生えてない生き物が棲んでいるそうだ。水たまりの縁は、砂や貝殻が堆積して、浜と呼ばれていた。夜空に輝くあの小さな青い星を見て、想像したのだろうな。

絵空事
干潮のたび、砂浜に言葉を書く。「どう?」と書いた翌朝、「まあまあ」と返ってきた。毎日、潮に消える文字で会話を続けた。四十八日目、「これまでありがとう」と書くと、「わたしこそだよ」と返ってきた。四十九日目、夏が終わる日、砂浜に書いた「さよなら」の文字は、ただ静かに潮に消えていった。

江渡みきあ
私を背負って母は海辺を歩いた。傷だらけの手で私のお尻を支えてくれる温もりが心地良い。自宅の前では若い軍服姿の見知らぬ男が立っていた。「浜千鳥が今年は鳴きませんね」 母は微笑みながら、でも何故か大粒の涙をこぼした。私はこの軍人が母を泣かせたと思い、短い足で何度も何度も軍人を蹴った。

神根郁
浜に流れ着いた浮輪はひたすら海の迎えを待つ。雲間から夏の太陽が顔を出すと、浮輪は一瞬眩いばかりの光を纏う。
今だ。
だがその輝きも束の間。浮輪は再び浜へと還る。海風に削られ、陽射しに褪せながらも、浮輪は希望を手放さない。その身に蓄えられた浮力が尽きるまで、静寂の旅路を歩み続ける。

花明
手を繋いで浜辺へ行きます。海の家でラムネを買います。テトラポッドによじ登ったらひと息に飲みます(カイトが入道雲を背に飛んでいます)。手からビンが滑り落ちます。破片とビー玉は波打ち際に放します。二十年待ちます。もう十年かも。手を繋いで浜辺へ行きます。ほら、シーグラス。君にあげます。

我楽太
浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ。
石川五右衛門が辞世の句を残して幾星霜。遂に浜の砂は奪い尽くされた。盗みもなくならなかった。
沈みゆく世界で砂は最後の足場だった。
人々は砂を奪い合った。
そして最後の一人が倒れた。盗まれた砂の上で。その砂も沈んで、何も無くなった。

如月恵
方丈の濡縁から三方を土塀で囲まれた庭を眺める。白砂を敷き、石をX字状に配置した枯山水だ。足下、苔の築山で作られた州浜に波が引いては返し、遠く海に浮かぶ島々が見えてくる。ふと白い砂紋の上に梅の花に似た足跡が点々と一直線に続いているのに気づく。軽々と大海原を渡って行ったらしい。

木畑十愛
生命を生んだ母なる海と、生命を育んだ父たる大地は、ずっと隣り合いながら重なることの無い恋人同士だ。この浜辺は、そんな二人の逢瀬の場所。海の口づけが寄せて、大地はくすぐったそうに口角を上げる。呆れた太陽が背中を押してもなお大地は水平線を追いかけて、海は名残を惜しむように輝いていた。

草浦ショウ
砂浜にラジカセが落ちていた。不憫に思い持ち帰ると喋りだした。彼は世界中を旅したそうだ。話を聞くだけで、僕は冒険者になれた。ある日彼は「ロビンに会いたい」と呟いた。僕は彼と旅を始めた。世界は広くて恐ろしくて綺麗だった。ロビンには会えなかったが、彼は古い曲を流したきり、静かになった。

久保田毒虫
天国行きの列車は満員で座れる気配もないので、僕は迷わず地獄行きの列車に乗った。どうせ生きてても地獄だから。僕は一面広い砂浜になっている場所で降りた。広大な砂浜に寝転がると、次第に僕の身体は砂になり、僕はその広大な砂浜の一部と化した。多分この砂浜はそうやってできていったのだろう。

蜘蛛
病に伏せる祖母が最後に見たがったのは、故郷のあの浜だった。その願いも叶わぬまま祖母は逝き、私は形見の絵葉書を手に一人訪れた。冷たい潮風が頬を伝う熱い涙を優しく拭ってくれる。祖母の面影が、波音と共に今もこの浜に息づくようだった。

ケムニマキコ
砂浜から先輩の顔が突き出ている。退職して音信不通になったと聞いていたけど、まさかこんな形で。「どうせ今も、何もできねえんだろ」そっすね。相槌を打ちつつ、その辺のカニを先輩の頭に乗せる。風が吹き、強めの波が足首を飲み込んだ。あ、カニが。ずぶ濡れになった先輩は、まだ説教を続けている。

