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正解を捨てて見つけた、ぼくらの遊び場 〜不登校のわが子と創る、新しい教育のカタチ〜



2022年10月、家族で一歩を踏み出す

これまで全7回にわたり、わが子が不登校に至るまでの葛藤や、オランダでの価値観の転換について書いてきました。今回からは新シリーズとして、その経験を経て、私たちが今どのような「居場所」を地域に、そして家庭に創ろうとしているのか、その現在進行形の歩みを書いていきたいと思います。

自己紹介はこちら↓
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時計の針を少し戻します。わが子たちが不登校になる少し前、2022年の秋。当時、長男は小学3年生、次男は年長でした。

この頃、長らく体調を崩していた妻が、ようやく少しずつ回復の兆しを見せ始めていました。家族全員が「何か前向きなことを始めたい」と、心のどこかで願っていた時期でもあります。

きっかけは、地域から届いた「もったいない」という声でした。 少子化の影響で近所の少年野球チームが消滅し、かつて子どもたちの声が響いていたグラウンドがぽっかりと空いてしまっていたのです。「近くでスポーツができる場所がない」「親の送迎がないと通えない」……。

同時に、親としての切実な想いもありました。コロナ禍を経て、家で過ごす時間が増えたわが子たちの運動不足。何か運動系の習い事をしてほしいけれど、既存の「勝ち負け」を競うチームは、当時のわが子たちには少しハードルが高く感じられました。見学も一緒に行きましたが、子どもたちも「ここではやらない」の一点張りでした。

「それなら、この空いているグラウンドで、自分が場所を作ればいい」 それが、すべての始まりでした。

「体育教員」ではなく「企画者」としての家族プロジェクト

特技であり、ずっと携わってきた野球を教えることを最初考えましたが、なかなか人は集まりませんでした。そこで思い切ってコンセプトを「野球」から『親子でできる外遊びの場』へと転換しました。

この活動は、わが家にとっての大切な一歩でもありました。 妻が「何か前向きに活動できることはないか」と模索する中で、彼女が元々興味を持っていたチラシ作りやSNSでの発信を担当してもらうことにしたのです。

私が場を整え、妻がそれを外へ届ける。 「教員」としてではなく、一人の「夫」であり「父」として、家族みんなで一つのプロジェクトを動かす。そのプロセス自体が、わが家に少しずつ明るい活気を取り戻させてくれました。

名称をどうするか、ロゴは作るのか、そういう相談するところからワクワクしていました。そして『kids_playground2022』というアカウントを立ち上げ、『みんなで遊ぼう‼︎』というイベントを実施していくことになります。
詳しくはこちらをご覧ください↓
今までの活動や思いやこちらから

地域を巻き込む「遊び場 & ランチ」への進化

活動は、思わぬ広がりを見せました。 私の同級生のヨガ講師がこの試みに共感してくれ、2時間の外遊びの締めくくりに20分ほどのヨガを取り入れることになりました。親子で汗だくになって遊んだ後、青空の下で深呼吸をする。その心地よさが評判を呼びました。

さらに、「せっかく親子が集まるなら、地域も盛り上げたい」という想いから、地元の飲食店にも声をかけました。 キッチンカーを持つ隣町の飲食店に、事前予約制でランチ販売を依頼したのです。予約制にすることで店舗側のロスをなくし、参加者以外の人も買いに来られる。この「winーwin」の仕組みは、コロナ禍で苦しんだ飲食店への応援にもなり、地域の方々から大きな支持をいただきました。

月に一度の「遊び場 & ランチ」は、多い時には100食を売り上げるほどの大盛況となりました。地域の方々が笑顔で集い、美味しいものを食べ、子どもたちが走り回る。そこには、学校や仕事といった枠組みを超えた、温かい「居場所」が生まれていました。

成功体験が教えてくれたこと

この時の成功体験は、その後に訪れる「全員不登校」という荒波を乗り越えるための、私たち家族の大きな糧となりました。

  • 「教える」ことより、大人が「一緒に遊ぶ」ことの価値。

  • 一人の力ではなく、地域の多様な才能や飲食店を掛け合わせる楽しさ。

  • そして何より、「場所がなければ、自分たちで作ればいい」という確信。

後に長男たちの行き渋りが始まったとき、私は絶望の中にあっても、心のどこかでこの「遊び場」の光景を思い出していました。

子どもたちも学校に行かなくなってからでも、この活動には参加してくれました。だからずっと続けてくることができました。

学校という枠から外れても、笑顔になれる場所は自分たちの手で作れる。オランダで目にした「全員が主役のスポーツ」の理想は、実はこの2022年の秋、日本の小さなグラウンドですでに始まっていたのです。

(つづく)

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