この世は失敗作?それとも?
悪について
世界に悪(例えば、戦争や病気や犯罪など)がなぜ存在するのか、という問題に対するキリスト教的説明として「弁神論」なるものがあります。これはキリスト教神学形成期、つまり古代からの問題ですが、近世においてこの問題に取り組んだのは、デカルトであり、ライプニッツであり、ヘーゲルでした。
ですが、ここでは「悪」の問題について、別の角度から考えてみたいと思います。
どこで読んだか、今手元に資料がないのですが、
ニーチェが子供の頃最初に抱いた疑問も、この世に悪があるのはなぜか、というものだったそうです。
ニーチェは大学で神学を専攻した(同時に古典文献学も専攻し、結果的にはこちらの方向に進みました)くらいだから、
この疑問は神学的な疑問だったのかもしれませんが、
キリスト教信仰の問題を棚上げしたとしても、
この問題が重要だと思われるのは、
私も子供の頃に似たような疑問を抱いたことがあるからです。
前後の記憶が定かでないので、この疑問を抱いた文脈は説明できませんが、その頃は芥川龍之介(1892-1927)を読んでいたので、
そして彼の『河童』が強く印象に残っているので、
その関連で抱いた疑問のように思います。
ところで、『河童』の中で最も印象に残っているのは次の部分です。
「僕はだんだん河童の使う日常の言葉を覚えて来ました。従って河童の風俗や習慣ものみこめるようになって来ました。その中でも一番不思議だったのは河童は我々人間の真面目に思うことを可笑しがる、同時に我々人間の可笑しがることを真面目に思う――こう云うとんちんかんな習慣です。たとえば我々人間は正義とか人道とか云うことを真面目に思う、しかし河童はそんなことを聞くと、腹をかかえて笑い出すのです。つまり彼等の滑稽という観念は我々の滑稽という観念と全然標準を異にしているのでしょう。僕は或時医者のチャックと産児制限の話をしていました。するとチャックは大口をあいて、鼻眼鏡の落ちるほど笑い出しました。僕は勿論腹が立ちましたから、何が可笑しいかと詰問しました。何でもチャックの返答は大体こうだったように覚えています。尤も多少細かい所は間違っているかも知れません。何しろまだその頃は僕も河童の使う言葉をすっかり理解していなかったのですから。
「しかし両親の都合ばかり考えているのは可笑しいですからね。どうも余り手前勝手ですからね」
その代りに我々人間から見れば、実際又河童のお産位、可笑しいものはありません。現に僕は暫くたってから、バッグの細君のお産をする所をバッグの小屋へ見物に行きました。河童もお産をする時には我々人間と同じことです。やはり医者や産婆などの助けを借りてお産をするのです。けれどもお産をするとなると、父親は電話でもかけるように母親の生殖器に口をつけ、「お前はこの世界へ生まれて来るかどうか、よく考えた上で返事をしろ」と大きな声で尋ねるのです。バッグもやはり膝をつきながら、何度も繰り返してこう言いました。それからテエブルの上にあった消毒用の水薬で嗽(うが)いをしました。すると細君の腹の中の子は多少気兼でもしていると見え、こう小声に返事をしました。「僕は生れたくはありません。第一僕のお父さんの遺伝は精神病だけでも大へんです。その上僕は河童的存在を悪いと信じていますから」
バッグはこの返事を聞いた時、てれたように頭を掻いていました。が、そこにい合わせた産婆は忽ち細君の生殖器へ太い硝子(ガラス)の管を突き込み、何か液体を注射しました。すると細君はほっとしたように太い息を洩らしました。同時に又今まで大きかった腹は水素瓦斯(ガス)を抜いた風船のようにへたへたと縮んでしまいました。
・・・・・」
(「河童」1927 新潮文庫『河童・或阿呆の一生』p.74-76)
発表時期からもわかるようにこの小説は、芥川最晩年のものです。そして彼が自殺したことは有名なので、いかなる気分で彼がこれを書いたか、ということも比較的容易に想像できるでしょう。上の引用部を見ると、彼が「遺伝」、特に「精神病」の遺伝に関して特別の興味というか、恐怖を抱いていたのがわかります(ニーチェが発狂したことも知っていたでしょうが、これはここでは問題にしません)。彼の母親は、彼がまだ赤ん坊の頃に精神に異常をきたしていますし、芥川が自殺した時期は、友人の宇野浩二(1891-1961)が、これもまた精神に異常をきたして入院していた最中だったことを考えると、先に記した「恐怖」が自殺の一因だったのではないか、という推測も成り立つように思われます。
