好きだったのに、触れなかった人へ——何もなかった恋ほど、身体に残る。
付き合ったわけじゃないんよね。
手をつないだわけでもない。
抱きしめられたわけでもない。
唇が近づいたわけでも、
夜を越えたわけでもない。
好きだと伝えたわけでも、
好きだと言われたわけでもない。
それなのに、
なぜか今も、身体が先に思い出してしまう人がいる。
名前を見るだけで、
少しだけ喉がつまる。
似た声を聞くだけで、
胸の奥が、ふっと熱を持つ。
似た香りに、
思わず振り返ってしまう。
誰かに話せば、きっと聞かれる。
「その人と、何かあったの?」
たぶん、答えはこう。
「何もなかったよ」
本当に、何もなかった。
だから、忘れられるはずだった。
思い出と呼べるほどの出来事もなく、
失恋と呼べるほどの結末もなく、
恋人だった証拠も、
別れた理由も、
どこにも残っていない。
それやのに。
何もなかったはずの人ほど、
どうしてこんなに、肌の記憶に残るんやろう。
それは、
叶わなかった恋というより、
触れる前に終わってしまった恋。
始まらなかったのに、
終わらせることもできなかった恋。
今日は、そんな恋の話。
何もなかった、はずだった
普通の恋には、
わかりやすい終わりがある。
振られた。
別れた。
距離ができた。
会わなくなった。
気持ちが変わった。
傷ついた。
だから、終わった。
もちろん、それだって簡単じゃない。
でも少なくとも心は、
「ああ、終わったんだ」と知ることができる。
けれど、
触れなかった恋には、
終わりの形がない。
始まっていないから、
終わらせ方がわからない。
約束していないから、
破られたとも言えない。
好きだと言っていないから、
振られたとも言えない。
触れていないから、
失ったとも言い切れない。
だけど確かに、
自分の中では何かが動いていた。
目が合うだけで、少し呼吸が浅くなった。
何気ない言葉を、何度も思い返してしまった。
返信が来るまでの時間に、
自分でも笑ってしまうくらい心が揺れた。
肩が触れそうな距離で、
どこを見たらいいのかわからなくなった。
その人の前では、
いつもの自分でいられなかった。
何もなかった。
でも、
何も感じなかったわけじゃない。
むしろ、
何も起きなかったからこそ、
その感情だけが行き場を失って、
身体の奥に残ってしまったのかもしれない。
ほんま、厄介やと思う。
「好きだった」と言うには、少し大げさで。
「何でもなかった」と言うには、少し痛すぎる。
その間に、
ずっと残ってしまう。
名前のないまま、
身体のどこかに沈んでしまう。
欲しくなかったから、触れなかったわけじゃない
触れなかったのは、
欲しくなかったからじゃないと思う。
むしろ、
欲しかったからこそ、
触れられなかった。
関係を壊したくなかった。
相手の生活に踏み込むのが怖かった。
自分から欲しいと言うのが怖かった。
断られるくらいなら、
このまま綺麗な距離でいたかった。
好きだと認めてしまったら、
もう戻れない気がした。
だから、平気な顔をした。
冗談みたいに笑った。
何でもないふりをした。
少しだけ期待して、
期待していないふりをした。
ほんまは、
触れたかったんよね。
でも、
軽く触れられるほど、
軽い気持ちじゃなかった。
本当に欲しいものほど、
人はときどき、手を伸ばせなくなる。
指先が届きそうな距離ほど、
いちばん臆病になる。
好きなら言えばいい。
欲しいなら近づけばいい。
そう言えたら簡単なのに、
実際の恋は、
もっと湿っていて、
もっと怖くて、
もっと不器用で、
自分でも扱いきれないほど、
身体の奥に熱を持つ。
目が合うたびに、
何かを見透かされそうだった。
相手の声が少し近くなるだけで、
呼吸の置き場がわからなくなった。
近づいてほしい。
でも、
これ以上近づかれたら困る。
好きやのに、
言えない。
欲しいのに、
欲しくないふりをする。
触れたいのに、
触れたら終わってしまう気がする。
そういう恋も、
あるんやと思う。
リリスは、言えなかった欲しさに宿る
わたしは、
そういう恋の奥に、
リリスの影を見る。
リリスは、
きれいに説明できる欲望じゃない。
誰かに見せやすい願いでも、
正しく整えられた愛でもない。
もっと奥にあるもの。
声にする前に、
喉の奥で熱くなるもの。
触れてほしいのに、
触れてほしくないふりをするもの。
見つめられたいのに、
見透かされるのがこわくて目をそらすもの。
大切にしたかったのに、
大切にしたいと言えなかったもの。
「そんなつもりじゃない」と言いながら、
ほんまは少しだけ、
そうなってほしかった気持ち。
そこに、
リリスは静かに宿る。
叶った恋だけが、
人を変えるわけじゃない。
触れなかった恋にも、
その人の奥を目覚めさせる力がある。
あの人に会うまで、
自分がこんなふうに誰かを見つめるなんて知らなかった。
何気ない言葉ひとつで、
夜の体温が変わってしまうなんて知らなかった。
ただの会話なのに、
そのあとしばらく、
自分の指先が落ち着かなかった。
ただ隣にいただけなのに、
帰り道の身体が、
いつもの自分じゃなかった。
相手がどう思っていたかは、
わからない。
あの人にとっては、
本当に何でもなかったのかもしれない。
そやけど、
あなたの中では、確かに何かが起きていた。
