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再生する前の街を覚えている(マルメ)|意味を押しつけない街だった|遠くで起きた近い話①

仕事で滞在していた街

仕事の都合で、スウェーデンのマルメにしばらく滞在していた。
今ほど都市の名前が語られていなかった頃だ。

国境を越えた移動も、いまよりずっと手触りが重く、街の変化もまだゆっくりだった。

シャワーしかない簡素なホテルに泊まり、荷物を置き、毎日同じ道を歩く。
短期の出張とも、生活とも言い切れない、中途半端な滞在だった。

城まで歩ける距離

城まで歩いて行ける場所に泊まっていた。

水路と公園、低い建物が続くエリアで、音が少ない。
街は何かを主張してくることがなく、こちらがどう過ごすかを急かされない。

観光地というほどでもなく、何もないわけでもない。
用事がなくても歩けてしまう距離感が、そのまま街の性格のように思えた。

夜は暗く、静かだった

夜は静かで、暗い。
日本と比べると驚くほど暗いが、不安はなかった。

店は早く閉まり、人通りも少ない。
それでも治安が悪いという印象はなかった。
浮浪者の姿も記憶にない。

この土地で冬を越すことの厳しさを考えれば、
それは特別なことではないのだろう、と当時は納得していた。

余った時間

仕事以外の時間は、自然に余った。
何かをしなくても、そのままで成立してしまう時間だった。

造船ドックを見た。
城のまわりを歩いた。
芝生に座った。
マルメは、「何もしなさ」を邪魔しない街だった。

博物館の中のドラケン

城の中の博物館で、戦闘機のドラケンを見た。
派手な演出もなく、説明が前に出ているわけでもない。ドラケンは、ただそこに置かれていた。

それを見て、しばらく佇んでいた。
戦闘機という、強い意味を背負ったはずのものが、あんなふうに黙って置かれている。
その距離感が、この街のあり方と重なって見えた。

誇示もしないし、隠しもしない。
意味を押しつけない置き方だった。

いまのマルメとの距離

いまのマルメは、再生した都市として語られることが多い。
多文化、成長、成功例。そうした言葉が並ぶ街になったと聞く。

ただ、私の記憶にあるマルメは、何者でもなかった。
静かで、文化的で、城のまわりの緑がきれいだった。
それ以上の説明を必要としない街だった。

ドラケンが黙って置かれていたあの街には、また行きたいと思う。
でももう同じ体験は、できないのかもしれない。

それでも、あの距離感を一度知ってしまったことは、
いま何かを考えるときの、ひとつの基準として残っている。


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