見出し画像

(改訂第2版)弁神論とは何か?+異端派とは何か?

 以下は首尾一貫した結論を導くためのエッセイではなく、「悪」と「創造」をめぐるいくつかの応答を、単に並記しただけの覚え書きです。体系的な整理よりもむしろ、各思想家の言葉がどのような切実さによってこの問題に触れているかを見たいと思います。
(カタリ派+シモーヌ・ヴェイユについて大幅に加筆しました)


1. ライプニッツとデカルト

  • 弁神論という問題設定

  • 悪の分類――形而上学的悪・物理的悪・道徳的悪

  • 部分的悪と全体的善

  • デカルトにおける先行形態

 キリスト教弁神論は、思想としてはキリスト教神学の形成初期(つまり古代)から存在しますが、この思想に「弁神論」なる名前を与え、この問題を主題とする書物を書いたのは、ライプニッツ(Leibniz :1646-1716)です。

 その問題の書物のタイトルは、原語では「Théodicée」(仏)で、 
ギリシア語の「theos(神)」+「dikē(正義)」を組み合わせた「造語」です。 「神義論」と訳されることもあります。
 ライプニッツは、問題を次のように提示しています。
(少し訳文を変えています。『弁神論』(1710) 、佐々木能章訳、工作舎)

 彼〔William King (1650-1729):『悪の起源』 (1702) の著者〕はまた、ラクタンティウス〔Lactantius (260頃-325頃) ラテン教父〕『神の怒り』でのエピクロス〔前341-前270:唯物論者ですが神々の存在は認める立場〕の反論についても指摘している。それはおおよそ次のようなものである。

 神は悪を除こうと欲したが、最後までなし遂げることができないなら、
そのような神は力が弱いということになる。
あるいは、神はすべての悪を除くことができるのに、そう欲しないのだと
するなら、それは神に悪意があることを示すであろう。
さらにまた、神は能力と意志とを同時に欠いているのなら、それは神を
この両面において、弱く欠陥のあるものとするであろう。
そして最後に、もし神が存在していて、神には能力も意志もあると
するなら、神はなぜそうしないのか、と問われることであろう。

『弁神論』下巻 p.248

 つまり、「神」の重要な特性としては、次の三点が挙げられますが、
この三点を全て認めると、「被造世界における悪」の存在理由が説明できない、という困難が生じるというわけです。
1 (万物の)「創造者」
2 力において「完全」、すなわち「万能」
3 善性において「完全」、すなわち「誠実」
 
* ライプニッツは「悪」を次のように分類・定義しています。

 悪を捉えるときに、形而上学的悪(mal métaphysique)と物理的悪(mal physique)と道徳的悪(mal moral)とに分けることができる。形而上学的悪は単なる不完全性に存し、物理的悪は苦痛に存し、道徳的悪は罪に存する。

『弁神論』上巻 p.138

 この問題意識は、すでに、デカルトにもあって、彼は「形而上学的悪」を次のように規定しています。

 では、私の存在は何から生まれたのであろうか。すなわち、私自身から、あるいは両親から、あるいは何かそのほかの、神よりも完全ではないものからであろうか。というのも私は、神よりも完全なものを、また〔神とは別の、しかし〕神と同等に完全なものも、考えることも想像することもできないからである。
 しかし、もし私の存在が私自身から生まれたとするなら、私は疑うこともなかったであろうし、願望することもなかったであろうし、結局私には、なんら欠けるところはなかったであろう。なぜなら、私のうちにそれについてのなんらかの観念があるところの完全性のすべてを、私は私に与えたであろうし、かくて私自身が神であったであろうから。

「省察3」(『世界の名著27』) 井上庄七+森啓訳、中央公論社 p.267-268

 つまり、わたしが「疑う」ということは、わたしの不完全性と、神の完全性の双方を指し示していると、デカルトは考えるわけです。
 それでは、ライプニッツは、この被造世界の不完全性・悪の問題をどう解決したのでしょうか。
 簡単に言えば、彼は、

部分的悪は全体の善の増大に役立つ

とみなすことによって解決を図ったと言えます。

 最善の全体の「部分」〔そのもの〕は、必ずしもその「部分」に対して〔神が〕なし得る最善なものではない。なぜなら、ある美しいもの〔全体〕の「部分」は、それが全体から引き離されたり、あるいは全体の中にあっても変な仕方で置かれているという場合には、〔その「部分」だけでは〕常に美しいとは限らないからである。

『弁神論』上巻 p.320

 これは「一般論」ですが、実例としてライプニッツは「不協和音」「付けぼくろ」などを挙げています。

 感覚的な喜びには、痛みに近い感覚が混ざっているという喩えをもって、知的な喜びの内にも同様なもの〔痛みに似たもの〕があるということを明らかにしようとした人が昔からいる。
 少々酸っぱかったり辛かったり苦かったりする方が砂糖〔の甘さだけ〕よりもしばしば気に入られる。陰影が彩りを引き立てる。不協和音も然るべく発せられれば音楽的調和を浮き彫りにする。
 我々は、綱渡り芸人が落ちそうになるのを見てはらはらしたいと思うし、悲劇を見るときには涙を流すほどのものであってほしいと願っている(1)。
 病気に罹ったことのない人が、健康を十分に味得し、そのことで神に感謝するということがあろうか(2)。
 小さな悪が善を一層際立たせ、つまりは一層大きな善をもたらすということは、実にたびたび起きていると言わねばなるまい。
 しかし、悪の方が善と比べて大きいし、数も多いという人がいたら、その人は間違っている。それは注意の向けかたがまずいため我々の善を少なく見積っているからに他ならない(3)。

『弁神論』上巻 p.130

 彼〔William King〕は道徳的悪についても時々よいことを言っているが、それは我々の原理にも相当適合している。例えば彼が、悪徳や犯罪は宇宙の美を減少させず、それどころかむしろ増加させる、と言うときがそうである(4)。つまり、不協和音はそれしか聞こえていないときに鳴り続けていると耳障りだが、〔和音と〕入り混じれば和音を一層快適なものにするということである。
 彼はまた犯罪の中に含まれている幾つかの善、例えば富者の浪費癖や貧者の吝嗇(りんしょく:極端な倹約)などの有用性についても指摘している。実際それらは芸術を開花させる役に立っている(5)。
 彼はさらに、我々は地球という偏狭な視野や我々が知っているものだけから宇宙〔の全体〕について判断を下すべきではない、と考えさせようとしている(6)。
 つまり、小さなところでの汚点や不足はそれ以外のところの美しさを高めるのに役立ち得るということである。それはちょうど、付けぼくろがそれ自体としては美しくはなく、それが秘す部分を醜くするが、女性の容貌全体に対しては美しくさせる役に立っているというようなものである(7)。