ちなみに、彼のペシミズムは、死に際して友人の久米正雄(1891-1952)に(発表するか否かをも含めて)託された原稿(死後『或阿呆の一生』として発表)からもうかがえます。特に、次の部分は、先の『河童』での記述とも重なって興味深いと思います。
「彼は襖側(ふすまぎわ)に佇んだまま、白い手術着を着た産婆が一人、赤児を洗うのを見下していた。赤児は石鹸の目にしみる度にいじらしい顰(しか)め顔を繰り返した。のみならず高い声に啼(な)きつづけた。彼は何か鼠の仔に近い赤児の匂を感じながら、しみじみこう思わずにはいられなかった。――
「何の為にこいつも生まれて来たのだろう?この娑婆苦の充ち満ちた世界へ。――何の為に又こいつも己のようなものを父にする運命を荷ったのだろう?」
しかもそれは彼の妻が最初に出産した男の子だった。」
(1927 前掲書p.153-154)
『河童』を読んで、世界に存在する「悪」の問題に疑問を抱いたというのは、引用部にあるように、河童の胎児が世界の悪、そして「河童的存在」(これは明らかに「人間存在」と言い換えられます)の「悪」を理由に、出生を拒否している点に由来するのです。
最近はあまり話題になりませんが、新型の出生前診断などの問題に関するいろいろな議論を読んでいてどうしても違和感を感じるのは、
そこでは「胎児」の意見を聞くという観点が全くないからです。
ですが、これは生物学的に無理な相談なので、
違和感を抱く私の方が変なのでしょう。
『河童』はSF仕立ての小説なのでそういうことも可能となっていますが、
現実には無理です。
けれども、現実には無理だからといって、
それが問題の核心にないとは言えない、というのが私の違和感の出所なのです。
だから、最近では、この問題(出生前診断についてどう議論するか、という問題)の核心には手が届かないのだから〔「河童」的に言えば、「両親の都合ばかり考えている」「手前勝手」な議論に過ぎないので〕、
この問題を論じることの意味について少々疑問を感じています。
また、この問題を論じるためには、「中絶」問題について言及する必要があります。この問題は重要ですが、
この問題にまつわる議論は錯綜しており、
また簡単に要約すると
かえって誤解を生む可能性があるという困難もあります。
要するに問題を整理すると、
第一に、この世には現実問題として「悪」が存在する、ということ。
そして第二に問題なのは、この「悪」にどう対処するか、とか、
この「悪」はなぜ存在するか、ということではなくて
(そういう疑問を抱いたこともありましたが、
今ではそれは問題の「核心」ではないと思います)、
わたしたちは、自ら選択したわけでもないのに、
気がついたら、そういう悪を内含する世界の中に「放り出されている」、
という状況をどう考えるか、
ということです。
(人間が意味なく世界に「放り出されている」(*)という点を強調したのは、ハイデガー(Martin Heidegger(1889-1976)、特に『存在と時間』(Sein und Zeit,1927))です)。
(*)正確に言うと、「放り出されている」というより「投げ出されている」こと、という方が直訳的です。
原語は、「Geworfenheit」
(「投げる」という意味の動詞「werfen」の過去分詞「geworfen」
に名詞化する語尾「heit」を付けたもの)で、通常「被投性」と訳されます。
この問題、つまり、
悪を内含する世界の中に、
選択したわけでもないのに
存在してしまっていることについて、
そして自殺について、
考えるに際して示唆的だと思われるのは、
前に引用した
シオラン(Cioran:1911-95)が対談で語っている
いくつかのエピソードです。
一部引用してみましょう。
最後の「自殺」についての議論なんかは、
ちょっと芥川に読ませてやりたかったような気がします
(結果は同じだったかもしれませんが)。
