夏が来る前に知ってほしい。「真面目に薬を飲む人」ほど危ない、急性腎障害(AKI)の罠
もうすぐ夏、熱中症よりも私が恐れていること
5月に入ると、空気が変わる。
じりじりとした日差し。蒸し始める空気。
「あ、今年も来たな」と思う季節。
夏本番に向けて、私がいちばん恐れているのは
—熱中症でも、食中毒でもない。
「真面目に薬を飲んでいた人」が、腎臓をやられることだ。
え、どういうこと?
薬をサボったから、じゃないの?
……そう。逆なんです。
「飲み続けたから」腎臓が壊れる。
今日は、病棟薬剤師として実際に経験したことを、そのままお話しします。
「他人事じゃないな」と感じてもらえたら、
それだけでこの記事を書いた意味があります。
「いつもの薬」が凶器に変わった日
その患者さんのことは、今でもよく覚えている。
70代の女性。
畑仕事が好きで、元気が自慢の人だった。
高血圧はあったけれど、ちゃんと薬を飲んで、ちゃんと受診して。 健康に気を使っている、
いわゆる「優等生患者さん」だった。
ある日、足がむくみやすくなったと
主治医に相談した。
利尿薬が追加になった。
またある日、畑仕事中に転んで、腰を痛めた。
整形外科で痛み止め(NSAIDs)が処方された。
そうして彼女の薬は、少しずつ増えていった。
痛みのせいか、食欲がない日が続いた。
でも、薬はちゃんと飲んでいた。
畑に出る気力がなくなった。
それでも、薬はちゃんと飲んでいた。
なんとなく、だるい。
それでも、薬はちゃんと飲んでいた。
「元気でいるために、薬だけは飲まなきゃ」
と思っていたのだろう。
それが、彼女の「真面目さ」だった。
だんだん具合が悪くなっていくその人を心配して、家族が病院につれてきた。
その日のわたしは外来当番。
外来担当医から、薬の確認を依頼された。
お薬手帳を受け取って、ぱらぱらとめくった。
血圧の薬(ARBと、足がむくみやすいCa拮抗薬)。
そのむくみをとるために追加された利尿薬。
痛み止め(NSAIDs)。
……あ。
これ、トリプルワーミーだ。
AKIだ。
背筋がぞわっとした。

すぐに外来主治医に声をかけた。
「AKIの可能性があります。検査と輸液をお願いしたいです」
患者さんに聞いてみた。
「ご飯、食べられていましたか?」
「食欲なくてねー」と、彼女はあっさり言った。
「利尿剤飲んでるからおしっこも近くてね。
お水もひかえていたのよ」
……ああ。
食べられていない。
水も飲んでいない。
そこに、腎臓に負荷をかける薬が3種類。
腎臓への血流が、じわじわと絞られていた。
そばにいたご家族は、こう言った。
畑仕事が好きで元気な人だから、
全然心配していなかった。
点滴一本打てば治るだろうと思って
その言葉が、ずっと頭に残っている。
元気な人だから、大丈夫。
薬をちゃんと飲んでいるから、大丈夫。
その「大丈夫」の裏側で、
腎臓は静かに悲鳴をあげていたんだ。
なぜ腎臓は壊れるのか? 命を削る「三重の打撃(トリプルワーミー)」
そもそも、腎臓って何をしている臓器か。
難しい話は抜きにして、一言で言うと——
「血液をろ過して、いらないものをおしっこにして出す」臓器だ。
そのために、腎臓にはとにかく
たくさんの血液が流れ込んでくる必要がある。
水道に例えるなら、
蛇口をひねったときに
勢いよく水が出ている状態。
腎臓はその水の勢いを使って、
せっせとろ過作業をしている。
ところが。
蛇口の水が細くなったら、どうなるか。
ろ過できなくなる。
いらないものが体に溜まる。
腎臓の細胞が、じわじわと傷んでいく。
これが、急性腎障害(AKI)だ。
では、あの患者さんの体の中で
何が起きていたのか。
整理してみよう。
① 食欲がなくて、水も控えていた(脱水)
そもそも体の中の水分が少ない。
蛇口に流れ込む水が、もともと少ない状態だ。
② ARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)を飲んでいた
血圧を下げるために、
腎臓の血管を広げて圧を逃がす薬だ。
少ない水でなんとか
圧をかけようとしていた腎臓の
「最後の調整弁」を、この薬が緩めてしまう。
水圧がさらに落ちる。
③ 利尿薬を飲んでいた
「むくみをとる」ために、
強制的に水を外に出す薬だ。
でも、もともと水分が足りていないところに
これを飲んだら?
体の中の水が、さらに減る。
④ NSAIDs(痛み止め)を飲んでいた
痛み止めには、
腎臓の血管を収縮させる作用がある。
細くなったホースを、
さらにギュッと握りしめるようなものだ。
腎臓への血流が、ほぼ止まる。