ココン・山田
砂浜に大きな桃が打ち上げられている。鬼たちは、おばあさんが川に洗濯に行くのを妨害したのだ。キジやサルは、鬼に歯向かったが、力つきた。
大きな桃は腐りつつあった。鬼からもらったキビ団子を前にして、沈む夕日に向かって遠吠えをする。

彩葉
毎日砂浜にきて、波の様子や風の肌触りを気にかける。時々魂がやってくることがある。そういうときは波が静かだ。波は魂を守っている。ぼくは魂をすくいあげた。まわりに波をつけたまま、神さまのところへ運ぶ。魂はしばらく神さまのそばで休む。波の音のなかで魂は眠っている。

佐伯功一郎
海浜に咲く白い花が浜木綿という名前だと教えてくれたのは妻だった。種は海流に乗ってインドまで行くんだって。僕は浜木綿の花を目にするたびにそんな妻の声を思い出す。今では妻もまた海の向こうへと行っているが、気まぐれな彼女のことだから、僕が海を眺めていれば元気な姿を見せてくれると思う。

佐伯功一郎
私と妻は旅行に出掛けることにした。これが二人での最後の旅行になることは分かっていたから、行き先には妻の故郷である舞鶴を選んだ。もっと早く訪れるべきだったと後悔しながら、かつて二人で歩いた神崎の浜で私は妻の遺灰を海に撒いた。私はその場に座り、浜辺で遊ぶ若いカップルの幸福を祈った。

酒井絢加
浜辺には行き場をなくした記憶の断片が流れ着く。私の仕事はそれを家へ持ち帰りフィルムで繋ぐことだ。この間まで海の亡霊だったそれは満月の水光を超越するほど美しかったが、色を持っていなかった。今夜、小さな映画館でそれは上映される。そして私はただ願う、その記憶が色を帯びて流れ着くことを。

逆盥水尾
貝殻の表面を流れていく砂の音を子守唄にしながら、蛤はうとうとと浅い眠りの中にいる。まどろみの中で見るのは、ころころ丸い雀の夢。固く閉じた貝殻は、かつて斑模様の双翼だったことがなかったろうか? 貝は夢想する。いずれ、春の日の浜辺に、手鞠のようにふっくらした一羽の雀の姿があるだろう。

早希子
浜茄子の花の前で、お婆ちゃん三人が手拭いをゆらりと振り身体を揺らす。猫がやってきて三人の足に身体を擦りつけた。踊り終わると浜茄子の実から採れたオイルを顔や足に塗り始めた。赤々と光る浜茄子の花びらが空いっぱいに舞い三人を包む。私は今日も写真を撮ったが又三人は写真に写っていない。

さくら井ま。
「浜にパンダが出たらしい」「見にいくか」居た。既に行政がバリケードを張っていて堤防に上ってようやく遠くに小さく見えた。浜にはローズマリーが生えているだけで他には何もない。パンダはその茂みに隠れるように居た。テレビでも延々と夜中ずっと中継していたが、次の日の朝には海に帰ったそうだ。

澤井 葛城
その浜には失くし物が流れ着くとの噂だった。なるほど夥しい腕時計や傘や鞄が足元で波に洗われている。しばらくいくと、母が打ち揚がっていた。母は立ち上がり、砂を払い落とした。髪が黒々として今よりだいぶ若いようだ。「無理に帰らなくていいよ」母は言った。海鳴りが彼女の背後で低く吼えていた。

しぃな
海の思い出はイチゴのかき氷。バシャバシャ遊んでお腹がすいて、かき氷とフランクフルトを買った。妹と母もかき氷。何味だったかは曖昧だ。父にも一口分けて、父からフランクフルトを一口もらった。肘を伝うのは汗か海水か。赤い氷の欠片がコロンと落ちる。思い出を溶かした砂浜。どこの海だったかな。

食見蜜花
砂浜から見る水平線は美しい。浜辺の砂の全てが輝く光源を眺めながら、静かな秘境を堪能する。ひとつ後悔があるとすれば、あの子が途中で川を渡ってしまったことだ。ついぞ彼岸に行けなかった私に、川沿いを歩くことしかできなかった私に、遂に痺れを切らしたあの子。次もここには来ないだろう。