1 ――あなたの本には例外なく、ペシミスティックで暗いといっていい面があります。そうかと思うと一方には、ある不思議な歓喜、ちょっと説明しにくいのですが、でも人を元気づけ、さらには高揚させる悦びが際立っていますね。
シオラン――不思議ですね、あなたが言われたことは、実は多くの人から聞くんですよ。私の読者は少数だけど、「シオランを読まなかったら自殺していたよ」、と私の知人のだれかれに打ち明けた多くの名前を挙げることもできます。だから、あなたが言われたことはその通りだと思います。その原因は情熱でしょうね。私はペシミストじゃなく激情の人間です・・・私の否定的言辞が人を元気づけるのもそのためです。そう、さきほど傷が話題になりましたが、あのときも私は、傷を否定的な形で考えていたわけではない。つまりね、だれかを傷つけることは、そのだれかを断じて麻痺させることではないんですよ!私の本は人の気を滅入らせるものでもなければ、意気を沮喪させるものでもない。私は憤然として、激情にかられて本を書きます。私の本が冷静に書かれたものなら、それは危険なものでしょう。でも、私は冷静に書くことはできない。熱に浮かされながら自分の持病をつねに克服する病人、ま、私はこういう病人のようなものです。まだ原稿にすぎなかった『崩壊概論』を最初に読んだのは、詩人のジュール・シュペルヴィエルでしてね。もう相当な歳で、深い鬱状態だったんですが、その彼が私にこう言いましたよ、「きみの本でどんなに元気づけられたか、信じられないくらいだよ」とね。この意味で、お望みなら、私は、事物を活気づける否定者、活動家としての悪魔のようなものですね・・・
――あなたは、いわゆる哲学と自分の仕事は別のものだ、とみずからおっしゃっておられる。でも十九世紀の偉大な体系が破産したあと、自己批判的なさまざまの活動が哲学の空席を埋めていますが、この活動の枠組みにあなたの仕事を加えるのはすこしも恣意的なことではありません。シオランさん、哲学にはまだどんな意味があるのですか。
シオラン――哲学は断章でなければもう不可能だと思いますよ。つまり爆発の形でなければね。概論の形式で、一章また一章と推敲に取りかかるのは、今後はもう不可能です。この意味で、ニーチェは傑出した解放者でした。アカデミックな哲学のスタイルを破壊したのは彼ですし、体系という思想を侵害したのも彼でしたからね。彼は解放者でした。彼以後、どんなことだって言えるんですから・・・いまでは私たちは、繋がりがあるような本を書いているときでも、だれもが断章主義者。私たちの文明の様式についても同じですね。
〔Max Weber(1864-1920)が『職業としての学問』の中で言っていることですが、古代は文明の進展がゆるやかだったので、人々は一生のうちに当代の文明で可能なことをおおよそやり尽して死ぬことができた。ウェーバーの言い方だと「人生に飽きて」死ぬことができた。
だけど、近代文明は、余りにもその進展の速度が速いので、人間はその時代の進展の「断片だけしか経験できずに」死ぬことになった。〕
――それはまた私たちの誠実さにも合致しますね。体系をめざす野望には誠実さが欠けている、とニーチェは言っていますが・・・〔「私はすべての体系家に不信の念を抱いていて、彼らを避ける。体系への意志は、知的誠実さの欠如である」。(『偶像の黄昏』「箴言と矢」26)〕
シオラン――誠実さについてちょっと言っておきます。いまある人が、内容はなんでもいいのですが、四十ページのエッセーを書こうとする。
そのとき、その人には、ある種の主張があらかじめあって、その主張にもとづいて書きはじめるわけで、その限り、彼はその主張に囚われている。誠実さについて一定の考えがあるなら、彼は自分の主張を尊重しつつ、それを徹底的につきつめ、それと矛盾するようなことは言ってはならないはずですが、ところが書きすすむにつれて、テキストがほかのさまざまの誘惑をちらつかせることになる。これらの誘惑は、書きすすめてきた道筋からはかけ離れたものですから、彼はこれを拒否しなければならない。円環に閉じ込められているんですが、でもそれは自分で描いた円環ですよね。こうして、私たちは誠実たろうとして虚偽を犯し、誠実さを欠くことになるわけです。
四十ページのエッセーでもこうなのですから、
体系ではどんなことになるかわかりはしませんよ!
