人はなぜ「52Hz」になるのか ー届かないのではなく、届く相手を間違えたときー
52ヘルツのクジラという話がある。
クジラは仲間と声でコミュニケーションをとる生き物だが、
その中に、52ヘルツで鳴く個体がいると言われている。
多くのクジラは15〜25ヘルツで鳴くため、
その声は仲間に届かない可能性がある。
そのため、このクジラは
「世界で一番孤独なクジラ」と呼ばれてきた。
ただ、この話を聞くと少し不思議に思う。
そのクジラは、声を出していないわけではない。
声は出している。
それでも、届かない。
「52ヘルツのクジラたち」という小説を読んだとき、
この設定は単なる比喩ではないのだと感じた。
この物語が描いているのは、
孤独そのものではなく、
人が「52ヘルツ」になっていく過程だった。
声が届かない場所
主人公の貴瑚は、家庭の中で長く声を持たない存在だった。
母と弟との関係の中で、
彼女の意思や感情はほとんど認められない。
そこでは
声が届かないのではない。
声を出すこと自体が許されない。
こうした場所では、人は少しずつ
自分の声を小さくしていく。
やがて、声を出すことをやめてしまう。
それは孤独というよりも、
声を持たない状態に近い。
声を聞く人
そんな貴瑚の声を、最初に聞いたのがアンさんだった。
アンさんは、ただ話を聞くだけの人ではない。
貴瑚が家を出る決意をしたとき、
アンさんは彼女と一緒に家に向かい、
母親にその意思を伝える場にも立ち会う。
つまりアンさんは、
ただ受け止めるだけではなく、
貴瑚が自分の人生を選ぶことを支える人だった。
声を聞くとは、
単に耳を傾けることではないのかもしれない。
ときには、
その声が現実になるところまで
一緒に立つことでもある。
人が52ヘルツになるのは、
声がないからではない。
声を聞く人がいないからだ。
声を聞くふりをする人
しかし、この物語にはもう一つの形が出てくる。
主税という男性が現れる。
主税は最初、
貴瑚の声を聞いてくれる人のように見える。
理解してくれる。
味方になってくれる。
そう思える。
だがその関係は、やがて歪んでいく。
愛人になるという提案。
そこにあるのは共鳴ではなく、
利用だった。
弱っている人ほど、
声を聞いてくれる人に頼る。
しかしその相手が
自分を優先する人だったとき、
その関係は
共鳴ではなく搾取になる。
そしてときどき、その痛みは
取り返しのつかない形になる。
貴瑚の腹に刺さった包丁のように。
声を聞く人になる
この物語が希望の物語であるのは、
最後にもう一つの変化が起きるからだ。
貴瑚はかつて
声が届かなかった側の人間だった。
しかし物語の最後で、
彼女は少年の声を聞く側になる。
別の登場人物である美晴は、最初その声が聞こえなかった。
だが途中から、
聞こうとするようになる。
人は最初から
誰かの52ヘルツを聞けるわけではない。
しかし、
聞こうとすることはできる。
そしてときどき、
その態度が誰かを救う。
人はなぜ52Hzになるのか
人が52ヘルツになるのは、
声を出しても誰も聞かない経験が続いたときだ。
しかしもう一つ、
もっと痛い理由がある。
声を聞いてほしい人を間違えること。
それはとても深く人を傷つける。
それでもこの物語は、
もう一つの可能性も描いている。
人はときどき、 誰かの52ヘルツを聞くことがある。
そしてそのとき、 世界は少しだけ変わる。
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