時雨さよ
浜で子ども達が駆けながらじゃれあっている。「ずいぶん楽しそうだね」と声をかけたら、姿が消えた。どこへ行ったのだろう。見回すと、笑い声が下へ落ちてキラキラと光っている。瓶に詰めると星砂になった。そこではそうやって砂を売っているそうだ。また夏になったら買いに来よう。来年が待ち遠しい。

jus
海辺の広い高台に、海浜公園があった。その日、夜の深く青い闇に包まれる頃、様々な種類の虫たちが姿を見せ、忘れ去られた石碑のもとに集った。それぞれ思い思いの花弁を持ち運んでは鳴き、舞い、踊る。朝日が登る頃には、彼らは何処へかと姿を消し、ただ潮風に舞う花弁のみが、慰霊の碑文をなぞる。

jus
何処から来たの。元はどんな形だったの。他で見たことがない複雑な、でも綺麗な色だね。さぞかし長い間、波にもまれていたんだろう。粉々に割れて鋭い刃となり、しかし大海を漂ううちに角も丸くなり、この砂浜に辿り着いたんだ。きみは私だ。そう思うことにして、そっとシーグラスを拾い上げる。

自由一花
ニュータウン骨浜行きのバスにいつか乗ってみたい。行き先が違うのでいつも見送っていた。バスで行ける距離にある知らない街。そこには僕と同じような子が、こことは少しだけ違った世界に住んでいる。例えば団地がスケルトン仕様になっていたりする。バス停に着くと透明なバスがやってきて僕を乗せた。

白妙
浜に人魚が打ち上げられたと聞いたので、見に行った。予想に反して、浜にはほぼ人が居ない。人魚姫をイメージしていたのに、人魚は男だった。割れた腹筋の下に、魚の下半身。普通に屈強なおじさんなので、持っていたビールとたこ焼きをあげた。次は焼きそばとスイカね、と言って海に帰っていった。

鈴懸ねいろ
浜辺でヒトデを拾う人に出会った。夢中で砂を掘ってはバケツに入れてゆく。どれも鈍い色だ。「これをどうするんです」「よく磨いて光らせるんです。夏祭りの夜に空へ投げ上げるんですよ」見上げた空は確かに暗い。夏祭りまで4日。「あと幾つくらい」「もう20は」僕も腕捲りして砂に逃げた星を探す。

鈴懸ねいろ
こうして浜に座っていると、古代魚だった頃を思い出す。潮の流れを数える暮らしが、目の前で揺れている。空には太陽。足には十の指。呼吸の仕方を変えた。手のひらから溢れる砂は、あの頃と今の幸せの違い。ざわあんざわあん。私はただ、座って海を見てる。鱗を捨てた私にも、波は今日も優しく寄せる。

鈴木 星夏
お盆ど真ん中の浜辺は閑散としている。やはり穴場だなと一人で話す。毎年恒例のレースを、今年もなんとか開催。200m先の岩島を目指す。順調だと思ったが、半分くらい泳いだところで足首を掴まれた。やぁ、と口を動かすそいつは、去年まで一緒にここで泳いだ友人。ああ、この時期を選んでよかった。

鈴木林
浜焼きにハマグリを持っていくと、なんでも持ちこんでよかったらしく、皆は浴衣とかセミとかを持ってきていて焼いては食べた。締めで日差しとかをちびちび焼いている段階でも私のハマグリはパカリと開かなくて、もうよくない?とリカが言い、まだ熱い貝を皆で蹴って遊んだ。私はわざと遠くに蹴った。

鈴代蘭
波打ち際に立ち、海の向こうに思いを馳せる。冷たい海水が素足を撫でていく。風に促されるように海に背を向けて歩き出す。ふと立ち止まり後ろを振り返る。地面に目を向けると、湿った砂浜にくっきりと残っていた足跡が跡形もなく波にさらわれて消え去っていった。今日も誰かがどこかで祈っている。

砂男
引潮の時だけ浜に現れる郵便局がある。海で死んだ父に手紙を出したいと言うと、局員の朱海さんは長い睫毛を伏せて、難しいわよと呟いた。食い下がると奥から青く光る瓶を持ってきた。手紙を入れて新月の晩に流して。扉を出る時、諦めちゃだめよと声が聞こえた。潮が満ち、郵便局は海へ還っていった。