『弁神論』下巻 p.247-248

(1) ここは、アリストテレスが『詩学』で論じた「悲劇」の定義に通じるものがあります。アリストテレスは悲劇を、

「恐れ(フォボス)」と「憐れみ(エレオス)」による「(感情の)浄化(カタルシス)」をもたらす「模倣(ミメーシス)」である。

『詩学』第6章

と定義しました。
そして、この「恐れと憐れみ」が生ずるプロットを、ソフォクレスの『オイディプス王』を中心に分析して、

A : 悪人が不幸に陥ってもカタルシスは生まれない。
B : 善人が不幸に陥るのは不快である。
C : 中間的人物が、過失によって没落するのが「最も悲劇的である」とし、

「カタルシス」を最大化するためのドラマの構造の条件を論じています
(第13・14章)。

(2) ここは、以前論じたことがある、夏目漱石が修善寺の大患を乗り切って、一時的な小康を得た時に感じた、「平安」と「生に対する感謝の気持ち」を彷彿とさせます(『思い出す事など』)。

(3) ここがライプニッツの「楽天主義」を明快に表す箇所ですね。また、この箇所のように必ずしも言えなくても、後記(8)での主張も合わせると、より精緻な議論になります。

(4) ここは、これも以前に見た、ニーチェが「ルネサンス的な徳」を論じた際に強調した「犯罪」の位置づけを彷彿とさせます(『力への意志』740)。

(5) 芸術家に対する「パトロン」の役割を、「悪」から導くのが面白い点ですね。

(6) ここでの、いわば「自文化拡張主義批判」とでも言うべきものは、ポスト構造主義における「ヨーロッパ中心主義批判」に通じるものがあります。

(7) ここは、宮廷と関係していたライプニッツの感性がよく表れています。

そして実は、このライプニッツ的解決策は、すでにデカルトにあります。

 神の作品〔世界全体〕が完全であるかどうかを探究するときはいつも、ある一つの被造物を切り離して観察してはならず、あらゆる事物を全体として考察しなくてはならぬ。なぜなら、それだけ孤立させるならきわめて不完全と思われてもおそらく不当でないようなものも、世界のなかで部分の役割をもつものとしては、このうえなく完全であることがあるから。

「省察4」上掲書 p.275

 こういった、「部分の不完全性は、全体の完全性に資する」と言う考え方とはやや異なり、「有限な人間における善悪よりも、無限な神における善悪の方が重要だ」とする解決法もあります。

 たとえ人類においては善が生ずるよりも悪が生ずることの方が多いとしても、神にとっては、宇宙において悪よりも善の方が較べものならないほど多ければそれで十分である(8)。

ライプニッツ上掲書、下巻 p.28

 このようなライプニッツの考え方についても、次のように、デカルトに似たものがあります。人間の有限性に対し、神の無限性を対照させて、人間には、神の創造の意図は測りかねるとするものです。

 まず最初に私の心に浮かぶのは、たとえ、私にはその理由が理解できない何かが神によってなされたとしても、驚いてはならぬ、ということである。なおまた、なにゆえ神によってつくられたのか、どのようにして神によってつくられたのかが私には把握できないようなものが、そのほかにもあるのを、私が経験するとしても、だからといって神の存在を疑ってはならない、ということである。
 なぜなら、私の本性はきわめて弱く限られているが、他方、神の本性ははかりしれず、把握しがたく、無限であるということを、私はすでに知っているので、ここからまた、私にはその原因がわからぬことを神は無数になしうるのだということをも、私は十分に知っているからである。

「省察4」上掲書 p.274-275

 
 ここですでに、神が、人間の理性を超越する存在であることが指摘されていますが、この方向をより極端にしたものが、すでに古代にあります。

2. テルトゥリアヌス

  • 「不合理なるがゆえにわれ信ず」をめぐって

  •  信仰と知の根本的異質性

 つまり、ライプニッツ・デカルト的解答とは異なる、より古典的な古代の解決法としては、以下のテルトゥリアヌスのものが有名で、ライプニッツもこれに言及しています。

 神に関して不公正だと思えることとか、信仰に関して虚偽だと思えることは、単にそう思えるにすぎない。テルトゥリアヌス〔Tertullianus 150/160-220頃〕の有名な言葉がある〔De Carne Christi『キリストの肉について』〕。
「et mortuus est dei filius: prorsus credibile est, quia ineptum est. et sepultus resurrexit: certum est, quia impossibile.
(神の御子は死んだ。これは、むしろ信じ得る。何故なら、それは不合理だからである。そして埋葬され、御子は復活された。これは、確かである。何故なら、それは不可能だからである。)」

ライプニッツ『弁神論』上巻 p.85-86、一部補足・改変


  この思想は、後世次のように要約されて、

「不合理なるがゆえにわれ信ず(Credo quia absurdum est)」

としてよく知られています。

 上記の、テルトゥリアヌスの言葉は、キリストの「受肉」と「復活」というカトリックの正統教義そのものが「不合理」だと認めているわけですね。
 
  また、このテルトゥリアヌスの言葉は、単に「弁神論的問題」への解答というだけに留まらず、そもそも

「信仰」ないし「信じること」と、
「知」ないし「知ること」

との間の「根本的異質性」の問題に通じるものだ、という点を認識しておく必要があります。
 この点に関しては、神秘主義に関する、バタイユの次の言葉を参照してください。

 3. バタイユ

――ここで信仰は教義ではなく、経験の次元へと移ります。テルトゥリアヌスが「不合理なるがゆえにわれ信ず」と述べて、信仰と知の根本的な異質性を強調したのに対し、バタイユはさらにその信仰を、抽象的な教義や理性的説明から離れた、身体的な経験の極限へと導いていきます。

  • 神秘主義とキリスト教的生

  • 信仰経験の次元

神秘主義を論じる修道士のみなさんが、自分が語る内容を必ずしも実際に体験してきたわけではありません。しかし、この論文集〔『神秘主義と禁欲――第7回アヴォン国際学会論叢』1952〕の寄稿者の一人であるテッソン神父が指摘するように、神秘主義(もちろん教会が唯一正統とみなしている神秘主義のことです)は、特別な一部の人間だけのものではなく、あらゆる本来的なキリスト教的生活そのものを構成しています。つまり、