脱水 × ARB × 利尿薬 × NSAIDs。
この最悪の組み合わせに、
医療現場では名前がついている。
「トリプルワーミー(Triple Whammy)」
「三重の打撃」という意味だ。
それぞれは、ちゃんと理由があって
処方された薬だった。
血圧のために。
むくみのために。
痛みのために。
どれも、「飲まなかった」ら困る薬だった。
でも、脱水という条件が重なった瞬間に
—— 「体を守る薬」が、
「腎臓を壊す薬」に変わった。
薬が悪かったわけじゃない。
体の状態が、変わっていたんだ。
「点滴一本打てば治るだろう」
ご家族のその言葉が、また頭をよぎる。
そうだといいけど。
でも、早く気づけてよかった。
腎臓は、静かに壊れていく。
派手な症状が出にくいから、
気づいたときには取り返しがつかないことも、
ある。
▶腎臓が壊れた先で、何が起きるのか。
透析を拒否し続けた患者さんと、
専門医もいない病棟で向き合った話を別の記事に書いています。
「薬を減らすこと」が、命を守ることになった日のこと。
命を守る「シックデイルール」と“1本の電話”
医療の世界には、
「シックデイ(Sick day)」という言葉がある。
直訳すると「病気の日」。
具体的には
— 食事がとれない日。
下痢や嘔吐が続く日。
熱が出ている日。
そういう「いつもと体の状態が違う日」
のことを指す。
そしてシックデイには、
「休ませるべき薬がある」。
今回のケースで重なっていた3つの薬——
ARB(血圧の薬)、利尿薬、
NSAIDs(痛み止め)
これらは、体に水分が十分あることを前提に処方されている薬だ。
食べられない。
水も飲めていない。
そんな日に飲み続けると、
腎臓への血流がどんどん絞られていく。
「でも、血圧の薬を勝手にやめていいの?」
そう思った人、正しい反応だと思う。
自己判断でやめるのではなく——
体調が悪くて食事がとれていないのですが、
薬は続けていいですか?
この一言を、かかりつけの医師か、
薬局の薬剤師に電話で聞いてほしい。
それだけでいい。
処方した医師や薬剤師は、
その一本の電話を待っている。
「聞いてよかった」と思う電話を、
私たちは何度も受けてきた。

「知らなかった」で、大切な腎臓を失わないために
あの患者さんのことを、また思い出す。
「利尿剤飲んでるからおしっこも近くて、
お水もひかえていたのよ」
彼女は何も間違っていなかった。
薬をちゃんと飲んでいた。
トイレに行くのが嫌でお水を控えていた。
ただ、知らなかっただけだ。
体調が悪い日は、
いつもと同じじゃいけない日がある
ということを。
薬は「飲めば安心」じゃない。
体の状態によっては、
いつもの薬が腎臓の敵になる。
これを読んで、頭の片隅に置いておいてほしい。
「お父さん、食欲ないのに血圧の薬飲んでない?」
「お母さん、下痢が続いてるなら薬局に電話してみて」
その一言が、腎臓を守ることがある。
【参考リンク】
・CKD(慢性腎臓病)について、もっと知りたい方
・トリプルワーミーについて、もっと詳しく知りたい方(PDFが開きます。)
https://www.matuyaku.or.jp/med_person/ckd/ckdlist_intro.pdf
・シックデイについて、もっと詳しく知りたい方(シックデイの概念は糖尿病もCKDも同じです)
・より詳しい薬剤の解説が知りたい方(※医療者向けPDFが開きます)
https://www.jsnp.org/docs/sglt2_sogaiyaku/sglt2_sogaiyaku_iryojujisha_all.pdf
最後まで読んでくれてありがとうございます。
「うちの親、これ当てはまるかも」
「自分も似たような薬飲んでる」
—そんな気づきがあった方は、
ぜひコメントで教えてください。
最後に、少しだけ自己紹介を。
わたしが「腎臓の専門家」を目指すことにしたのも、あの患者さんのような場面を何度も見てきたからでした。
妊娠中に、泣きながら資格を取った話——
よかったら読んでもらえると嬉しいです。
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