摂津いの
昔、ここは浜だったらしい。今は空から降ってきた巨大な何かによって山となった。学校の先生がそう説明した。知ってるよ、それは私の家族が星になった痕跡なんだよ。なんて、この星の人たちに言ってもきっと信じないだろう。浜だった地層のことは信じるクセに。私は今日もぼんやりと窓から家族を見る。

セミマル
浜に薬の瓶が落ちていた。振るとなんか変な音がする。なんか楽しくなって振っていたら「かえして」と声がした。人魚が私を睨んでいた。瓶を人魚に返すと人魚は無愛想に私に海水をかけ海に帰って行った。町の骨董店に人魚の卵と書かれた瓶があった。振るとあの瓶の音がした。誰かが睨んでいる気がする。

外野ナオ
世界中の浜辺はすべてウミガメの領土になった。人間とウミガメの冷戦は遂に、ウミガメの勝利で幕を閉じたのだ。ウミガメたちは喜びに満ちていた。そして戦いから手を引いた人間を讃え、踏みつけにされることなく卵が無事に孵るたび、浜辺とコンクリートの境界にシーグラスを点々と並べていくのだった。

空見ハル
いつも寝ている部屋の窓からは、砂浜が見えます。青空の下でたくさんの人が騒がしく遊んでいます。私はあそこに行ったことがありません。でもきっと、海の水は消毒液みたいにツンと臭うのだと思います。砂は注射の針みたいに痛いんだと思います。だから私は、風鈴のちりんという音だけで良いのです。

高蔵
子供の頃に遊んだ浜はもう跡形もなく消えてしまって、巨大なモールが立ち並んでいた。モニュメントの蟹だけが、そこがかつて海だったことを示している。中に入り、おにぎりと唐揚げを買った。海の家セットだ。外に出て、陽が降り注ぐベンチに座って頬張った。しょっぱいな。潮の匂いがした。

多花巣うみ
星で砂を掻いていたら、魚が飛びだした。魚は砂の奥からつぎつぎと溢れ出す。私の踝、ふくらはぎ、腰、胸、首に冷たくてぬるりとした肌が触れ、そのうち頬にまで触れ、星はとっくに指先からは滑り落ち、魚の群れのなかへと消えた。そのうち私の目も埋もれた。浜は銀河のように光っている。

小鳥遊
夫に殴られた翌日、頬が腫れてパートを休んだ。結婚前は優しかったのに、最近は仕事のストレスで私をよく殴る。頬を冷やし横になると、隣家から浜辺の歌が聞こえてきた。「この歌、母がよく歌っていた」家族に守られていたあの頃が遠い夢のように思われる。私は私の気持ちに素直になる覚悟を決めた。

高橋うによ
8月の朝4時。石油ストーブをつける。「浜の方さいぐがら、着れ」と、叔母がピンク色のど派手なダウンをよこす。まだ真夜中の町を走り抜けると、どんどん潮の香りが強くなる。ライトの光が星のようだ。ここに、ないものはない。「久しぶりだごど」漬物屋の名物ばばあが寄ってくる。朝市が始まる。

タケイチ
貝殻を耳に当てると波の音がするというが、私の故郷では少し違った。毎年お彼岸の時期になると昏い顔をした人々が浜に集う。十年振りに帰省した私も同じ顔だった。「見つけたよ」と、小さな貝殻を手にした夫が泣き咽ぶ。誰にも看取られなかった死者は貝になり、最期の声を込めるのだと伝えられている。

橘ゆず
浜辺に打ち上げられた女に俺は恋をした。彼女は体のどこにも傷がなく、肌は陶器のように白く、眠っているかのようだ。「きれいだ」僕はつぶやき、彼女の肌の砂を払った。よくみると頬骨に小さなほくろがある。津波でさらわれた僕の妻だった。僕は、もう一度恋に落ちる。僕の涙も一緒に落ちていく。

橘ゆず
オーナーの爺さんは、浜辺を見つめながら言った。「ここも今年までじゃ」観光客も、もはや俺たちだけになった。最後の夜、爺さんを囲んで打ち上げをした。ここは婆さんの亡くなった場所なんだ。遠い目をして言った爺さんを優しくかがり火が照らす。火が消えると、爺さんはしゃれこうべになっていた。