「キリスト教的に生きる」ということと「神秘主義的に生きる」ということは、同一の内容の二つの表現なのです。

『エロティシズム』酒井健訳、ちくま学芸文庫 p.386、一部改変

 バタイユにとって、真の信仰や神との関係は、理性による弁神論的な解決をはるかに超えたものです。彼は、「神の不在や沈黙」、「死の恐怖」、「過剰な快楽や苦痛」といった極限の体験を通じて人間が自己を失うような「内的体験(inner experience)」の中にこそ、聖なるものに触れる可能性を見出しました。
 具体的には、エロティシズム(性的な極限体験)や供犠(生贄)、死に直面する苦痛のなかで、一気に聖俗を通底させようとする身体の状態に至ります。そういった非日常的で過剰な体験において、「悪」は単なる説明の対象ではなく、日常的な善悪の枠組みを侵犯し、乗り越えようとする生の運動そのものと考えられています。

 この姿勢は、ライプニッツやデカルトのような理性的・全体論的な弁神論を拒否し、悪や世界の不条理を頭で整理するのではなく、肉体と精神の両方で引き受け、生きる方向へと開いていきます。こうしてバタイユは、テルトゥリアヌスの「不合理」を、20世紀の極限状況へと引き継ぎ、信仰を言葉や理論ではなく、身体で経験する道筋を提示しようとしているのです。

 このような身体的な極限経験の次元は、後述するシオランの「生誕の災厄」の告発や、シモーヌ・ヴェイユの「受苦」の思想とも深く響き合っていると思います。

4. ヘーゲル

・ライプニッツ批判
・静的弁神論から歴史的弁神論へ

 ところで、以上のようなライプニッツ的「弁神論」を強く批判したのがヘーゲルで、以前説明した彼の「弁証法」は、「善・悪」の「対立=矛盾」を「Aufheben」(止揚・揚棄)という形で解消するという新たな、より洗練された解決法、あるいは「静的・無時間的」なライプニッツ的解決法に対して「動的・時間的・歴史的」要素を取り入れた解決法としての、新しい「弁神論」だと言えます。

 ライプニッツの考えは、神が無限に可能な世界のなかから最上のものを選んだ、という楽天主義(Optimismus:最善主義)ですが、これは退屈なものです。表現は不適切で通俗的だし、内容も、イメージや幻想上の可能性を相手とするおしゃべりです。

『哲学史講義』長谷川宏訳、河出書房新社(下巻)p.318

 ヘーゲルにおける「弁証法的運動」は、抽象的な論理ではなく、歴史そのものの運動として理解されています。 例えば、
 フランス革命の理念(自由・平等・博愛)が「肯定・措定」として現れ、
ロベスピエールの恐怖政治が、その理念を裏切る「否定・反措定」として噴出、
 さらにナポレオン帝政が両者を統合する「再肯定・総合」として現れる。
この再肯定・総合は再び新たな措定となり、歴史は否定性を内包しつつ前進していく。
 ヘーゲルにとっての「悪」は、この歴史的運動を駆動する「否定性」そのものということになります。

5. 善悪二元論とキリスト教異端

――以上のような正統派的な解決(ライプニッツ・テルトゥリアヌス・ヘーゲルなど)に対して、根本から異を唱えるのが善悪二元論です。

  • アウグスティヌス的悪理解

  • 二元論の誘惑

  • シモーヌ・ヴェイユと受苦

 昔から、人間をとりまく「悪」がどこから来るのかについて、人々は頭を悩ませ続けてきました。神がこの世を創られたとするなら、どうしてこんな目に余る悪がいつもいつも横行するのでしょうか。アウグスティヌス(Augustinus(354-430)ラテン教父)に代表される正統派キリスト教の思想では、悪は「後天的」に神の創造世界に付け加わったとされます。悪と見えるものは本来的には「非(存)在」であって、つまり、悪い行為、悪しき思いはあっても、「悪」そのものは存在せず、人間の意志が神から逸脱する限りにおいて、意志の中にのみ存在しうるものなのです。

 しかし、人間がどんなに残忍非道になりうるか、少々の善意や正義感など蹴散らすほどの大量虐殺とか凌辱とかを、私たちが日頃どんなに頻繁に見せつけられているかを考えるだけでも、アウグスティヌスの思想で万人を説得できるとは思いにくい。悪が自由意志と共に人間世界にもたらされたとして、神は人間の自由意志の使い方を予見できなかったのか、と皮肉に問い返すこともできます。むしろ問題は、自由意志の結果として悪が地上にはびこることを知りつつ許したのではないか、という点にあるのではないでしょうか。「愛」を持つ「全能の」神は、この帰結を回避しえなかったのでしょうか。

 グノーシス主義のような「善・悪二元論」は、「悪」もまた、具体的な悪しき行為や悪い思惟以前に、「先験的な(経験に先だつ)実在」として規定します。このようなやり方は明快で解り易く、悪の問題への一つの解答でしょう。

 正統派の側から見て、二元論が危険思想である理由は理解できます。この世にはどうしても矯正できない「悪」があることを正面から認めるのが二元論ですから、救いようのないペシミズム、宿命論がそこからは生じえます。二元論は、それがいかに宗教の一形式であっても、ニヒリズム、ひいては極端な場合には「無神論」への道を開くことになります。

 だとしても、どんな時代の人間であっても、「矯正できない」悪を実感する機会に事欠きはしないでしょう。そしてまた、たとえ「悪あがき」に似ているとしても、からだを張ったひたすらな純粋さへの願いも人間の本性に属すものです。知らず知らず二元論に引きつけられていく契機は、私たち自身の内にも、またその周囲にも、実にふんだんに見い出されます。

 「二元論的宗教」は確かに、人をむしろ無神論に近づける危険を持っています。しかし逆に、悪の身近さ・執拗さに痛切に浸透された中から、強い信仰が芽生えることもまた事実です。神の「愛」がほとんど信じられない中で、神が人間を見離して無限の彼方に去ったかと思えるような深い絶望の中で、それでもなお持ちこたえてこそ、信仰なのかもしれません。

