感じすぎるわたしとあなたへ──感じすぎた夜に、処方箋をひとつ。
すれ違った人の表情が、
いつまでも身体に残ること。
やさしい言葉を受け取ったはずなのに、
その奥にあった気配に、どうしても震えてしまうこと。
ほんとうは、なにもされていないのに、
なにかに触れられてしまったみたいに、
じんわりと胸が痛くなる日。
あるとき、誰かのnoteを読んでいた。
そこに書かれていた感じすぎる感覚が、あまりに自分に似ていて──
ああ、これ、わたしやん。
そう、静かに思った。
名前がつくほどではないし、
診断やラベルが必要だったわけでもない。
でも、確かにそこにあったのは、
「感じすぎてしまうわたし」だった。
いまでもわたしは、感じすぎてしまう。
カウンセリングやセラピーの場では、
ことばだけでなく、
感情の温度や奥の震えにまで、身体ごと引き込まれてしまう。
帰ったあと、どっと疲れが出て、
数日間ふとした瞬間に余韻が襲ってくる。
“共感”というより、“感受”に近い。
そんなとき、わたしの中にひらくのは、
「また感じすぎてしまった」という罪悪感だった。
でも──
それが、わたしの“設計”だったのだと知ってから、
少しずつ、変わりはじめた。
月が濡れていて、
リリスがひらいていて、
3ハウスが、静かに息づいていた。
星は、感じすぎるわたしを、
一度も否定しなかった。
わたしにとっての、最初の「夜の処方箋」は、
「そのまま感じてもいいんだよ」ということばでした。
自分の感情に圧をかけて、
敏感な自分を閉じ込めてきたわたしが、
星にそっとそう語りかけられたとき、
胸の奥が、静かにゆるんだのを覚えています。
「感じすぎる」ことを、欠点にしないで。
それは、あなたが“ふれている証拠”。
世界がまだ言葉にしていない振動に、
あなたの感覚が、少しだけ早く気づいてしまうだけ。
でも、だからこそ──
その感覚は、守る必要がある。
ちゃんと、距離をとってもいい。
ひとりになることを、悪いと思わなくていい。
“閉じること”もまた、あなたの大切な選択。
わたしが書いている「夜の処方箋」は、
そんな“感じすぎる感覚”に、
やさしくことばを添える試みです。
たとえば──
音や光や、人の感情に疲れてしまって、
何もしていないのに、もう限界だと感じるような夜。
そんなときは、
「感じてしまうあなたの感覚は、ちゃんと世界にふれていた」って、
そっと伝えられたらと思います。
だから、無理に閉じなくてもいい。
今は、少し遠ざかってもかまわない。
それだけで守られる感覚があるなら、
そのままでいてほしい。
またあるときは、
誰かの表情に傷ついて、言葉にできないまま、
胸の中だけでざわめきが続いているような日。
そんな日には、
「その感受性は、あなたのアンテナだから、壊さずに大切にして」って、
そう言ってあげたい。
どちらも、今ここに在るままでいい。
それを包める場所を、ここに少しずつ、
“夜の処方箋”として綴っていきます。
いま、もし疲れているなら──そのままでいて。
感じすぎているなら──それを、どうか大事にして。
焦らなくていい。
あなたのその感覚ごと、
わたしは、ことばで調律していきたい。
そして、気づいたんです。
わたしのこの感受性は、
誰かの気配に気づける力であり、
言葉にならない振動を受け取る力であり、
まだ語られていない感情に、ことばを添えられる力だった。
それが、
わたしにとっての“ギフト”でした。
感じすぎることを、
痛みだけで終わらせたくなかった。
その力を、
わたしにしか渡せない処方箋として、届けていきたい。
――ほしのりりす
前話はこちら
もし、わたしのことばが気になったら、
最初にこれを読んでみてください。
▶︎【はじめまして】星夜をかなでる、ほしのりりすです
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読み終えて、なにかが残ってしまったなら──
その余韻を、そっと返してもらえると、うれしいです。
わたしはまた、ひらいて書ける気がします。