田所浩二
恋が沈んじまった。馬鹿野郎。足元の石を海にぶん投げたら、潜んだ星に当たって落っこちた。でもよ、そんなの俺にゃどうだっていい。だからって星は、気がつきゃ、隣に来てた。力強く、静かに居た。染めながら、いつしか太陽が登っていく。海のさざめきと、小さな日の濃淡が、浜には流れ着いていた。

田村 神経
母なる海っていうけれど、それなら父親は大陸かしら、少し安直、うん、そうです私、今、真剣です、めずらしく。海と大陸の境目、砂浜、私たちは今砂浜で待っている。さっき片足で、この星形は何だって感じで、私のおなかをつっついたでしょう、あれは、おへそよ、そう、あなたと繋がっているやつ。

月坂 亜希
たった三日でも実家にいると息が詰まる。ひとりになりたくていつも座るこのカフェの窓際の席からは、あの日の僕らが走った砂浜が見える。裸足で走る君をスニーカーの僕が追いかけた。君のサンダルの片方は海の向こうに流されて、もうひとつのサンダルは僕の家にある。裸足になった君はどこにもいない。

てしらま
砂浜に素足を踏み入れた時の不快感は何とも耐えがたい。だから拭いたかった、それまでのことだ。あの湿った、地の底から侵してくるような昏い眼差しが気に食わなかった。カラッとした夏の日差しに蛞蝓のようなあいつはあまりにもふさわしくなくて、だからそのせいで死んだんだ。それだけのことだ。

寺山あゆみ
祖母の荷物から貝殻をもらい2人でよく歩いた浜へ来た。握りしめた貝を海に浸し引いていく波を見送る。やがて貝の中には小さな砂浜ができた。取り出して、さらに小さな貝をひとつ乗せる。潮風が私に触れた。来た道を戻り祖母の元へ返しに行こう。これは私と祖母のための、世界で一番小さな砂浜だ。

天祐 実
掛け布団は押しては引いてを繰り返す浜辺だった。同じ波が一つとして存在しないのと同じように、私は毎晩、違う男と泳いだ。そして男の出す紙上の男だけは、毎回同じ。偉い人なんだって。私にはどうでも良い。これはビート板。これさえあれば溺れ死なずに済むよ。その事実だけが私の全てだった。

藤和
記憶の中に真っ黒な砂浜がある。ちいさな入り江で、入り江の真ん中には黒くて大きな岩が立っている。さざ波が響く中黒い景色の中にたたずんでいた。あの砂をたしかに持ち帰ったのに、砂を詰めたガラス瓶はどこに行ったのか。あの黒い砂浜の記憶が夢だったのか現実だったのか、今となってはわからない。

藤和工場
生まれた浜には、悲しみばかりが流れつく。あれはなくした桜貝、あれは龍涎香と間違えた石、あれは捨てた指輪、あれは私の骨。波が足元から旅立つ感覚は好き。体から魂だけが離れる感じがするでしょ? 空くじばかりだけど、今度もここに生まれよう。足の指を抜ける砂のこそばゆさは愛しいから。

tomodai
住み慣れた里山も食糧が尽きた。仕方なく人里に降りたった仲間たち。中には人間たちを傷つけたあげく命を落とした者もいる。僕も生きる術を探し歩き、辿り着いたのは小さな街の浜辺。生まれて初めてみる海。その海が湖だったと気付くのはそれから数年後。湖の畔の蕎麦屋で僕は信楽狸として生きている。

どらまにあ
いつもむしゃくしゃしている。相手が誰なのか何なのか、はっきりしている時もあるししていない時もある。今日は親。何を言っても通じない。通じさせることができない。でも、親が作った弁当を持ってきている自分。いつものように浜塩が振ってある。何年も前に私がおいしいって言ったから。

鳥居コウ
 一人の横浜の家で風鈴の音を聞くたび、祖父母の家が恋しくなる。二人と縁側に腰を下ろし、海を見ながら祖母自家製の梅ジュースを飲んだ。カランと氷が躍り、チリンと風鈴が揺れ、二人が微笑む。幼い僕の夏はそうして毎年始まっていた。だけどその家にもう温かさはない。庭の梅の木は枯れてしまった。