 自分が低く小さく感じられるほど、高さを志向する力は強まるのが道理であって、神の「遠さ」は、かえって神を近くに呼び求めるインパクトとして作用することがあります。この逆説的メカニズムは、日本の他力思想が、自己の卑小さをひたすら追求することによって、かえって弥陀の救いを確信する過程と類比するようにも思われます。もちろん「類比」は類比にとどまりますが。

 信仰の強さは、人間の悲惨さの認識から獲得されるほかはないでしょう。二元論とは、無神論ぎりぎりのところで、なお神を求めている姿だと言えるのではないでしょうか。

 だから、「神は存在しない」と思って祈る、というほど「受苦」の決意に徹したフランスの哲学者、シモーヌ・ヴェイユ(Simone Weil :1909-43)が、世界の悪と神の不在の経験をめぐって、グノーシス主義や、より正確にはカタリ派に関心を寄せたことは、不思議ではありません。もっとも、ヴェイユ自身の思想は、グノーシス主義そのものにはむしろ批判的で、関心の対象としてはカタリ派のほうにより近いものです。彼女の思想の独自性は、もちろん、カタリ派の影響を超えています。

 原田武『異端カタリ派と転生』人文書院、p.45-50 一部省略・変更・補足

6. シオランと悪しき造物主

――ここに至ると、悪はもはや説明される対象ではなく、創造そのものを告発する言葉へと変化します。

  • 創造のスキャンダル

  • 生誕の災厄

  • デミウルゴス的世界像

Le mauvais démiurge, Gallimard, 1969, p.10-20
(『悪しき造物主』金井裕訳、法政大学出版局 p.4-16)

「「善良なる神」、「父なる神」が創造のスキャンダルに手を貸したとは信じ難いことであり、信じられぬことだ。この神が創造に何らかかわりをもたなかったこと、創造は、どんなことをも平然とやってのける神、堕落した神の権限に属するものであること、これは例を挙げるまでもなく明らかなことである。善良なるものは創造しない。・・・・・」

「すべての腐敗しやすいものを――とはすなわち、生きとし生けるすべてのものを、ということだが――例外なく悪が支配している・・・・・私たちがこの神を救出できるのは、この神の立場と造物主(デミウルゴス)のそれとを分離し得る勇気を持ち合わせている場合だけだ。キリスト教は、この分離をみずからに禁じたがゆえに、その全歴史を通じて、「慈悲深き創造者」という証明不可能な事実を、やっきになって私たちに押しつけなければならなかった。こんな絶望的なことを企てたがために、キリスト教は涸渇を余儀なくされ、保護したいと思っていた神を危険にさらさなければならなかったのである。・・・・・」

「悪魔は、造物主(デミウルゴス)の代理人、代理者であり、造物主の此岸の仕事を管理する。その威信にも、そしてその名前に結びついている恐怖にもかかわらず、悪魔は一介の管理者にすぎず、下賤な仕事を、歴史を任された天使にすぎない。・・・・・」

「産むことはどんなものであれ例外なく、うさん臭いものだ。幸いなことに、天使たちは出産には向いていない。生命の繁殖は、もっぱら失墜した者たち〔堕天使=サタン〕がこれに当たるべきものなのだ。レプラ(※1)は待つことを知らず、貪欲であり、好んで広がろうとする。・・・・・」

「克服すべきものは、生への欲望よりはむしろ「子孫」に対する好みである。親、産みだす者たち、彼らは扇動者か、さもなくば狂人である。出来損ないの最たる者〔人間〕に、「生命をもたらす」能力・「産む」能力があるということ以上に、私たちを失望させるものがまたとあろうか。どんな人間かもおかまいなしに造物主めいたものに仕立て上げてしまうあの奇蹟を想いみるとき、どうして恐怖や嫌悪なしに済まされようか。「天才にも匹敵する例外的な能力」〔出産能力〕であるべきはずのものが、誰かれの差別なしにすべての人間〔正確には女性〕に与えられているのである。これは、自然を永遠に失格させてしまう粗悪な恩恵とでもいうべきものである。・・・」

「『創世記』のあの犯罪的命令――「産めよ、増えよ」――これは善良なる神の口にしえないものであった。もしこの神が『創世記』のくだんの章〔1.28〕において語ったならば、「増えずあれ」とでも示唆したことであろう。ましてや、「地に満てよ」などといった不吉な言葉をつけ加えることはできなかったはずだ。私たちは即刻これらの言葉を消し去り、これらの言葉を収録した恥辱から「聖書」を洗い浄めるべきであろう。・・・・・」

(※) ボゴミル派やカタリ派は、旧約聖書の大部分を悪神の書と見なしました(預言書、詩編などの個人的表白は例外的に認めています)。

「孕(はら)んだ女どもが石もて殺され、母性本能が禁圧され、そして不毛性が歓呼をもって迎えられる日がやって来るだろう。さまざまな宗派、例えばボゴミル派やカタリ派(※2)において、多産性は猜疑の目をもって見られていたが、これらの宗派において、結婚という厭うべき制度は、当然のことながら断罪の対象であった。だが、共同の眩暈(めまい)を肯(がえん)じまいとする者たちにとって遺憾きわまりないことに、この制度こそ、あらゆる社会が終始一貫保護して来たものである。子を産むことは災厄を愛することにほかならず、災厄を維持し、増大させようと欲することにほかならない。「火」を宇宙の、そして欲望の原理と同一視した、あの古代の哲学者〔ヘラクレイトス〕たちは正しかったのである。なぜなら欲望は燃えさかり、焼き尽くし、すべてを無と化するからである。存在の原動力にして同時にその破壊者たる欲望は、陰鬱なもの、本質的に地獄的なものなのだ。

(※) 後に見るように、カタリ派では「生殖・出産」そのものを、(シオラン的に言えば)「災厄」への加担と見なし、厳しく禁じました。 この生殖否定の論理は動物にも及び、動物の肉体(=生殖の産物)を摂取することも悪の原理への関与と解され、その結果として肉食の禁止が帰結しました。

 (※1) ハンセン病。「lepra」という語の変遷の最初の段階は旧約聖書にあります。「レビ記」(13章・14章)では、ヘブライ語「ツァラト(Zaraath)」として登場します。これは、見た目の「汚れ」のみならず、宗教的な「穢れ」をも意味しました。「lepra」は「ツァラト」のギリシア語訳であり、新約聖書の「マルコによる福音書」(1.40)に現れています。この語は、元々は、「皮膚の表面にできた粉状のもの(ふけ・斑紋・しみ・あざ)」という医学用語ですが、後に宗教的意味を含意するようになりました。

