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私がnoteをはじめた2つの理由

1.アウトプット


私は、自分の気持ちや想いを人に打ち明けるのが
苦手です。
いつも心の中に溜め込んでしまう性格でした。

そのためか、不安障害にもなりました。

その治療の一つ。

とまでは言いませんが、アウトプットを目的として
自分の心の内を外へと出す。

トレーニング目的でnoteを書いています。


2.何もできない自分からの脱却


私は、学生時代いじめにあいました。理由はわかりません。授業中に消しゴムを投げつけられたり、話しかけても無視されたりしました。
辛くて耐えきれず、高校を中退しました。

その後、アルバイトを始めました。が、初めてのバイトだったので上手くできず。バイトの先輩に

「他の人が仕事を終えるまで先に帰らないように!
 ちゃんと手伝って!」

と注意され、そうするようにしていました。 でも、他のバイトの子は私の仕事が終わっていなくても、その先輩が仕事を終えていなくても、先に帰り、注意もされずにいました。私だけが怒られて残っていました。私の心の中に

"何故、自分だけ?"

という不満がたまっていきました。が、それを言うことはできませんでした。自分に自信が無く、何一つ言い返す事ができなかったのです。仕事ができない自分が悪いと思っていました。
お客さんからも、ミスして怒鳴られたり、お尻を叩かれたりしていました。

「もう 行きたくない…」

バイト先へ行くのが憂鬱でした。しかし、一番
辛かったのは

"仕事が上手く出来ない自分" 

でした。惨めで、恥ずかしくて、情けなくて。周りの人にも申し訳なくて。

「皆ができる事が何故、自分はできないのだろう」
「私はなんて駄目な人間なんだ」

その事が、とても辛かったです。

しばらくして、親の転勤を機にそのアルバイトを辞めました。

月日が経ち、三十代になりました。自分に自信なんて欠片…どころか砂粒ほども残っておらず私の心は
真っ暗闇に染まっていました。
ただ闇の中

"私、このまま死ぬのかな?"
"産んで育ててくれた両親に申し訳ないな"

死ぬ事、そしてこんな娘で申し訳ないという 
両親への罪悪感だけがずっと頭の中にありました。

このままでは駄目ではないか?そう思うきっかけがありました。兄が亡くなった事です。病気でした。
二人兄妹だったのですが、特に仲が良かった訳でも不仲でもなく普通の関係性だったと思います。
亡くなったと聞いた時には、実感がわいてこなくて…現実感がありませんでした。しばらくしてから幼き日に一緒に過ごした思い出が浮かび、悲しみがこみ上げてきました。兄を亡くした両親の涙をみた時、
私は胸が痛みました。

このままでは駄目ではないか?

こんな私でも両親は、家族は大切にしてくれた。

…前を向かなきゃ!

そんな想いがうまれてきました。

しかし、とは思ってもすぐに自信はわいてはこないし自尊心も行方知れず。
私の心は、既に闇が支配していました。

「どうすれば良いのだろう?」

どうすれば私は自分に自信が持てるのだろう。
何か私にできる事はないのだろうか。一つくらい…
必死で考えて周りに目を向け、探しました。
そしてnoteという物を知りました。自分の想いや体験談などを好きなように書いていく。
何一つ、周囲と同じ様に出来ない私でも、これなら出来るのではないか?

"何も出来ない私" から
"書く私" へ

何が変わったの?と思われるかもしれないけれど
ただ、ひきこもるだけで毎日、死ぬ事ばかり考え、罪悪感を感じていた。
そんな以前の私とは変わったと思います。

noteを書くようになり、エネルギー、原動力を得たと思います。図書館へ行き、たくさんの本を読み
自分を取り戻そうと動いている。動くようになりました。

そして今までは不安障害も"どうせ治らないだろう" と思っていました。今は "ちゃんと治そう" という意識を持ち始めました。自分の中の意識の変化、考え方が変わってきていると感じています。
家族とも以前より会話するようになりました。少しずつですが前へ進んでいるように思います。

〘何も出来ない自分からの脱却〙

それが私がnoteを書く、二つ目の理由です。



正直、かなり勇気をだしてこの話を書きました。
胸の内をさらすのは不得意で…でもスッキリした気持ちでもあります。

月のみちかけは、こんな人間です。お見知り置きを。

長く拙い文章。
読んでくださり、ありがとうございました。


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