Nightingale
満月の夜、海月たちは浜辺に集まる。青白い触手を器用に使って、何やら会話らしきことをしている。小学生の頃、何をしてるんだろうと祖父に尋ねたら、月に帰る時期を相談しとるんだと教えられた。祖父の三回忌で帰省した夜も、海月たちは浜辺に集まっていた。帰る時期は、まだ決まらないようだった。

なかいゆき
手当たり次第、穴を掘る。この砂浜に埋めたのだ。母の声を。途方に暮れ、近くの岩場に座りこむ。目印になるはずだった岩場は、長い年月が経ち、かたちが変わってしまっていた。つるりとした岩肌を撫でる。母の声なんて、埋めなきゃよかった。わたしは母の「いってらっしゃい」を今、聴きたいのだ。

長尾たぐい
母の書斎の机には浜木綿の種が埋め込まれていて、母がいなくなってから私たちはそれに水を遣り続けている。ピンポン玉ほどの硬そうな種は半年後に芽を出し、すらりと葉が伸びてた後はずっとそのままだった。けれど、とても冷え込む冬の後の春ときて夏。花が咲いた。甘い匂いが漂う十三回忌になった。

永津わか
浜辺から砂を持ち帰ると黒くなってしまった。どうして? と聞いても小瓶の底でむぎゅっと固まるだけ。小皿にあけても塩水をあげてもダメ。さて困った、あの海は遠いのだ。川から帰れないだろうかと小皿を持って外に出ると、砂たちは白くほどけてさらさらと空へ上っていった。今夜は星空になりそうだ。

永津わか
山下さんは人魚のハーフらしい。かさぶたが剥がれると鱗になるので、山下さんが怪我をすると皆が群がった。卒業の日、山下さんから一つを握らされる。渡してなかったから特別に、だそうだ。数年後、浜で落雷にあったが運良く助かった。調査に来た学者曰く、バッグに入れていた竜の鱗のおかげだという。

七海 翠
小瓶の中には、砂が入っていた。この砂は戦時中のもので、祖母の兄の遺骨の代わりに、浜辺で集めた砂を詰めて今でも持っているのだという。祖母が、戦争中のことを少しずつ話し始めた。目を背けたくなるようなことが過去に起こり、苦しみは今も続いている。今の私には、平和を祈ることしかできない。

二宮白黒郎
地元の砂浜には嘘がたくさん漂着した。
学校終わり、打ち上げられた嘘を点検するのが私たちの楽しみだった。
男女の嘘を見つけると、私たちはきゃーきゃー言ってそれを蹴飛ばし遊んだ。
はしゃぎながらも真剣に、私はあの人の嘘を探していた。
嘘に違いない筈なのに、あの人の嘘が見つからない。

猫戸鯖
海辺のなのに、砂浜がないことがずっと不満だった。もう客船も出なくなった小さな港を歩いていると、昔飼っていた猫のことを思い出す。冷たくなった猫を、祖母が海に流した。浜がないので、戻ってくることはなかった。それだけが良かったことかもしれない。もっといいところに打ち上げられろよと願う。

野田莉帆
役目を終えた天使は柔らかい砂になって、静かな砂浜で卵をあたためる。孵化するときの砂の温度が二度低いだけで悪魔が生まれてしまうから、天使の体温で卵を守るのだ。卵は、殻ごしに天使の存在を感じる。天使だったものに包まれることで、天使は初めて生を受ける。砂浜に埋まる天使の卵はあたたかい。

萩原皐月
ざあざあと心地よい音が耳に届く。誰もいない浜辺を、二人で歩いた夏のことを思い出す。夜なのに空気はじめじめしていて、髪がべとべとで。あの時はそんなの気づきもしなかったのに。もし同じ学校だったら、まだ友達だったかな、なんて想像をやめられなくて。私だけを置いて、波が引いていく。

橋本航
「わたしのうまれた街は、空に砂浜があって、海に宇宙が広がっているの。とっても素敵なところ」きみが言ったことを思い出して、ここを訪れた。夜空は満天の星でまさに砂浜。暗い海は光を反射して、宇宙の中にいるみたいだ。きみは、宇宙と砂浜、どちらに帰っていったのかと、少し泣いた夏の夜だった。

華子
隆起して広くなった砂浜に今年は緑の草が生えた。あの日この地を離れた君が、鎮魂の花火大会に現れた。松明の下で、君は結婚すると僕に言った。地震さえなければ、僕たちはうまくいってたはずなのに。花火が終わった砂浜に、僕だけポツンと残った。僕だけが、あの日からずっと時が止まったままだ。