(※2) シオランのこのエッセイには、これらのキリスト教異端、すなわち、ローマ・カトリックと東方正教会によって歴史から葬り去られたヨーロッパの抑圧の系譜を掘り起こし、彼のいわゆる「生誕の災厄」を歴史的に位置づけるという意図があります。次章で異端派の概要をまとめます。

7. グノーシス主義・ボゴミル派・カタリ派(改訂版)

・ グノーシス的二元論の概要
・ 身体・世界・救済
・ 異端思想の系譜

 これらのキリスト教異端の根は、古代グノーシス主義にあります。gnōsisとはギリシア語で「知識」を意味しますが、この派においては、人間を救済へ導く究極の知識を指します。
 グノーシス主義は、西暦1世紀のローマ帝国辺境部(エジプト、シリア・パレスティナ、小アジア)で興り、2〜3世紀に最盛期を迎え、4世紀以降急速に衰えました。
 この教義の特徴は、「自己」と「世界」を区別する二元論にあります。
ローマ帝国時代の一般的な宇宙観は次のようなものでした。すなわち、月より上の星辰界は神的で、秩序と善が支配する領域であるのに対し、地上世界は悪と無秩序の支配する領域でした。人間の身体は当然ながら後者に属すると考えられていました。しかし、人間の本来の意味での「自己」は魂であり、それは神的領域に由来するものです。そのため、魂は常に身体および地上世界と対立関係にあります。いわゆる心身二元論の立場です。
 
 一般的には、「自己」と星辰界は対立しませんが、この点においてグノーシス的二元論は独特です。グノーシス主義(その中のセト派など)は、例外的に星辰界すらも悪魔視し、「自己」が身体・地上世界のみならず、星辰界にも敵対していると主張しました。すなわち、「自己」と「世界全体」との二元論です。
 人間は本来、神の内にありましたが、ある偶然によって地上界に転落し、身体の中に閉じ込められています。
 この思想はきわめて古く、オルフェウス教(前6世紀)・ピタゴラス派(前5世紀)・プラトン(前4世紀:『パイドン』『パイドロス』)に見られます。ギリシア語「sōma(身体)」と「sēma(墓)」の音の類似により、「身体=(魂の)墓」という説が形成されました。
 
 しかし、自己本来の姿についての「知識(gnōsis)」が与えられれば、人間は覚醒し、魂は身体を脱却して敵対する星辰界をも通過し、やがて神の領域に入り、再び神となります。
 「自己」が本来属する「英知界」を支配するに対し、地上界を創造し支配しているのが「デミウルゴス(Demiurgos:造物主)」です。この名はすでにプラトンの後期対話篇『ティマイオス』に登場し、そこでは善なる職人とされていますが、グノーシス主義では本来の神よりはるかに下位の存在と見なされ、
「ヤルダバオート(混沌の子)」「サクラス(愚か者)」「サマエール(盲目の神)」
などの名で呼ばれました。多くの場合、この神は旧約の神と同一視され、自らに背く者を怒り、呪う神と考えられました。
 
 また、「知恵」の解釈にも独特の視点があります。旧約『創世記』が語るエデンの園の誘惑者は蛇であり、創造神が正義をもってこれに対抗したとされますが、グノーシス主義はこれを逆に解釈し、蛇こそ人間に知恵を授けた恩恵者であり、創造神(旧約の神)こそ人間を抑圧する存在であるとみなします。
 
 このような二元論の影響のもと、10世紀中頃にバルカン半島のブルガリアで広まったのがボゴミル派です。この派はグノーシス的二元論を受け継ぎ、新約聖書・詩篇・預言書のみを承認し、それ以外の旧約聖書を悪神の作品として退けました。
 その後、この東方的二元論を引き継ぎ、ボゴミル派の影響のもと、12世紀頃に西欧で広まったのがカタリ派です。「カタリ」という言葉はギリシア語の「Katharos」(清浄)に由来するとされています。南フランスのアルビ地方、特にその中心都市、トゥールーズで活動していたカタリ派は、地域名によってアルビ派アルビジョワ派)とも呼ばれました。この派の教義の中心は、善悪二神の対立であり、善神は霊界を、悪神(旧約の神)は地上世界を支配すると考えました。
 
 性欲に基づく性交は大罪とされ、完全な信者には結婚が禁じられていました。動物の肉食(肉類・卵・牛乳・乳製品・チーズ)も禁じられましたが、それは動物の性欲に基づく肉体の再生産を拒否した結果でした。ただし、当時は魚の生殖の仕組みが知られていなかったため、魚の摂取は許容されています。
 カタリ派は、「受肉」の教義を否定し、イエスを物質的身体を持たない純粋な霊的存在=ホログラムのような幻影とみなすことにより、イエスが魚を食したことも肉体的な行為とは考えませんでした。

 
 インノケンティウス3世によるアルビジョワ十字軍や、聖ドミニコによって1206年に創設され、1216年にローマ教会に認可されたドミニコ会による「異端審問」の徹底などにより、カタリ派は最終的には、14世紀初頭(1321〜1330年頃)に消滅しました。

1244年: モンセギュール城陥落。
カタリ派最後の大規模拠点、フランス南部ラングドック地方にあるモンセギュール(Montsegur)村山頂の「聖なる城塞」が崩壊し、225人の完徳者(Perfecti:ラテン語で「完全さを持つ人」。カタリ派の高位の聖職者に与えられた称号)たちが、火刑台に自ら飛び込みました。これで組織的勢力は壊滅しました。
1321年: 最後の「完徳者」ギョーム・ベリパストが捕らえられ火刑に。
1330年頃: 異端審問所の記録からカタリ派の名がほぼ消え、残党が山中や各地に離散・消滅しました。

7.1  カタリ派の思想

 対立する二体の神が存在する二元的な世界において、人間とはどのような存在であるかということについてのカタリ派の考え方は、次のようにまとめることができます。

人間の本質 :人間とは、本質的に悪である物質世界に住む異邦人であると考えられていました。人間の最大の目標は、善なる性質を持つ自身の魂を解放し、善なる神とともにある本来の地位を取り戻すことでした。

魂の転生 :魂は物質世界から脱出して非物質的な天界の住人になるまで、生まれ変わり続けるとされていました。魂は多くの人生にわたり多数の肉体に転生し、その後に最終的な解放へ至ると考えられていました。