それだけは、
なかったことにしなくていい。
誰にも証明できなくても、
自分の身体だけは、知っていた。
胸だけじゃなく、
喉も、指先も、呼吸も、
恋をしてしまっていたこと。
忘れられないのは、あの人ではなく
もしかすると、
忘れられないのは、
あの人そのものじゃないのかもしれない。
あの人の前で、
何も言えなかった自分。
欲しかったのに、
欲しいと言えなかった自分。
会いたかったのに、
会いたいと送れなかった自分。
平気なふりをして、
本当は少し傷ついていた自分。
そこに、
まだ触れられていないだけなのかもしれない。
あの人を思い出すたびに痛むのは、
今もあの人が好きだから、だけじゃなく、
あのときの自分が、
まだ胸の奥で待っているから。
「本当は、好きだったよね」
「本当は、寂しかったよね」
「本当は、触れてほしかったよね」
そう言ってもらえる日を、
ずっと待っているのかもしれない。
誰にも見せなかった恋。
誰にも説明できなかった熱。
何もなかったことにして、
そっと畳んだ感情。
でも、
なかったことにした気持ちほど、
身体は覚えていたりする。
喉に。
指先に。
胸の奥に。
眠る前の静けさに。
誰かの名前を見た瞬間の、
ほんの小さな揺れに。
忘れたはずなのに、
忘れてない。
終わったはずなのに、
終わってない。
それは、あの人がまだ特別だからというより、
あのときのあなたが、まだひとりでそこにいるから。
置いてきてしまったんやと思う。
好きだった自分を。
欲しかった自分を。
何も言えなかった自分を。
「平気」と笑いながら、
本当は少しだけ、
抱きしめてほしかった自分を。
あの夜の自分を、迎えに行く
触れなかった恋は、
失敗じゃない。
何も起きなかったからこそ、
守られたものもある。
壊さずに済んだものもある。
綺麗なまま、
胸に残ったものもある。
でも、その恋の中で言えなかった自分の声だけは、
そろそろ迎えに行ってあげてもいい。
忘れようとしなくていい。
美化しすぎなくてもいい。
「あの人こそ運命だった」と、
決めつけなくてもいい。
ただ、
あのとき確かに自分の中にあった熱を、
恥ずかしいものにしなくていい。
好きだった。
触れたかった。
でも、触れなかった。
その矛盾ごと、
恋だったのだと思う。
ほんまは、
もっと素直になれたらよかった。
ほんまは、
もう少しだけ近づきたかった。
でも、そのときのあなたには、
それが精一杯だった。
それでよかった。
あの恋を責める必要も、
あの人を責める必要も、
あのときの自分を責める必要もない。
好きだったのに、
触れなかった人へ。
あなたに届かなかった気持ちは、
たぶん、無駄じゃなかった。
その人に触れられなかった代わりに、
あなたは、
自分の奥にある欲しさを知った。
誰かを見つめるときの熱を知った。
平気なふりの下にある寂しさを知った。
そして、
自分がどれほど繊細に、
誰かを大切にしようとしていたのかも知った。
だから今夜は、
あの人を忘れようとしなくていい。
忘れられへん自分を、
責めなくていい。
ただ、
触れられなかった恋の中に置いてきた自分を、
そっと迎えに行ってあげてほしい。
好きだったね。
寂しかったね。
触れたかったね。
ほんまは、
もう少しだけ近づきたかったね。
それでも、
壊さずにいたかったんだね。
何もなかった恋にも、
確かにあなたはいた。
誰にも証明できなくても、
誰にも説明できなくても、
あなたの身体の奥では、
ちゃんと恋だった。
好きだったのに、
触れなかった人へ。
その人に届かなかった気持ちを、
今夜はあなた自身に返してあげてほしい。
それは、
失った恋ではなく、
あなたの中に残っていた、
いちばんやわらかい本音なのだと思う。
触れなかったからこそ、
残ってしまった熱がある。
言えなかったからこそ、
身体の奥で鳴り続けた言葉がある。
あなたは、
ちゃんと恋をしていた。
触れられなかったとしても。
届かなかったとしても。
何もなかったとしか言えなくても。
その人を思い出したとき、
喉が少し熱くなるなら。
指先が、
まだ何かを覚えているなら。
それはきっと、
あなたの中に残っていた、
恋のかたち。
誰にも見せなかった、
誰にも触れさせなかった、
あなただけの、
静かな色気。
——ほしのりりす
触れなかった恋は、
誰にでも同じ形で残るわけじゃない。
ある人には、喉に残る。
言えなかった一言として。
ある人には、指先に残る。
伸ばせなかった手の記憶として。
ある人には、胸の奥に残る。
抱きしめたかったぬくもりとして。
そして、ある人には、
名前をつけられなかった関係そのものとして残る。
その恋が、あなたのどこに残りやすいのか。
続きでは、
「12星座別・触れなかった恋が残る場所」として、
星座ごとに少し深く読んでいきます。
(近日公開予定です)
何もなかったはずなのに、
まだどこかであの人を思い出してしまうなら。
気になる方だけ、
夜の続きをそっと覗いてみてください。
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読み終えて、なにかが残ってしまったなら──
その余韻を、そっと返してもらえると、うれしいです。
わたしはまた、ひらいて書ける気がします。