羽庫ふみ
浜で履くサンダルが消えた。昨日まであったはずなのに。あきらめて家を出たけれど慣れたはずの町で迷う。浜へ降りるはずの道は登り坂で、照り返しは去年よりもきつく、ようやく辿りついた先は海に沈んでいた。ああ、と、途方に暮れ立ちすくむと「浜などもうないよ」と声。浜へ行く夢はここで終わる。

ひこうき
吸い寄せられるように人が集まっていた。大人も子どもも関係なく浜辺の夕日を見つめた。ただただそのオレンジの光を見たくて、まだこの場所で過ごす時間が終わってほしくなくて。きっと一生忘れない、結婚した私ともうすぐ結婚式を挙げる姉との二人旅。幸せだけどもう戻れない、そんな気持ちだった。

非常口ドット
焼入れを終えたドワーフが砂浜で涼をとる。夏の暑さは天井知らずで、ついに最高気温が八十度を越えた。人間はもう家から出てこない。エルフはとうに月へ渡った。地表を歩くのはドワーフとモンスターだけ。丹精を込めたミスリル細工も買うものがいない。浜は彼らが投げ捨てたミスリルで真銀色に煌めく。

羊の耳
漁港で働く友人から栄螺が届く。食した後、私は貝殻を耳に当てる。彼が踏み締める浜の音を探すけれど、聴こえてくるのは只管に私自身の血液の音だ。栄螺の中に潜むのは私なのだと思う。産卵し、増殖した私は貝塚となり、いずれ彼の骨をも飲み込むだろう。私は栄螺を叩き割る。彼が好きだと胸を張る。

ヒトシ
小さい頃、地図帳の上で冒険するのが好きだった。夏休みには決まって海を目指す。大橋から鉛筆で川を下っていく。遠足で何度も行ったダム湖を越えて、大きな川に合流したら、むかし家族で行った海水浴場のある海までは東へほぼまっすぐ。一筆書きが終点に辿り着くと、足裏には砂浜の熱さを感じていた。

日比野十果
本州最東端の街にある浄土ヶ浜。浜辺には石ころが堆積している。そこには砂浜ような私たちを包みこむ柔らかさはない。しかし水流で磨かれた石ころは私たちを傷つけない。
あの世もこうであればいい。みんな死んだら石ころになって、波に身を任せるまま、誰も傷つけない。そんな常世を望んでいる。

藤崎千早
砂漠は海に会いに行った。草原を抜け、山を越え、川を渡るうちに、風に飛ばされ、水に流され、身体はだんだん小さくなった。それでも砂漠は歩みを止めない。ようやく海にたどり着いたときには、もはや一握りの砂しか残っていなかった。砂漠は横たわり、海を眺めた。そして砂浜の一部となった。

文月
男は遠い星に降り立った。そこは砂漠の星。生物の気配はないが、ただ立っているロボットがいた。「何をしてるんだい?」「私はこの浜辺で二度と誰も溺れないよう監視しています」男が訊ねるとそう答えた。「もう大丈夫じゃないのかい?」男はそう言おうとして止めた。ロボットは黙って遠くを見ている。

松久 舜
浜辺で拾った真珠を飲み込んだカラスが、夜になると人間の声で泣くようになった。声は亡き詩人のもので、波間を彷徨う言葉がカラスの喉を借りてこの浜に戻ってくるのだ。朝が来るまで誰も近づかない浜。

丸上涼介
小学二年、夏の終わり。僕はあの浜で溺れた。海開きの日にコウくんが消えたあの浜で。その前の年には彼の姉ちゃんも。ふたりはいつも手をつないでいたっけ。溺れた僕は父に引き上げられる刹那、水の底から白い腕が何本も伸び、僕に絡みつくのをたしかに見た。やさしくて、冷たくて、離れなかった。

三尾一加
京浜急行の最終電車でうっかり居眠りをして、見知らぬ駅に着いた。無人駅には小さな改札がひとつ。精算機でスマホをかざすと、『たましいが不足しています』と表示された。『チャージしますか?』のメッセージをあわててキャンセルした私は、ひと気のないホームでスマホを握りしめ、始発を待っている。