体系には、あらゆる構造化された思考の惨劇がある。
矛盾を許してはならぬという惨劇がね。
こうして私たちは誤謬を犯し、
そして一貫性を維持するために自分を欺くことになるわけですよ。
これとは逆に、
断章を書く場合は、ひとつのこととその反対のこととを、同じ日に言うことができる。なぜかと言いますとね、
ひとつひとつの断章は、それぞれ異なる経験から生まれ、そしてその経験は真実なもの、つまり本質的なものだからです。
でも、それは無責任ではないかと言われるかもしれない。
しかしね、無責任だとすれば、生が無責任なものだというのと同じ意味で無責任なのです。
断章的思考は、私たちの経験のあらゆる側面を映し出す。
体系的思考が映し出すのは、ただひとつの側面、
つまり管理された、したがって貧弱な側面だけです。
ニーチェにもドストエフスキーにも、可能な人間のあらゆるタイプが、
あらゆる経験が表現されている。
体系で語っているのは、監督官、つまり指導者だけですよ。体系というのは、つねに指導者の声なんですね。あらゆる体系が全体主義的なもので、断章的思考が自由なのはこのためですよ。(p.16-18)
2 シオラン――(・・・)考え方のすべてについて、いやその生涯のさまざまの活動についてさえ、私はサルトルとは正反対だと思います。サルトルという人物が虫が好かないのではないんですがね。彼には同情のようなものを感じますが、でも、この善良な男には寛大なところ、ある種の素朴さがありましてね、これが私には理解できない
〔サルトルとシオランに全く何の共通点もない、とは言えないと思います。特にサルトル初期の小説『嘔吐』における世界嫌悪は、世界への感じ方としてやや似ているところがあります。けれども、そこからの思考の展開は全く異なる、とは言えますね〕。
と言っても、何も否定的なことではないんですよ。
ニーチェでさえ、私には素朴すぎるように見えます。
ニーチェには多大の共感と尊敬の気持ちをもっていましたが、離れました。ニーチェには若すぎるところがあることがわかりました。
私からすればですがね。
と言いますのも、私はニーチェよりも腐り、老いぼれていましたから。
それでも私はニーチェより人間通だった。
生について、人間についてニーチェよりずっと深い経験をした。
才能などない。
でも、だれにしたところで、たとえばひとりの門番だって、
哲学者などよりずっと深刻な経験をすることができる。
前にも言いましたように、私には伝記などないけど、私は生きた。
ニーチェは隠者でした・・・
結局のところ、彼はあらゆることを遠くから知っただけです。
――ニーチェは世間知らずだったと言われるんですか。詳しく説明していただけませんか。
シオラン――あの天才的で、生意気な若者の側面のことですよ。彼はこれを終生失うことはなかった。彼は人間とつきあったことがない。とても強烈に生きた、途方もない天才です。でも私のように、大都会に生きて、人間とつきあっている者の倦怠は知らなかった。(p.56)
3 ――そうしますと、あなたは、ファシズム、厳密に言えばナチのファシズムにも同じように惹かれたのでしょうか。
シオラン――そんなことはない。(*1)
――ナチについて、あなたは次のように書いています。
「だがこの狂気は、どれほど奇怪なものであろうと、ドイツ人に有利な証言だったのである。溌剌たる生気と野生の残滓の何ほどかをいまだに保持しているのは西洋ではただドイツ人だけであることを、この狂気は示してはいなかったか」。
溌剌たる生気と野生、あなたの場合、これは二つの積極的な概念です。そしてこの文章は次のようにつづきます。
「ドイツ人がいまだに偉大な構想を、というか途方もない狂気をもちうるということを。」
シオラン――この文章での私の関心の対象はドイツ人であって、ナチではない。
他方、歴史とは価値体系ではない。
ドイツ人としてあなたが別の見方をなさるのはありうることで、
その点は私にもよく理解できます。
