壊れ方を決めておく
朝、処方を見ていて
思考が止まることがある。
十六種類。
一つひとつに、ちゃんと理由がある。
血圧の薬、
眠れないときの薬、
痛みの薬、
胃を守る薬。
どれも、その人のために出された大切なもの。
でも、その人が昨日、
廊下でふらついていたら?
減らしたほうがいいのはわかる。
わかっているのに、私はいつも一瞬迷う。
減らして、何かあったらどうしよう。
血圧が上がったら。
眠れなくなったら。
それは、
私が外す提案をしたせいになるんじゃないか。
正直に書くと、患者さんのことだけを考えているわけじゃないと思う瞬間がある。
ありがたいことに、医師はこちらの提案を受け入れてくれることが多い。
だからだろうか。
自分がした決断を引き受ける怖さのほうを、
見ていたりする。
そんなことを考えていた週末に、
あにぃさんの記事を読んだ。
お菓子の記事。
ティラミスにチョコレートを削って散らして、
スプーンで掬う。
それだけの話のはずが、
途中から橋の話になった。
現代の橋には、「ヒューズ」のような部品があるらしい。
大きな地震が来たとき、橋全体が壊れてしまわないように、あえてそこだけが先に壊れるように設計されている。
壊れないことを目指しているのではなく、
何を守るかを決めてある。
読みながら、私は処方箋のことを考えていた。
・・・そうか。
私がやろうとしていたのは、
「危ない薬を切る提案をする」ことじゃなかった。
どこを先に手放せば、いちばん大事なところが残るかを考えることだった。
降圧剤の効きを少し緩めて、転倒を防ぐ。
眠りの深さを少し浅くして、
日中に起きていられるようにする。
譲る場所を、
こちらで先に選んでおく。
それは、負けではなくて、
設計だったのかもしれない。
考えてみれば、回復期という場所そのものが
たぶんそういうところなのかもしれない。
「元通りに戻す」病棟だと思われがちだけど、
実際に働いていると、
全部は戻らない日のほうが多い。
歩けるところまでは戻らないかもしれない。
それでも、自分でトイレに行けるようにする。
声は戻らないかもしれない。
それでも、食べる楽しみは守る。
全部は守れないと認めたところからやっと、
「では何を守るか」の会議が始まる。
あの話し合いは、
諦めの相談ではなかったんだなって今は思う。

で、ここまで書いてきて、
自分のことにも思い当たった。
私はたぶん、
書くことで自分のヒューズを保っている。
病棟で受け止めきれなかったものをそのまま持ち帰ると、いちばん軋んでほしくないところ…
例えば、家での私とかに響いてくる。
だから書く。
先に外れてもいい場所を、
自分で作っている気がする。
そう考えると、
note は私の耐震設計ということになる。
しょっちゅう外れているので、
そこそこ働き者のヒューズかもしれない。
あにぃさんは、自分は「お菓子と言葉をつなぐ小さなヒューズのような人でありたい」と書いていた。
答えを渡すんじゃなく、
立ち止まる時間を灯すような人でありたい、と。
私はまだ、答えを渡したくなる癖が抜けない。
薬剤師は、聞かれたら答えたい生きものだから。
もちろん、
私はミニドクターになりたいわけじゃない。
でも、処方を減らす提案をする前には
やっぱりご本人に聞いてみようと思う。
「この中で、いちばん手放したくないのはどれですか?」
守るものを決めるのは、
やはりその人自身なんだと思う。
みなさんは、何を残しますか。
あにぃさんの記事を読んだあとに、できた曲です。
この記事のきっかけをくれたのは、
あにぃさんの一篇でした。
あにぃさんは、お菓子と写真と言葉。
その三つを、急がずに並べていく人。
ティラミスを掬うスプーンの話から、
橋の話へ。
そして「何を守るか」へ。
私は薬の話に持ち帰ってしまいましたが、
あにぃさんの元の記事は、
もっと静かで、もっときれい。
▼あにぃさんのnoteはこちら。
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