肉体=牢獄という理解から導かれた結論 :人間が物質でできた肉体という衣服に捕らえられているという理解から、いくつかの倫理的帰結が導かれました。

 生殖は、受胎によって新たな魂を肉体に閉じ込めてしまうため悪とされます。夫婦間の通常の性的関係も例外ではなく、結婚は無用とされ、婚礼の儀式も存在しませんでした。

 食物については、物質的なものとの関わりが少ないほど善良であると考えられ、畜産物は忌避されました。魚は例外的に認められていました。当時の中世ヨーロッパでは、魚は性交を行わず、性欲に基づかない繁殖をすると広く信じられており、魂を肉体に閉じ込める行為に関与しないと考えられていたためです。この理解はカタリ派独自の教義というより、当時の自然観と倫理観が結びついた結果でした。

 肉体は魂を収容する外皮にすぎないと考えられていたため、自殺は罪とは見なされていませんでした。カタリ派の中には、エンドゥラ(耐忍)と呼ばれる四十日間の断食によって死を迎える者もいました。しかし、完徳者(聖職者)が、このような死に方を推奨することはありませんでした。完徳者は治療師として、肉体の生命を延ばす行為も担っていたためです。

 男女の優劣については、魂という本質が男女で同一だと考えられたため、男性が女性より優れていると考える根拠はありませんでした。肉体の違いもまた優劣とは無関係とされ、女性も男性と同等の権利と自由を享受していました。ラングドックの女性の中には完徳者となった者もいて、エスクラルモンド・ド・フォワ(Esclarmonde de Foix)がその代表的な人物です。

 宝石、金銭、聖遺物、聖体、十字架の複製物、教会建築などの物質的なものは、悪なる神の創造物であるため価値がないとされました。肉体が天界で復活することはなく、善なる神が物質世界に誰か(たとえばイエス)を派遣することもないと考えられていました。

イエス観: イエスは人間のように見えるものの、実際には非物質的な存在であり、一種の幻影のようなものであったとされていました。そのため、十字架上で死ぬことはなかったと考えられました。

救済の道 :この世界から脱出する方法は、禁欲的な生活を送り、物質世界によって魂が堕落させられないようにすることでした。これが完徳者の道です。完徳者は「純粋な存在」とされ、偶像、偽り、宣誓、世界への執着を拒絶し、清貧と非暴力を実践していました。カタリ派は、自派の中枢にいる選ばれた者だけに神聖な知識が与えられると考えていました。

慰めの儀式(Consolamentum): 完徳者は〈慰めの儀式〉を執り行うことで、個人の罪や物質世界とのつながりを拭い去る能力を持つとされていました。死期の近い者は誰でもこの儀式を受けることができました。死を目前にした者は精神の崇高さを失う危険が少ないと考えられていたためです。

ローマ教会への批判 :カタリ派はローマ教会の基本的教義や儀式のいくつかに強く反対しました。聖体の式典は、キリストが肉体を持ち磔にされたことを前提とするため、カタリ派の人々は激しい嫌悪を抱きました。善なる神が物質世界に下降して受肉するという考えを受け入れられなかったからです。幼児洗礼、結婚、信仰告白などの秘跡も価値がないとされました。

 また、教会の聖職者たちは不節制で贅沢な生活を送り、虚飾に満ちていると批判しました。教皇は反キリストであると見なされ、最後の審判の教義も否定されました。

終末観と万人救済 :カタリ派の考えでは、天使のように清らかな魂が最後のひとつまで解放されたとき、物質世界は終末を迎えるとされていました。カタリ派は万人救済論者であり、すべての魂が最終的には救済されると考えていました。

用語
聖体(Eucharist):キリストの真の体と血のこと。カトリック教会の聖餐式(ミサ)では、パンと葡萄酒が聖体に変わるとされています。
秘跡(Sacrament):神の恩恵を受ける手段で、聖体拝領などが含まれます。
最後の審判(Last Judgement):世界の終末に神が死者を復活させ、生前の行いを裁くとする教義です。ゾロアスター教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教に見られます。

7.2  カタリ派の儀式と段階的修行について

 カタリ派の儀式には、次のような特徴があったと考えられています。
カタリ派における精神的な進歩は段階的に規定されており、最初の段階は、カタリ派に入門して初心者となることでした。入門儀式の目的は、信者の心の準備を整えることと、共同体の一員として受け入れることにありました。

 入門した人々は、カタリ派の信条に沿った生き方を実践するよう努めました。上級の段階を目指す者もいれば、熱心な信徒としての生活に満足する者もいました。クレデンテス(Credentes)と呼ばれた一般信徒は、結婚して子どもをもうけることも許されており、完徳者に課されるような厳しい苦行を行う必要はありませんでした。

 完徳者を志す場合には、〈慰めの儀式〉(Consolamentum)を受けました。この儀式は、自らを神に捧げるための心の準備であると同時に、新しい地位を受け入れる際に直面する試練を乗り越えるための力を与えるものと考えられていました。

〈慰めの儀式〉は極めて神聖な儀式とされ、価値ある生き方を示し、完徳者として認められるための長い見習い期間を経たのちに授けられました。儀式そのものは、完徳者が志願者の上に両手を置くという簡素な形式でしたが、これによって聖霊が天から降り、完全さを求める志願者の内に宿ると信じられていました。

 この儀式を受けた時点から、志願者は完徳者と呼ばれるようになります。完徳者は一般信徒から深く尊敬されており、一般信徒が完徳者の前で三度ひれ伏して敬意を示すことが習慣になっていました。カタリ派には、規律を厳格に守る完徳者と、比較的寛容な生活が許される一般信徒という二つの地位がありましたが、さらに、一般信徒のための外的な集会とは別に、完徳者のみが参加できる内輪の集会が存在した可能性も指摘されています。

「哲学事典」(平凡社)、「世界大百科事典」(平凡社)、「キリスト教大事典」(教文館)、「キリスト教辞典」(岩波書店)、原田武『異端カタリ派と転生』(人文書院)

8. 「異端審問」とドストエフスキー

 神の栄光のために毎日国内に薪の山の燃えていた、恐ろしい審問時代、
キリストが今一度人間の姿を借りて下界に現われ、死せる幼女を蘇生させるという奇蹟を顕(あらわ)します。群衆の背後から見ていた大審問官は一切を悟り、ただちにキリストを獄舎に繋がせました。

