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アンドリュー・ワイエス展|#2 光と影|「あわい」

アンドリュー・ワイエスの話を地域の公民館の朗読会でしたところ、情景描写の話題から、思いがけず熱烈なワイエスファンに出会った。

テンペラ技法やオルソン姉弟について熱く語ってくださるその方だけでなく、ネットの仲間にも「大好きで、デッサン会ではワイエスの裸婦像のようなポーズをモデルにお願いした」という人がいる。

同じ作品を観ても、惹かれるところは人それぞれだ。それほど多様な見方を受け止める懐の深さが、ワイエス作品にはあるのだろう。

私は改めて図録を開き、「影の美しさ」に目を留めた。

《ハイ・スツール》1985水彩
 掲載作品は、会場で撮影・SNS投稿が許可されていたものです。

「この世のはかなさというものに人一倍敏感である。すべては移り変わる。決して立ち止まりはしない」

『アンドリュー・ワイエス展』図録

図録の「Ⅱ 光と影」の章には、ワイエスのこんな言葉が紹介されている。
こうした思惟(しい)が、どのように作品の「光と影」となって現れているのか。その答えの一つのように感じたのが、『美術手帖』の展覧会レポートにあった次の一節である。

一般的に光と影は「表裏」や「対立」として捉えられがちだが、ワイエスの描くそれは、その「あわい」の描写にこそ真髄があるように感じられる。

『美術手帳』


《花びら》1991年水彩

「あわい」は大和言葉である。

似た言葉に「あいだ(間)」があるが、この二つは少し違う。「あいだ」の語源は「空き処(ど)」で、AとBに挟まれた空間を指す。

それに対して「あわい」は「合う」を語源とし、AとBが重なり合い、交わるところを意味する。
(『別冊NHK100分de名著 集中講義 平家物語』より)

この「あわい」という言葉は、不思議と今の時代にも重なって感じられる。

パンデミックを経て、AIの急速な進化によって情報はあふれ、社会は激しく変化し続けている。その渦中にいる私たちは、気づかぬうちに拠り所のなさを感じているのかもしれない。

そんなとき、ワイエス作品の影の美しさに心を奪われた瞬間を思い出す。

光でもなく、闇でもない。
その「あわい」に宿る静かな時間。

あのような作品が、この世界にある。
そのことを知れただけでも、私には幸せなことだった。

東京都美術館での展覧会は7月5日で閉幕しますが、アンドリュー・ワイエス展は今後、以下の美術館へ巡回する予定です。

🏛️展示情報
🖼️豊田市美術館(7月18日〜9月23日)
 豊田市美術館「アンドリュー・ワイエス展」

🖼️あべのハルカス美術館(10月3日〜12月6日)
 あべのハルカス美術館「アンドリュー・ワイエス展」


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