その制限、まだ必要ですか。
「お肉は、控えてるんです」
そうおっしゃる患者さんに、ときどき出会います。
病棟でも、退院前のご家族との面談でも。
「いつから控えていらっしゃるんですか」と聞くと、たいてい少し困った顔をされる。
「うーん……だいぶ前から」
「腎臓が悪いって言われたから」
返答の仕方は人それぞれ。
でも、
いつ、誰に、何のために言われたのか。
それを覚えている方は、
ほとんどいません。
責めているんじゃありません。
何年も前に一度言われたことを正確に覚えていられる人のほうが、たぶん少ない。
ただ、そのひとことが、その方の食卓を何年も変え続けていることがあります。
今回の内容は、日々相談をもらうことの多い、
腎臓と食に関する内容です。
「制限をやめましょう」
という話ではありません。
ただ、聞いてみてほしいことがある、
という話です。
この記事で、あなたやあなたの大切な人の食卓が少しでも明るくなれば、私は書いた意味がある。
検査値は良くなったのに、歩けなくなっていく
クレアチニン、という検査項目があります。
腎臓の状態を見るときに、必ず出てくる数字です。
この数字、実は腎臓だけを見ているわけではありません。
もともと筋肉から出てくる老廃物なので、
筋肉が多い人は高めに出るし、
筋肉が少ない人は低めに出ます。
ここで、少しややこしいことが起こります。
食べる量を減らすと、この数字は下がります。

検査の紙の上では、
一見、腎臓が良くなったように見える。
でも、下がった理由が「腎臓が良くなったから」ではなく、「体が細くなったから」だったとしたら。
「お母さん、クレアチニン下がってよかったね」
そう言っている間に、
その方の足は細くなり、
立ち上がるのに手すりが必要になり、
転びやすくなっていく。
数字はきれいなのに、体は弱っていく。
私は病院で、この光景を何度か見てきました。
90歳の食事制限は、何のためのものですか?
たんぱく質を控えるという食事療法には、
ちゃんとした目的があります。
腎臓の働きが落ちていくスピードを
ゆるやかにすること。
将来、透析が必要になる時期を先に延ばすこと。
大事な治療です。
必要な方には、確実に必要。
ただ、この治療は「これから何年も先」を見ている治療でもあります。
では、90歳の方にとって、
その何年先とは、いつのことでしょうか。

その方にとって今いちばん大事なことは、
家に帰ることかもしれない。
トイレまで自分で歩けることかもしれない。
お孫さんの結婚式に出ることかもしれません。
腎臓を守るための制限が、
その「今いちばん大事なこと」を
遠ざけてしまうことがあるんです。
これは、腎臓の診療ガイドラインにも書かれていること。
高齢で体が弱ってきている方、
筋肉が落ちてきている方
こういう方たちは、たんぱく質の制限をゆるめることを検討しましょう、と。
これは「制限を守らない」という話ではありません。その方の今の目的に、治療のほうを合わせ直すという話です。
外来で使える、4つの言葉
とはいえ、
診察室で先生と話す時間はせいぜい数分。
「制限をやめたいです」なんて、
なかなか言えないと思います。
だから、言い方を変えてみませんか?
「この数値、前回と比べてどのくらい変わっていますか」
「最近始めたお薬の影響ということは、ありますか」
「私の食事制限は、何のためのものですか。今も必要ですか」
「私の年齢だと、たんぱく質はどのくらい摂っていいでしょうか」
どれも「やめさせてください」ではなく、
「教えてください」の形。
聞かれた側も答えやすいので、
話が前に進みます。
とくに3つ目。
「何のためのものですか」は、とても良い質問。
目的がはっきりすれば、
続けるかどうかも自然と決まっていきます。
聞く相手を、分けてみる
薬のこと → 薬剤師(かかりつけの薬局で大丈夫。処方箋がなくても聞けます)
食事のこと → 管理栄養士
治療の方針そのもの → 主治医
「先生に聞かなきゃ」と身構えているうちに、
結局聞けないまま帰ってしまう。
よくあることだと思います。
その逆で、先生には言えなかったけれど薬剤師には聞けた、ということも案外多いんです。
私も含め、相談されることはとても嬉しい。
たいてい、喜んで答えると思います。
ただし、ご自分で決めないでください
ここまで読んで「じゃあ制限をやめよう」と思われた方がいたら、それは少しだけ待ってください。
尿にたんぱくがたくさん出ている方、
腎臓の働きが落ちるスピードが速い方には、
制限が必要です。
同じ「腎臓が悪い」でも、人によって答えが違います。
やめるかどうかを決めるのは、
あなたではありません。
でも、
聞くかどうかを決めるのは、あなたなんです。

おわりに
正直なところ、私も迷います。
ある方の検査値がほんの少し動いただけで、
これは腎臓が悪くなったのか、薬のせいなのか、それとも数字の誤差なのか、2週間ずっと考えていたことがあります。
専門家だから即答できる、なんてことはありません。
だから、聞いていいんです。
検査結果の紙を見るとき、
数字が上がったかどうかばかり見ていませんか?
下がったときにも、
聞いてみてほしいことがあります。
「これは、良くなったということですか?」
※ この記事は「食事の制限」の話です。検査の数字が少し動いたときの受け止め方については、姉妹記事に書きました。
気になる方は、そちらも見てみてください。
▼姉妹記事。検査値の話についてはこちら
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