一日も過ぎて、暗く暑い、『死せるが如きセヴィリヤの夜』が訪れた。空気は『月桂樹とレモンの香に匂って』いる。深い闇の中に、突然牢屋の鉄の戸が開いて、老いたる大審問官が手にあかりを持って、しずしずと牢屋の中へ入って来た。

ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』米川正夫訳、 岩波文庫 
第2巻 p.79-82、一部変更

 トルケマダ〔Tomás de Torquemada(1420-98)〕を思わせる大審問官はキリストを難詰します。

 彼はただ一人きりで、戸はその後ですぐさま閉ざされた。彼は入口に立ち止って、長いこと、一分間か二分間か、じいっとキリストの顔に見入っていた。とうとう静かに近寄って、あかりを卓の上に載せて口をきった。
『お前はイエスか?イエスか?』
 しかし返事がないので、急いでまたつけたした。
『返事しないがいい、黙っておるがいい。それにお前なぞ何も言えるはずがないではないか!わしにはお前の言うことが、あまりにもわかり過ぎるくらいだ。それにお前は、もう昔に言ってしまったこと以外に、何一つ付け足す権利さえ持っていないのだ。なぜお前はわしの邪魔をしに来たのだ?ほんとうにお前はわしらの邪魔をしに来たのだろう、それはお前自身でもわかっておるはずだ。しかし、お前は明日どんなことがあるか知っておるか?わしはお前が何者か知らない、また知りたくもないわ。お前がほんとうのイエスかまたは贋者か、そのようなことはどうでもよい。とにもかくにも、明日はお前を裁判して、一番性の悪い異教徒として烙(や)いてしまうのだ。すると今日お前の足に接吻した民衆が、明日はわしがちょっと小手招きしただけで、お前を烙く火の中へ我さきに炭を掻き込むことであろう。』・・・

『もうお前はみんなすっかり法王に渡してしまったじゃないか。いま一切のことは法王の手中にあるのだ。』・・・

『わしはお前に我々の秘密を隠そうとはしない。もっともお前はどうしてもわしの口から言わせたいのかもしれぬ。よいわ、聞かせてやろう。我々の仲間はお前ではなくて、彼(悪魔)なのだ。これが我々の秘密だ!我々はもうずっと前から、もう八百年の間お前を捨てて、彼と一緒になっているのだ。ちょうど八世紀以前、我々は彼の手から、お前が憤然と斥けたものを取ったのだ。彼が地上の王国を示しながらお前に薦めた、かの最後の贈り物を取ったのだ。』
〔フランク族の(小)ピピン(カール(大帝)の父)がフランク王位につくことを、ローマ教皇ザカリアスが承認し(751年)、その返礼として、ピピンはイタリアのロンバルド族を討って領土を奪い、イタリア中部ラヴェンナ地方を教皇ステファヌス三世に献じたこと(ローマ教皇領の発生:756年)を指す。〕・・・

 大審問官は口を噤(つぐ)んでから暫くの間、囚人がなんと答えるか待ち設けていた。彼は、相手の沈黙が苦しかったのだ。見ると、囚人はしじゅう沁み入るように、静かに相手の眼を見つめたまま、何一つ言葉を返そうとも思わぬらしく、ただじっと聴いているばかりだ。老人はたとえ苦(にが)い恐ろしいことでもいいから何か言ってもらいたくて堪らなかった。
 
 が、突然、囚人は無言のまま老人に近づいて、九十年の星霜を経た血の気のない唇に静かに接吻した。それが答の全部なのだ。

上掲岩波文庫 p.82-83,84,96-97,106,一部改変


 この場面の舞台は、フランスでもドイツでも成り立つ話なのに、スペインでなければならない、それも「月桂樹とレモンの香の匂う」、「暗く暑い死せるが如きセヴィリヤの夜」でなければならないと思われてきます。
 「異端審問」といえばスペイン、というのも一面においてはごく自然な連想です。理論上、異端審問は全カトリック世界的な制度だったのですが、国により時代によってひどく様子が違います。異端状況が違ったのだから当然のことですが、それだけではありません。異端審問を成立させる不可欠の要件は「世俗の腕」、つまり世俗権力の協力だったのですが、そのありようが違っていたからです。
 そのなかで、15世紀後半以降の「スペイン異端審問」は国家権力と結合して、おそらくもっとも強固かつ永続的な制度となったので、わたしたちの異端審問に関するイメージは、その多くを、スペインのそれに基づいていると言ってもよいかと思います。

渡邊昌美『異端審問』講談社現代新書 p.214-215、一部省略・補足・改変

9.   コンベルソ(converso)とトルケマダ
 

 「コンベルソ」とは、スペイン語でユダヤ教からキリスト教に改宗した人々を指す言葉です。ディアスポラ〔diaspora:民族離散〕によってヨーロッパ各地に移り住んだユダヤ人の中でも、多くの人が南フランスからイベリア半島の南岸にかけての地域に定着しました。こうした人々は「セファルディム」と呼ばれます。
 イベリア半島の諸国では、セファルディムに対する政策が、受け入れと排除のあいだを行き来していました。特に12世紀以降のカスティーリャ王国では、セファルディムの政治的・経済的な力をレコンキスタ(Reconquista:イスラム勢力から国土を取り戻す運動)の推進に活用していました。
 
 15世紀後半になってレコンキスタの完了が近づくと、カスティーリャ女王イザベル1世とその夫であるアラゴン王フェルナンド2世は、排除の矛先をイスラム教徒からユダヤ人(セファルディム)へ向けました。これは、性格の異なるアラゴン王国とカスティーリャ王国を一つにまとめるための政治的な方策でもありました。
 一方で、ユダヤ人共同体の内部でも変化が起きていました。王権と結びついて権力や利益を得ていた有力なユダヤ人たちの中には、相次いでキリスト教へ改宗し、コンベルソとなる人たちが現れます。その背景には、そうした有力者に対する同胞からの批判的なまなざしもありました。

 しかし、有力者層を除くと事情はさまざまです。キリスト教に改宗してもユダヤ教の教えや生活習慣を密かに守り続ける人、また改宗せずにむしろユダヤ教の信仰を強める人(フダイサンテ〔judaizante:ユダヤ教的傾向を持つ人〕)もいました。こうした人々は、カトリック教会が新たに設立したスペイン異端審問所によって厳しく取り締まられました。また、スペインはこのフダイサンテ狩りに、同じユダヤ人の出自をもつコンベルソを多く関与させることになります。