三尾一加
故郷の海では、ちょうど今の時期、沖に漁火が灯る。亡き父が漁を辞めて以来、船を出す者は絶えたが、夜の波間に小さな明かりが見えなかった年はない。「あなたが帰ってきて嬉しいんだよ」と母は言う。明け方に浜を歩くと、砂の上に船を引きずった線と足跡が残っていることを、母にはまだ話せていない。

Mikoko
にこりともせず喋らない。花火をしたいと言ったら「俺はやらない」って。祖母は気にするな、と言うが、子供心に、なぜいつも怖い顔をしてるのか疑問だった。でも、やむなく母と2人で浜辺へ向かうと「危ないから」とついて来た。噴出花火がうまく上がった時だけ、祖父はほんのわずかに頬をゆるめた。

見坂卓郎
リモート会議の背景になっている蒼海が、よく見ると少し動いている。今のところ気づいているのは私だけだ。先輩はいつも浜辺の写真を背景にしているので、こっそり本物を混ぜてもバレないと思ったらしい。強い海風のせいで前髪がそよいでいる。たぶんバレてます先輩。あと浮き輪が見切れてますよ。

見坂卓郎
海がどんどん縮んでいく。人々は海を求めさまよい、「ファイナル浜」へとたどり着く。これが地球最後の海だ。看板に沿って人々は長蛇の列をつくる。矢印の方へぞろぞろ歩く。どこにあるんだ、ファイナル浜。やがて不満は怒りに変わる。荒々しい行進に踏みつぶされて、いま小さな水たまりが消えた。

宮野鞠
子どもが転んだが、母親が優しく抱いて私は安心した。いつの思い出だ。ついこの前のような、何億年も前のような。そうだよ。また人になれるように砕いた骨を浜に撒かれたのだった。私は砂浜の一粒だったことに気づいた。意思がもう一度芽生えたのだ。潮が満ち干きして私の顔をさらう。海が綺麗だった。

武川蔓緒
校舎の真裏に砂浜があるもので、生徒はそこで告白をしたり煙草を吸ったり、海にはいり自死を図ったり。私は定年も過ぎたのに学校へ戻されている。遅刻は常習成績は赤点で不良扱い。だがやさぐれても裏の浜へなど行かず、校舎正面の歓楽街で制服の儘飲む。釦を緩め「就学児に手を触れないで」を口癖に。

森林みどり
体の中に魚を飼っているみたいなの。時々ピチピチ喉元まで跳ねるから、痒くって。驚いたことに、彼女の体は水に満たされていた。黄色い魚が跳ねて、僕の方に飛んできた。ピチャン。僕の中で音がした。恐る恐る自分の体を覗き込んだ。僕の浜辺に青い水が溢れていた。黄色い魚がゆっくりと泳ぎ始めた。

吉野玄冬
潮に運ばれ、無垢な砂浜に放り出される。シャク、シャク。心地良い足音に背中を押され、彷徨い歩く。重くなっていく足取り。何も得ぬまま、汐が来た。端から呑み込んでいく、全てを。足跡一つ残してやくれない。必死の叫びも虚しく、海に解けていく。透明な地層の一部になると知って、最後に微笑んだ。

我妻許史
流木の影に子どもが座っていた。浜は干からび、波も風も眠っている。声をかけても子どもは振り返らない。水筒の水を差し出すと、薄く笑って去っていった。そのとき、一陣の風が吹いた。粟立つ肌をさすり、夏が行ってしまったことを知った。何も告げず、砂に足跡も残さず。私は夏の境目に立っていた。

若林明良
浜辺に帽子を忘れた。去年の夏、彼が買ってくれたもの。麦わらの、白いリボンがついてて。助手席で、紫に昏れゆく雲をながめながら海の家に電話した。家に着くまで一度も彼を見なかった。深夜、インターフォンが鳴った。ドアを開けると帽子が立っていた。私は溜息をつき、帽子を拾いあげ、砂を払った。

和久野夕弥
波に乗って流れ着いた「悪い言葉」を拾った。ぶよぶよとしていて不快な臭いがする。この砂浜の清掃業を始めてもう数十年になるが、あきらかに最近悪い言葉が漂着するようになった。やれやれとそれをビニール袋に突っ込み、あとでまとめて捨てる。繊細で美しい言葉が溢れた場所になるよう、祈りながら。

選考委員メッセージ 参考作品 
一次選考通過作品


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