でも私のものの見方は、つねに美学的なものであって政治的なものではなかった。
さきほど奇抜さという言葉を使いましたが、それが私のものの見方で、
ドイツ人の見方ではない。
ドイツ人は原理の熱狂者、でも懐疑の才能には恵まれていない。
あの災厄を経験したのはそのためです。
ニュアンスのセンスをまったく持ち合せていない――これはドイツ人の悲劇ですよ。
いまあなたが引かれた文章には、いささかシニック(冷笑的)なところがあります。
あなたがたドイツ人が左翼であれ右翼であれ、
私は、あなたがたほど事態を深刻には考えませんよ。
ドイツ人は、歴史においてとことん往生際が悪かった。
――なるほど。でも、純粋に美学的な態度には、当然のことながら限界がありますよね。遊びの限界が。
ひとつだけ言いたいことがあります。
いつもただひたすらノン(否)と言いつづける、
このやり方は、ひとつの隙間を、脳髄の、
「倫理上の隙間」を生み出すのではないか。
そしてこの隙間は、隙間の性質に応じて、
不意に、また不正に充たされてしまうのではないか。
「私はノンによって自分を定義する」とか、
「ノンと言うことから私の意識は生まれる」
とか繰り返してばかりいる人は、悪しきウィに迷い込む危険があります。
(否定ばかりしていると、安易な肯定に走る危険がある)
シオラン――そんなことはない。
私はいまだかつてほんとうに何も信じたことはないんですから。
私を誤解していますよ。それが何であれ、
私はほんとうに何も信じたことはない。
これはとても大切なことで、
私はね、何ひとつ真に受けたことはないんですよ。
真に受けたただひとつのことと言えば、
私と世界との対立・葛藤だけ。
そのほかのことはどれもこれも、私には口実にすぎない。
――その世界との対立・葛藤というのは何ですか。
シオラン――いたって単純なことで、それは存在〔生きていること〕の不安、文化の不安にとどまらない「生きていること」の不安です。
これは根本的なことです。私の<責任感>ということで言えば、私がそれを感じるのは日常生活においてだけで――人には思いやりがありますよ――書いているときは、人間は、ま、言ってみれば、私には考えられない何ものかで、ひとつの文章、ひとつのアフォリズムのもたらす結果など知ったことじゃない、
あらゆる倫理上のカテゴリーから自分は自由なんだと思っているんですよ。
ですから、倫理上のカテゴリーに従って、私の参加や拒否を判断すべきではない。
私は、人間を含むあらゆる生きものに
「強い、病的な同情の気持ち」をいだいている。
ほんとうですよ。そしてね、
いまこそ人間は消えうせて、哀惜されるべきときだと思っているんですよ。
あなたは未来を、解決を信じ、そして一般的に言って可能性というものを信じている。
それにひきかえ、私はただひとつのことしか知らない。これが私たちの誤解の原因です。そのただひとつのことというのは、
私たちすべての人間がこの世界に存在するのは、
際限のない幻想でおたがいを苦しめるためだ
ということです。
――自分は殺人との境を踏み越えてしまうのではないか、そう思われたことはいままでにありませんでしたか。
シオラン――私が悪魔か神だったら、
人類はとっくにけりをつけていたと思いますよ。
これはほとんど私の確信です。
でも日常生活では、私は同情に篤く、
いままでにたくさんの人を精神的に助けてきましたし、
戦争中パリの私のところに身を隠していた人もたくさんいました。
でも観念の世界では、私は悪魔になれます。世界を破壊する力があるなら、破壊するでしょうね。
――でも人間は、おそらく生を愛しているのではないでしょうか。
そういう人間をひとり残さず絶滅するのですか。
現在、人間の絶滅はすでに考えうることで、
そのためには、たった一個のロケット弾を発射すれば済むでしょう。
シオランさんがロケット弾をモスクワに発射する。