 なお、スペイン異端審問所の初代大審問官であるトマス・デ・トルケマダも、コンベルソの家系に生まれた可能性があると伝えられています。
 
 コンベルソ系の人々には、上記のような出自と状況の複雑性ゆえに、独特の心性に由来する文化的特性があります。この問題は、コンベルソの複雑なアイデンティティがスペイン黄金世紀の文化に与えた影響として、別の機会に触れるつもりです。
 
スペイン黄金世紀(Siglo de Oro): 16世紀から17世紀にかけてのスペインにおける文化的隆盛期を指します。政治的にはレコンキスタの完了と新大陸発見による「太陽の沈まぬ帝国」の絶頂から衰退へと向かう激動期ですが、文学ではセルバンテスやロペ・デ・ベガ、美術ではベラスケスやエル・グレコといった巨星が相次いで登場しました。 興味深いのは、この「黄金」の輝きが、カトリックによる厳格な思想統制(異端審問)や、コンベルソたちが抱えた「内的疎外」という「影」と表裏一体であった点にあります。

 「コンベルソ(改宗ユダヤ人)」という存在は、単なる歴史的カテゴリーではありません。それは、キリスト教的な「善」の体系から排除されながらも、その内部に留まらざるを得なかった人々の「引き裂かれた存在論」を体現しています。  彼らが抱えた沈黙や偽装、そして根源的な疎外感こそが、黄金世紀の芸術における、あの独特な深みや、光と影の強烈な「対比」、あるいは「創造」を生み出す原動力となったのではないでしょうか。

 不条理な抑圧という「悪」の状況が、逆説的に比類なき「創造」の揺り籠となったという事実は、ここで見てきた弁神論の地平を、空虚な論理から、血の通った人間ドラマの次元へと引き戻すものと言えるでしょう。

 なお、コンベルソ系の可能性(あるいはその文化的影響)が指摘されている人々としては、以下のような名前を挙げることができます。(cf. Wikipedia)

  • コロンブス(新大陸到達)

  • ラス・カサス(『インディアスの破壊についての簡潔な報告』の著者)

  • セルバンテス(『ドン・キホーテ』の著者)

  • ベラスケス(『ラス・メニーナス』を描いた宮廷画家)

  • 十字架の聖ヨハネ(神秘主義詩人)

  • アビラの聖テレジア(キリスト教女性神秘家)

それではまた!

10.  付記:「悪」をどう捉えるか?(改訂版)

三つの主要な立場の対照 


 「悪」はライプニッツにおける「不完全性」から、グノーシス主義・シオランに至るや「創造そのものの告発」として変容し、テルトゥリアヌス・バタイユ・ヴェイユへと至る一派では、神に触れるための足がかり(あるいは媒介)として再解釈されています。

① 【肯定的・全体論的アプローチ】(理性の光による解決)
◆思想家:ライプニッツ、デカルト、ヘーゲル  
◆視点 :「部分は不完全でも、全体としては最善である」  
◆比喩 :不協和音が楽曲を引き立て、陰影が絵画を美しくする。  
◆創造 :神による「最善世界の構築」としての創造。

② 【実存的・拒絶的アプローチ】(存在の闇からの告発)
◆思想家:シオラン、グノーシス主義、カタリ派  
◆視点 :「この世界(物質)の創造そのものが悪のスキャンダルである」 ◆比喩 :出産は災厄への加担であり、この世は悪神(デミウルゴス)の監獄である。  
◆創造 :既存の創造(世界)を否定し、沈黙や不毛性、あるいは「知(グノーシス)」を求める。

③ 【超理性的・経験的アプローチ】(身体の震えによる受苦)
◆思想家:テルトゥリアヌス、バタイユ、シモーヌ・ヴェイユ  
◆視点 :「不合理だからこそ信じる。理屈を超えた極限で神に触れる」
◆比喩 :エロティシズム、供犠、あるいは「神の不在」という名の祈り。 ◆創造 :自己を無化する「内的体験」や、引き裂かれたアイデンティティからの表現。

★ 結節点として:「コンベルソたちのスペイン黄金世紀」   
 異端審問(悪)の影の中から、コンベルソたちの引き裂かれた魂が、逆説的に至高の芸術(創造)を絞り出した歴史的現場。

10.1  ヴェイユについての補遺

 ヴェイユにおいて、理性の限界を超越する瞬間に立ち現れるのは、単なる激情ではなく、彼女が「重力」と呼ぶ「世界の必然性」に身を明け渡す「受苦」という心性です。「身体の震え」は、感情の爆発ではなく、自己が世界の力に従属していることを悟る微細な徴候であり、その震えに耐え抜く「注意(attente)」こそが、神の不在を正面から受け止める祈りの形式となります。
 この構造は、他力思想との構造的類似を示しているように思います。
 つまり、テルトゥリアヌスの「不合理ゆえに信じる」という逆説や、バタイユの供犠的エロティシズムが示す越境の力は、ヴェイユにおいて、さらに純化され、「自己を無にすることによってのみ触れうる超越」として再解釈されているのです。
 ここでの創造的要素は、主体の拡張ではなく、むしろ主体の縮減――「私」が剥ぎ取られ、切り裂かれ、ついには透明化する過程で生じてくる表現のことです。引き裂かれたアイデンティティは悲劇ではなく、世界の真理に触れるための裂け目であり、その裂け目を保持し続けることが、ヴェイユ的意味での「内的体験」となります。
 例えば、妙好人が「自力のはからい」を捨て、禅者が「大死一番」を経て自我を消去するように、ヴェイユにおける「恩寵」もまた、単なる受動的救済ではなく、主体が自己を無化し続けるという能動的「受苦」を通してのみ訪れるものです。すなわち、恩寵は自力では獲得できない点で他力的でありながら、その他力を受け取るためには、現実世界の苦痛を耐え抜き、自己を透明化するという主体の変容が不可欠です。
 この意味で、ヴェイユの「注意(attente)」は、妙好人の「自力を捨てるという自力」や、禅者の「悟りを求めること自体を捨てることの悟り」という逆説と構造的に響き合っています。バタイユが供犠的エロティシズムを通して主体からの脱出を描いたように、ヴェイユもまた、主体の消去を通してのみ開かれる領域を見つめますが、その核心には、他力的でありながら他力に安住しない、能動的受苦としての「無の保持」があるのだと思います。

 


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集