ロシア人が反撃する。すると、ものの二分もたたぬうちに世界はたちまち姿を消し、悪魔は自分の仕事をしたというわけです。
シオラン――
個人としてはともかく悪魔としてなら、そうするでしょうね。
――私たちは深い海を航行しています。あなたのおっしゃったことは、とても恐ろしいことです。あなたは、「私は生を憎む」とか「生とはひとつの剽切だ」とお感じになっていますから、すべての人間は死ぬべきだというわけですね。でも、どんな権利で・・・
シオラン――
ときどき思いますね。もしすべてを破壊する力が自分にあるなら、破壊するだろうとね。
これは内面的な何かで、だれだってそう思うときがありますよ。
――だれだって、とおっしゃるんですか。ほんとですか。
私だったら、そんなことを思う人間はいないと言いますがね。
シオラン――
あなたがそう思うのは致し方ない。でもね、
人間というのは根っからの潜在的犯罪者。
これは絶対に確かです。
(*2)(・・・・・)
――(・・・)あなたのような人がどうして生きられるのか、どうして愛し、楽しみ、映画に行き、食い、飲むことができるのでしょうか。
シオラン――お答えしましょう。毎日毎日、さまざまな考えが生まれます。そしてまた、ひらめきによってしか生まれない考えもあります。お話ししたように、
私の通常の感情は同情です。
他人の不幸に私はことのほか敏感です。
でも若かったとき、私は誇大妄想にとりつかれていました。
――その名残がいまもあるのでしょうか。シオランは誇大妄想にいつもとりつかれているのでしょうか。
シオラン――ひらめきのあるときだけですよ。
――ひらめきの鋭さは失われてはいないのですね。
シオラン――鋭さではなく烈しさがね。倦怠、あの底なしの倦怠が増えました。私の母は司祭の妻でしたが、私にこう言ったことがあります。
「お前の心の苦しみがあらかじめわかっていたら、お前を生みはしなかったろうに」
と。
私には決して忘れられない言葉ですが、実はとても私のためになったのですよ。
――あなたのためになった?
シオラン――「お前は偶然の産物、何ものでもない」と私は考えた。
――母親に「お前を生みたくはなかったのよ」と言われれば、たいていの子供は茫然自失し、苦しむでしょうが、あなたは、「私のためになった」とおっしゃるんですか。
シオラン――その言葉で、自分は偶然の産物で「何ものでもない」という考えが強固なものになったんですよ。
私が作家にふさわしいほんとうの作品を書けなかったのもそのためですが、
それでも私は、まるですべてがわかっている「かのように」生き、そして書くことができた。
ま、この話はこれくらいにしておきますが、
私から見れば、偉大な哲学者をはじめほかの人たちは、多かれ少なかれ偏狭で、子供じみていて、お人よしで、
「自分の才能の犠牲者で奴隷」だった。
私は人とのつき合いは嫌いじゃない。
でも自分は孤独であると思い、
「自己崇拝と自己蔑視に引き裂かれている」
ようにいつも感じていました。
私がほんとうにわかり合うことのできたわずかな人たち、
彼らは作品など遺さなかった。幸か不幸かは知りませんが、彼らはもの書きではなかった。もの書き以上の何か、つまり、
「並はずれた嫌悪感をもつ人たち」でした。
(*3)
そのうちの一人は神学を学び、司祭を志していましたが、とうとう司祭にはならなかった。五十年前、(・・・)私は夜を徹して眼も眩むような会話を彼と交わしたことがあります。この会話のことは決して忘れないでしょう。会話が終わったとき、
私には生きることは死と同じように「必要ではない」ように思われました。
自分の内部に
「解きがたいものへの情熱」
がないなら、
「否定のやらかす暴力行為」を、
「否定の冷酷な明晰さ」を
想像することはできないでしょう。(p.186-195)
4――自殺があなたの著作の重要な主題ですね。
シオラン――自殺は重要なことです。
自殺したいと思っている人が訪ねてくると、私はこう言うんですよ。
「自殺というのは積極的な思想だよ!
いつでも好きなときに自殺できるんだから」とね。
生に意味はない。私たちはもっぱら死ぬために生きている。
でもね、好きなときに自殺できると知るのはとても重要なことです。
そうとわかれば、気持ちも安らぎ、満ち足りる。問題にはケリがつき、
そして喜劇がつづくわけです。
キリスト教以前、自殺は、よきもの、知恵の行為と考えられ、望ましいものとさえ思われていました。(たしかに、ストア派はそうでした。)
もしだれかが絶望したら、こう言ってやるんですね。
「好きなときに死ねるんだよ。急ぐことはない。人生は意味のない見世物。でも好きなだけ生きつづけてみるんだね。限界はないんだから。」
生におさらばできると考えれば、生に耐えられる。
これが生に耐えるただひとつの方法、好きなときに生に決着をつけられる
ただひとつの方法です。どんなバカにだって、生を厄介払いできるんですよ。
いつでしたか、映画館でひとりの婦人に会いましてね。
彼女、死にたがっているんですよ。
人生にケリをつけたいというもんですから、
「好きなようにしたら」
と言いますと、
彼女のいわく、
「いいわ、じゃ自殺しないわ!」(p.220-222)
(『シオラン対談集』金井裕訳、法政大学出版局、一部変更)
注:
(*1)
シオランとファシズム、あるいは特にドイツのナチズムとの関係には注釈が必要です。実は、彼は1933年9月から35年7月までドイツに留学していて、この間、ルーマニアの雑誌にヒトラーおよびナチ称賛を含む15本ほどの論文を寄稿してます。1934年7月15日付の
「ドイツの意識におけるヒトラー」と題された記事は
「現代の世界の政治家でヒトラー以上に私に共感と感嘆の念をいだかせる政治家はいない」
という文言で始まっています。
したがって、ここでの「そんなことはない」という発言は、
最終的には擁護できるかもしれなませんが、
それ以前に複雑な検討を必要とします。
cf. シオラン『ルーマニアの変容』金井裕訳、法政大学出版局(ルーマニア語原書(1936)の仏訳からの重訳、邦訳2013年、
この邦訳が出るまでは、邦訳文献でこの問題を取り扱ったものとしては、Patrice Bollon『異端者シオラン』金井裕訳、法政大学出版局、が有益な資料でした。
(*2)
シオランは信仰を棄てましたが、この発言の背景の一つは明らかに「原罪」の観念だと思われます。
「原罪は本質的なもの、生まれついてのもので、一種の聖痕のようなもの」。(p.261)
(*3)
「ものを書かない人は、自己表現する人より
ずっと潜在能力をもち合わせていることに気づきました。
(・・・)ものを書くということは、
大切なものをすべて自分の内部から排泄するということですよ。
(・・・)彼らはみずから自分を空にし、
その結果、生き残っているのはその残骸だけ。つまりは操り人形です。(・・・)ひときわ華やかな人間、でももう生きてはいない人間ですよ」。(p.303)
ちょっと考えさせられますね。
でも、以前「ひきこもり」の件で、エミリー・ディッキンソンについて触れた際、
彼女が「出版」を嫌ってたこと、しかし、「原稿」は書いていたことを取りあげて、
私は、「原稿」を書いている時点で、もう少なくとも「文字が読める人々」には公開をするつもりで書いているのではないか、と指摘しました。
そしてこれは、私が最近、この「note」を書いているせいかもしれませんが、現在のようなネット空間で、しだいに強く感じていることです。
* ちなみに、シェイクスピア(W. Shakespeare(1564-1616))の有名な台詞に、次のようなものがあります。
(『リア王』(King Lear : 1604-1606頃)第4幕第6場)
「人間泣きながらこの世にやってくる、そうだろう、はじめて息を吸いこむとき、おぎゃあおぎゃあと泣くだろう。(・・・)人間、生まれてくるとき泣くのはな、この阿呆どもの舞台に引き出されたのが、悲しいからだ」。
(小田島雄志訳「シェイクスピア全集II」白水社p.314)
シェイクスピアの訳文を変えてみました。
それではまた!
